Snow slow -1-
pipipipiーーー
小気味好い電子音によって始まる朝は、眩しい日差しと共に俺の脳を優しく覚醒させた。
今日は平日だが、講義も無ければゼミも無い。
どれ、もう少し惰眠を貪るか。と、寝返りを打ちながら腕をベッドの上に広げる。
むに。
む?
柔らかい…。
程よい暖かさと弾力ある感触…。
……ふん、ここで慌てること無かれ。
どうせ三浦が昨夜に寝ぼけて俺のベットに入り込んできたんだろ?
もう慣れっこだっての。
ほんの少しだけ湧き上がる欲情を抑えつつ、俺は三浦を叩き起こすために目を開ける。
俺の惰眠を邪魔しやがって。
おまえが戯れてきたせいで心が幸せになっちまったじゃねえか。
「…ちっ、おい、みう……ら?」
規則正しい寝息と小さく丸めた手。
甘い香りを漂わせながら、彼女は毛布に包まり夢を見る。
何かに抱きつかないと寝れないのは三浦の悪い癖だ。
……。
だから分かる。
俺には分かる。
隣で丸まるこいつ。
小学生程の小さな身体と幼い顔の金髪幼女。
こいつが小さな三浦だと、俺には直ぐに分かった。
「……っ、み、三浦?」
「…むぅ。…はぁぅ、おはよ、ヒキオ。…ん?あーちのパジャマってこんな大きかったけ?」
★ あーち is pretty ★
どうゆうこった?
眠気が吹き飛ぶ出来事に、俺は慌ててベッドから飛び起きた。
小さな三浦が不思議そうな顔をして俺を見つめるが、おそらくまだ現状を理解していないのだろう。
夢か?
夢を見てるのか?
俺は三浦の頬を優しく抓る。
「んー!いひゃいいひゃい!な、なにすんだし!」
「ゆ、夢じゃないのか?」
ほんのりと暖かな、弾力ある感触を指から離す。
なるほど、寝起きに触れたのはこいつの頬だったのか。
「…とりあえず落ち着こう。おまえ、身体に違和感とか感じないか?」
「へへ、あーち、身体の丈夫さには定評があるかんね」
「いやね、丈夫だとかそういうんじゃなくて…」
起き抜けから相変わらずな三浦に呆れつつ、俺は彼女の脇腹を両手で持ち、ベッドから持ち上げる。
「ぬわっ!?ひ、ヒキオ!何するし!」
「…軽い。おまえ、これでも気付かないか?」
「はっ!…あ、あーち……」
「ん」
「……髪伸びてる」
「身体が縮んでんだよ!」
……………
……
…
.
.
.
一通りの理解を終え、三浦は自らの身体が写る鏡を不思議そうに眺める。
その間に着替えた俺は、とりあえずスマホで【身体 縮む】と調べてみるも、身体は子供で頭脳は大人な眼鏡の彼しか検索には引っかからなかった。
「あーち、流石に小学生の頃は黒髪だったし」
「…俺のことも覚えてるみたいだし、脳まで幼児化したってわけじゃなさそうだな」
「へっ。あーちがどんなに姿になろうとヒキオのことを忘れるわけないでしょ」
「あっそ。…それよりも、いつまでもそんなぶかぶかな服で居るのもな…」
大きな三浦が着ていたパジャマは小さな三浦には大き過ぎて、三つ折り四つ折りと裾を捲ってはいるがどうも動き辛そうだ。
「ヒキオ、子供用の服持ってないの?」
「持ってたら怖いだろ」
「じゃあ飯でも食いながら考えるし」
「ん、そうだな」
身体が縮んだ割には落ち着いている小さな三浦の提案に乗っかり、俺は朝食を作るためにリビング移動する。
「ちょっと待てし!」
「あ?」
「あーちのこと抱っこしな。こんなズルズルしてたら転んじゃうかもしれないでしょ?」
「…んな高圧的に抱っこをせがむガキが居るかよ」
「むふー」
両手をバンザイさせているのは脇から持ち上げろと言うサインだろうか、俺は仕方なく三浦の脇を持ち上げ抱きかかえる。
小さくなっても甘い香りは変わらないんだな、なんて思いながら、俺は三浦を抱っこしてリビングへと向かった。
「…よいしょっと」
「おっさんかよ」
「そんな気分だよ」
三浦を椅子に座らせ、俺は軽く腰を叩く。
軽いとはいえ、小学生程の女の子を抱っこして歩くのは少々疲れるな。
ていうか、こんな距離くらいズルズルさせて歩けっての。
「座っとけよ。そんな身体でキッチンに立たれても怖いし」
「あいよ。あ、今日はコーヒーじゃなくてミルクな気分だから」
「はいはい」
いつもの椅子は、ちょこんと座る三浦には少し高いようで、足が床に届かずにブランブランとなっていた。
小町が小さかったときもこんなだったなぁ、なんて思い出しながら、俺は卵をフライパンに落とす。
……。
…落ち着きすぎじゃないか?
俺はともかく、当人である三浦がなぜ慌てずにいられる。
……なんか腑に落ちん。
出してやった牛乳を幸せそうに飲む姿はやはり幼い。
「……おまえさ、小さくなった原因とか分かんないの?」
「あー?んー。…偶にはそんな日もあるでしょ」
「いやねえだろ」
焼きあがった目玉焼きと軽いサラダをテーブルに置き、俺は自分の分と三浦の分の箸を取りに行く。
……。
「…フォークの方がいいのか?」
「子供扱いすんなし」
「お、おう」
幼い姿の癖に威圧感だけは変わらない。
ただ、使いにくそうに箸を持つ姿は大人ぶった子供のようで可愛らしく、必死にミニトマトを追い掛ける箸使いには母性すら生まれてくる。
中々掴めないよミニトマトを、俺は代わりに掴んで三浦の口元に差し出してやった。
「ほら。あーんしろ」
「む。ヒキオからあーんしてくれるなんて珍しいじゃん」
「おまえが素直にフォークを使えば面倒事が減るんだがな」
チビ三浦は身体をテーブルに乗り出しながら素直に口を開く。
無垢な子は嫌いじゃない。
なかなか可愛いじゃないか。
パクリと咥えたミニトマトをむにむにと噛む姿なんてただの子供にしか見えん。
「…ロリコンは健在か」
「ロリコンと違うだろ。…はぁ、とりあえず食い終わった服を買いに行くか」
「この格好で服買いに行くの?」
「さっき小町に連絡しといた。1着だけ子供の頃に着てた服があるんだとよ」
「へぇ」
特に興味も無さそうに三浦は頷くと、食べ終わった食器をカチャカチャと積み上げていった。
俺はそれを危なかっしく見守りつつも、無事にキッチンまで運べたことに安堵する。
食器を置いて戻ってきたチビ三浦の頭を撫でてやると、カマクラとは違って気持ち良さそうに喜んだ。
「えらいえらい。……あ、プリキュアのプリントTシャツだけどいいよな?」
「それあんたの私物じゃん!!」
「違げーよ!!」
満を持してゆきのん。