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暖かな太陽の陽気に包まれたかのような錯覚を覚えた
総武高校に入学して、私が目星を付けたイケメン先輩リストの中に彼は居ない。
それなのに、チラリと彼を初めて見たときに、どこか胸の奥を突っつくような懐かしさが…。
誰なんだろ…、あの人…。
でも、どこかで…。
ただ、その記憶は蘇る事はなく。
私はひとまず彼の事を頭の隅っこに起き、学生生活を彩り始めた。
高校生と言っても中学時代となんら変わらない。
男の子を騙して、女の子に良い顔を向け、適度な距離感と親しみを抱かせるだけの作業。
いずれ、こんな偽物の私を貼り付けずとも、
それが誰なのか。
サッカー部で見つけた葉山先輩か。
それとも他のカッコイイ誰かか。
もしくは…、先輩か…。
…先輩?
先輩って誰?
あぁ、私の頭の隅っこに居る彼の事か…。
と、悩めば悩むほど、彼の事が分からなくなる。
彼は誰で、私はなぜ彼が気になるのか。
そうだ、お話したら思い出すかも…。
そして、訪れた彼との会合。
図書室の辞書コーナーで、誰にも知られずに並び続けた分厚い英和辞書を持った男の子。
私は彼を図書室で見つけ、思わずその背中を追い掛けていた。
アホ毛がヒョロリと揺れる彼の後ろ姿は華奢なくせになぜだか頼もしいような、そんな感じ。
ーーあのぉ、さっき私のこと見てましたよねぇ。
ーーあざとい
あざとい。その言葉を私に言う男の子を知っている。
少しだけ意地悪で、どこか達観した彼は、いつも私の事を子供扱い…、と言うか、妹扱いしてくれて。
私が頼めばゆるりと重い腰を上げて助けてくれる素敵なお兄ちゃん。
いや…、私が始めて本心から好きになった人。
彼は分厚い辞書を片手に「…おまえも勉強しておけよ」とだけ言い残してその場を後にしてしまった。
待って…。
待ってください…。
先輩。
どうして…っ、どうして私は先輩の事を忘れていたの?
あんなに大切で大好きな人の事を…。
いや、そもそもーーーー
ーーーどうして私は、
高校生の姿に戻ってるんだ?
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「で、どうしたものかと悩んでいた所に、どうやら私と
「…それなら最初から声掛けろよ」
「いえいえ、先輩が未来の先輩だと確信を持てたのは先程ですので」
「先程?」
頑なに帰ろうとした先輩に事情を話すと、どうやら私の予想が的中したらしく、彼もまた、未来の記憶を持つ彼だった。
ガムシロが散乱したテーブルで、彼は相変わらず甘そうなコーヒーをゆっくりと傾ける。
やはり舌ばかりはお子ちゃまのままのようだ。
「先輩、三浦先輩が怒って帰っちゃった時に、凄く寂しそうな顔をしていましたよ?」
「そ、そんなわけあるか!!」
「そんな全力で否定しなくても…。でも、そのおかげで先輩も未来の記憶を持っているんだと確信が持てたんですけどね」
難儀な話だ。
恋敵の背中を寂しげに見送る好きな人の顔を見て、彼の正体を看破してしまうのだから。
でもやっぱり、先輩は三浦先輩が大好きなんですね…。
ちょっと残念です。
私はその後、記憶が戻った時まで遡り、先輩に私の現状を説明していった。
ずっと頭の片隅に先輩の影がモヤモヤしていたこと。
図書室での会合を機に記憶が蘇ったこと。
そして、
私の脚色無い説明を淡々と聞いていた先輩は、何かに引っかかったように顎へ手を置いた。
その行動は彼が良く取る物で、あぁ、やっぱり先輩は先輩なんだなぁ、なんて思ったり。
「記憶が蘇る前の記憶がある…。なぁ、一色。おまえのその記憶と、もう一方の記憶で違う点は無かったか?」
「違う点?」
「ああ。例えば、こっちの世界では奉仕部に由比ヶ浜が居ない。その代わりといっちゃなんだが、三浦が部員になっている」
「ぷぷ、何ですかその奉仕部。部員のキャラが豊か過ぎますね」
「…そうだね。ぼっち、才色兼備、ギャル、そんで来年には量産型女子系キャラが入り浸るんだもんな」
「ちょっ、私は量産型じゃありませんよ!?唯一無二の甘えっコ後輩系キャラじゃないですか!」
相変わらず酷いことを言うな、この人は…。
誰が量産型女子ですっての。
私といえば、あざと可愛いキャラの代表格ですよ?
そこんとこ詳しく話したいものです。
「だが、今のおまえは未来のパラレルワールドからやってきた、未来人系キャラになったわけだ」
「何ですか。その厨二設定…」
「それでいて、リーディングシュタイナーまで持ち合わせてる…」
「え、私はおかりんじゃなくて、まゆしぃ的な立ち位置を希望したいんですけど」
どこぞのマッドサイエンティストですか。と突っ込みつつ、私は先輩の話に耳を傾け続ける。
曰くーー
先輩と私が元々居た世界をα世界線とするならば、このタイムリープした上に、記憶と違う出来事が起こる世界をβ世界線とする。
そのβ世界に飛んだ私達は、何の因果か過去を遡り、記憶だけを身体に灯した。
さらに私に至っては、α世界線から飛んできた以前の記憶も残っている。
「夢だの何だのと逃げ回るのはもう辞めだ。俺たちは明らかにβ世界線に飛ばされている」
「はい」
「この世界線も悪くはないが、やっぱり俺たちの居るべき世界はα世界線だと思わないか?いろりん」
「いろりん…」
それならば、と。
よく喋る先輩は、ほんの少しだけ今の状況をたのしみつつ、シュタインズゲートの導きへ抗うべく解決策を興じた。
「思い出せ一色。おまえはなぜ、
…送ろうとはしまいって。
なんかノリノリだな、この人。
でも楽しそうで何よりです。
「…えっと、α世界線の私がリープする前の私…、つまりはβ世界線の私が奉仕部へメールを送ったと」
「そうなのだ!」
「…」
そうなのだ!って、オカリンと言うよりバカボンのパパなんじゃ…。
テンションが上がっているのか、先輩のアホ毛は残像を残すほどに左右へ揺れている。
いやちょっとあの…、あんまり大声で厨二臭いこと言われると、周りの目が…。
「えっと、私がメールを送ったのは…、えぇ〜っと……。あれ?なんでだっけ?」
「おいおいしっかりしてくれよ。おまえのリーディングシュタイナーはポンコツだな」
「…お、思い出そうとはしてるんですけど、そのあたりの記憶が何か曖昧で…」
「アホめ。それならLINEの履歴でも確認してみろ。おまえみたいな奴がわざわざアドレスを手打ちしたとも思えん。誰かから奉仕部のアドレスが添付されてるんじゃないか?」
くっ…。
アホっぽくテンションを上げているくせに勘が良い…。
私はそんな先輩にムカつきながらも、言われた通りにLINEのアプリを開く。
数々のお友達(偽)とのトーク履歴をスクロールしていき、1人だけ、明らかに違和感を発する人物が。
「結衣先輩…?あれ、私って結衣先輩とLINEする程、仲良かったっけ…」
「え、おまえら仲良かったろ。なに?あの部室でのじゃれ合いは嘘だったのか?…女って怖っ…」
「ち、違いますよっ!
「あ、良かったわ。なんかホッとした。…で?その明らかに違和感のある由比ヶ浜からのトーク履歴はどうなんだ?」
早く確認しろよ。と急かす先輩が私の背後に回ってスマホの画面を覗く。
そもそも話が逸れるのは先輩のせいなんですけど、とは思いつつも、私は先輩にも見えるようスマホを傾け、そのトーク履歴を開いた。
結衣先輩ーーーーーーーーー
テスト勉強で悩んでるなら、奉仕部を頼るとイイよ。
↓奉仕部のアドレスだよ。
×××××@.××××.jp
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次回、parallelラストです。