私はあんたの世話を焼く。   作:ルコ

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私はあんたの世話を焼く。♪
1day


 

 

私はあんたの世話を焼く。♪

 

 

 

 

ーーーパパ、あしたは来てくれるんだよね?

 

小さな目をくりくりとさせながら、ぴょこんと伸びたアホ毛を左右に揺らす幼女が、俺の腰にくっつく。

そんな彼女の丸い頭を優しく撫でつつ、俺は曖昧な笑みを浮かべて口を開いた。

 

ーーー……ん、休みは取ってるよ。おまえのピアノを聞くのは初めてだから楽しみだ。

 

デスクに並ぶ書類の束が恨めしい。

休日すらをも出勤せねば終わらぬ束は、笑みを作らせるための表情筋が固まる。

そんな俺とは正反対に、無邪気な笑みで喜ぶ幼女はもふもふと腰を叩いた。

 

いつまで、この子は素直に俺の言う事を聞いてくれるのだろう。

 

いつまで、この子は暖かい笑みを向けてくれるのだろう。

 

いつまで、この子は俺のどうしようもない嘘に気付かず喜んでくれるのだろう。

 

そして俺は、今を凌ぐためだけに付いた嘘を後悔するのだ。

 

ーーーー…明日、頑張れよ?

 

 

ーーーー……。

 

 

ーーーーどうした?…痛っ!?

 

ゲシっ!と、俺の腰に衝撃が走る。

先ほどまで無邪気に微笑んでくれていた幼女は、冷めた瞳で俺に蹴りを見舞わせた。

 

ーーーーホントに来いよ?パパ、嘘ついたらマジでもういっしょにお風呂入らないから。

 

ーーーーちょ、おま、そういう…痛っ!

 

ーーーーうるせ!ごちゃごちゃ言ってないでちゃんと来い!

 

ーーーーわ、わかってるよ。痛、ちょ、もう蹴るなって。

 

 

返して。さっきまで可愛かった俺の娘を返して!

こんなローキックを的確に外腿へ当ててくる娘なんてキライ!!

 

 

 

 

「分かってんの!?あたしの発表会なんだからちゃんと来いし!!」

 

「……はい」

 

 

あぁ、おまえはママに似ちゃったのね。

あらら。もう……。

 

 

「コラ!パパのこと蹴るなし!」

 

「だってパパが!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー☆

 

 

 

 

 

 

 

「パパはヒーローになりたかった」

 

「は?バカなの?」

 

千葉にある日本有数の巨大ショッピングモール内で、俺の2.3歩前を歩く娘に声をかけるも、手厳しくも切ない返事に成長を感じる。

最近産まれたと思っていた娘も、気付けば反抗期やら成長期やらで可愛げを失いつつある。

ほんの120センチしかない身体のくせして態度だけは某二刀流メジャーリーガー並みの大きさだ。

 

「…ほら、おまえあのキャラクター好きだろ?あの店で暇つぶしてこいよ」

 

「あたしもう7歳なんですけど。キャラ物は卒業したわけ」

 

「まだ7歳だろ。…ならどこに向かえばいいんだ?」

 

「服見に行くから」

 

「なら西松屋に行くか?」

 

「なめんなよクソ親父」

 

こら。お口が悪いよバカ娘。

俺の子ならもっと素直な根暗に育てってんだ。DNAよ、役目を果たせ。

 

溜息をひとつ吐きながら、俺は尚も娘の後をゆらりと歩く。

仕事疲れなのか娘疲れなのか、肩も足取りも重たい。

せっかくの休日にどうして出掛けなくちゃいけないの?

もう八幡疲れた。帰りたい。マッ缶飲みたい。

 

「ていうかよ、服を買いに行くならママと行けよ。明日には帰ってくるんだし」

 

「今日欲しかったのっ!ママも同窓会なんて行かなくていいじゃん!雪乃さんとか結衣さんとかといっぱい会ってんだからさ!」

 

そうは言っても、なかなか会えない同郷の友人も居るだろう。

それに、同窓会ってのは過去の黒歴史を大人になった自分が搔き消せる絶好の場だ。

あー、そんな時もあったよなー、あははー。ってね。

アイツも昔は明るい髪色に短いスカートを履き、あーしがあーしがー、って言ってた過去がある。そんな過去を払拭するために……。

って、今も変わらんな。

 

「パパお金持ってきた?」

 

「パパにたかる気?おまえ、この前お年玉貰ったろ」

 

「お年玉は全部ママに預けてしまった」

 

「ああ、そう。…金はないがカードはある。いくらでも買ってやるから明日からパパに優しくしなさい」

 

「おっけおっけ。てかパパもママと同じ高校だったんでしょ?なんで同窓会行ってないの?」

 

「……。パパに優しくしなさい」

 

 

 

 

で。

 

 

 

 

両手に娘が買ったばかりの洋服を詰め込んだ袋を抱え、やはり娘の後ろをゆらりと歩く俺。

 

足痛い。もう座りたい。

 

「むふふ。買った買ったー!パパ!来週もいっしょに買い物しようね!」

 

「そうだね。次はママも一緒にね」

 

「ママが来たら買ってくれないじゃん」

 

「おまえを甘やかすとママに怒られるんだよ」

 

そう言いながら、俺は喫茶店を見つけてそちらへと足を向ける。

 

「えー、スタバがいいー」

 

「おまえはどこ行ったってオレンジジュースだろ」

 

モール内にある全国チェーンの喫茶店に不満を打つける娘を論破したった。なう。

 

 

 

カウンターでブレンドとオレンジジュースを注文し、先に席を探しに行った娘の元へ向かう。

慌ただしい店内だが座れるならどこでもいい。と思いながら、娘の姿を探すと

 

「パパこっち〜!」

 

「あいよー」

 

大きく手を振りながら、店内に響き渡るほどの声で俺を呼ぶ。

 

「あたしが席を取っておいたから」

 

「はいはいどうも」

 

「あ、お砂糖は1本までだからね」

 

「パパは疲れてるの。だから3本はマストなわけよ」

 

そんな俺の言い訳を一掃するかのように、娘は俺のもとからスティックシュガーを奪い取るや、オレンジジュースの刺さるストローをくわえた。

 

「…ママに似てる……」

 

「え?」

 

「…いや、なんでもない…」

 

「?」

 

人の世話焼きばかりする娘に彼女の面影を見る。

心配性のくせして強がるから、それにも関わらず他人の事をよく見てて、誰よりも世話焼きなアイツ。

 

好きになって付き合って、泣かせてしまった事もあって。

でも、アイツはずっと俺の側にいてくれて。

 

そういえば、娘が生まれてからは2人で出掛けることなんて無かったか…。

 

たまには昔みたいに、どこかほんのりと暖かくなれる場所に連れて行ってやろうかな。

 

なんてーーー。

 

 

「そういえば、この前ママが男の人と出掛けてたよ」

 

 

 

「ぶっ!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

.

……

………

………………

 

 

 

 

 

 

同日PM10:00ーー

 

買い物に疲れたからか、娘はすでに布団にくるまり眠ってしまった。

小さな寝息を立てている事を確認し、そっと襖を閉じる。

 

静まり返った部屋には時計の秒針が歩む音だけが残った。

俺はソファーに浅く座り、両手を震わせながら考え込む。

 

男の人と出掛けてたよーー

 

男の人とーー

 

男ーーー

 

 

ーーー浮気!?

 

 

いや待て。そんなはずがない。

こんなに愛している俺を裏切るわけがない。

あり得ないあり得ない。

なんせ愛し合ってからね?

知ってるか?あいつの身体はめちゃくちゃ暖かいんだよ!?

それを知ってるのは俺だけだ!

そのくせ手足は冷え性だから俺の手を握ったりしてくるわけよ!?

てか結婚してるから!?

結婚ってマジで愛し合ってないと出来ないからね!?!?

 

はい、論破完了。浮気なんてあり得ない。

この幸せ家族にそんな亀裂が走るわけがないし。

絶対ないし。

 

 

 

 

否。

 

 

 

 

確かに最近、不機嫌になる事が多かった気がする……。

ちょっと呼んだだけなのに「…なに?」と不機嫌そうに振り向かれたり。

休日にテレビを見ていると冷たい目で睨まれたり。

 

……アレは浮気の予兆だったのか?

 

いや、浮気と決めつけるのも…。

 

そもそも浮気って何?

 

……むぅ。

 

俺はスマホを取り出しグーグル先生に問いかける。

OK Google 浮気ってなにー?

 

曰くーー

浮気のボーダーラインは個人差があります。

 

なん……、だと…?

 

Google先生が答えをはぐらかす程の問題だと言うのか…っ!

 

 

と、頭を抱える俺の耳元に、玄関の扉を開ける音がーーー。

 

 

「ただいまー。ん?ソファーに座って何してるし?」

 

 

 

 

「お、おう、おかえり〜…。お、お、お、遅かったなぁ?どこで誰と何をしてたんだぁ?」

 

 

 

 

「は?同窓会って言ったじゃん」

 

 

 

 

「あー、そ、そうな。同窓会なぁ。う、うん。まぁ、ええやんええやん、同窓会。こ、今度は俺も行こうかなぁ、なんて。あはははは…」

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 

 


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