「てめぇあゆむコラバカ野郎!」
大地のがなり声がざわめきの中で響いた。携えた一升瓶の中身は半分ほど飲み干され、ゆでダコの様に真っ赤になった大地の腹の中におさまっている。
たいして酒が強くもないくせにアルコール大好きな早乙女 大地(さおとめ だいち)は、今現在コンパにおける大学生の手本とでも言うような酩酊状態である。飲み会の度にこの調子なのだからこちらも参ってしまう。どうせ文句を言っても聞かないことは白明なので何も言うまい。
そんな酔っぱらいの怒号を無視して手元のカシスオレンジをちょびりと口に含む。大地の顔と同じぐらい赤黒いカクテルが少しだけ波打った。
ひとしきりなにか喚き終えた大地は諸先輩方に引きずられて奥の席に姿を消していく。溜め息ひとつ吐いてもう一口カシオレを嘗めたところで頭上から声がした。
「可愛いモノ飲んでるわね」
笑いながら俺の隣に腰を下ろしたのは弥生 雫(やよい しずく)さんだった。俺は足を正し、お疲れ様ですとわざとらしく仰々しい挨拶をする。
「そんなにかしこまらなくてもいいのに。あたし幽霊部員なんだから気楽にしていて」
彼女はなにやら透明の飲み物で喉を潤したあと、俺に足を崩すように進めた。
「いや、幽霊部員って言ったら俺もそうですし。そもそも弥生さんが先輩であることに変わりないじゃないですか」
そんなものかしらと彼女は薄く笑った。
長い春休みも残り一週間を切った。本日はサークルの飲み会で、名目としては来週入学してくる新1年生獲得のための決起集会である。
大学生というのはなぜこうも飲み会をしたがるのか、世間様から疎まれるのも頷ける様なこのドンチャン騒ぎが俺はあまり好きではない。しかし今日は普段部室に顔を見せない連中も出席するとあり、半ば無理矢理連行されたのである。弥生さんもきっと同じ境遇なのであろう。
このサークルのOBであり自称顧問である助教授を早々に潰して部員達はやりたい放題飲み放題の散らかり放題だ。ひと部屋貸し切っておいて正解だった。すでに酔い潰れているやつが何人かいるし酒は溢れるわ食いもんが散らかっているわの目も当てられない惨状だ。
ところで弥生先輩に話を戻すが、俺が彼女に恐縮するのはただ年功序列があるからと言う理由だけではない。
この弥生雫と言う女性は何を隠そう去年のミスキャンパスなのである。端正に整った顔立ちはそこいらの女優やモデルなんかよりもよっぽどきれいだし、凛とした仕草やたたずまいはどこかの社長令嬢でも彷彿とさせる気品に満ちている。異性からはもちろん、同姓からも好かれているし、しかしどこかミステリアスな雰囲気も孕んだ一言では言い表せない魅力を持ち合わせた女性だった。
美しい女性を目の前にしどろもどろなるのは自然の理に叶った事象であると言えよう。うっすらと朱に染めた頬がいつもの3割増で色っぽく、だから俺はいつもより5割増で緊張した。
「早乙女くんってカッコいいわよね。身長も高いし優しいし。鈴木くんはどう思う?」
普段から見かける度に俺とのコンタクトを図ってくれるこの美女に俺はことごとく恋に落ちてしまいそうになるのだが、大概大地の話を振られて俺はなんとも煮えきらない気持ちになる。
確かに大地は幼馴染みであると言うよしな抜きで男前である。背も高くスタイルもいいし情にあつい。本人には絶対に口が裂けても言うことはないが、ヤツが親友であることを俺は誇りに思っている。
しかし弥生さんがヤツの話をする度になんだかがっかりと言うか残念と言うかそんなどんよりした気分になるのだ。
ちなみに鈴木くんとは俺のことである。鈴木あゆむ、それが俺の名である。
「なのに恋人の一人もいないなんて不思議。どうしてなのか鈴木くんは知ってる?好きな人とかいないのかしら?」
さぁ、どうしてでしょうねと俺はとぼけて見せた。しかし本当はその理由を知っている。いや、正しく言うと俺だけが知っている。なぜならその理由を他に口外するなと釘を刺したのは他ならぬ俺なのだから。
ここだけの話、ヤツは生粋のホモなのである。
桜舞う校庭の隅で大地に愛を告白された時にはさすがの俺も度肝を抜かれ、そういえば小学生からの長い付き合いで思い当たる節がいくつもあるなと旬順の走馬灯を見た。
確かに驚きはしたが別段そう言った性的趣向を否定する気もないし、だからと言って大地を避けるような気にもならないのだが、あいにく俺にその気はない。であるからして丁重にお断りをしたのだが、以後今日に至るまで幾度とないラブコールを拒絶しているうちに仕舞いには暴力を用いて拒否の意を示すようになってしまった。
そんなあいつの秘密を知っているからこそ俺は弥生さんが不憫で仕方ないのと同時に、大地への嫉妬に似た感情で訳がわからなくなるのである。
「鈴木くんは早乙女くんと仲が良いから何か知っていると思ったのだけれど、残念ね」
俺に言わせればあなたに浮いた話のひとつもないことの方がよっぽど摩訶不思議ですよ、と思わず喉元まで押し寄せたが、なんとかそれを飲み込んで適当なあいづちを打つに留めた。
弥生さんと二人で意味合いの違う苦笑いを交わしているうちにどこからともなく復活した大地の声が聞こえてきた。
「てめぇあゆむ!なに酒も飲まねぇで女とくっちゃべってんだ!」
さっき半分ほどまで減っていた焼酎の一升瓶が今度はビール瓶に変わっている。心なしか大地の舌も先程よりも回っていない気がする。
ところで貴様、弥生さんに向かって女とはなんだ、女とは。このお方をそこら辺の女共と一緒にするんじゃあない。彼女はこの荒廃しきった地上に唯一姿を表した美の女神様であるぞ。言葉を慎め。
「わかったぞ!お前さては本当は女だな!どうりでいつもいつも女々しいと思ってたんだ!脱げ!俺が確かめてやる!」
笑い声と共にきゃあきゃあと女子の黄色い声が聞こえてくる。
「あたしたちも早乙女くんと鈴木くんの絡み見てみたいかも~」
などと末恐ろしい野次が耳をついた。
冗談じゃない。いや、冗談なら笑えるが、冗談じゃないから笑えない。
繰り返し言うが、ヤツはガチのホモなのだ。繰り返し言うが、別に同姓愛者に偏見があるわけではない。ただ自分がそのターゲットになるのなら話は別だ。全力で逃避と、必要があるのならば実力行使でそれを阻止しなければなるまい。
「あら、早乙女くんの好きな人ってもしかして鈴木くんのことだったの?」
弥生さんが茶化すようにそう言った。
俺はその冷や汗を隠すため、多少の酔いも手伝って大地の手からビール瓶を引ったくるとそれを一気に飲み干す。
記憶が残っているのはそこまでだ。気が付くと俺は自室のベッドの上にいた。
そして何故だか俺は女になっていた。