とある居酒屋でのことである。俺は大地とキッチョムの三人でたこわさびをつついていた。
「最近の女子大生はみんな同じ髪型で同じ服装してるなんていうけどやな、俺はそこにひとつ風穴を空けたいんや!」
キッチョムの熱弁に大地は興味が蚊の目玉ほども無いとメニューをめくって意思表示をしている。俺はキッチョムの持論を右から左に流しつつ自分の今日のコーディネートもこいつのものだと言うことに若干の違和感を覚えている。最近は髪型や化粧の仕方にまで口を出してくるようになったキッチョムに適当な相槌を打ちながら、このままでは終わりそうにない現代女子大生ファッション理論を遮る。
「そんな話はどうでもいいから、今日は俺の今後を話し合う飲み会だったんじゃないのかよ?」
三人で集まっている名目はこれである。当初の課題であったとりあえず女として生活するということに慣れてきた今日この頃、次の課題はいかにして男に戻るかと言うことだった。
酔っぱらいばかりで何を話しても問題なさそうだと言う理由でこの大衆居酒屋の一室が会議の場に選ばれたのだが、ホントは酒をのみたかっただけなんだろうな。まぁ、飲み代はキッチョムが出すとのことなので俺としては別に文句を言うつもりもない。
「俺思うんやけど、もう鈴木はこのまま女として生きていってもいいんやない?」
テーブルの下で脛を蹴りつける。鹿威しが鳴るような高い音がした。
「痛い!いや、でも早乙女もそう思わん?」
「俺は一刻も早くあゆむにはもとに戻ってほしいと思ってるよ」
動機はどうであれ大地はやはり俺の味方だ。いざというときにはやはり頼りになるやつなのだ。
「ふざけたこと言ってないで真面目に考えろよ。警察につき出すぞ」
「お、俺まだなにも悪いことしとらんやん!」
まだってなんだ、今後予定があるのか。お前はこれまでの行いが悪いから揺すれば埃がボロボロ落ちてきそうだぞ。
「まずは女になった原因をつきとめることが大事なんじゃねぇかな?もとに戻るにしてもそれがわからんことにはどうしようもないだろ」
大地が珍しくまともな意見を述べている。
「なんだ、お前今日はいつになく真面目じゃねぇか。悪いもん食ったか?」
「俺はあゆむのことならいつでも真剣だよ」
「な、なんか気持ち悪いな…………」
ビールジョッキに口をつけつつ変な寒気がする。冷房効きすぎなんじゃないか?この店。
「そうやなぁ、俺思ったんやけど、お前本当に鈴木なん?」
「おい、今更かよ」
「いや、そういう意味やなくてやな。その体、他の誰かのもんなんやないの?」
俺はキッチョムの言っている意味がわからず箸をくわえたまま首をかしげた。
「つまり、誰か他の人間と体が入れ替わったって言いたいのか?」
大地が言う。
「そう言うこと。俺が昔見た映画でクラスメイトと一緒に階段から転がり落ちた拍子に中身が入れ替わってしまうって話があって、もしかしたらこの町に鈴木の体…………男の時のな、そんなやつがおるんやないかと思ってな」
なるほどと唸ってみる。その線も無いとは言い難い。もしそうだとしたらそいつを探すのが一番の近道かもしれない。
「でもさ、俺はこのあゆむにも昔の面影があると思うんだよ」
大地が反論を挙げる。
「何て言うか、あゆむが女になったらこんな感じなんだろうなって最初見たとき思ったんだ。それに尻にあるほくろの位置が一致してたし、キッチョムの案には賛成し難いぜ」
「え?なにそのほくろ俺にも見して!」
「誰が見せるか!死ね!」
キッチョムは相変わらずだ。それに比べて大地の言うことには説得力がある。しかし何だろう、こんなに冴えているこいつに違和感があるのは。
「大地との付き合いも長いからなぁ、お前がそう言うんならそうなのかもしれないけど」
しかしひとつの可能性として考えておいてもいいだろう。なにしろ俺たちには手がかりが圧倒的に足りないのだから。
「それはね、早乙女くんもあなたが女性になってしまったことで色々と悩むことがあるのよ」
また別の日、俺は弥生さんと二人で同じ居酒屋に来ていた。
この話し合いで出た案についてどう思うか彼女の意見が欲しかった為だ。弥生さんがこの事を知っていると言うことを大地やキッチョムに秘密にしていることは多少の引け目があるが、それでも彼女の考えは参考になると思っている。
「悩み?あいつにそんなものがあるとは思えないけど…………」
弥生さんはにこりと笑って言う。
「だって早乙女くんは鈴木くんのことが好きなんでしょう?」
俺が阿呆なのか、人の言う意味がよくわからないことが最近多い。
「あなた、構内で結構話題になっているのよ。可愛い女の子が突然2回生に現れたって」
初耳だ。いや、別に悪い気はしないが。
「それが大地と何の関係があるんですか?」
「そういう鈍いところはやっぱり男の子ね。早乙女くん、色んな男子学生からあなたのこと聞かれてちょっと疲れちゃってるみたい」
そんなことあいつは俺に一言も言わなかった。別に秘密にすることでもないだろうに。
「早乙女くんって結構焼きもち焼きなのよ、きっとあたしも彼に嫌われていると思うわ。男の子の時のあなたと少し仲が良かったから」
やはり気付いていたのか。弥生さんが鋭いのか俺が鈍いのか、少し落ち込む。
「ここからはあたしの推測だけど、早乙女くんはきっとあなたが女の子になって少し嬉しかったんじゃないかしら?」
「いやいや、この前も言ったでしょ?あいつは男が好きなんですよ?」
「だからこそよ」
本当に鈍いのねと彼女は眉間にシワを寄せて溜め息を吐いた。
「あなたが女になったってことは、男の人を好きになる可能性もあるってことでしょう?」
その予想は斜め上だ。だって俺は見た目が女でも心は男なんだから。今でも女の人が好きだし、男を好きになるなんて有り得ない。
「だから早乙女くんは、あなたが男の人を、早乙女くんを好きになるのを待って男に戻すのがベストだと考えていた。ところが他の男性たちもあなたに恋愛的な興味を持ち始めた。今まで、鈴木くんが好きになる男は自分しかいないとたかをくくっていたけれど、今はもしかしたらと不安になっている」
黙って彼女の推理を聞いていた。腑に落ちないところは多々あるが、口を挟む隙を与えてもらえなかった。
「そして」
弥生さんが人差し指を立てる。
「万が一あなたが早乙女くんのことを好きになったとしても、その時は鈴木くん、あなたは…………」
その指先が俺の心臓を指した。
「男に戻りたいとは思わないじゃないかしら?」