女子化日記   作:こぞう

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11.閑話休題昔話

 

 なんだか胸がむかむかしている。飲みすぎたわけではないのだが、昨夜弥生さんに言われたことがどこか喉の奥に引っ掛かっていた。

 今日朝一番の講義から大地と顔を会わせる。何となく足が重い。ドアノブもいつもより冷えているように思えた。

 

「あゆむさん、おはようございます!」

 

 日差しの下でくろちゃんが立っていた。相変わらず屈託の無い笑顔だ。少しだけ心が軽くなった気がした。

 

「おはよう、くろちゃんも一限から授業?」

 

「はい、必修の経済学です。大学の勉強って難しいですね、予習しないとわからないくらいです」

 

 彼女は生ける空気清浄機だ。心が洗われる。何より真面目に勉強をしている大学生がいることに驚きである。日本の大学教育に警鐘を鳴らしたいのは山々だが、俺自身がそれほど真面目な学生ではないのでやめることにした。

 何てことはない世間話をしながら二人で大学までの道のりを共にした。

 

「ところであゆむさん、今日の夜空いてますか?」

 

 くろちゃんは笑顔を崩さず言った。しかしどことなく緊張しているのが伝わるほど声は棒読みだった。

 

「別になにもないよ。明日土曜日だし夜更かしするつもりではいるけど」

 

「あ、あの、もしよかったら部屋に来ませんか!?」

 

 今度は笑顔さえ保てていない。神妙な面持ちだからどんな深刻な話かと思ってみれば、なんだそんな提案か。こんなに顔をこわばらせる必要なんて無いのにと、なんだか俺の頬がゆるんだ。

 

「いいよ、あ、そうだ。この前言ってたお酒を飲む練習でもしよっか?」

 

「ありがとうございます!わたしもそう思ってたんです!」

 

 満面の笑顔とはこの事だろう。ここ最近肝臓は働きっぱなしだがそんなことお構いなしだ。この笑顔が見れるのなら臓器のひとつやふたつは安い安い。

 

「じゃああたしがお酒とお菓子買っていくよ。どんなのがいい?」

 

「何でも大丈夫です!」

 

 今にも跳び跳ねるんじゃなかろうかと言うくらい彼女が喜んでくれているのがわかった。俺まで嬉しくなるってもんだ。

 そうこうしているうちに大学へ。お互い手を振ってまた夜にとお別れをした。

 

「なんか機嫌いいな?茶柱でもたったのか?」

 

「つまらんこと言うな!実は今日くろちゃんと遊ぶのだ!」

 

「まじか!そんな仲良いんだな、羨ましいぜ!だが残念ながら俺はバイトなんだよ」

 

 誘ってねぇしそのつもりもねぇよ。

 会ってみれば大地もいつも通りだ。やはり弥生さんは考えすぎだったんじゃなかろうか。勘が冴え過ぎるのも考えものかもな。余計な心配までしてたら疲れちまう。

 

「ところでさ、昨日さほちゃんからメール来たぞ」

 

 一瞬にして血の気が失せた。

 

「え?何で!?」

 

「いや、お兄ちゃんは元気にしてますかー?って。もちろん女になってますなんて言ってないぞ」

 

 なぜ妹は俺に直接連絡を寄越さない。新たな懸念がまた生まれてしまった。現状を家族に知られるのは一番避けたいところだ。

 

「大丈夫だって、さっさと男にもどっちまえば良いだけの話だろ。しかしまぁ『最強の矛』も家族の前だと形無しだな」

 

 大地が笑う。簡単に言ってくれるが男に戻る見通しは全く立っていない。

 因みに『最強の矛』とは俺の地元での異名である。余談だが大地は『最強の盾』と呼ばれていた。あまりにも凶悪な破壊力を誇る俺の正拳突きとそれをいくらくらってもすぐに復活する大地の驚異的な防御力から一部ではそのような通り名がついていた。

 

「でもあゆむに直接メールしないってなんか不自然だよな。さほちゃんあんなにお前のこと大好きなのに」

 

 さほは多少の…………いや、病的なブラコン気質かある。その理由は俺達が幼いことに遡ることになる。

 

 俺の父は真面目で、子供の俺から見ても良い父親だった。

 ただ、酒癖が悪く酔っぱらって帰ってきてはよく暴れた。まだ小学生だった俺とさほは二人押し入れの中で抱き合いながら震えていた。漏れてくる父と母の声がとても恐ろしかった。

 俺は妹を守れるようにと空手を始めた。誰よりも努力して、そんじゃそこらの奴等には負けない自信があった。それは妹を守りたい一心だった。それだけのために俺は拳を磨り減らした。

 しかし結局それは自己満足だった。俺がさほを守れることはなかった。

 何故ならば母が強すぎたからだ。

 酔って暴れる父に母は毎度のように、端から見ても目を覆いたくなるような強烈な正拳突きをお見舞いしていた。それが俺達兄妹には恐ろしかった。

 加えて父はその衝撃により夜の記憶を失ってしまうのだから、中々酒癖はなおらなかった。その度に聞こえる母の気合いの声と父の呻き声。今でも耳の奥に焼き付いている。俺が妹を守るまでもなく母が俺たちを守っていた。その正拳突きは見事俺に伝承され、高校生の時は県大会優勝するまでに至った。

 そのうち記憶を飛ばさない程度の母の抜き手により父の酒癖は解消されたのだが、俺の鼓膜からあの記憶が消えることはなかった。

 母は強い男になれ、男の中の男になれと口癖のように言っていた。だから今の俺を見たらどうなるか、考えただけで恐ろしい。

 

「一刻も早く、男に戻らないとな…………」

 

「その意気だあゆむ!よし!牛丼食いにいこう!」

 

 講義が終わったらな。

 

 

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