女子化日記   作:こぞう

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14.バージンロード

 

 大地は口数少なく連れの女の話を聞いていた。

 

「…………なんかあいつ、あんま楽しくなさそうですね」

 

「でも女の人はずっとニコニコしてますよ」

 

「確かに好意は一方通行なようにも見えるけれど、そもそも気がない人とこんなところへ来るものかしら?」

 

 俺たち三人は気付かれないよう姿勢を低くしてヒソヒソと話していた。あくまで気付かれないように額を寄せ合い、それが端から見れば余計に不審だろうなとは頭の片隅で考えている。幸いなことに大地からはこちらの席が死角になっており見つかることはないだろう。ならば隠れる必要もないのだけれど、妙な緊張感の前でそれを口にするのは野暮だなとも思った。

 ここでおさらいをしておくことにしよう。早乙女大地は同姓愛者である。もっともこの事実を知っているのは本人と俺…………あとは目の前の弥生さんだけであるが。だからどうして、この眼前に広がる光景に違和感が拭い切れないのである。

 別にだからといってヤツが女性を嫌悪しているわけではないが、少なくともこれまで大地がこうやって女性と二人きりで会って、しかもこんな場所でスウィーツを食べるなどの経験はないはずだ。俺だって初めてパンケーキ食べたのに、何だか先を越された気がして腹が立つ。

 ……話を戻して、つまるところ知らない人から見れば二人は平々凡々なカップルであろうが、大地にその気がない以上そういった仮定すらも認めるには値しないのだ。俺は額の上ではてなマークをぐるぐる回しながら色々な説を唱えては異議を申し立てていた。

 

「あゆむちゃん、どうしたの?変な顔をして。早乙女くんほどの二枚目ともなれば女の子と遊ぶことも珍しくないでしょうに」

 

 あどけない顔で弥生さんが言う。事実を知った上でそう言うのはおそらくなにも知らないくろちゃんに悟られないためではあろうが、彼女の心中でのそんな配慮は多く見積もっても半分くらいであろう。残りの半分はただ面白がっているだけである。

 

「………あゆむさん、もしかして早乙女さんのこと好きなんですか?」

 

 くろちゃんが割り込んできて伏し目がちに問うてきた。なんとなくデジャヴな質問である。

 くろちゃんは大地のこととなると興味津々なところがあるので少し心配だ。もう少し男を見る目を鍛える必要があるのだろうが、これはこれで彼女の長所ともとれるので余計な進言はしない。

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど、なんだろうひどくイライラはするね」

 

 心の内も良く理解してはいないが、これは正直な気持ちであった。最もくろちゃんが言うような感情は全く持ち合わせていないが何となく落ち着かない。

 大地が女性と仲良くなることーーもとい女性を好きになることーーは友人として喜ぶべきところなんだろうけれども。

 俺達は肩が凝ったふりをしたり外の様子を伺うふりをしたりしながらチラチラと二人を観察する。そうこうしているうちに店員が声をかけてきて

 

「あのお客様、店内大変込み合っておりますので………」

 

追い出されてしまった。俺達は二人に気付かれないよう店を出て、降り注ぐ陽の光のもと空を仰ぐ。

 

「さて、この後どうしようかしら?二人ともなにか用事はあるの?」

 

「いえ、もう帰るだけですが…………」

 

「あたしも別になんもないですよ」

 

 それを聞いて弥生さんは当然と言った風に人差し指を立てた。

 

「じゃあ早乙女くんの尾行を継続しましょう」

 

 ニヤリと笑う彼女に返事をする前にくろちゃんが小さく叫ぶ。

 

「あ、出てきますよ!」

 

 俺の腕をぐいと引っ張るこの子もノリノリだ。俺達は物陰に隠れて二人の動向を追う。

 

「あの絶妙な距離感…………おそらくまだ付き合ってはないですね。それにあの女の人は結構おめかししてるのに早乙女さんは何となくだらっとした格好をしていることから、おそらく女性の方からアプローチをかけているんではないでしょうか?」

 

 名探偵くろちゃんは眼鏡をあげながら推測をたてる。

 

「く、くろちゃん結構鋭いんだね」

 

「少女漫画好きなので、知識だけはあるんです。お付き合いしたことはないので頭でっかちになっちゃってるのがお恥ずかしいですが…………」

 

 漫画のように頭を掻く仕草で照れを表現するあたり、くろちゃんの本心が別に気にしていないと言うことを暗喩している。

 

「と、言うことはここにいる三人とも男性経験がないってことになるわね」

 

 弥生さんがそう言うとまだ春だと言うのに冷たい風が吹いた。華の女子大生が三人も休日の昼間っから何をしているのだろう。俺達は同時にそんなことを考えて動きを止めた。いや、俺は別になんとも思ってないぞ、むしろ男と付き合ったことがないのは男である俺にとっては当たり前のことなのだ。

 女性とお付き合いをしたことがあるか?その質問には黙秘権を行使せざるを得ない。

 

「弥生さんも彼氏さんいないんですか?」

 

 くろちゃんが意外そうに聞いた。

 

「あたしは生粋の処女よ」

 

 言い終わるより早く俺は彼女の頭をはたいていたが、それは反射的なものである。反射神経は人より優れている自負があったが、それを差し置いても自分を誉めたい反応速度だった。川を上る鮭を一撃で仕留めるくらいの鋭さと共に軽快な音が弥生さんの後頭部から響き、街頭に木霊した。今の一振り、クイズ番組に出ていたなら確実に解答権を得ているほどの速さだと手前味噌を並べてみる。

 

「ちょ、ちょっとあゆむちゃん痛いじゃない」

 

「す、すみません、つい」

 

 ふと我に返る。先輩、しかも女の人にーー何より弥生さんにーー手をあげてしまい一種の罪悪感が脳裏にちらついたが取り合えずそれは置いておく。

 別に今更彼女の男性経験について意外だと言うわけではないが、あらためて驚きはあった。いや、彼女がこんな発言をすること自体には変な納得を感じているけれど。

 見るとくろちゃんは顔を真っ赤にして口元を押さえている。弥生さんの言葉はしっかりと彼女に届いている様子。俺の早押しでも間に合わなかったのか、無念。

 

「くろちゃんの前でそういうこと言うのやめてください」

 

 小声で耳打ちをする。くろちゃんがいなくてもここは人通り多い道上だ。公序良俗に反する発言は控えていただきたい。

 弥生さんはペロリと舌を出した。

 

「あぁ、それもそうね、失礼したわ」

 

 素直に弥生さんが謝罪の弁を垂れるとくろちゃんはこちらこそ失礼なことを聞いてしまってすみませんと頭を下げた。

 

「悪い癖ね、あたし女子高出身だからつい口が緩んでしまったわ」

 

 いや、俺はあんたに悪意しか感じないぞ。

 

「そうなんですか?わたしも女子高なんですよ!」

 

 変なところでくろちゃんが食い付いて、話が盛り上がり始めた。言わずもがな、俺はその輪に入ることができない。高校共学だったし。

 話題が逸れてくれたことは大いに幸いではあるけれども、その話が女子高あるあるの二つ目に差し掛かったところで懸案事項がひとつ。

 

「あの、お話のところ申し訳ないんですけど大地どこいきました?」

 

 ハッと二人が振り替えると窓越しに見えていた尾行対象者の姿は消えていた。

 そんなに長い時間雑談に興じていたわけではないと思うが、二人の姿はもう跡形もなかった。

 

「あたしとしたことが迂闊だったわ」

 

「いえ、わたしこそ余計な話をしてしまったばっかりに……」

 

 肩を落とす二人は深い溜め息を吐いて申し訳なさそうにこちらを見た。

 

「あたしも見逃してましたし、別に気にしてないですし、それに……」

 

 別にどうでもいいけどねと言おうとしたそのとき

 

「まぁ、正直どうでもいいんだけどね」

 

弥生さんはけろりとした表情に早変わりした。まるで見越していたかのように。

 

「どうせだからこの辺りをぶらぶらして帰りましょうか」

 

 彼女はそう言うとくろちゃんの背中をパンパンと叩いた。

 

 

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