「いらっしゃいませー」
この時間は客が多い。この学生二人組で席は一杯になるし、追加の注文をする客もほとんどいないからホールの仕事は一時段落と言ったところだろうか。
白いブラウスに身を包みーースカートがいささか短いのはまだ慣れないがーー新人らしくとりあえずの元気良さを武器に額に汗水垂らして仕事に勤しむ。
全ては金のためだ。
なぜ俺がこんなことをしているのかと言うと、それは先日の大地との会話に遡ることになる。
それでは、当時の様子をどうぞ。
「金がないんだ!」
俺の叫びはざわめきの謳歌する学生食堂に散って消えた。大地は聞こえていないかのようにカツカレーをかっ込み、残りのカツを頬張りながら俺をじとりと見つめている。
「だから今日の昼飯は抜きってわけか。俺はてっきりダイエットでもしてるのかと思ったぜ」
「ダイエットなんてしねぇよ。え?ひょっとして俺太った?」
二の腕を摘まんでみる。自分では特段変化はないように思うが。確かに最近運動はしていない。
「なんで金ねぇの?なんか無駄遣いでもしたか?」
返事でもするかのようにお腹の虫が鳴く。対照的に大地は椅子に浅く腰掛けたまま腹をさすっていた。
空腹を紛らすように水を一気飲みしてヤツの質問に対する返事を述べる。
「キッチョムが俺に服とか用意してくれるじゃん?あれの金を少しずつだけど返してんだよ。なんかあの服、結構良い値段するらしいし」
「そんなのあいつが勝手にやってることだろ?別に気にしなくて良いんじゃねぇの?」
「確かにそうかもしれないけど……」
今着ている服も靴も、言いたくないが下着だってキッチョムが買ってくれたものだ。ヤツの個人的な趣味が色濃く反映された衣類だと意識するとやはり気持ちの悪いところはあるが、助かっているのは事実だし変な服を着せられているわけでもない。俺としては多大なる感謝の意を持っているつもりではある。
「ほら、キッチョム今度子供生まれるじゃん。それなのに全部甘えるのはどうかと思うし……」
溜め息ひとつ漏れる。
キッチョム自身も別にそんなこと気にせんでえぇよとは言ってくれたが、やっぱり申し訳ないし俺の気がおさまらない。
ただ、俺のこんな境遇ではアルバイトをすることもできず、こうしてせこせこと生活費を削る毎日に身を投じているわけだ。
「俺のバイト先に話してみようか?」
大地が言った。
「俺の紹介なら別に怪しまれねぇし、うちの店長、結構いい加減な人だから多分身分証見せろーとかも言わないと思うぜ」
「え、マジで!?」
こ、心の友よ!やはり持つべきものは早乙女大地だ。
大地は割りと色々なバイトを転々としている。この前はゲームセンターだったし、その前は居酒屋だった。以前には迷子のペットを探すと言うよくわからんバイトもしていたっけな。確か今は大学近くの喫茶店で働いているはず。
「ちょうどバイトの募集出そうとしてたところらしいから、多分大丈夫だと思う。時給低いけど、そんな大変な仕事じゃないし、気楽にできるぜ」
「ありがとう!早速頼む!」
「おう!今日バイトだから店長に話つけとくわ!」
助かった。これでとりあえずは一日三食の生活を取り戻すことはできる。
翌日。
早速俺は大地のバイト先、喫茶『よしこ』に面接に訪れていた。まるでスナックのような名前だが、ここはれっきとした喫茶店である。俺も2度ほど入ったことがある店だ。
「ヤバイ、緊張してきた。バイトの面接とか俺1年ぶりくらいだわ」
まだ男の頃、近所の居酒屋でバイトをしていたが女になる直前に俺はそこを辞めていた。もともとスタッフとの折り合いがあまりよろしくなかったので別になんとも思っていないし、かえって辞めるタイミングとしてはグッドだったと言えるだろう。
「落ち着けあゆむ、ほら深呼吸しろ。ひっひっふー」
「それ子供生むときのやつだろ」
「じゃあ手の平に棒人間書いてそれを飲み込め」
「バカ野郎、棒人間じゃなくて漢字で人って書くんだよ」
下らない話をしつつ、大地がドアノブに手を掛ける。俺は大きく息を吸いその後に続いた。
「いらっしゃいませ……じゃないか。君が鈴木あゆむさんだね」
クローズの看板を潜ると恰幅の良い中年女性が一人、俺と大地を出迎えた。
まだ開店前とあって閑散としているが、学校の近くと言うことで普段は結構客が多い。特に夕方は講義が終わった大学生でいっぱいだから店に入れないことも多々ある。小綺麗な店内は薄く照明が灯っており、よりいっそう寂しげな雰囲気をかもしている。
「は、初めまして。私が鈴木あゆむです、よろしくお願いします!」
店長はガハハと笑って椅子をすすめてくれた。見た目にそぐわぬ豪快な笑い方だ。
「そんなに緊張しなくて良いよ。まぁそこ座って。早乙女くんから話は聞いてるよ。確か悪の組織に追われてて身分をあかせないんだって?」
どんな説明してんだ。俺が睨み付けると大地は目線を逸らし口笛を吹く振りをした。
「まぁ信じちゃいないけど、何かしらのやむを得ない事情があるんだろう?おばさん、別にかまいやしないよ。申し遅れたね、店長の森本です」
やはり見た目通り豪快な性格のようだ。
「ちょうど人手不足だったんだ。うちで働いてもらうことは何の問題もないんだけどーーなにより早乙女くんの紹介だしね。ただまぁ、一応面接っぽいことはしとこうかね。これまでにアルバイト経験はある?」
それから2、3の質問をされたが、今度は見た目とは裏腹に店長はとても気さくで話しやすかった。なによりよく喋る人で、ところどころ話が脱線しては思い出したように質疑応答に帰る。そんな繰り返しで結構な時間面接は続き、大地は立ったままうたた寝を始めていた。俺も良い人だなと、リラックスしながら雑談に興じることができたし、それは彼女は俺を緊張させないように気を使ってくれていたからだろう。
「じゃあ、なんでアルバイトをしようと思ったの?」
「えっとですね……大地、じゃなくて早乙女から聞いてる通りやむを得ない事情がございまして、その協力者が金銭的な援助をしてくれているんです。でもそれに甘えっきりなのが嫌で、少しでもその返済ができたらと思いまして……」
「えらい!」
急に大きな声を出さないでくれ、ビックリするから。
「いやぁ、おばさんの若い頃を見てるようだよ。おばさんもね、若い頃は鈴木さんくらい綺麗だったんだよ?痩せてたし。そりゃあもうたくさんの男に言い寄られたもんさ」
聞いてない昔話が始まった。
「でもねぇ、女ってのは……特に美人はそれにあぐらをかく人が多いね。鈴木さんだったらそこら辺の男つかまえて金なんてせびり放題だろう?あ、悪の組織に追われてるからそれもできないのかね?まぁなんにせよ、あんたの答えはおばさんとしては100点満点だよ。是非うちで馬車馬のごとく働いとくれ」
また豪快に、今日一番大きな声で店長は笑った。
その声で大地は目を覚まし、寝ぼけながらどこだここはと言わんばかりにキョロキョロと辺りを見渡した。
「早乙女くんが惚れるわけだ。ところで二人は付き合ってんの?」
俺は笑いながら違いますと断りをいれた。