女子化日記   作:こぞう

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23.とあるホールスタッフの憂鬱

 

「いらっしゃいませー」

 

 夕方5時を過ぎ、店が一番込み合うこの時間。俺は忙しくホールを走り回りながら注文を取ってはコーヒーを運び、注文を取ってはカフェオレを運びと額に汗水垂らして働いていた。

 それほど多くないメニューを覚えるのも一苦労で、慣れた手付きでドリンクを作る大地に多少のコンプレックスを抱きつつとりあえず声だけは大きく出そうと新人らしく悪戦苦闘している。

 スタッフは店長以外全てアルバイトで、長い人はもう5年もここで働いているそうだ。まだ入って間もないが、皆良い人ばかりで非常に良好な職場環境と言える。

 

「ちょっと鈴木さん、氷の量が少なすぎるよ。この前教えたばかりでしょ?」

 

 この方は川口さんと言う俺の二つ年上の先輩だ。俺や大地とは別の大学に通っていて、アルバイトメンバーの中でも二番目に経験の長い、いわばベテランである。

 

「あ、すみません。すぐに作り直します」

 

「もういいよ、あなたむいてないからここ辞めたら?」

 

 口が悪いのがたまに傷だが、周囲の信頼も厚く恐らく悪い人ではない。きっとこのアルバイトに情熱を注ぎ込んでいるから口調も荒くなるのだろう。現に彼女は仕事熱心だし、俺がバイトに入っている日にはいつも出勤している。

 

「まぁまぁ川口さん、あゆむまだ入ったばっかりだしさ。俺からきつーく言っとくんで」

 

 そして、このように大地が彼女をなだめに入ってくれるのが常である。

 川口さんは不機嫌そうに厨房に消えていった。

 

「なんか川口さん、あゆむに対するあたりが強いよな。普段はそんなことないんだけど」

 

「多分、早く俺に一人前になれってことだろ。それよりさ、川口さんってどっかで会ったことある気がするんだけど……なんだろ?」

 

「あぁ、だって俺がパンケーキ一緒に食べに行ったのあの人だもん。だから見覚えがあるんだろうよ」

 

 言われてみればあの人だった気もする。いかんせん記憶力が足りないと言うか、あの日は大地ばかり見張っていたから、ツレの顔はあまり覚えていない。

 

「そういえばこの店はパンケーキ出さねぇの?きっともっと繁盛するだろうぜ」

 

「ばかやろう、ただでさえ忙しいのにこれ以上客が増えて堪るか」

 

「こら、二人とも仲が良いのはよろしいけど、お客さんがお待ちだよ!」

 

 店長にしかられて俺は人の溢れるホールに舞い戻る。

 

「いらっしゃ……って弥生さん、どうしたんですかこんなところで?」

 

 入り口には見慣れた顔の美少女が一人、いつものように薄く微笑みを携えて立っていた。

 

「どうしたもこうしたも、コーヒーを飲みに来たのよ。ほんとのことを言えば、あゆむちゃんがここで働いてるって聞いて、何となく覗きに来たのだけれど……席空いてなさそうね」

 

「あ、大丈夫ですよ。カウンター席でよければ座れます」

 

 弥生さんはお願いするわと俺の後に続き背の高い椅子に腰掛けた。

 

「可愛らしい新人さんが入ったって、ちょっとばかり噂になってるからもしかしたらと思って来てみたの。やっぱりあゆむちゃんだったのね。水臭いじゃない、アルバイトはじめたんなら教えてよ」

 

 バイトの件はまだ誰にも喋っていないにも関わらず、相変わらず勘の鋭い人だ。俺は氷多目のアイスコーヒーを彼女の前に差し出す。

 

「なんか恥ずかしいじゃないですか。それに報告するようなことでもないでしょ?」

 

「確かにこのミニスカートは少し過激よね。店長さんの趣味かしら?」

 

「ちょっと、尻触ろうとしないでください。やっとこさ恥ずかしさに慣れてきたとこなのに」

 

 時々弥生さんのキッチョムっぽいところが顔を出すのだが、公衆の面前でその振る舞いは是非やめていただきたい。相手が相手なだけに、突っ込みとしてパンチのひとつもできないのだから。

 

「それに店長は女の人です」

 

「あら、女の人が好きな女の人もいるわよ?」

 

 コーヒーをすすりながら弥生さんはニヤリと笑う。

 

「あ、弥生先輩お疲れ様です。一人ですか?」

 

 厨房から大地が顔を出し、こちらに歩み寄ってきた。

 

「早乙女くんこんにちわ。あなたのアルバイト先もここだったのね」

 

「俺もって言うか、俺があゆむにここ紹介したんですもん。まだこいつ慣れてないから、俺もあゆむのシフトの日に一緒に入って教育してるところです」

 

 偉そうにしやがって。今に見てろ、貴様よりバリバリ仕事できるようになってやる。

 ところで先日のキャンプの一件より、二人の仲はすこぶる良い。ついこの間まで険悪だった大地からの視線が嘘のようだ。

 

「こら!あんたらいい加減にしないとまかない抜きだよ!」

 

 店長に怒られて俺と大地はまたいそいそと職務に戻ることにした。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 弥生さんが帰る頃には客足も次第に減り、なかなか暇な時間が増えてきた。ちらほらとやって来るのは相変わらず大学生ばかりで、スタッフは皆、まかないを食べたりのんびり皿を洗ったり忙しなさを失って一息吐いているところである。

 そんな中、新人の俺が率先してホールをまわるのだが、夜になるといかんせんめんどくさい客が多くなってくる。

 

「おねえさん新しくここ入ったの?バイト何時まで?よかったらこのあと遊びにいかない?」

 

「すみません、今日あたし閉店までなんですよー」

 

 ナンパなら他所でやりやがれ、と今までなら眉間に皺寄せて怒鳴り付けているところだが、今俺はここの従業員なのだ。心の奥をグッと殺して爽やか営業スマイルである。弥生さんの男のあしらい方を思い出しながら、やっぱりあの人はすごいなと胸中で拍手を送る。

 入り口のドアが開き、レトロなベルの音が鳴った。これ幸いと俺はそちらの対応へ赴く。

 

「こんばんはあゆむさん!」

 

 くろちゃんだった。いつものようにあどけない笑顔でこちらを見つめながら、背には大きなリュックをからっている。

 

「くろちゃん!どうしたの?こんな時間に」

 

「あゆむさんがここで働いてるって、弥生先輩からメールが来たんです!今日はサークルの会議があって、今帰りなんですよ」

 

「そうなんだ、あたしもあと30分であがりだから、よかったら一緒に帰ろっか?注文何にする?」

 

「よろこんで!じゃあカフェオレをください!」

 

 今日一番のカフェオレを作る。美味しくなーれと喉の奥で唱えながらゆっくりと牛乳を注いで、あゆむ特製まろやかカフェオーレの出来上がりだ。

 

「お待ちどうさま!特製だよ!」

 

「わぁ、いただきます!」

 

 くろちゃんにはストローがよく似合うなぁなんて、微笑ましい気持ちでいっぱいになる。

 

「お、ちびくろ!キャンプ以来だな!」

 

 またもや大地がやって来た。

 俺はゲッと息を漏らし、バツが悪い顔を隠せないまま、こっちに来んなと目配せをするが、だいちはなにぶん阿呆なのでそんなアイコンタクトに気付かない。

 

「ち、ちびくろってわたしのことでしょうか?それを言うなら早乙女さんが無駄に大きいだけじゃないんですか?」

 

 くろちゃんは笑顔を一瞬曇らせたが、すぐさまもとの幼い微笑みを取り戻してそう言う。

 ヤバイ、胃が痛くなってきた。

 

「だってこないだくろちゃんって呼ぶなって言ってただろ?」

 

「いやいや、でもその呼び方はくろちゃんに失礼だろ」

 

 俺は大地の脇腹に手刀を打ち込む。低い呻き声をあげて大地は表情を歪めた。

 

「なるほど、そう言うことですか、わたしは別に構いませんよ。と言いますか、やっぱり早乙女さんもいるんですね。早乙女さんってあゆむさんのストーカーかなにかですか?」

 

 見えない火花が彼女の微笑みの中に見える。対する大地はお気楽そうに笑っているが、やはり気が気ではない。

 あぁ、胃に穴が空きそうだ。

 しかし、俺もうろたえてばかりはいられない。キッチョムが大地と弥生さんの溝をいとも簡単に埋めてしまったように、今度は俺がこの二人の仲を何とかせねば!

 

「あのね、実は大地がここ紹介してくれたんだよ。それにいつも一緒にいる訳じゃないしね」

 

「なるほど、早乙女さん、同じバイトに誘ってまでしてあゆむさんと一緒にいたかったんですね」

 

 そう来たか。

 

「よくわかってるじゃねぇか!何を隠そう、俺はあゆむのことが大好きだからな!」

 

 お前も悪ノリすんじゃねえ。いや、多分本心なんだろう。

 それはそれで気持ち悪ぃ。

 

「わたしもあゆむさんのこと大好きですよ、いえ、言い間違えました。わたしの方があゆむさんのこと好きです」

 

 大地は目を丸くしてそれに応える。

 

「おぉ、やっぱり俺たち気が合うな!」

 

 合ってねぇよ。

 なんだこの空間は、当の俺はおいてけぼりじゃねぇか。気不味さと気恥ずかしさが混じり合って今すぐこの場から走り去りたい。

 こんな風に騒いでたらまた店長のお叱りを受けるぞ。

 

「ちょっと鈴木さんうるさい!働く気がないならさっさと帰ったら!?」

 

 ほらみろ、やっぱりこうなるだろうが……ただ、今声を張り上げたのは店長ではなく川口さんであった。まあ、怒らせて当然である。店内の客はもうくろちゃんしかいないとはいえ、流石に仕事中に雑談を挟みすぎた。

 素直に申し訳なさで肩を竦めてしまう。

 そこにあくびをしながら店長がやって来る。冷や汗を額に滲ませながら、俺はさらに小さくなった。

 

「まぁまぁ、その子二人の友達なんだろ?別に他に客もいないんだから構いやしないよ。でも鈴木さん、川口さんの言う通り、そろそろ帰んな。もうシフトの時間終わってるからさ」

 

 壁にかけてある時計は既に8時を過ぎていた。

 

「あ、早乙女くんは残業ね」

 

「えぇぇ!?なんで俺だけ!?」

 

「女の子をあんま遅くまで残せないでしょうが」

 

「あ、えーと早乙女くん。私も一緒に手伝うよ」

 

 キッチンに引き返す大地の後ろを川口さんがパタパタと着いていく。

 くろちゃんは眉毛を逆さ八の字にしながら残ったカフェオレをズズズとすすっていた。

 

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