何てベタな展開だろうか。ここで一句。
『我ながら 笑えてくるし 泣けてくる』
人と言う生き物は未来を想像できる生物である。してあるからして、何か物事に挑む際には計画立てて、最悪の結果を想像して、あくまで準備をして万全の状態を望む事ができるし、仮に無鉄砲で無計画で、当たって砕けろと言う熱血少年漫画の主人公のような人物も確かに存在はするかもしれないけれど、少なくとも俺は不安事や懸案事項はなるべく排除して、想定して生活を送ることを望む質であると自覚している。
であるから、自分の予測していたこと以外の展開を迎えた時にはこんな性格の人間は、必要以上に取り乱したり、破れかぶれな言い訳をしてしまうのだろう。
まさにそんな状況に、今俺は身をやつし、某21世紀の猫型ロボットよろしく、弥生えもんならぬ弥生先輩に泣き付いていた。
「……なんと言うかあゆむちゃん、ベタすぎて言葉もでないわ」
氷のように冷たい視線がぶれぶれとストレートに俺を刺す。
「いや、それは俺もわかってるんですってぇ……」
弥生さんは赤血球から二酸化炭素を絞り出すように大きな溜め息を吐き出した。
「あたし、漫画とか小説とか映画とか、結構好きだけれど、この展開はさすがに使いふるされているわよ」
眉間にシワを寄せて、あからさまに怒りを露にした彼女は俺の額を指で弾いた。
「この展開において、実は彼氏がいる、なんて言い訳、一昔前の少女漫画みたいじゃないの」
じんじんと痛むでこを押さえて、申し訳なさと不甲斐なさでトホホと声が漏れる。
昨日、立花をメールで呼び出した俺は直接この口で彼の告白を受け入れるつもりがない旨を伝えた。しかし、彼は食い下がり色々と、長々とした問答の末に困り果てた俺の口からとっさに出た言葉
『じ、実はあたし、付き合ってる人がいるんです』
軽薄すぎる言葉である。
真摯に向き合うと言う前提条件すら無視した、嘘を吐いてまでその場から逃げ出そうとする愚かな行為だ。驚きと悲しみに表情を曇らせる立花に、多少の安堵を感じた自分を思い出すだけで、更に自己嫌悪はギアを二段階ほどあげて轟音を侍らせている。
「いや、だって俺、告白されるのなんて初めてですもん」
言い訳にならない言い訳を重ねて、呆れる弥生さんを上目使いで見る。
「そんな可愛い顔をしてもダメ。あゆむちゃんって肝が据わっているようで意外とヘタレなのね」
ヘタレ。この上なく屈辱的で、俺が言われたくない言葉ベスト10に入るであろう揶揄表現であるが、今の俺にはピッタリかっちりと当てはまる文句である。
「返す言葉もないです……」
弥生さんは本日何度目かの溜め息を遊ばせながら腕組みをした。
「それで、某黄色シャツ短パン眼鏡君よろしく、あたしに泣き付いて来たってわけか」
「……どうしたらいいでしょうか」
立花はそれなら残念ですと肩をすぼめてきびすを返した……なんて事にはならず、これまたお決まりのようにこう言った。
『なら、彼氏さんに会わせて下さい。もし本当にお付き合いしている人がいるなら、きっぱりと諦めます』
その言葉には、俺の言葉を信じていないと言うニュアンスがふんだんに取り込まれていた。返す刀で……もっとも、斬りかかったのは俺の方なのだが、売り言葉に買い言葉と言うわけではないが、後に引けない俺は構わないですよとかなんとか言ってしまったので、窮地の崖っぷちに立たされているわけだ。
うーんと唸りながら彼女は考え込むように目をぎゅっと閉じて、口を開いた。
「ここまでくると、もうセオリー通りにいくしかないんじゃない?」
「と、言うと?」
「誰かに彼氏役をやってもらうのよ。それを見せつけて納得してもらうしかないわね」
唇を尖らせて彼女は言う。
「えぇぇ……やっぱりそうなるんですか?」
あくまで怒っている体で、弥生さんは更に続ける。
「やっぱり嘘でした、なんて今更打ち明けたら相手の心を深く傷付けることになるでしょ?そんな嘘を吐いてまで僕とは付き合いたくないんだって」
「確かにそうかもしれないですけど……」
本来の趣旨と言うか主張はどこえやら、ただ嘘もバレなければ嘘でない真実になるなんて事はこの年になれば流石にわかる。もちろん嘘なんて吐くことが一番悪いことだけれど、優しい嘘も確かに存在するのだと彼女の提案を噛み締めてみる。
でも素直な意見としての、弥生さんなんか面白がってないですか?とは聞けなかった。いや、聞くまでもなく答はイエスなのだろうけれど、自責の念の前に、俺には拒否権は無いとよくわかっていたからだ。
「相手役はやっぱり早乙女くんでしょうね。吉良先生はさすがに生徒と先生と言う立場上不味いし、なにより既婚者だし」
「大地ですか……」
他に選択肢がないとはいえ、やっぱりあいつに頼むことになるのか。今度は俺が溜め息を吐く番である。
いや、憂鬱な気分になる権利すら本来俺にはないのだが、とは言えどもやはり濃い靄が色々な形を隠していく。
「安心して、ばっちりサポートするから」
頼もしくも天使のような微笑みの片隅に小悪魔が見えた気がした。