決戦の日。
俺は大地と二人、待ち合わせ場所の駅前噴水近くに佇んでいる。
「いいか、打ち合わせ通りやれよ。今日だけ俺とお前はカップルだ。お互い不本意だとは思うが、何卒宜しく頼む」
「本当に不本意だ。たとえ相手があゆむだとしても、女と付き合ってるふりなんて」
大地は眉間にしわを寄せながら腕時計をちらりと見る。まだ時間まではいささか余裕があった。
「だから、何度も謝ってんだろ。俺だって嫌なんだ」
「あゆむが不本意そうにしてるのが尚更腹立たしいんだけどな」
いまからイチャラブを第三者に見せつけなければならないというのに、既に俺たちの間には険悪な空気が充満している。
ポケットの中で携帯が振動した。液晶には弥生さんからのメール。『もっと楽しそうにしなさい』との指示があった。
すぐ近くの喫茶店のテラス席で、深々と帽子を被りサングラスをかけた彼女がこちらを眺めている。
不自然な変装がかえって目立っている。俺は精一杯笑顔を作って彼女を見たが、ひきつる口角を隠せそうにはない。
「で、どんなやつなんだその立花って男は」
腕組みをしたまま大地は呟く。
彼氏の存在を打ち明けられた父親のような佇まいだ。
「悪い奴ではないとは思うんだけど、いかんせん俺もよくわからん。なんか女にモテそうな感じだよ」
「俺が一番嫌いなタイプだな」
仏頂面に磨きをかけて大地は唸る。
大地はこのまま不機嫌そうにしていた方がシチュエーション的に正しいのだろうか、けたたましく鳴る携帯には『腕を組め』とか『手を繋げ』だとかの指令がひっきりなしに送られて来るのだが、弥生さん、あなた単に面白がっているだけだろ。
「あ、来たぞ」
小声で呟く。
雑踏の奥から立花が姿を見せた。季節感のある服装に清潔感を纏わせて、まるで雑誌に載っているモデルの様だ。
「こんにちは、鈴木さん。こちらが話していた彼氏さんですか……?」
挨拶する間も無く先手を打たれる。
慌てるな、昨晩練習した通りにやれば問題ない。自分に言い聞かせて、一呼吸。
「はい、彼があたしの……」
「てめぇか」
大地が低い声で言った。
待て、そんな台詞は台本にはない。
「てめぇか、あゆむにちょっかいかけてる野郎ってのは」
大地が立花に詰め寄る。
「ちょっ、ちょっと大地!」
今にも殴りかからんとする大地を宥めようと割って入る。
しかし、立花は物怖じすることなく言葉を返した。
「はい、初めまして。立花と言います。鈴木さんに一目惚れして、先日告白しました」
逆に大地がたじろぐ。
まぁ、ここまではっきりと言われると面食らうわな。大地の方が動揺しているのがわかる。
俺はと言うと、恥ずかしさで顔を伏せる。
「あなたが構内でも鈴木さんとよく一緒にいるのは知ってます。でも、付き合っていないと噂で聞いてました。
本当のところはどうなんですか?」
あくまで強気な立花。
「つ、付き合っとるわ!なぁ、あゆむ!」
「そ、そうそう!付き合ってる!」
台本何処へやら。
重みのない言葉を二人で口にして、明らかに不審である。
「証拠を見せてください」
「しょ、証拠?」
「今、この場でキスしてください」
とんでもないことを言い出した。
「で、出来るわけないでしょそんな事!」
声を荒げる。
何故か顔が熱くなるのがわかった。何故なのかはわからないが。
大地はと言うと放心した様に虚ろな瞳を泳がせている。
「どうしてですか?二人は付き合ってるんですよね?」
「人前でする事じゃ無いって言ってるの!」
押し問答だ。
こんな公衆の面前でそんなことできるはずがない。例え本当のカップルであったとしても、そんなことしたことないし、出来ない。
立花くらいのモテ男(あくまで予想だが)ならそのくらいお茶の子さいさいのだろうけど、恋愛経験のない俺はと言えば、まだ人とキスすらしたことがなかった。
「本当に、二人は付き合ってるんですか?」
立花が確信に迫る。
大地と二人して言葉をなくす。沈黙が流れる。
立花の視線がより色濃く疑念に濁る。
「……あゆむ、キスするぞ」
大地が思い切ったことを言いやがった。
「え、ちょ、ちょっと待って!待て!」
両肩を掴まれ、そこから大地の緊張が伝わる。強張った力が体に重くのしかかっている。
弥生さんが席から身を乗り出してこちらを見ている。サングラスを外して興奮気味にこちらを見ている。もうこの人、助けてくれる気なんて無いらしい。ファイティングポーズしてるし。
大地の顔がすぐ近くに迫る。
近くで見ると整った顔立ちをしてやがる。女受けするわけだ、こいつが同性愛者でなければ、さぞかし多くの女を流せたことだろう。
あぁ、大地の唇がすぐ近くまで……
「できるか!」
頭突きを大地の顎に叩き込む。
鈍い音とともに大地が吹き飛んだ。
立花が目を丸くして声を失っている。弥生さんが額を抑えて天を仰いだ。
呆然と立ち尽くす立花を睨む。
「あんた!あのね、キスなんてものは人に見せつけるためにするものじゃないの!愛を確かめ合うためにするものなのよ!
それを何?付き合ってる証拠?ふざけるのもいい加減にして!
あなたの言う通りあたし達は付き合ってないかもしれないけど、それ以上に強い絆があるの!あなたがキッスなんかで繋ぎとめてる以上に、強い絆がね!」
ひと息に口から出まかせを言う。
自分でも破茶滅茶な話だとは思うが、知るか。後は野となれ山となれだ。
「や、やっぱり付き合ってないんじゃないか!」
「その点は謝るわ。でも、相手のことを考えないあなたのその言動に、あなたの告白を受けなくて良かったと、今は心の底から思ってるわ!」
呼吸を整える様に深く息を吸い込んだ。
「嘘を吐いてごめんなさい。でも、やっぱりあなたとお付き合いはできない。
さようなら」
背を向け、俺はその場を後にした。
結果オーライだ。自分にそう何度も言い聞かせる。
広場には言葉を失った立花と、白目を剥いた大地だけが残されていた。