もうしわけございません。
みぞおちを擦りながら大地は言う。
「あゆむさぁ、前から言ってるけどノーモーションで人間の急所を攻撃するのはやめろよ。俺じゃなかったら死んでるぞ。
まぁ、そんな非道なことするやつはお前しかいないから今の一発でお前があゆむだって確信するに至ったわけだけどさ」
ぶすたれた俺の機嫌を伺うように早乙女大地(馬鹿)は笑った。
「なら結果オーライだろ。でもさっきのちょっとしたやり取りで俺が鈴木あゆむだってなんとなくわかったことは誉めてやる」
「あぁ、ほんとはさ、さっき押さえ付けてたときにズボンがはだけて尻が半分見えてたんだけど、ほら、お前尻の右ほっぺにほくろが二個あるじゃん?それが見えたとき、あぁこいつホントにあゆむなんだろうなって思ったんだよ」
「なんで俺の尻のことそんなに知ってんだ!その情報俺ですら知らなかったよ!」
自分じゃ自分の尻なんてあんまり見えないからな、と大地は得意気にほくそ笑む。いや、貴様に尻を見せたこともないだろうが。
「でも何がどうしてお前女になんかなっちまったんだろうな」
やっとこさ本題に入る。
目的までの道のりが想像以上に遠く、今回の出来事がどれ程大変なものか再認識させられた気分だ。
「実は俺飲み会の途中までしか記憶ないんだよ。大地は記憶あるか?」
「マジかよ、珍しいこともあるもんだ。そう言えばお前結構飲んでたもんな。あの後お前が俺を家まで送ってったんだぞ。ちなみにその時はまだあゆむ男だった」
大地も相当酔っていた。その供述をどの程度信用できるかは置いといて、と言うことは俺は大地んちから一人で帰ったのか。歩いて15分くらいの距離だからもしかしたらタクシーを使ったのかもしれない。普通に考えたらその道中でなにか起こったのだろう、いかんせん記憶がないからどうしようもないが。
「手掛かり無しか…………大地がなにか知ってるかもと思ってたんだけど、またふりだしだよ」
「酒でとんだ記憶はほとんど戻らないと思っていいから、お手上げってところか。ただなあゆむ、お前帰り道で『俺かお前、どっちか女だったらよかったな』って言ってたぞ」
「嘘吐けよ。え?俺ホントにそんなこと言ったの?」
「本当だとも。『俺も大地のことが友人以上の意味で好きすぎて困る』とも言ってた」
さすがにそれは嘘だろ。
…………嘘だよな?
「嘘だよ」
本日2度目のコークスクリュー。先程よりも体重を上手く乗せれたので今度は大地を30秒ほど気絶させることができた。
「ビックリした…………あゆむが女になった夢を見た」
意識を取り戻した大地は開口一番そう呟いた。
「残念だけど現実だよ」
二人で大きな溜め息を吐く。
「てかさ、あゆむどうすんの?家族とかにどう説明すんの?」
言えるわけないだろ。アホの大地でさえこんな手間隙かけてやっとこさ状況を飲み込ませることができたのに、うちの両親がこんなこと信じてくれるはずもない。妹に関しては発狂してしまいかねない。
「言えないな。母親はいっつも男らしく生きろって言ってるし、バレたらどうなるかわからんと思う。わりとマジで」
「あゆむの母ちゃん、こえぇからな。」
「原因がわからないからとりあえずこれから病院に行くつもりだけど…………」
「それはやめておけ」
大地は神妙な面持ちで言った。
「え、なんで?」
「お前、目が覚めたら性別変わってましたなんて医者がそんなこと信じるわけないだろ。それに万が一信じてもらえたとしてもだ…………日本政府のモルモットにされるぞ」
「ま、マジで!?」
「あぁ、十中八九そうだ。解剖されてホルマリン漬けにされるぞ」
「いや、まさかそんな…………」
「生きたまま頭開かれて金属の棒ぶっ刺されて電気流されるぞ」
想像してみる。真っ白な部屋で数人の科学者に取り囲まれながら身動きひとつ取れない俺に怪しげな器具がギラリと鈍く光って突き刺さる。
危ないところだった。危うく研究材料にされて体を好き勝手弄くられるところだった。
「うぁ…………ヤバイなそれ。大地に相談しといてよかった…………」
「なぁに、俺とお前の仲だろ。お前が男のままだったらお礼にキスのひとつでもしてもらうところだけど今はやめとく。男に戻った時にとっておくぜ」
気持ち悪い。大地のウィンクが最高に気持ち悪い。二日酔いとあいまった吐き気が胸焼けと混ざって赤黒い渦をぐるぐると取り囲んでいるようなそんな気分。
「でもさ、学校どうすんだ?」
ホントに気持ち悪い。そうだ、森林を思い浮かべるんだ。鳥のさえずりと若葉の擦れる音しかしない少しもの寂しげな緑の中の冷えた空気…………あ、話が本題に戻ったようだ。
「普段の講義は良いとして、試験がある講義は受けられないだろ。試験中に学生証で顔写真と照合されちまうし。単位を全部レポートだけでOKな授業で埋めることなんて多分無理だろうしな」
一番のネックはそこだ。しかも講義によっては毎回出席確認するものもある。1度や2度ならなんとか誤魔化すこともできるだろうが、少しでも疑われたらその場で本人確認されかねない。
「ああぁ~…………」
頭を抱えるのは本日何度目だろうか。二日酔いもどこへやら、気が付くともう空は赤みがかっている。
「とりあえず当面は女として生きていくしかないだろ」
「簡単に言うなよ…………」
「いや、あゆむのためを思って言ってるんだよ。それを受け入れるのもひとつの勇気で、あゆむのためでもある。お前鍵開けっぱなしで寝てただろ、今まではそれでよかったかもしれないけど女の独り暮らしだとあり得ないくらい不用心だぞ」
言われてみれば大地の言葉は的を射ている。もとの体に戻るまでの間、根本的な生活から全てが変わってしまうのだ。正直全くもって想像できないが、男でいた時よりもずっと多くの煩わしさがこれから待ち受けているのだろう。
「めんどくせぇなぁー!」
頭をかきむしる。大地はそれを咎めるように俺を指差した。
「ほら、そういうひとつひとつの仕草も女らしくしないと。もう周りにとってはお前はただの女にしか見えないんだから。今まで通りに振る舞ってると変な目で見られるぞ」
「うるせー!俺は男だ!」
大地が呆れたように溜息を吐く。
普段アホなことばかり言っているくせにこんなときだけ妙に冷静でなんだか腹が立った。
「まぁ、俺はこれまでと同じようにあゆむに接していくつもりだから安心して良いぞ」
「そうしてくれると助かるよ。でもさ、どっちかって言うと大地が女になってれば色々と丸くおさまってたのかもな」
思わずそんな言葉が口元を滑った。もちろん冗談なのだが、当の大地は不満気な表情をあからさまに張り付けている。
「お」
その瞬間第六感と言うか俺の中の野生が危機を予知したのか右手を脊髄反射が支配した。
「やめろ、反論しなくて良い。何を言い返そうとしてるのか俺にはわかってるけど、それは放送コードに引っ掛かる」
間一髪のところで大地の口を塞ぐ。それを振り払い大地はよりいっそう不機嫌な顔になる。
「お前から話振ったくせに。それに別に良いじゃねぇか、下ネタのひとつやふたつくらい」
「うるせぇ、そういうのセクハラって言うんだ」
「男どうしだから気にすんなよ」
「さっきまで女らしくしろとか言ってたの誰だよ!」
ついつい手が出てしまうのは俺の悪い癖だ。ただ、今回はパンチではなくビンタにした。女らしいだろう?