「海行こうや海!」
キッチョムである。
大地と3人で居酒屋にて、とりあえずビールの次の台詞がこれであった。
「嫌だよ」
考えるまでもなくそう答える。
ヤツの魂胆は見え見えである。俺やくろちゃんや弥生さんの水着が見たいから、それ以外に考えられない。
「なんでや!鈴木や黒川ちゃんや弥生の水着が見たいんよ!」
ほらな。正直な事は良い事だが、正直すぎるのも如何なものか。そんな理由で俺がじゃあ良いよ!とでも答えると思っているのか?まぁ、彼女等の水着姿が見たくないのかと聞かれれば、悩ましいところではあるけれど。
「鈴木はあの子等の水着姿が見たくないんか!?」
お前はいちいち俺の思考を口に出すんじゃないよ。
夏休みももう数えるほどしかなく、しかしながら炎天下の続く今日この頃。
長いようで短い大学生の夏休みが終わりを迎えようとしているネガティブな俺たちの前でテンションを上げるな、鬱陶しい。
「そういやここ何年も海行ってないな。良いんじゃねぇの?あゆむ」
珍しく大地が乗り気である。
「嫌なもんは嫌だ。なんで人前で水着になんかならないかんのだ。焼けるのも嫌だし、それにもう海なんてクラゲだらけで泳げたもんじゃないよ」
「良いやんクラゲ!可愛いやん!触手最高やん!」
水族館にでも行け。
「今年の夏は今しかないんや!思い出作ろうや!」
確かに今年の夏の思い出といえば、飲んでばっかりだった。バイトが忙しかったし、特にこれと言った思い出はない。
しかしながら、俺は首を縦に振る気にはならない。
「なんと言われようが俺はいかんぞ。二人で行け二人で」
「男二人で行って何が楽しいんや!」
キッチョムの悲痛な叫びが居酒屋に木霊する。
大地もキッチョムの裸には興味がないようで、確かにそうだと腕組みをしている。
「ダメだキッチョム。今日のあゆむは折れそうにない」
なぜここまで頑なに拒否をするのか、その理由はハッキリとはしないが、明確な意思が俺にはあった。
キッチョムはがっくりと肩を落とし、ビールをちょびりと口に含んだ。
かと思えばすぐに顔を上げ声を上げた。
「なら祭りに行こう!ほら、今週末にあるやん花火大会!浴衣着てみんなで行こう!」
「えぇー、人多いから嫌だ」
「こ、この現代っ子め!」
酒をあおるキッチョム。大地もつられてグラスを傾け、空になったジョッキを置きながら言った。
「祭りくらい良いじゃねぇか。俺、金魚掬いやりたいぜ!」
今まで一匹も掬えたことないくせに。
キッチョムが大地と固く握手を交わしている。流石早乙女と、大地の肩をバンバン叩きながらチラリと俺を見た。
大きな溜息が一つ。
「わかったよ、祭り行こうぜ。ただし、おれは浴衣は着ない」
「なーんでや!なーんでや鈴木!鈴木なんでや!」
うるさいアホ、静かにしろ。店員さんがひいてるだろうが。
「俺は女の子の水着の次に浴衣姿が好きなんや!白い浴衣の下に黒い下着を着けてる女の子が死ぬほど好きなんや!」
下心しか無いじゃねぇか。
「だって浴衣持ってねぇもん」
「大丈夫!買ってある!」
なんでだよ。
「他の女の子のぶんも買ってある!だからお願いします」
溜息がまた出た。この空間の二酸化炭素濃度がどんどん高まっていくのがわかる。
俺は渋々と首を縦に振り、馬鹿二人が小躍りしているのを横目にビールを飲み干した。
こうしてこの夏最後のイベントが幕を開けた。そして、これが大波乱の前兆であったことを、この時俺が知るはずもなかったのだ。