夏祭りのその後はあまり覚えていない。
くろちゃんや弥生さんの前だから詳しいことは後日話すとキッチョムが指定した場所はいつもの居酒屋だった。
「なんや、早乙女も来たんかいな」
既に定位置に腰を据えていたキッチョムは片手を上げて俺たちを手招きした。
「あゆむから話は聞いた。あ、取り敢えず生を3つ」
「ガルルルル」
「え、どうした鈴木」
「ガルルルル!」
キッチョムが不審そうな目で俺と大地を交互に見る。大地は困ったように肩をすくめて溜息をついた。
「まぁ、順を追って話をしよう。なぁ、あゆむ」
「ガルル!」
「いや、順番つけるなら鈴木が急に野生に帰った原因は優先度高そうやけど……」
キッチョムに睨みをぶつけ、先の言葉を遮った。大地は相変わらず溜息を漏らしながらどうどうと俺をなだめる。
そうこうしているうちに生ビールが運ばれて来て、ぞんざいにテーブルに置かれた。
素早くジョッキを手に取り、天高く掲げた。
「かんぱーい」
「乾杯は普通に言えるんや……」
そんなツッコミを聞き流して一気にグラスを飲み干す。喉を焼くような炭酸の刺激が火照った脳を冷やした。
お通しのなんかよくわからない野菜の酸っぱいやつを掻き込む。
「箸も使えるんや……」
口火を切ったのはやはり大地だった。
「キッチョム、あゆむが男に戻る方法を知ってるのはほんとか?」
単刀直入に切り出した。キッチョムも酒を煽る手を休め、ぷはっと一息付いて言葉を返す。
「目星がついてるって言うのが正しいんかなぁ。100パーセントやないけど、恐らくは」
「ガルルルル!ガルルルル!」
「その唸り声やめてもらえんやろか……」
今にも飛びかからんとする俺の肩に手を置いて大地は続ける。
「じゃあもう1つ質問。あゆむが女になった原因はキッチョム、お前なのか?」
「ガルルルル!ガルルルル!ウォォ!」
「ちょ、怖い怖い!吠えんといて!違う、断じて俺はそんなことしとらんぞ!」
その言葉を聞いて俺は些か安心した。
大地がやっと俺から手を離す。
「そうか、あゆむはそれを疑ってたからこんなんなっちまったんだ。
もし今回の騒動の黒幕がキッチョムだったとしたら、もう話なんかしてやるもんかってな」
「そういうことだ」
「あ、元に戻った」
胸を撫で下ろすキッチョム。
狼狽えるキッチョムは新鮮だったから、もう少し狼少女を続けても良かったが、話が進まないので人間に戻ることにする。
「キッチョムは俺の敵じゃないってことで良いんだな?」
眉間に力を込めたまま2杯目のビールに手をつける。
キッチョムはケラケラと笑いながら手のひらをヒラヒラと振った。
「なにを今更。俺はいつだって鈴木の味方やで」
改めてグラスをぶつけ合う。
キッチョムは美味しそうに黄色い液体を喉に流し込んだ。
「で、その男に戻る方法ってのはなんなんだ?」
核心に迫る。
キッチョムは煙草に火を点け大きく煙を吐き出した。
「まだ教えられん」
瞬時に地獄突きが出た。反射というやつだ。
キッチョムはけむっぽい咳を吐き出しながらえづいている。大地が再び俺の腕を掴んでどうどうと背中を叩いた。
「ちょっと待って、話最後まで聞いて……」
「俺は短期で野生的なんだ。あんま勿体ぶんなよ、またガルルルルって言うぞ!」
キッチョムはビールで呼吸を整えようとしてまた咳き込んでいる。その間に大地が焼き鳥の盛り合わせを注文した。
「教えるために1つ条件があるんや、まずは話を聞いてくれ」
言い終わる前にポケットからクシャクシャになった紙切れを取り出し、テーブルに広げた。
「なんだこれ。ミスコンのチラシじゃねぇか」
「これで鈴木が優勝したら、男に戻る方法を教えちゃる」
本日2度目の地獄突き。再びキッチョムは咳き込んでげぇっと変な声を漏らした。
「なんで俺がそんなことしなきゃならんのだ!悪目立ちしたらダメだってことくらいお前も分かるだろが!」
「ど、どうせ男に戻るなら最後くらいいいやん。非公式のコンテストなんやし、別に問題ないやろ」
「良かないわ!問題あるわ!大有りだ!」
言わずもがな、このミスコンは昨年弥生さんが優勝したあのコンテストだ。俺も観客の1人として見に行ったけれど、大勢の前に立ち自己紹介やらなんやらの審査を経等必要があり、要するに構内の晒し者になってしまう。
大地が口を開く。
「俺もこれは些かやばい気がするんだけど、キッチョム、なんか考えがあるのか?」
キッチョムは再び煙草に火を点ける。
「面白いかなとおもって……」
言うまでもなく、本日3度目の地獄突きであった。