女子化日記   作:こぞう

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34.弥生さんによるミスコンの心得

 

 翌日もまたお決まりのコースであった。

 大きな古時計のある喫茶店の一番奥の席で俺は弥生さんを待つ。考えてみると、俺がこの席で彼女より先にコーヒーをすするのは初めての事であった。

 彼女を待つ間、振り子時計に掘られた細かな装飾や文字盤に残る褪せた色を眺めて時間を潰した。

 約束の午後2時を告げる低い時計の音が鳴り終わる頃、弥生さんは店のドアを開いた。

 

「お待たせ。あら、今日はカフェオレじゃないのね」

 

 まだ夏休みが終わるまで2日間の猶予があると言うのに、彼女はもう秋模様のコーディネートであった。薄紅色のカーディガンを羽織り、つま先だけが顔を出すサンダルを履いている。

 ホットコーヒーを注文し終えた後、弥生さんは俺に問いかけた。

 

「それで、今回はどういった展開が起きているの?」

 

 俺は夏祭りでのキッチョムの言葉、そして昨日の居酒屋での出来事を出来るだけ声を控えながら話した。弥生さんは終始口元に僅かな微笑みを含みながらその話を聞いていた。

 

「それで、結局吉良先生は口を割らなかったわけね」

 

 あの後、計5発の地獄突きに耐えたキッチョムは、ついに最後まで条件を譲らなかった。

 どうしてそこまで俺のミスコン出場もとい優勝に頑なにこだわるのかが、俺には理解できなかった。

 

「きっと吉良先生にはそれなりに考えがあるのだと、私にはそう思えるわ。単なる面白半分であゆむちゃんに不利益を与えるとは考えられないもの」

 

 湯気の少なくなったコーヒーカップを口に運びながら弥生さんは言った。

 悔しいことに、俺も彼女と同じ意見だった。キッチョムは『面白そうだから』としか言わなかったけれど、どうしてもその言葉が本質ではない気がしてならない。

 素直な疑問をまだ酸味の残る舌に這わせる。

 

「あいつの考えって何なんでしょうか?」

 

 弥生さんは笑みを見せずに答える。

 

「それは、あたしが教えることではないわ」

 

 その返答には、彼女がキッチョムの真意を理解していると言うニュアンスが孕まれているように感じた。ただ、それを追求したところできっと意味がないこともわかっている。

 俺はすっかり汗をかいたアイスコーヒーのグラスを空にした。

 

「そもそも、俺にミスコン優勝なんて出来るんですかね」

 

「例年通りだと出場者はだいたい15人くらいだから、簡単とは言わないけれど不可能ではないでしょう。

 心配しなくても、あなたにはそれだけの素質がある。少なくともあたしだったらあゆむちゃんに投票するわ」

 

 昨年度グランプリ受賞者は再び笑顔を見せる。その言葉だけで少し気が楽になった。

 

「あんなものは言わばただの人気投票なんだから、ある程度気楽にやれば良いのよ。

 ……まぁ、あゆむちゃんの場合は男性に戻れるかどうかが懸かった大勝負だからそうも言ってられないか」

 

 俺はアイスカフェオレを追加で注文した。

 やはりコーヒーの独特の酸っぱさがあまり好きにはなれなかった。

 

「じゃあミスコンにおいて留意しておかなければならないことを3つ、助言しておこうかしら」

 

 前傾姿勢になり生唾を飲み込んだ。

 彼女の言う通り、今回のコンテストには俺の今後が懸かっている。残暑のもたらすものとは別の汗が、空調の効いた店内でこめかみに滲む。

 

「まず1つ目に、ミスコンはただの人気投票であるということ。

 自己PRや特技披露の時間もあるけれど、正味な話、容姿でほぼ結果が決まると思ってもらって結構よ。この点においては安心して良いわ。おべっかじゃなくあゆむちゃんは凄く美人だから。あたしが太鼓判を押すのだから、信用して」

 

 この際、気恥ずかしさを無視して彼女の言葉に頷くことにした。弥生さんの人差し指を見つめる。

 2本目の指が立つのを眺めながら、一度深呼吸をした。

 

「2つ目、さっき言った通りこれはただの人気投票。だから大規模なサークルに所属している参加者はそれだけで組織票を得ることができるの。あゆむちゃんはこの点において絶対的に不利な立場よね。

 でも、女ってのは結構腹黒い生き物だからよっぽど仲が良くないと、見知った人間には票を入れないの。つまるところ、女性票をいかに拾うことができるかが勝利の鍵ね」

 

 確かに、俺に女になってからの知り合いはほとんどいない。

 女性票ってどうやって集めれば良いんだと問いたくなるのを我慢して彼女の話を最後まで聞くことにする。

 

「3つ目。学祭1日目に、同じくミスターコンテストがあるのは知ってるわよね?その優勝者はミスコンにおいて、1票が20票換算されるの。

 たった20票、されど20票よ。1人それだけの力を持つのだから馬鹿にはできないわ。

 これに関して言えば、特に手の打ちようがないわね」

 

 話を聞き終えて、改めて俺は溜息をついた。今回のチャレンジがいかに骨が折れることであるか、改めて痛感させられる。

 頭を抱える俺を弥生さんは無言で見つめていた。

 学園祭まであと1ヶ月。俺にできる事は何があるのだろうか、髪を掻き毟りもう一度溜息を吐き出した。

 

「あ、ごめんなさい。もう1つ、一番大事な、頭に置いておかなければならないことがあったわ」

 

 思い出したように弥生さんは言った。

 まだ何かあるのか、俺は面を上げて彼女の笑顔を見つめた。

 

「あたしも出場するっていうこと」

 

 その言葉の意味を深く吸い込んで、噛み砕いて、俺は思わず息を詰まらせた。

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