正しくは第四話となります。
もうしわけございません。
更に1日が過ぎた。一晩寝てみても俺は見慣れぬ女のままである。
今日も昼頃に大地が来ると言うので、とりあえずなんとなく着れそうな服を引っ張り出して身にまとうが、どうしてもブカブカのダボダボでだらしがない。ベルトをきつめに巻いてみても穴が足りないくらいで、体は一回り以上小さくなっていることにあらためて気付く。肩までのびた髪が鬱陶しく首筋をくすぐって、とりあえずこれから女として生きていかねはならないことに溜め息が出た。
先が思いやられる。
肩を落としながらボーッとしているとチャイムが鳴った。大地が来るにはまだ少し早い時間だ。
誰だろうと若干の不安を覚えながら短パンのベルトをより強めに絞めて玄関へと赴く。
「あ、あの、昨日から向かいの301号室に越してきました黒川と言います。これ、つまらないものですが…………」
ドアを開けてみると見知らぬ少女が立っていた。華奢な少女は深々とお辞儀をしながら緊張した表情で俺を見つめている。昨日の引っ越し作業の音はこの子のものだったのだろう、恐る恐る差し出された紙袋を受け取り俺も自己紹介を返す。
「ご丁寧にありがとうございます、302号室の鈴木です。これからよろしくね」
思えば女になって初めて他人と接するわけだ。なるべく女性らしくと言葉を選んでみたが、なかなかどうして難しい。でもどうだ、結構様になっているんじゃないだろうか。
「大学生?」
このアパートは俺の通う大学の学生が主な入居者である。黒川さんの前の住人も俺の2つ3つ年上の大学生で、深夜に奇声を発したり他人の部屋のドアにまで不気味な御札を貼りまくるような迷惑な輩だった。そんなこんなでこの1年間辟易として過ごしていたが、新たな入居者は真面目そうで大人しそうな女の子で安心である。
これで夜な夜な隣人宅に怒鳴りこむ必要もなくなるだろう。
「あ、はい。来週入学式で、学部は経済です」
小柄な少女は言われないと中高生に見えるくらい幼く、そしてあどけなく見えた。
ぎこちなく微笑む感じが非常に初々しい。短めの綺麗な黒髪と赤いフレームの眼鏡が図書委員を連想させ、服装もおとなしめでなんとなく育ちの良い子なんだろうなと思った。
「じゃああたしの後輩だ。わからないことや困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
俺は頼れる優しいお姉さんを演じつつ、女としての振る舞いのこの方向性で決めることにした。何よりこの新入生と仲良くやっていければ良いなと言う第一印象がそうさせたのだろう。
「ありがとうございます。初めての独り暮らしで不安がいっぱいで、お向かいさんも男の人だって聞いてたからちょっと緊張してたんですけど…………優しくてこんなに綺麗な方でホッとしました」
緊張がほぐれてきたのか笑顔が先程よりも可愛らしく見えた。
逆に俺はドキリと鼓動が強まる。
「あーえっと本当はそうなんだけど今はわけあってあたしが住んでるの。でも本当の家主もとてもいい人だよ」
しどろもどろしながらそう答えて俺は部屋に戻ることにした。ドアを閉める間際まで彼女は俺を見送ってくれ、まるで彼女を騙しているような気分になり罪悪感が込み上げてくる。
これから先もこんな風に周りを欺いていくのかと思うとやるせない。
「おーい鈴木、お前これ飲み会の時に忘れていったやろ」
今しがた閉めたばかりの玄関が開いて聞き慣れた方言が耳をついた。
「え、誰?鈴木の彼女?」
声の主は俺の所属するサークルの自称顧問、吉良 武(きら たけし)、通称『キッチョム』であった。あだ名の由来は名前の漢字をあてたものであり特にとんちが得意と言うわけではない。
ボサボサ頭に無精髭でいつもやる気がなさそうだが、講師の中では年齢も若く、かつフランクな性格も相まり接しやすいと学生からの評価は高い。ただその適当な性格から信用は皆無である。俺や大地もキッチョムとは普段から下らない話をするくらいだから、ある程度は仲が良い方だと言えるだろう。
こやつの紹介はこの辺にして本題に戻ろう。
突然の訪問者に俺は唖然とし、昨日大地が言ったちゃんと施錠をしろとの忠告を忘れていたことを深く後悔していた。
どういう風に誤魔化すのが最善かを試行錯誤するあまり俺は口をパクパクさせ、なにも言葉を発することが出来ずにおおよそ10秒が過ぎた。
あまり沈黙を保っていても不信がられるだろう。なにかとりつくろうと唇を開きかけたとき、またもや玄関が開いた。
「おいあゆむ、ちゃんと鍵閉めろって昨日言つた…………なんでキッチョムがいんの?」
大地である。
どうして貴様らはチャイムも鳴らさず入ってくるのか、すこしは黒川さんを見習え。
しかしこれは渡りに舟だ。大地、なんとかうまいこと誤魔化してくれ!
「おぉ早乙女、良いところに来た。この女の子どちらさん?」
「そいつあゆむだよ」
このバカ野郎!
「えぇ!?鈴木って女やったん?でも見た目全然違うやん」
忘れていた。お前もバカだったな、キッチョム。
大地の言葉で生まれた一瞬の隙をつき、後ろからキッチョムを絞め落とす。カクンと項垂れながらキッチョムが膝から崩れるのを確認して大地に水平チョップを入れる。
「なんてお前いきなりバラすのさ!?」
「あ、あゆむ落ち着け。俺、昨日あの後考えたんだけど、これからのことを考えると大学内に協力者が必要だと思うんだよ。テストの話とか昨日したじゃんか…………」
「したけども、いきなり過ぎるだろ!それにお前よりによってキッチョムってお前」
「だって俺らキッチョム以外に大学の講師で知り合いいないだろ」
「そりゃそうだけど…………」
「それにキッチョムはなんだかんだ頼りになると思うぜ?意外と学生想いだし、なによりも適当な性格してるから何とかしてくれると思って。よく考えても見ろ、こいつ以外の大人…………もとい社会人がこんな話信じるわけないだろ?」
「話は聞かせてもらったわ」
唐突に起き上がったキッチョムはニヤリと笑った。
俺と大地は二人してビクリと肩を震わし、それを横目にキッチョムは続ける。
「にわかには信じられんけどお前、ホントに鈴木なんやな?一昨日まで男やったやん!いったい何が起こって女になったんや?教えてくれ!俺も女になりたい!女になって色々したい!」
大地はほれ見ろと言わんばかりの誇らし気な横顔を覗かせているが、俺は苦笑いから笑いを抜いた表情しか持ち合わせていない。
俺が心配していたのはこれである。キッチョムは年甲斐もなく変態なのである。酔っぱらったらほぼ下ネタしか話さないため飲み会では率先して潰されるのである。であるからして女になったなんてことを知らせるのは一抹どころではない不安があるのだ。
「なんでこうなったかはわからねぇんだよ。一応聞いとくけど、キッチョムなんか心当たりある?」
「ないわー。飲み会終わるまで普通に男やったし、その後のことは俺が知っとるわけないやろ」
収穫は無し。ちぇっとキッチョムは残念そうに舌を打った。
乗り掛かった舟と言うか、俺と大地はこれからの大学生活での問題点をキッチョムに話す。キッチョムは腕組みをしたままうんうんと頷いていた。
「まぁ事情が事情なだけに大学側の人間として協力させてもらうしかないな!なに、こう見えても俺の口は固いから心配せんで良いよ、他の教授連中や学生には言わんから!これは3人だけの秘密にしとこ!」
ホッと胸を撫で下ろす。別に信用しているわけではないがそれは俺じゃなくても同じだ。他の奴等がキッチョムの言うことを簡単に信じるとも思えない。そしてこいつがものわかりが良いことは不幸中の幸いだった。
これで当面の懸案事項は回収されたはずだ。
「でも俺もそれなりのリスクを犯すんやからひとつだけお願いしても良い?」
交換条件か。どうりで快く協力しようなんて言うはずだ、大人は本当に汚いぜ。
「胸触らせろとかだったら断るしぶっ殺すぞ」
俺が胸の前で腕を隠す仕草を見せると、大地は別に良いじゃねぇかと言った面持ちで俺を見て、それを睨み返すと下手な口笛を吹いて目線を逸らす。
言わずもがなであるが、キッチョムは大地の性癖を知らないので変なことを口走ることはできない。
「そんなこと言わんわ!俺だって愛する嫁さんと娘がおるから一線は越えんよ、触らしてくれるって言うなら是非お願いするけど」
大地を殴る時の半分ほどの力でキッチョムのみぞおちを突く。
「ち、違うんて。お願いって言うのは俺の用意した服とかを着て欲しいってだけなんよ」
むしろその要求の方が変態っぽい。うっすらと鳥肌がたった。
俺は嫌悪感を丸出しにして後退りをする。
「いや、やらしい気持ちは無いんやて!別に露出が高い服着てくれとか言わんから!服代も俺が出すし、一応鈴木の監査も通すから!」
「別に良いんじゃね?それで単位がもらえると思えば」
しばらく黙っていた大地がそう促す。お前早く話が終われとか思ってんだろ、簡単に言いやがるぜ。俺の身にもなってみろ。
でも確かにキッチョムがやることは危ない橋を渡ることに他ならない。俺はこの駆け引きを天秤にかけ力なく溜め息をついた。
「…………しょうがないな」
「決まりやな!」
キッチョムが立ち上がりガッツポーズをした。大地は俺を慰めるようによかったなと親指をたてた。
「じゃあ早速買いにいこ!俺車で来とるから町まで行こう!」
「いや、俺今外出できるような服持ってないんだよ」
「そこは心配ご無用や!こんなこともあろうかとちょうど良いもの持っとるから!車からとってくるから少し待っとって!」
走って部屋から飛び出していくキッチョム。
『こんなこともあろうかと』って、お前は普段何を想定して生きているんだ?
「まさかここまでうまくいくとはな」
「なんだろう、すごい絶妙な脱線の仕方をして変な方向に食い込んでいってる気がする。それに俺はすごい不安しかないんだけど」
「良いじゃねぇか。金も出してくれるってんだし、女としてのお洒落を楽しんでみれば?」
「…………大地、お前が楽しんでない?」
「バカ言え。俺は1日でも早くお前を男に戻したいと思ってるよ」
ドアが勢いよく開く。
「お待たせ!」
息を切らせながら飛び込んできたキッチョムが手にしていたもの。
早くも俺の不安は的中した。
「それセーラー服じゃねぇか!!」