女子化日記   作:こぞう

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5.男と女

 

「あ、鈴木さんおはようございます」

 

 女になって一週間ほど過ぎた。

 大学へ向かおうと家を出た俺に微笑みながら黒川さんは挨拶をしてくれた。

 キッチョムがうちに来た日、彼女の両親にセーラー服を着たまま挨拶をして変な顔をされたのだが、もうご近所付き合いも終わりだと絶望にうちひしがれたのも杞憂なようでその失態は彼女に知られていないのであろうある。

 何事もなく新学期が始まっても俺は特に危機に苛まれることもなく過ごしている。

 黒川さんがいつもこうして清々しい挨拶を交わしてくれることが最近の楽しみだ。去年の俺はこんなにフレッシュで希望に満ち溢れていただろうか、そう考えると僅かばかり年を取ったような気分になるのでやめることにしよう。

 

「もう独り暮らしには馴れた?」

 

 そう聞くと黒川さんは困ったように笑った。

 

「やっぱりまだ色々と大変です。一週間も経ってないのにもうホームシックですよ」

 

 女の子の独り暮らしはやはり不安が大きいのだろう、俺も他人事じゃあないなと苦笑いを返した。

 

 舞台を大学に移す。

 

「黒川さんってお前が話してたお隣の新入生のことだろ?」

 

 ざわめく講義室で大地は眠たそうにそう言った。

 

「そうだよ。ちっちゃくて可愛らしいんだこれが」

 

「あゆむ、お前は女の子を誉めることしかしねぇな。非常によろしくない。端から見たらただのレズだ」

 

 ホモのお前が言うな。

 

「だから一日でも早く男に戻る努力をせにゃならんのだ。それがあゆむのためでもあり、俺のためでもある」

 

 確かにその意見には賛同するが、何一つとして大地のためではない。

 

「お前はどんどん気持ち悪くなっていくな」

 

「今のあゆむには言われたくねぇよ。化粧なんかしやがって、しかも日に日にメイクがうまくなってんじゃねぇか」

 

「お、女としてちゃんと生きていくためには必要なんだよ」

 

 キッチョムは俺に大量の衣服と簡単な化粧品を買ってくれた。すっぴんでいると帰って目立つから少しだけでも化粧をした方がいいと妙に説得力のあることを言われ俺も納得してしまったのである。

 余談ではあるがキッチョムの選んだ服はわりかしまともだった。むしろセンスが良いと言っても良いくらいで、女子大生が着る服としてもお洒落な部類である。

 

「お、鈴木と早乙女!探したぞ」

 

 噂をすればキッチョムだ。もう始業のチャイムギリギリだが、お前は自分の講義にいかなくていいのか?

 キッチョムは俺の姿をじろじろと眺め意味ありげにうんうんと頷いた。

 

「今日飲み会あるんやけどお前らも来ん?」

 

「遠慮する」

 

 俺と大地が同時に答える。なんとなく察した悪い予感に珍しく意見が合った。

 

「そう言うなって、弥生もくるやで」

 

 なぜ弥生さんが。俺は驚きを胸の奥で隠して眉毛をピクリと動かした。

 

「なら俺は尚更行きたくねぇ。あの女はどうにも信用ならん」

 

 大地は目を細めてぶっきらぼうに言った。初耳だ、大地が彼女のことをそんな風に思っていたとは。

 するとキッチョムが俺の心境を代弁した。

 

「えぇーそうなん?知らんかったわ。じゃあ俺と弥生の二人だけで行かないかんやん」

 

「いや、やっぱ俺も行く。貴様と弥生さんを二人きりにはできんからな」

 

「す、鈴木お前、仮にも助教授に向かって貴様呼ばわりするなや…………」

 

 大地は不貞腐れたように机に突っ伏して寝る準備を始めた。今から講義なのにそんなあからさまに授業放棄のポーズをとるもんじゃないぞ?

 

「じゃあ6時に現地集合な!場所は後でメールするから!」

 

 そう残してキッチョムは教室を後にした。

 俺は頬杖をついて仮眠をとる姿勢に入る。瞼を閉じて、つい今しがた大地が呟いた言葉と弥生さんのことを思い浮かべ、なんとなく溜め息が出た。

 

 

 そして飲み会へ。

 当初与えられた情報とは違い、居酒屋には俺等3人とは別に3人の知らない男がいた。

 

「いや、ほら可愛い女の子の知り合いがおるって自慢したくてつい…………」

 

 俺の肘打ちにキッチョムは脇腹を擦りながら答えた。最初から大地が断るのは計算の内だったのか。もしかして大地が弥生さんのこと嫌いだってこいつは知ってたんじゃないか?

 

「弥生さんと鈴木さんって彼氏いるの?」

 

「どんな男の人がタイプなの?」

 

 もはや合コンである。キッチョムと同年代くらいのおっさんたちからの質問攻めに辟易としたが、弥生さんの方は馴れているのか流石と言うか、上手いこと話を流していた。

 

「鈴木さんもあたしと同じ大学のひとつ年下なのよね?こんな可愛らしい娘がいたのに今まで全く気付かなかったわ」

 

 弥生さんはむしろ俺と会話したがっていた。喜ばしいことなのだが、なんだか彼女を騙している様で、尚且つ正体がバレるのではないかとドギマギである。

 鈴木と言う名字の人間がこの国で何万も存在することが幸いだった。これが五郎丸とか伊集院とかだったら一発でアウトだっただろう。

 

「ねぇ、アドレス教えて。これから仲良くしてくれたら嬉しいのだけれど」

 

 弥生さんは他の連中に聞こえないよう小さく言った。

 またもや不幸中の幸い、俺はこれまで彼女のメールアドレスを知らなかった。まぁ、男の時にこんなシチュエーションがあればより最高だったのだろうが。

 そんなこんなで俺と弥生さんはひとしきり盛り上がり、おいてけぼりにされた男共にしてみればなんの収穫もない合コン紛いの飲み会が終わった。野郎共を残して二人で駅まで歩く。その道中で2回ほどナンパにあい、それを軽くあしらう弥生さんの凄さに再び感嘆する。

 改札を抜け、手を振り別れる。ホームに上ったところで向かいのホームの弥生さんがまた小さく手を振り俺もそれに返した。

 まもなく到着した電車に乗ると携帯が振動し、今しがた別れたばかりの弥生さんから短い文章が届く。

 

『今日は本当に楽しかった。またお喋りしましょう。親愛なる鈴木あゆむさんへ』

 

 絵文字を使わない辺りがなんとなく彼女らしいと感じた。

 …………あれ?俺、下の名前も教えたっけ?

 ほろ酔い気分でそんな疑問はどうでもよくなり、寝過ごさないようにと頑張って瞼を開いたり閉じたり繰り返す。

 舟が漕ぎ出すのをなんとか引き留めて最寄り駅で降りることに成功した俺はアパートへの道をのらりくらりと歩く。数少ない電灯が真っ暗な道路をポツリポツリと照らしていた。

 ここで俺はもしかして道を間違えてるんじゃなかろうかと辺りを見渡した。なんとなく似てはいるが、いつも通っている道とは違う気がしてきた。そんなに酒を飲んだつもりはないが、もしかしたら俺は酔っぱらっているのかもしれない。弥生さんと楽しく過ごしたことでその辺の感覚が麻痺しているのだろうか。

 大地が女として生きていくからには男の時のままの危機感じゃダメだとかなんとか言ってたなとぼんやり考えながらも若干の千鳥足が途絶えなかった。

 

 

「す、鈴木さん!」

 

 いきなり呼び止められてビクリと体が震える。振り替えると涙目の黒川さんが立っていた。

 

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