大魔王を倒してから10年後…強く成長した大魔道士が、再び! 作:ポップ
「えっ?いや、全然違うけど……」
ポップから返ってきたあっさりとした否定の言葉に、リヴェリアは目を丸くしたまま固まっていた。
会議室の中に、なんとも言えない沈黙が落ちる。
自分の推測が外れた事以上に、これまで散々規格外な魔法を見せてきた男が、実は攻撃魔法の方が得意だというのだ。リヴェリアは驚きと呆れで言葉を失っていた。
そんなリヴェリアの様子を見て、ポップは不思議そうに頭をかく。
「えっ、なんで俺が補助特化だなんて思ったんだ?……あ~、そうか。そういや、お前らの前じゃ攻撃呪文なんか使ってなかったもんな」
ポップは一人で納得した様に頷いた。
「まあ、そういう風に見えたんなら仕方ねぇけどよ。俺が一番得意としてるのは、どっちかっていうと攻撃系の方なんだわ」
「こ、攻撃魔法の方が、得意なんですか!?」
レフィーヤの声が裏返った。
天候を変え、空を飛び、一瞬で遠い国まで移動し、別の生き物にまで変身する。
今日見せてもらった魔法だけでも、この世界の常識を根底から覆してしまうとんでもないものばかりだったというのに、ポップはそれ以上に攻撃魔法の方が得意だと言う。
リヴェリアは固まった表情のまま、目の前の青年をじっと見つめていた。
だが、もし彼の言葉が事実なのだとすれば……。
そんなもの……おいそれと使わせる訳にはいかない。ポップのことは、既にある程度信用もしてはいるが、それでも万が一に何かあっては、いったいどれほどの被害が出るか想像もつかない。
リヴェリアと同じ懸念を抱いたのだろう。フィンが窓の外の暗くなり始めた空へ目を向け、穏やかな声で口を開いた。
「……なるほどね。その話も詳しく聞きたいところだけど、もうこんな時間になってしまっている」
フィンは一度言葉を区切り、ポップへと向き直った。
「ポップ。君がダンジョンへ入れる様にする件については、明日にも僕達からギルドへ掛け合ってみるつもりなんだ。僕達が身元を保証すれば、きっと色良い返事をもらえると思う。だから、いま話してくれた攻撃魔法については、君がダンジョンへ行ける様になってから、あちらで見せてもらうというのはどうだろう?」
「あぁ、俺はそれで構わねぇよ」
ポップは、自分の攻撃呪文が警戒されている事など露知らず、あっさりと頷いた。
その反応を見て、フィンは小さく微笑む。
「ありがとう。それじゃあ、今日は遅くまで付き合わせてしまったし、良ければうちの食堂で夕食を食べていってくれないかい?なんだったら、そのまま泊まっていってもらっても構わないよ」
「おっ、飯の方はありがたくご馳走になるぜ。ちょうど腹も減ってきてたところだしな」
ポップは嬉しそうに顔を綻ばせたが、宿泊の誘いには軽く手を振った。
「ただ、宿の方はもう支払いを済ませちまってるからよ。飯を食ったら、今日は帰るわ」
「そうかい?分かった。なら、レフィーヤ達に食堂まで案内してもらおうか」
「はい!ポップさん、こちらです!」
レフィーヤとティオナが立ち上がり、アイズとティオネもそれに続く。
そして、部屋を出ようとしたところでポップが振り返り、
「フィン。ダンジョンの件、手間かけさせちまって悪いな。この埋め合わせは、なんかでさせてもらうから。んじゃ、またな」
ポップはフィン達へ軽く手を振ると、四人について会議室を出ていったのだった。
◇
扉が閉まり、会議室にはフィン、リヴェリア、ガレス、ロキの四人だけが残っている。
しばらくの間、誰も口を開かなかったのだが、最初に沈黙を破ったのは、背もたれに身体を預けてニヤニヤしていたロキだった。
「ほら見ぃ!やっぱりうちの思うた通りやったやろ?モンスターの大群や盗賊団を一人で蹴散らしたっちゅう兄ちゃんが、補助魔法だけな訳ない思うとったんや」
「……まさか、本当にまだ隠している手札があるとはね」
フィンは苦笑しながら、こめかみの辺りを軽く掻いた。
「しかも、本人の口ぶりからすると、今日見せてくれた魔法よりもよほど自信がありそうだった。神の恩恵も無しに、一体どこまで規格外なんだか……」
リヴェリアが、疲れ切った様に深く溜め息を吐いた。
「まったくだな。天候操作に、ラキアまで一瞬で移動する魔法。さらには、空まで自由に飛んでみせるとは……私がこれまで学んできた魔法の常識が、今日一日でどれほど崩されたか分からんぞ」
そういってリヴェリアが肩を落とすと、隣で腕を組んでいたガレスも低く唸った。
「あの道具袋だけでもたまげたもんじゃったが、本人の力はそれ以上じゃからのう。……しかし、これだけ何でも出来るとなれば、まさか死人も生き返らせられるとか言わんじゃろうのう……」
冗談めかしてポツリと呟かれたガレスの言葉。
だが、それを聞いた瞬間、リヴェリアが椅子を鳴らして勢いよく立ち上がった。
「馬鹿な!それは絶対にない!」
会議室に、リヴェリアの強い声が響き渡る。
天候を変える事も、空を飛ぶ事も、確かにこれまでの常識では考えられない魔法だった。
だが、生命の理―――とりわけ、一度失われた命を呼び戻す『死者蘇生』だけは、次元が違う。
傷を塞ぐのとは訳が違う。失われた命まで呼び戻すなど、少なくともリヴェリアが知る魔法の理からは、到底考えられるものではなかった。
リヴェリアの剣幕に、ガレスも「ま、まあ、ワシも冗談で言っただけじゃが……」と少しバツが悪そうに髭を撫でる。
しかし、その横で親指を口元に当てて考え込んでいたフィンが、静かに口を開いた。
「確かにそれは、僕もあり得ないとは思うよ、リヴェリア」
フィンは一度目を閉じ、今日一日の出来事を振り返る様に言葉を続けた。
「でもね、もう今日一日で、自分の『あり得ない』と思っていた事が何度覆されたか分からないから……正直に言うと、彼に関しては絶対にないとは言い切れなくなってしまったよ」
「フィン……」
リヴェリアは何か言い返そうとして、そのまま口を閉ざす。
快晴の空から雨を降らせた時も。
小さな袋から長剣を取り出した時も。
ゴメとかいう小さな生き物へ変身した時も。
ラキアまで一瞬で飛んだ時も。
その全てが、見るまでは「あり得ない」と切り捨てていた筈のものだった。
フィンの言葉に反論する材料を見つけられず、リヴェリアは胸の奥に何とも言えないもやもやとした気持ちを抱えたまま、ゆっくりと椅子へ座り直すのだった。
◇
ロキ・ファミリアの食堂で賑やかな夕食を済ませた後、ポップは黄昏の館を出て、すっかり暗くなったオラリオの夜道を歩いていた。
昼間とは違い、通りには魔石灯の明かりが連なっている。
酒場の方からは冒険者達の笑い声が聞こえてくるが、大通りを少し外れると、夜風がちょうど心地いい。
「いやぁ、よく食ったぜ。前に泊まった時の朝飯も美味かったけど、ロキ・ファミリアの飯は、やっぱそこらの飯屋より断然上だな」
満足そうに腹をさすりながら、宿の方へ向かって歩いていた、その時だった。
「あっ……ポップさん!」
前方から歩いてきていた小柄な人影が、ポップの姿を見つけてぱっと顔を明るくする。
街灯の明かりに照らされたのは、白い髪に赤い瞳の少年―――ベル・クラネルだった。
背中に大きな荷物を背負い、防具には少し土汚れがついている。見たところ、恐らくダンジョンから戻ってきた帰りなのだろう。
「おう、ベルじゃねぇか。こんな時間までダンジョンに潜ってたのか?」
「はい!さっきギルドで換金を済ませてきたところです!」
駆け寄ってきたベルは、そこでハッと思い出した様に声を上げた。
「そうだ!あの、ポップさん、これ……」
ベルは慌てて腰の財布を取り出すと、中からきっちりと数えたヴァリスを取り出し、両手でポップへと差し出した。
それは、先日露店で後払いにして渡した『鉄の剣』の代金だった。
「おっ、サンキュー。お前も冒険者頑張ってんだなぁ。確かに受け取ったぜ」
ポップは代金を受け取って懐へしまうと、ベルの顔を覗き込む様にニヤリと笑った。
「それで、どうなんだ?少しはダンジョンで稼げる様になったのか?」
「ははっ……まぁ、何とか少しは稼げる様になりました。ポップさんに譲って頂いた剣のおかげです」
ベルは照れくさそうに頬をかきながら、それでもどこか嬉しそうに笑った。
初めて露店の前で足を止めていた時は、剣を買う金もなく、申し訳なさそうに頭を下げていた少年だった。それがいまや、こうして自分の力で稼ぎ、約束通り代金を払いに来てくれている。
ベルが少しずつ前に進めている事を知り、ポップも自分の事の様に嬉しくなった。
「そうかよ。そいつは良かったじゃねぇか」
ポップが我が事の様に頷いていると、ベルが少しモジモジとしながら、意を決した様に口を開いた。
「あのっ、ポップさん!その、もしご迷惑でなければ……剣を後払いにして頂いたお礼と、稽古をつけて頂いたお礼に、今度食事でもご馳走させてもらえませんか?」
「えっ、お前が俺に奢ってくれんのか?」
思いがけないベルからの申し出に、ポップは目を瞬かせた。
「はい!その、あまり高級なお店にはお連れ出来ないんですが、あのとき僕を信用してくれたことが、本当に嬉しかったんです!」
目を輝かせながら必死に誘ってくるベルの姿に、ポップは苦笑した。
まだ駆け出しの冒険者から奢ってもらうのもどうかと思ったが、ここで断っては、せっかくの少年の気持ちを無下にしてしまう事になるだろう。
「分かったよ。せっかくだし、ありがたくご馳走にならせてもらうぜ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
パッと顔を綻ばせたベルは、そこでふと何かを思い出した様に、少し遠慮がちに付け加えた。
「それで、あの……食事の時は、うちの神様もご一緒させてもらっても大丈夫でしょうか?」
「お前んとこの神様もか?おう、俺は全然構わねぇぞ」
ポップが二つ返事で頷くと、ベルはホッとした様に胸を撫で下ろし、満面の笑みを浮かべた。
「良かった!神様にもポップさんの事を話したら、一度お礼を言いたいって言ってくれてたんです!それじゃあ、また日程が決まったらお店の方へ伺いますね!」
「おう、楽しみにしてるわ」
何度もぺこぺこと頭を下げるベルと別れ、ポップは再び夜の通りを歩き出した。
もっとも、その約束の日にはベルの神様が急用で来られなくなってしまい、二人だけで向かった酒場で少しばかりの面倒事に巻き込まれる事になるのだが―――それはまた、もう少しだけ先の話である。
今回はちょっと短いです。
話を膨らませられませんでした。
しかし、ガレスのおっちゃんはボソッと軽くいっただけなのに、リヴェリア様はいちいち反応が大きすぎではないですかね?