大魔王を倒してから10年後…強く成長した大魔道士が、再び! 作:ポップ
「大地斬、海波斬、それにアバンストラッシュ……か」
夕暮れ時の団長室で、フィンは親指を口元に当てたまま、深々と唸っていた。
目の前には、空き地から戻ってきたばかりのアイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤの四人が並んでいる。
隣に立つリヴェリアも、手元の分厚い本を閉じ、こめかみを押さえながら深い溜め息を吐いていた。
「昨日、自分は攻撃魔法の方が得意だと言っていたばかりだというのに……今度はただの鉄の剣で炎を切り裂き、大岩を断ち割り、挙げ句の果てには光る斬撃を飛ばしただと?どうなっているんだ、あの男は……」
魔導士としての常識を散々打ち砕かれた翌日に、今度は前衛の剣士顔負けの必殺技を披露されたと聞き、リヴェリアは半ば遠い目をしていた。
すると、ティオネが口を開いた。
「それだけじゃないのよ、団長。あの技を見た後で、私、ポップさんに少し聞いてみたの」
そう言ってティオネは、空き地で『アバンストラッシュ』を見せられた直後のやり取りを思い返した。
◇
砕け散った岩の残骸を前に、アイズとティオナが興奮気味にポップへ詰め寄っていた時のことだ。
ティオネはふと気になった事をポップへと尋ねてみた。
『ねぇ、ポップさん。今のアバン流っていう技は、やっぱり剣じゃないと使えないものなの?』
するとポップは、手にした『鉄の剣』を道具袋へしまいながら、あっさりと首を横に振ったのだ。
『いや、剣じゃなきゃダメって事はねぇぞ。実際、この前お前んとこの団長たちに見せた『鎧の魔槍』を使ってた俺の仲間は、槍でまったく同じような技をぶっ放してたからな』
『えっ、槍でも出来るの!?』
『ああ。アバン先生も、この技は必ずしも剣である必要はない、基本さえしっかり押さえていれば、どんな武器でも再現出来るって言ってたからな』
◇
「―――とまあ、そんな風に言ってたわ」
ティオネからの報告を聞き、槍使いであるフィンの瞳がわずかに見開かれた。
「槍でも……か。ポップは、あの『鎧の魔槍』を使っていた仲間が、同じ技を使っていたと言っていたんだね?」
フィンは口元に当てていた指に力を込め、じっと考え込む様な仕草を見せた。
ただでさえ、極めて高い魔法耐性を持つ鎧だ。元の持ち主という人物が、鎧の防御力に頼るだけでなく、炎を切り裂いたり、遠距離から攻撃まで行えるような達人であったとすれば、その戦闘力は計り知れない。
そして何より、同じ槍を主武器とする者として、『基本さえ押さえれば槍でも再現出来る』という技術体系は、一人の武人としての探究心を揺さぶってくる。
その横では、ティオナが自分の背丈ほどもある大双刃(ウルガ)を思い浮かべながら、ワクワクした顔で呟いていた。
「ねぇねぇ、武器を選ばないんだったら、あたしのウルガでも出来るのかなぁ!もし私たちもあんな技が使えるようになったら、すっごくカッコいいよね!」
「……私も、遠征から戻ったら、もっと詳しく聞きたい」
アイズまで小さく拳を握りしめて呟く中、レフィーヤがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの、リヴェリア様。実は私も、ポップさんに少しお話を伺ったんですが……」
「ん?何を言われたんだ、レフィーヤ」
リヴェリアに促され、レフィーヤは空き地での会話を振り返った。
◇
大岩を真っ二つにした『大地斬』の威力も忘れられず、レフィーヤはポップにこう尋ねていた。
『あのっ、ポップさんは魔導士なのに、どうしてあんな大きな岩を剣で斬り裂いたり出来るんですか?やっぱり、ものすごく力持ちなんでしょうか……?』
するとポップは、可笑しそうに笑いながら頭を振ったのだ。
『いやいや、俺の腕力なんてオラリオの冒険者に比べりゃ大した事ねぇって。大事なのはな、身体から無駄な力を抜く事なんだよ』
『無駄な力を抜く、ですか?』
『あぁ。最初から力んで剣を振っても、それじゃあ力は発揮できねぇ。極力力を抜いておいて、刃が当たるタイミングの一瞬にだけ力を集中させるんだ。難しそうに思えるかもしれねぇが、コツさえ掴んで練習すりゃ、レフィーヤにも出来る様になるぜ?』
『えぇっ!?わ、私があんな岩をですか!?む、無理です無理ですー!』
◇
「―――という風に言われてまして……」
両手をぶんぶんと振って否定した時の事を思い出し、レフィーヤが恥ずかしそうに肩をすくめる。
だが、それを聞いたリヴェリアは、笑うどころか真剣な表情で顎に手を当てて考え込んでいた。
「無駄な力を抜き、当たる瞬間に力を集中させる……か。恩恵(ファルナ)によるステータス補正に頼るのではなく、純粋な身体操作の修練によって、そこまでの威力を生み出しているという事だな」
リヴェリアは感心した様に小さく息を吐いた。
「この前の詠唱指導といい、今回の件といい……あの男は、自分がやっている事を言葉にして他人に教えるのが、本当に上手いな」
「まったくだね。ますます他のファミリアには、渡したくなくなってきたよ」
フィンが苦笑交じりに言うと、それを聞いたティオナが驚いたように声を上げた。
「えぇーっ!?ポップさん、他のファミリアに入っちゃうかもしれないの!?」
「それは……」
レフィーヤも小さく声を漏らし、不安そうに眉を下げた。
もしポップが他のファミリアに入ってしまえば、もうこれまでのように気軽に話したり、色々と教えてもらったりする事が出来なくなってしまう。そんな事になるのは嫌だった。
アイズやティオネも同じ思いなのか、どこか複雑な表情を浮かべている。
そんな彼女たちの様子に、フィンやリヴェリアたち幹部は、改めて彼の存在の大きさを実感するのだった。
◇
そして、その日の夕方。
日も傾き、通りを行き交う人々の足が少しずつ帰り路へと向き始めた頃、そろそろ店じまいの準備を考えていたポップの露店へ、フィンが一人でやって来た。
「やあ、ポップ。ちょうど店を閉めるところだったかな?」
「おう、フィンじゃねぇか。ああ、今日も大して売れなかったから、そろそろ片付けようかと思ってたところだぜ」
敷物の上の『鉄の剣』や『鉄の盾』を道具袋へしまいながら、ポップが気さくに顔を上げる。
するとフィンは、周囲に人がいない事を軽く確認してから、穏やかな笑顔で切り出した。
「まずは、この前話していたダンジョンの件を報告しておこうと思ってね。今朝ギルドへ掛け合ってきたんだけど、僕たちロキ・ファミリアが君の身元を保証し、ダンジョンへ入る際はうちの団員が同行するという条件で、特例として入場を認めてもらえる事になったよ」
「おっ、本当か!?サンキューな、フィン!わざわざギルドまで掛け合ってくれたんだろ?本当に助かるぜ」
パッと顔を明るくして礼を言うポップに、フィンは「どういたしまして」と柔らかく微笑んだ。
「ただね、ギルドとしても『頼まれたから明日からすぐどうぞ』では、これまで守ってきた規則の体裁が保てないらしいから。手続きを整える期間も含めて、明後日から僕たちが出発する二週間の遠征から戻ってきたタイミングで、正式に許可が下りる段取りになったんだ。そもそも、同行する僕たちが遠征で二週間ほど街を空けてしまうからね」
「あぁ、そういう事か。全然構わねぇよ、あと二週間待てば大手を振ってダンジョンに入れるって分かっただけでも十分ありがてぇしな」
ポップが快く頷くと、フィンはホッとした様に表情を和らげた。
そして、今度は一人の団長としての真剣な顔つきになり、言葉を続ける。
「それとね、ポップ。明後日からの遠征に向けて、以前君が話してくれた装備のレンタルについても、正式にお願い出来ないかと思ってるんだ」
「おっ、あの話か」
そういえば、レンタルの話もまだだったな……ポップはそれを思い出しつつ、どうすっかなぁと考え始める。
「ああ。今回の遠征はかなり深い階層まで潜る予定だからね。もし可能なら、僕が試させてもらったあの『鎧の魔槍』と、ティオナが使わせてもらった『星降る腕輪』。それに、あの『炎の剣』と『吹雪の剣』を、遠征の間だけでも貸してもらえないだろうか?もちろん、レンタル料は弾ませてもらうよ」
フィンの申し出に、ポップは少しも嫌な顔をせずニヤリと笑った。
「おう、いいぜ!お前らなら信用出来るし、遠征で役に立つんなら喜んで貸し出させてもらうよ。……ただ、ここで渡すのはちょっと目立つからな。一人で持ち帰るのも大変だし、明日の朝、俺がお前んとこのホームまで持ってってやるよ」
ポップは敷物をパパッと畳んで立ち上がった。
「助かるよ。じゃあ、何度も来てもらって悪いけど、明日の朝、ホームで待っているね」
二人は笑顔で約束を交わし、その日は別れる事となった。
◇
明けて翌朝。遠征の前日。
約束通り黄昏の館を訪れたポップは、遠征の直前らしい慌ただしい熱気に包まれた館の様子を目にしていた。
中庭や廊下では、下級団員と思われる者たちが大量の食糧やポーション、予備の武器を荷車へと積み込み、入念に装備の手入れを行っている。
応接室へ通されると、そこにはフィン、リヴェリア、ガレス、そして主神であるロキの四人が揃って待っていた。
「待たせたな。約束通り、例のブツを持ってきたぜ」
ポップは腰の『道具袋』から、四つの武具を机の上へと取り出した。
冷徹な威圧感を放つ『鎧の魔槍』。
美しい銀細工の『星降る腕輪』。
刀身に、それぞれ紅蓮の炎と白銀の冷気を宿す『炎の剣』と『吹雪の剣』。
机の上に並べられた異世界のアイテムを前に、室内の空気が一瞬で引き締まる。
フィンがゆっくりと机の上の武具を見つめた後、ふと思い出した様にポップへ視線を向けた。
「装備の確認の前に、一つお願いがあるんだ。……アイズやティオナたちから聞いたよ。君が昨日、彼女たちに見せてくれたという剣技のことをね」
「あ~、あれかぁ」
ティオナに乗せられる形でアバン流をみせてしまったが、今思うと余計なことをしてしまったのかもしれない。
(……あいつら、アバン先生の技まで俺に教えてくれって言ってこないだろうな)
ポップが頭の中で若干後悔の念を抱いている最中も、フィンからの話が続けられる。
「ああ。大地斬、海波斬、そしてアバンストラッシュ……だったかな?話を聞くだけでも、信じられないような技ばかりだ。もし良ければ、出発前の僕たちにも一度見せてもらえないだろうか?もちろん、相応の謝礼は払わせてもらうよ」
真剣な面持ちでそう切り出したフィンに対し、ポップは軽く笑って答えた。
「なんだよ、水くせぇな。それくらいタダで見せてやるっての」
「……いいのかい?」
あっけらかんと言い放つポップに、フィンは思わず苦笑いを零した。
(参ったな……。僕たちの助言を守ってくれているせいで露店が売れていないようだったから、せめてものお詫びのつもりだったんだけどね)
オラリオとの常識や相場の違いを心配し、悪質な輩に目をつけられないようにと商売に口を出したのは自分たちだ。ポップはその言葉を今も律儀に守り、最初にレフィーヤたちがまとめて買い取って以来、露店には珍しい品を一切置かず、ありふれた物ばかりを並べているらしい。
おかげでろくに稼げていないはずなのに、これほどの力や技術を持ちながら出し惜しみすることもなく、見返りすら求めようとしない。
その欲のなさや、どこまでも自然体で飾らない人柄に、フィンは一人の男として好感を抱かずにはいられなかった。
(……ここで無理に謝礼を渡すのも野暮だし、装備のレンタル料の方に少し色をつけさせてもらおうかな)
フィンは胸の内でそう決め、穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、ポップ。それじゃあ、早速訓練場の方へ行こうか」
◇
こうして、フィン、リヴェリア、ガレス、ロキの四人に案内され、ポップたちは訓練場へと移動した。
そこには昨日ポップの技を見たアイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤの四人も集まっており、ワクワクした様子で見守っている。
ポップは昨日と同じようにティオナに『炎の剣』を渡して炎を撃ってもらい、手にした『鉄の剣』でその炎を切り裂く『海波斬』を披露した。続いて、訓練場に用意されていた分厚い丸太を『大地斬』で真っ二つに断ち割ってみせる。
「ほう……!ただの鉄の剣で、あの分厚い丸太を一刀両断にするか……!」
真っ二つに割れた丸太を見て、ガレスが感嘆の声を上げる。
そして最後に、剣を逆手に持ち替えて深く引き絞ると、光を帯びた刀身を振り抜いて『アバンストラッシュ』を放ってみせた。
大気を裂く音と共に光の刃が走り、十数メートル先に立てられていた訓練用の標的板が一瞬で両断される。
フィンは静かに息を呑み、砕け散った標的を見つめていた。
「話を聞いてはいたけれど、実際に目の当たりにすると本当に凄い技だね……。ティオネから、槍でも同じような技が出来ると聞いたけど、遠征から戻ったら、僕ももう少し話を聞かせてもらえないだろうか」
「えっ……あ、あぁ、まぁ、俺に話せる範囲のことなら構わねぇけどよ……」
さっきの「アバン先生の技まで教えてくれ」っていう予感が早速的中してしまいそうで、ポップが引きつった笑みを浮かべると、ロキも「いやぁ、ほんま退屈せん男やわ」と楽しそうに目を細めていた。
◇
技の披露を終えて応接室へと戻ると、フィンは用意していた革袋を机の上へと置いた。
中からは、重々しい硬貨の擦れ合う音が響く。
「これは、今回の遠征で借りる装備のレンタル料だ。さっきの技を見せてもらった礼も兼ねて、僕の独断で少し上乗せさせてもらったよ。受け取ってほしい」
ポップが革袋を持ち上げると、ずっしりとした重みが手に伝わってきた。
中を覗き込むと、まばゆいばかりのヴァリスの金貨がぎっしりと詰まっている。当面の宿代や食費どころか、しばらくは何の不自由もなく暮らせるぐらいの大金だった。
「おいおい、こんなにもらっていいのかよ!?ちょっと多すぎねぇか?」
「いいや、商売として筋は通させてもらうよ。これだけの装備を貸してもらうんだ、むしろこれでも足りないくらいさ」
フィンが微笑むと、リヴェリアも腕を組んで頷いた。
「そうだ。深層へ挑む我々にとって、これほど心強い装備はないからな。遠慮せず受け取ってくれ」
「へへっ、それならありがたく頂いとくぜ」
ポップは嬉しそうに笑うと、革袋を道具袋へとしまい込んだ。
「俺は一緒についていけねぇけど、みんな、無茶だけはすんなよ。特に深層ってのは、とんでもねぇ化け物が出るんだろ?」
ポップがそう声を掛けると、ロキがニカッと笑った。
「カッカッカ!なんやポップ、うちの子らの心配してくれとるんか?けど心配はいらんで、うちの精鋭たちはオラリオでも最強クラスなんやからな!」
「はっはっは!ロキの言う通りじゃ!預かったこの装備も、存分に役立ててみせるわい!」
ガレスが豪快に胸を叩き、室内の緊張がふっと和らいだ。
◇
そして、翌日の早朝。
朝靄が立ち込めるオラリオのメインストリートを、ロキ・ファミリアの本隊が進軍していた。
他ファミリアの支援部隊を一切交えない、ロキ・ファミリア単独の堂々たる大陣容。
先頭を行くのは、団長であるフィン。その隣には、副団長のリヴェリアとガレスが並んでいる。
その後ろには、意気揚々と歩くティオナや、アイズ、ティオネ、そして少し緊張した面持ちで歩くレフィーヤの姿もあった。
通りの建物の陰から、ポップはその威風堂々たる行軍を静かに見送っていた。
「……みんな、無事に帰ってこいよ」
朝日に照らされるオラリオの街並みの中、ロキ・ファミリアの一団は、巨大な迷宮の入り口―――バベルの巨塔へと向かって進んでいくのだった。