大魔王を倒してから10年後…強く成長した大魔道士が、再び! 作:ポップ
ロキ・ファミリアの遠征部隊が出発したあと、ポップは朝の風が吹く通りを歩いていた。
腰の『道具袋』には、昨日フィンから受け取った、武具のレンタル料が収まっている。
ダンジョンへ入れるようになるのは、フィンたちが遠征から戻ってくる二週間後だ。当面の生活費には困らなくなったとはいえ、朝から宿にこもって寝ているのも性に合わず、ポップは結局いつもの場所へと向かって露店の敷物を広げることにした。
◇
昼前になった頃。
主だった団員たちが遠征に出かけてしまい、ホームで暇を持て余していたロキは、ポップに少し話しておきたい用件もあったため、ぶらぶらと露店の方へと向かっていた。
通りの先にポップの店が見えてきたところで、ロキはふと足を止める。
いつもなら閑古鳥が鳴いているはずの店の前に、珍しく一人、客らしき男が立っていたのである。
「ほぉ、珍しいこともあるもんやな。今日は客がついとるやんけ」
ロキが感心しながら近づこうとした、その時だった。
敷物の前に立っていた男が、並べてあった『鉄の剣』を手に取ったかと思うと、代金を払うこともなく、そのまま踵を返して全力で走り去ってしまったのだ。
「……はぁっ!?ひったくりやないかい!」
あまりの出来事にロキが声を上げたが、当の店主であるポップの様子を窺うと、慌てるどころか「たまに客が来たかと思えば、ひったくりかよ……」とでも言いたげに、呆れ果てたような溜め息をついている。
そのままポップは立ち上がると、腰の『道具袋』から一本の黒い短杖を取り出す。
(あれは……杖?なんでこの状況で杖なんか出すんや?魔法でも撃つ気か?)
ロキが疑問に思ったのも束の間、ポップが手にした黒い短杖が瞬時に伸び、先端が二股に分かれた槍のような形状へと変化した。
驚いて目を丸くするロキの前で、ポップはそれを逃げていく男の背中へ向けてサッと投げ放つ。
風を切る鋭い音と共に真っ直ぐ飛んでいった二股の槍は、逃走する男の背後から迫ると、その身体を貫くのではなく、二股に分かれた穂先で男の胴体を両脇からすっぽりと挟み込んだ。そのままの勢いで前方の建物の壁へとガツンッ!と深々と突き刺さり、男の身体を壁へと縫い止めてしまう。
「うわぁっ!?な、なんだこれ、動けねぇ!?」
二股に分かれた穂先の付け根と壁の間に身体を挟まれ、男がジタバタともがいている。
ポップはそこへゆっくりと歩いていくと、男の手から『鉄の剣』を取り返し、さらに壁から槍を引き抜いて元の黒い短杖へと戻した。そして、拘束が解けてへたり込んだ男の方へジロリと睨みを利かせると、男はビクッと肩を跳ねさせ、慌てて立ち上がり、転がるように通りの奥へと逃げ去っていく。
一部始終を遠くから見ていたロキは、呆れたように苦笑いを漏らした。
「……あいつ、ほんま大したやっちゃなぁ」
ロキはそのまま、敷物の場所へと戻ってきたポップのもとへ歩いていく。
「よぉ、ポップ。今日も精が出るなぁ。……って言うか、なんか災難やったな」
「おわっ、ロキ様じゃねぇか。……なんだ、さっきの見てたのかよ」
ロキがクスクスと笑いながら声をかけると、ポップはバツが悪そうに苦笑しつつ、取り返した『鉄の剣』を敷物の上へ戻して黒い短杖を道具袋へとしまい込む。
(しかし、今の伸び縮みする杖も大概おかしな代物やな……。ほんま、どれだけ変なもん隠し持っとるんや、こいつは)
ロキは内心でそう呆れつつも、そこはあえて追及せず、敷物の横にしゃがみ込んだ。
「見てたも何も、あんな見事な捕まえ方されたら嫌でも目に入るわ。……ま、それはええとして、今日はみんながおらんで暇やったんもあるねんけど、ちょっとあんたに話があって来たんや」
「俺に話?なんだ?」
ポップが不思議そうに聞き返す。
「うちらの遠征が終わったら、あんたも特例でダンジョンに潜れるようになっとるやろ?せやから、今のうちに一回ギルドへ顔見せしに行かへんかと思ってな」
「ギルドに顔見せ?」
唐突な提案に、ポップは意図が掴めず首を傾げる。ダンジョンに入る許可なら、すでにフィンが話をつけてくれたと聞いていたはずだ。
するとロキは、人差し指を立てて言葉を続ける。
「あんたの一番の目的は、元の世界へ帰る手がかりを探すことなんやろ?やったら、ギルドの上層部だけにでも事情を話しといて、これまで似たような話がなかったかとか、もしくは今後そういう情報が入ってきた時にでも教えてもらえるよう、頼んどいた方がええと思うで。どや?」
ロキの提案を聞き、ポップは少し目を見開いたあと、納得したように頷いた。
「……なるほどな。実は俺も、ギルドってところには一度行ってみたいと思ってたんだ。ロキ様、そうやって話を振ってもらえるの、すげぇ助かるぜ」
素直に礼を言うポップに、ロキは気分良さそうにニカッと笑う。
「せやろ?もしあんたさえ良ければ、今からでも連れてったろか思って来たんやけど、どないする?実際、暇やから来させてもろたいうんもほんまやから、うちはどっちでもええで」
そう言われて、ポップは自分の敷物の上と、ロキの顔を交互に見た。今のところ、さっきの泥棒以外に客が来る気配もないし、何より自分一人でギルドへ行って上層部とやらに話を聞いてもらうなど、どう考えても無理な話だ。
「……じゃあ、頼んでもいいか?なんかロキ・ファミリアには世話になってばかりな気がするけど」
ポップが苦笑交じりに答えると、ロキは「ほな決まりやな」と頷き、それから少しだけ真面目な顔つきになって言葉を続けた。
「それでな、ギルドに顔見せすんのはええとして……あんたの力も、少しは見せといた方がええと思うんや。向こうに『何が出来るかよう分からん奴』と思わせるよりも、ある程度は自分の力を示しといた方が、今後の対応も変わってくると思うで。……まぁ、もちろん無理にとは言わんし、なるべく秘密にしときたいって言うんならそれでもええねんけど」
そう言って、ロキはポップの返事を待つように視線を向ける。
「あぁ。それは確かにそうだよな……オラリオの外じゃ『異世界の大魔道士』なんて噂も流れちまってるみてぇだし、今さら無理にコソコソしても仕方ない、か」
あっさりと頷くポップを見て、ロキは満足そうに口角を上げた。
「分かった。ほなうちからも、あんたにとって良い方向へ話が進むよう口添えしたるわ」
頼もしいロキの言葉に、ポップはありがたく思いつつも、ふと胸の中にあった疑問を口にする。
「サンキューな、ロキ様。……けどよ、なんでそこまで俺のことを気にかけてくれるんだ?俺は別に、ファミリアに入ったわけでもねぇのによ」
純粋に疑問だったのか、ポップが真っ直ぐに尋ねてくる。
するとロキは、ニカッと笑って胸を張った。
「まぁなんや、あんたはうちのお気に入りやからな!」
そして、少しだけ肩をすくめてみせる。
「話しててもオモロいし、悪い奴でもあらへん。神かて好みくらいあるんや。気に入った奴にちょっと肩入れするくらい、かまへんやろ?」
そう言ってのけるロキに、ポップは「……ありがとよ」と嬉しそうに笑うと、広げていた敷物を手早く畳み始めるのだった。
◇
そうしてロキに連れられ、ポップは初めてギルドの本部へと足を踏み入れた。
ロビーでは、多くの冒険者や受付嬢たちが行き交っている。
ロキは受付カウンターの前を通りかかると、そこに立っていたハーフエルフの受付嬢―――エイナに向かって、足を止めることもなく軽く手を挙げた。
「エイナちゃん、ちょっとウラノスとロイマンに話があるから、奥へ通らせてもらうで」
「えっ……あ、ロキ様!?こ、困ります!事前の取り次ぎもなしに、いきなり奥へ入られては……!」
慌てて引き止めようとするエイナの声を背に、ロキは「ええからええから!」と手を振りながら、我が物顔でズカズカと関係者専用の通路へと入っていく。
「わ、わりぃな……」
後ろからついていくポップは、困り果てている受付嬢へ申し訳なさそうに軽く頭を下げながら、ロキの背中を追いかけた。
そのままギルド本部の最奥へと進み、地下へと続く薄暗い石造りの階段を降りていくと、その先で恰幅のいいエルフの男―――ギルド長であるロイマンが、行く手を阻むように立ち塞がる。
「お、お待ちください、神ロキ!困りますぞ、突然このような場所まで押し入ってこられては……!」
「おっ、ちょうどええ所におったわ、ロイマン。あんたとウラノスを交えて、ちょっと真面目な話があんねん」
顔色を変えて詰め寄るロイマンに対し、ロキはどこ吹く風といった態度で応じる。
「神ウラノスを交えて!?い、いきなりそのようなことを言われましても困ります!ここから先は、神ウラノスが祈祷を捧げる神聖な祭壇ですぞ!いかに貴女様といえど、無断で―――」
ロイマンが必死に押し止めようとした、その時である。
「―――構わん。ロイマン、通せ」
通路のさらに奥、深い暗闇の向こうから、低く重々しい声が静かに響き渡った。
「し、しかし、神ウラノス……!」
「聞いたやろ、ロイマン。ウラノスがええ言うとるんやから、ほら、自分も一緒に来いや」
主神からの鶴の一声に、ロイマンはそれ以上ロキを止めることができず、渋々といった様子で後についてくる羽目になる。
その道すがら、ロイマンはロキの後ろを歩いているポップをチラリと盗み見た。
(……見かけぬ男だな。ロキ・ファミリアの新しい冒険者か?)
当然の如く疑問が頭をよぎったものの、ロキがどんどん先へ進んでいってしまうため、ロイマンは眉をひそめながら後を追うしかなかった。
◇
ギルド本部の地下最奥に広がる、薄暗く荘厳な大空間『祈祷の間』。
松明の火が静かに揺れるその最奥、巨大な祭壇の玉座には、ギルドの主神である老神ウラノスが静かに鎮座している。
祭壇の前までやって来たロキたちを見下ろし、ウラノスが重々しい声で口を開いた。
「……何の用だ、ロキ」
「よう、ご無沙汰やな、ウラノス」
ロキは軽く手を挙げて挨拶すると、隣に立つポップへと手を示す。
「今日はな、ここにおるポップのことで、あんたら二人に話があって来たんや」
ウラノスの深い瞳と、隣に並んだロイマンの訝しげな視線が、同時にポップへと向けられた。
「こないだフィンがギルドに話を通したやろ?うちの連中が遠征から戻ってきたら、特例でダンジョンに入れることになっとる、例の男がこのポップや」
その言葉を聞き、ロイマンは合点がいったように眉を動かす。
フィンから相談を受け、ロキ・ファミリアが身元を保証することを条件に特例許可の手続きを進めたのは、他ならぬロイマン自身である。
一方、玉座のウラノスは特に反応を示さない。特例とはいえ、人間が一人ダンジョンへ入る許可を出した程度のことは、ロイマンもわざわざウラノスにまで報告していなかったからだ。
ロイマンは小さく咳払いをすると、不満げにロキを見た。
「……なるほど、この男が先日フィンから申請のあった者ですか。しかし神ロキ、その件であればすでに手続きは進めておりますぞ。まさか、わざわざその程度の顔見せのために、神ウラノスの御前まで連れてこられたわけではありますまいな」
やれやれと言いたげにロイマンがそう口にすると、ロキはニヤリと笑い、人差し指を立てて左右に振ってみせる。
「チッチッチ。あんたら二人とも、ここにおるポップのことをなーんも分かってへんわ」
その芝居がかった態度に、ウラノスとロイマンがわずかに目を細めた。
ロキはそのまま、得意げに告げる。
「こいつこそ、最近オラリオの外で噂になっとる『異世界の大魔道士』なんやで!」
『異世界の大魔道士』。
その言葉を聞き、ロイマンの眉がピクリと動いた。最近、オラリオの外でまことしやかに囁かれ、街の一部にも伝わってきている奇妙な噂は、ギルドの上層部である彼らの耳にも届いていたのだろう。
これまで単なる「ロキ・ファミリアの知人」として見ていた二人の目が、少し違った色を帯びてポップへと向けられる。
ウラノスは静かにポップを見据え、低い声で告げた。
「……見たところ、その背に『恩恵(ファルナ)』は刻まれていないようだが」
「なっ……恩恵を受けていない、ですと……!?」
ウラノスの指摘に、ロイマンが驚いてポップを見直す。
「せやから『異世界の大魔道士』やって言うたやろ。ポップのいた世界には、ファルナっちゅうもんが存在せぇへんらしいねん。それにも関わらず、こいつは魔法を自在に使うし、モンスターとも戦ってきたんや」
ロキの説明を受け、ウラノスの威厳ある瞳がポップを真っ直ぐに捉えた。
「……若き人間よ。今、ロキが語ったことは『真実』か?」
神の目。下界の者の嘘を見抜くその視線が、言葉の真偽を確かめるようにポップへと注がれる。
ポップは臆することなく、正面からウラノスを見返して頷いた。
「あぁ。ロキ様の言ったことに間違いはねぇぜ。どうやら俺は、こことは違う別の世界からやってきたみたいだ」
ポップは、こちらへ来る直前の出来事から話し始めた。
「魔界って場所で、魔族に襲われてたエルフの集落を助けたんだ。その帰りに、『旅の扉』っていう年代物のワープ装置を使わせてもらったんだけどよ。元の地上に戻れたと思ったら、なんでか知らねぇけど、この世界に出てたってわけだ」
「……っ!?なんやポップ、あんたエルフの集落を助けた帰りにこっちへ来たんか!?その話はうちも初めて聞いたで!」
隣で聞いていたロキが驚いて声を上げる中、ウラノスとロイマンもまた、その言葉に微かに息を呑んでいた。
特にウラノスは、ポップの言葉に一片の嘘も含まれていないことを神の目で見抜き、わずかに目を細めている。ウラノスが否定しない以上、ロイマンもこの青年の話を、ただの作り話として片付けるわけにはいかなかった。
ロキはそのまま、ウラノスとロイマンに向かって言葉を続ける。
「それで今日は、こいつが元の世界へ帰る手がかりを、ギルドでも探してもらえへんかと思って連れてきたんや。こいつの力は本物やし、異世界から来たっちゅう話も、ただの出まかせやない。あのリヴェリアですら、ポップの魔法を見て目ん玉ひん剥いてたまげとったんやで?」
「なっ……あのリヴェリア様が、そこまで……!?」
同族であるエルフの中でも、王族にしてオラリオ最高峰の魔導士であるリヴェリアの性格は、ロイマンもよく知っている。その彼女がそこまで驚愕するというのは、尋常なことではなかった。
ウラノスは沈黙を守ったまま、じっとポップを見つめている。
ロイマンは険しい表情になり、ロキへと尋ねた。
「確かに巷では『異世界の大魔道士』と噂されているようですが……あのリヴェリア様をそこまで驚かせるとは、いったいどのような魔法を使うというのですかな?」
ロキはちらりとポップを見てから、ロイマンへ答えた。
「色々あるけどな、あんたらギルドが一番たまげるんは、やっぱり『ルーラ』っちゅう移動魔法やろな。うちらもこの前見せてもらったんやけど、ここから一瞬でラキアまで飛んでいった時は、ほんまに度肝を抜かれたで」
ロキのあっけらかんとした発言に、ウラノスとロイマンの表情が同時に固まった。
(ラ、ラキアだと……!?)
ロイマンは内心で激しく動揺する。
軍事国家ラキアは、オラリオから遥か遠く離れた場所に位置している。ロイマンの知るどんな移動手段を使おうと、一瞬で辿り着ける場所ではない。
しかも今の口ぶりでは、神ロキもそのラキアへ行ったように聞こえる。となれば当然、主神を一人で行かせるはずがないのだから、ロキ・ファミリアの幹部や団員も同行したことになる。本来、冒険者がギルドに無断でオラリオの外へ出ることは固く禁じられているため、普段なら即座に苦言を呈するところだが、今は話の内容が荒唐無稽すぎてそれどころではなかった。
(その距離を一瞬で行っただと?物語に出てくる『転移魔法』とでもいうのか……?いや、そんな魔法が実在するなど、にわかには信じられん!)
信じられないといった様子のロイマンの横で、ウラノスが再び重々しく口を開いた。
「ポップ……と言ったな。ここからラキアへ『一瞬』で至る手段があるというのは、事実か?」
「あぁ、本当だぜ」
ポップが短く答える。
ロイマンが慌ててウラノスの顔を窺うと、ウラノスは静かに頷いた。
「……言葉に偽りはないようだ。だが、にわかには信じがたい話でもある。ロイマンよ、このあと実際にその魔法とやらを確かめてくるのだ」
「はっ!?わ、私がでございますか!?」
突然の指名に、ロイマンが思わず声を上げる。
「し、しかし神ウラノス、私にはこれからまだギルドの業務も山積しておりまして……」
「構わん。仮に、話の通り一瞬で往復できるのならば、業務に支障はほとんど出ないはずだ。何より、今の話が事実であるか、その目で確かめることの方が重要だろう」
「う、うぐ……わ、分かりました……」
ウラノスにそう言われてしまっては、ギルド長といえども逆らうことはできない。ロイマンは渋々といった様子で頷くしかなかった。
◇
その後、三人はギルド本部の裏口から外へ出て、誰もいない中庭へと移動した。
立ち止まったポップに対し、ロイマンはわざとらしく咳払いをすると、厳格な態度で釘を刺してくる。
「……いいか、小僧。貴様はファミリアに所属しておらんから知らんのだろうが、本来、冒険者がギルドの許可なくオラリオの外へ出ることは固く禁じられているのだ。今回は神ウラノスのご命令による確認だが、今後、その魔法で冒険者を連れ出す際は、必ずギルドを通せ。よいな」
「へいへい、分かったよ。じゃあ、早速ラキアの近くまで飛ぶぞ。俺の魔法は一緒に連れていく奴に触れててもらう必要があるから、俺の服か身体にしっかり掴まっててくれ」
ポップが肩をすくめて言うと、ロキが慣れた様子でポップの腕に掴まり、ロイマンも渋々といった顔つきでポップの肩へと手を置いた。
「いくぞ。……ルーラ!」
ポップが短く呪文を唱えた、その瞬間。
三人の身体が光の玉となって垂直に空へと飛び上がり、次の瞬間には、先程までのギルドの中庭ではなく、ラキアの街並みが遠くに見える見晴らしのいい丘の上へと降り立っていた。
「ほれ、着いたでロイマン。あっちに見えるんがラキアの街や」
ロキが指差すが、ロイマンからは返事がない。
ポップが振り返ると、ロイマンは目を見開いたまま、その場で完全に硬直していた。
(な……なんだ、これは……!?)
ロイマンの頭の中は、真っ白になっている。
飛ぶ前にロキから「転移魔法やなくて、空を高速で飛んで移動する魔法や」とは聞いていた。だが、実際に体験したロイマンには途中の経過など全く認識できず、瞬きをした次の瞬間には景色が切り替わっていたため、実質的に『転移魔法』と何ら変わりがなかったのだ。
数秒の沈黙のあと、さっきまで半信半疑で乗り気でもなかったロイマンの態度が一変した。
「き、貴様っ!!これほどの大魔法を行使して、精神力(マインド)の消耗はどうなっている!?問題ないのか!?」
「うわっ!?な、なんだよ急に、びっくりするじゃねぇか!」
突然肩を掴んで凄まじい剣幕で詰め寄ってきたロイマンに、ポップがのけぞる。
だがロイマンはお構いなしに、息せき切って質問を浴びせ続けた。
「そ、それにだ!行き先はラキアだけなのか!?ほかの街へも飛べるのか!?それと、今は三人で来たが、一度に何人まで連れていけるのだ!?」
「お、落ち着けっての!精神力ってのが俺の言う魔法力のことなら、この程度なら全然大したことはねぇよ。行き先は、一度行ったことがあって、その場所を頭の中にちゃんと思い浮かべられれば飛べるぜ。ただ、天井のある場所じゃ使えねぇけどな。人数は俺を入れて五人までだ」
ポップの答えを聞いた瞬間、ロイマンは背筋にゾクリと震えを覚えた。
神ウラノスが、業務を中断させてまでこの確認を重要視した意味が、今なら痛いほど分かる。
(これは……戦術的価値どころの話ではない!場合によっては、国家間の戦略すら根底から覆しかねない魔法だぞ……!)
ロイマンの頭の中で、ギルド長としての猛烈な計算が回り始めた。
話を聞くに、一度足を運んだ場所であれば、それが地下や建物の中などでなければ、どこへでも一瞬で移動できるという。
通常であれば何週間、遠方なら何ヶ月もかかる道のりを、この小僧一人を抱え込んでおくだけで一瞬にして移動できる。その影響力は計り知れない。
単純に、遠く離れた都市や他国へ、瞬時に書状を届けるという依頼を出すこともできるし、何より有事の際、自らそこへ即座に出向けるというのが大きすぎる。
術者一人しか移動できないとしても、その価値は大きい。だが、術者以外に四人まで同時に運べて、なおかつ精神力の消費もそれほど多くないというのであれば、有事の際、数回往復するだけで十人、二十人という規模の戦力を瞬時に送り込むことができるのだ。
高レベルの冒険者たちを瞬時に送り込むだけでも戦争のやり方が変わってくるし、たとえば他国の要人や地位のある人物が亡命を求めてきた際にも、一瞬で遠くの街まで逃がせるとなれば……それは、計り知れないほどの恩が売れる。ギルドとして極めて価値の高い力だ。
(もちろん、それらの仕事をその都度無償でやらせるつもりはないが……この小僧を抱えておく為の対価が『ダンジョンに潜ること』なのであれば、全く問題ないといっていい!)
そもそも、冒険者であれば誰もがダンジョンに入っているのだ。そこに一人、特別に入れる者が増えたところで、それを羨ましがる者などほとんどいないだろう。たとえオラリオに住んではいても、戦闘能力を持たない一般の者からすれば、決してダンジョンになど入りたいと思うものでもないからだ。ちなみに自分なら、あんな危険な場所には絶対に入りたくない。
そして万が一、何か問題があったとしても、それは事前の取り決めに入れておいた通り、ロキ・ファミリアが責任を持つことになる。
ロイマンは興奮で荒くなった息を整えながら、目の前の青年をこれまでとは全く違う、熱を帯びた目つきで見つめるのだった。
…もう駄目です。
意識が朦朧としてきました。
おやすみなさい~