新世紀GPXサイバーフォーミュラ RED RAVEN ―名もなき翼―   作:天羽々斬

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第2話 一枚の名刺

玄関の鍵を回すと、奥から湯の沸く音が聞こえた。

 

「ただいま」

 

「おかえり。今、お茶いれるところ」

 

セナは靴を脱ぎ、買ってきた紙袋を台所のテーブルに置いた。

 

ニーナは制服の上に薄いカーディガンを羽織っていた。食器棚からカップを二つ出し、紙袋をのぞく。

 

「卵のパン、あったんだ」

 

「最後の二つだった」

 

「じゃあ、一個ずつね」

 

小さな皿にパンが並ぶ。セナはジャケットを椅子の背に掛け、洗面所へ向かった。

 

顔を洗って戻ると、自分の席にも湯気の立つカップが置かれていた。

 

「今日は遅かったね」

 

「最後に空港まで行ったから」

 

「遠いほう?」

 

「ああ」

 

「お疲れさま」

 

セナが座ると、ニーナも向かいの椅子に腰を下ろした。

 

二人で食べ始めてしばらくしてから、セナは壁のカレンダーを見た。次の休みの欄には、何も書かれていない。

 

「今度、半日くらい出かけるかもしれない」

 

「休みの日に?」

 

「まだ決まってないけど」

 

「何かあるの?」

 

「車のテスト。報酬が出るらしい」

 

ニーナの手が止まった。

 

「どんな車?」

 

セナはジャケットのポケットから名刺を取り出した。帰庫して車を返す前に、小物入れから移しておいたものだった。

 

テーブルに置くと、ニーナは指先で自分のほうへ引き寄せた。

 

「レッドレイブン……」

 

赤い鳥のマークを見つめ、それから兄を見る。

 

「これ、飲み物の?」

 

「たぶん」

 

「たぶんって。ちゃんと話、聞いた?」

 

「今年からサイバーフォーミュラに出るって言ってた」

 

ニーナは口を開きかけ、いったん閉じた。

 

「……その車に乗るの?」

 

「テストなら」

 

冷めかけた茶を飲み、セナは続けた。

 

「今日、空港まで乗せた客なんだ。運転を見て、一度乗ってみないかって」

 

ニーナは名刺を裏返した。何も書かれていないことを確かめると、また表へ戻す。

 

「そんなこと、あるんだ」

 

「俺も初めてだよ」

 

「うん。そうだよね」

 

少し笑ってから、ニーナは名刺をテーブルに置いた。

 

「行くの?」

 

「条件を送ってくれるらしい。それを見てから」

 

「条件って、お金?」

 

「それも。場所とか、時間とか」

 

セナの端末が震えた。

 

画面に表示された名前を見て、名刺へ目を落とす。同じ名前だった。

 

トト・ウィリアムズ。

 

届いたのは短い礼の言葉と、テストの案内だった。施設の所在地、予定している時間、担当者の連絡先。報酬と交通費についても、別の欄に記載されていた。

 

セナは金額を読み、一度画面を戻して、もう一度確かめた。

 

「来たの?」

 

「ああ」

 

ニーナが身を乗り出す。セナは端末をテーブルの中央へ置いた。

 

「……半日で?」

 

「そう書いてある」

 

「すごいね」

 

「まだ受けられるか分からない。競技経験がないことは伝えたけど、ほかにも確認することがあるだろうし」

 

案内には、事前に説明と座席の調整を行い、その後に走行へ移るとあった。持参品の欄まで目を通してから、セナは端末を手元へ戻した。

 

ニーナはパンを小さくちぎっていた。

 

「危なくないのかな」

 

セナはすぐには答えなかった。

 

もう一度、案内を開く。走行内容についての詳しい説明は、当日までに別途行うと記されている。

 

「そこは聞く」

 

「うん」

 

「分からないまま乗ったりはしないよ」

 

ニーナはうなずいた。それで少し安心したようだったが、名刺を見つめる目には、まだ迷いが残っていた。

 

「ニーナ?」

 

「お兄ちゃん、車に乗る仕事、もう毎日してるから」

 

「ああ」

 

「休みまで仕事にしなくてもいいのに、って思っただけ」

 

セナは残っていたパンを食べた。

 

窓の向こうで、隣の家の車が出ていく音がした。そろそろニーナも出る時間だった。

 

「半日なら、帰ってから寝られる」

 

「そういうことじゃないんだけど」

 

困ったように笑い、ニーナは立ち上がった。

 

空いた皿を流しへ運び、鞄を取りに部屋へ戻る。その間に、セナはトトへの返信を打った。

 

案内を確認したこと。

提示された候補日なら、次の休みに参加できること。

そして、走行内容と安全上の説明を先に聞きたいこと。

 

送信する前に読み直し、最後へ一行加えた。

 

『参加にあたって、こちらで負担する費用はありますか』

 

ニーナが戻ってきた。

 

セナの肩越しに画面を見て、何も言わずに口元を緩める。

 

「何」

 

「お兄ちゃんらしいなって」

 

「大事だろ」

 

「うん。大事」

 

玄関まで見送りに行くと、ニーナは靴を履きながら振り返った。

 

「帰ったら、どうなったか教えてね」

 

「分かった」

 

「先に寝てていいからね」

 

「そっちこそ、遅れないように」

 

「まだ大丈夫」

 

扉が閉まり、階段を下りる足音が遠ざかっていった。

 

セナは台所へ戻り、カップに残っていた茶を飲んだ。

 

端末が震える。

 

『費用はすべてこちらで負担する。説明のために、まず電話できる時間を教えてほしい。夜通しの勤務だっただろうから、起きてからで構わない』

 

続けて、もう一通届いた。

 

『おかげで飛行機には間に合った。改めて、ありがとう』

 

セナは短く返信し、端末を充電器につないだ。

 

カレンダーの前に立ち、次の休日の欄へペンを当てる。

 

書く内容を少し考えてから、小さく記した。

 

車両テスト。

 

その隣に、案内にあった開始時刻を書き足した。

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