新世紀GPXサイバーフォーミュラ RED RAVEN ―名もなき翼―   作:天羽々斬

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第3話 初めてのレイブン

指定された駅の改札を出ると、トトが待っていた。

 

「おはよう、セナ」

 

「おはようございます」

 

セナは端末の時計を見た。約束の時刻まで、まだ十分あった。

 

「早いね」

 

「電車が遅れると困るので」

 

トトは一瞬きょとんとして、それから笑った。

 

「それは、私も見習わないとな」

 

駐車場へ歩きながら、セナは肩に掛けた鞄を持ち直した。中身は着替えとタオル、それに昨夜もう一度読み直した説明資料だった。

 

トトの車に乗ると、助手席にも同じ資料が用意されていた。

 

「走行内容について、追加で聞いておきたいことは?」

 

「中止する場合は、無線で伝えればいいんですよね」

 

「ああ。車に異常を感じた場合も、自分の体調がおかしいと思った場合も、すぐ知らせてほしい」

 

「分かりました」

 

「今日は君にも、うちを見てもらう日だと思っている。気になったことは遠慮せず言ってくれ」

 

セナはうなずき、シートベルトの位置を直した。

 

市街地を抜けると、窓の向こうに低い建物と、長く続くフェンスが見えてきた。

 

その奥に、コースがあった。

 

     *

 

ガレージでは、数人のスタッフが車を囲んでいた。

 

トトが声を掛けると、中央にいた女性が端末から顔を上げた。

 

「来たわね」

 

「紹介する。今日、乗ってもらうセナだ」

 

「セナ・フェルスタッペンです。よろしくお願いします」

 

女性は差し出された手を握り、セナを頭から足元まで一度見た。

 

「こちらこそ。着替えの前に身体の確認をして、そのあとシートを合わせるわ。朝食は?」

 

「食べました」

 

「睡眠は?」

 

「七時間ほど」

 

「結構。気分が悪くなったら、走っている途中でもすぐ言って」

 

事務的な説明に、セナは少し安心した。

 

ガレージの奥へ視線を向ける。

 

照明の下に、一台のマシンが置かれていた。

 

低く伸びた車体に、まだ塗装されていない部分がある。外されたパネルのそばには工具が並び、後方ではスタッフが配線を確認していた。

 

セナは数歩近づき、コクピットをのぞき込んだ。

 

「これに乗るんですね」

 

「ああ」

 

トトが隣に立つ。

 

「レイブン。うちの最初のマシンだ」

 

セナは乗り込む位置と、足を掛けられそうな場所を見比べた。

 

「どこを踏んでいいですか」

 

近くのスタッフが顔を上げた。

 

「ああ、まだ乗らないで。あとで説明するから」

 

「分かりました」

 

セナは車体から離れた。

 

トトの隣へ来た女性が、小声で言った。

 

「ずいぶん落ち着いてるわね」

 

「そう見えるね」

 

「経歴の欄、本当にあれで全部?」

 

「本人には確認した」

 

女性はもう一度セナを見た。

 

彼は壁際のコース図を読んでいた。

 

     *

 

シートの調整には、思ったより時間がかかった。

 

腰を収め、ペダルへ足を伸ばす。背中に当たる部分を直してもらい、ベルトを締める。その状態でハンドルを回し、指示されたスイッチへ順番に手を伸ばした。

 

「右側の二つは、今日は触らないで」

 

「はい」

 

「無線はここ。押してみて」

 

セナが操作すると、ヘルメットの中へ声が届いた。

 

『聞こえる?』

 

「聞こえます」

 

『こちらも良好』

 

正面の表示が切り替わり、電子音が鳴った。

 

『ドライバー認証、確認。システムチェックを開始します』

 

セナは画面を見ていた。

 

タイヤ、駆動系、各部の温度。説明で聞いた項目が順に表示される。

 

『チェック完了。走行可能です』

 

コクピットの脇に立った女性が、指を一本立てた。

 

「最初は確認走行。速度は指示した範囲まで。コースを覚えるつもりで走って」

 

「何周ですか」

 

「三周。そのあと一度戻ってきて」

 

セナはうなずいた。

 

スタッフが離れる。

 

前方で、誘導の腕が上がった。

 

レイブンがゆっくりと動き出す。

 

ガレージの出口を抜ける瞬間、セナはアクセルを少しだけ戻した。

 

     *

 

「慎重ね」

 

モニターを見ながら、女性が言った。

 

レイブンは十分に速度を抑えていた。ストレートでも指示された上限に届く手前で加速をやめ、最初のコーナーへ入っていく。

 

トトは返事をせず、映像を見ていた。

 

一周目が終わる。

 

二周目も、ほとんど同じ速さだった。

 

計測担当のスタッフがデータを重ね、画面へ顔を近づけた。

 

「ライン、もう覚えたんですかね」

 

「まだ上げさせないで」

 

女性が無線を開く。

 

「セナ、車の感触は?」

 

『普通に走れています』

 

「操作で分かりにくいところは?」

 

少し間があった。

 

『二つ目の右で、切り始めてから前が入るまでに、少しあります』

 

女性は車両担当へ目を向けた。

 

担当者が表示を切り替える。

 

「どのくらい?」

 

『一度戻ったら、説明します。走る分には大丈夫です』

 

三周目を終え、レイブンがピットへ入った。

 

停止位置で車が止まると、セナは両手をハンドルから離した。

 

「酔ってない? 首は?」

 

「大丈夫です」

 

女性は端末を見せた。

 

「さっきの右、ここね」

 

セナは画面を確認し、うなずく。

 

「この手前で少しだけ切っています。そのあと、実際に曲がり始めるのがここです」

 

指で示した二点の間を、車両担当が拡大した。

 

「入力と応答の差を言ってる?」

 

「たぶん。二周目からは、それに合わせました」

 

スタッフはセナの顔を見てから、データへ視線を戻した。

 

確かに、二周目から操作の始まる位置が変わっていた。

 

女性がトトを見る。

 

トトは何も言わず、次の走行を待っていた。

 

     *

 

二度目の走行では、速度の上限が引き上げられた。

 

セナは無線の指示を復唱してから、コースへ戻った。

 

最初の加速で、背中がシートへ押しつけられる。

 

タクシーとは違う。

 

視界の流れも、身体にかかる力も、アクセルへ触れたあとの変化も。

 

セナは息を吐き、前方を見た。

 

ブレーキを踏む。

 

車の前側へ荷重が移る。その変化が落ち着く前にハンドルを切り、出口へ向けて少しずつ戻していく。

 

先ほどより速度は高い。それでも、曲がり始めるまでの間は同じだった。

 

次の周では、操作をわずかに早めた。

 

レイブンの向きがそろう。

 

そこでアクセルを踏み足す。

 

『前方、クリア』

 

システムの声が聞こえた。

 

ガレージでは、計測担当が通過タイムを確認していた。

 

「あの、今の周……」

 

「分かってる」

 

女性は画面から目を離さなかった。

 

区間ごとの数字が更新される。

 

一つのコーナーだけが速いわけではなかった。まだ余裕を残している場所もある。それなのに、一周としてつながると、想定していた範囲の上側へ届いていた。

 

「セナ。今のペースを維持して。まだ上げなくていい」

 

『分かりました』

 

返事の直後、次の計測地点を通過する。

 

女性は無線を切り、トトへ向き直った。

 

「どこで見つけたの、この子」

 

「駅前」

 

「真面目に聞いてるの」

 

「私も真面目に答えているよ」

 

トトはモニターを見たまま言った。

 

「空港まで乗せてもらった」

 

     *

 

走行終了の指示が出ると、セナは速度を落とした。

 

ピットへ戻り、車を止める。

 

ヘルメットを外したときには、額に汗がにじんでいた。思っていたより肩にも力が入っている。

 

渡されたタオルで顔を拭くと、トトが近づいてきた。

 

「どうだった?」

 

セナは少し考えた。

 

「思ったより、身体にきますね」

 

「車のほうは?」

 

「まだ分からないところが多いです」

 

その返事に、女性が端末を持って隣へ来た。

 

「どこが分からなかった?」

 

セナは画面のコース図を見た。

 

「ここと、その次です。同じように曲がると、二つ目で少し余ります。もう少し速く入れるのか、手前から変えたほうがいいのか」

 

女性がトトと目を合わせた。

 

セナは気づかず、図を指していた。

 

「あと、最初に言った反応の遅れですけど。これは調整できますか」

 

「できるわ。ただ、ほかの部分への影響も見る必要がある」

 

「そうですか」

 

「気になる?」

 

「合わせて走ると、その先で少し待つので」

 

女性は端末へ書き込んだ。

 

トトが尋ねる。

 

「もう一度、乗ってみたいかい」

 

セナは壁の時計を見た。

 

予定の終了時刻まで、まだ時間があった。

 

「今日ですか?」

 

トトは一拍置いてから、うなずいた。

 

「まずは、今日」

 

「それなら。休憩していいなら、乗れます」

 

「もちろん」

 

スタッフがレイブンへ戻っていく。

 

セナは渡された水の蓋を開け、椅子に座った。飲みながら、ガレージの奥へ目を向ける。

 

さっきの二つ目のコーナーを、頭の中でもう一度走った。

 

最初の進入を少し浅くすれば、次の向きが早く決まるかもしれない。

 

確かめるには、もう一度乗る必要があった。

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