新世紀GPXサイバーフォーミュラ RED RAVEN ―名もなき翼―   作:天羽々斬

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第4話 フェンスの向こうの出口

「セナ。さっき言っていた、二つ目の右だけど」

 

水を半分ほど飲んだところで、エレナが戻ってきた。

 

端末には、走行中の操作と車両の反応を示す線が重ねられている。

 

「入力に対して、制御側が少し穏やかに応答する設定になっていたの。そこを変えたわ」

 

セナは画面を見た。

 

「早く曲がるようになるんですか」

 

「切り始めの反応は早くなる。ただ、その先まで良くなるかは別。まず同じペースで走って、違いを教えてほしい」

 

「分かりました」

 

「合わせて操作を変える前に、最初の一周は前と同じようにできる?」

 

セナはコース図へ目を移した。

 

「やってみます」

 

エレナはうなずき、それから彼の手元を見た。

 

「水、もう少し飲んでおいて」

 

     *

 

再びコクピットに収まると、身体の位置がさっきより自然に決まった。

 

ベルトを締めてもらい、肩を動かす。問題ないことを伝えると、スタッフが車体から離れた。

 

『システムチェック、完了』

 

セナは無線のスイッチを押した。

 

「こちら、準備できました」

 

『出していいわ。タイヤを温めてから、前回と同じペースへ』

 

ピットロードを進む。

 

コースへ入ってもしばらくは速度を抑え、指示された手順でタイヤとブレーキの感触を確かめた。

 

やがて、二つ目の右が近づく。

 

前回と同じ場所で減速する。

 

同じ位置から、ハンドルを切った。

 

車の向きが変わる。

 

セナは出口へ視線を送りながら、わずかに指を緩めた。

 

さっきより早い。

 

思っていた場所より、少しだけ内側へ車が向いた。

 

     *

 

「重ねて」

 

エレナの指示で、モニターに前回の走行データが加わった。

 

ブレーキを踏み始めた位置。

踏み込む速さ。

ハンドルを切り始める位置。

 

二本の線が、ほとんど重なっていた。

 

計測担当が表示を拡大する。

 

「これ、別の周ですよね」

 

「ええ」

 

エレナは車両の反応を示す線へ目を移した。

 

変更した部分には、狙ったとおりの差が出ている。その直後、セナの操作にも小さな変化があった。

 

無線が入った。

 

『入り口は早くなりました。ただ、途中から少し戻したくなります』

 

「前より切り込んでる感じ?」

 

『はい。最初のつもりで待つと、内側へ寄ります』

 

エレナは画面を見ながらうなずいた。

 

「確認できたわ。次は今の車に合わせていい。ただし、ペースはそのままで」

 

『分かりました』

 

次の周、セナは切り始めをわずかに遅らせた。

 

車両の向きと操作がそろう。

 

途中で戻していた動きが消え、出口まで一本の滑らかな線になった。

 

エレナは端末を脇へ置き、モニターへ近づいた。

 

     *

 

セナは同じコーナーを、もう一度通過した。

 

今度は、確かめるためだった。

 

同じ位置で減速し、同じだけ待ってから切る。前の周と同じ場所へ車が収まった。

 

その先の左も、姿勢を崩さず抜けられる。

 

『どう?』

 

「さっきより、次へつなげやすいです」

 

『右の出口で待たなくていい?』

 

「はい」

 

短い返事のあと、エレナの声が少し途切れた。向こうで誰かと話しているらしい。

 

セナは前を見たまま、ストレートを走った。

 

この速度なら、まだ余裕がある。

 

けれど、上げる指示は出ていない。

 

アクセルを一定に保ち、次のブレーキングへ備えた。

 

     *

 

トトはガレージの奥で、エレナが戻ってくるのを待っていた。

 

「どう見る?」

 

尋ねると、彼女は走行中のレイブンを一度振り返った。

 

「比較がしやすい」

 

トトは続きを待った。

 

「同じ条件で走ってほしいと言えば、本当にそろえてくる。こちらが変えたところと、本人が合わせたところを分けて見られるわ」

 

「速さは?」

 

「まだ上限を決めて走らせてる。その状態で結論は出せない」

 

エレナはそう言ってから、腕を組んだ。

 

「ただ、今は車のほうに余裕があるようには見えない」

 

画面の中で、レイブンがコーナーを抜けた。

 

「もう一段、上げる?」とトトが聞いた。

 

「その前に、一度戻す。こっちが確認したいことだけで走らせすぎても仕方ないわ」

 

     *

 

停止したレイブンの横へ、エレナが歩いてきた。

 

「お疲れさま。調整した状態と、最初の状態。どっちが走りやすかった?」

 

セナはヘルメットを外した。

 

「今のほうです」

 

「理由は?」

 

「曲がり始めるまでを、自分で待てるので」

 

エレナが眉を上げる。

 

セナは言い方を考え、ハンドルへ手を置いた。

 

「最初の状態だと、車が向くまで先に操作しておく必要がありました。今は、ここで曲がりたいと思ったところで切れます」

 

「反応が強すぎる感じは?」

 

「この速さなら、大丈夫です」

 

「もっと速くなると?」

 

「まだ分かりません」

 

エレナはうなずいた。

 

その答えを聞いて、初めて口元を緩めた。

 

「そうね。まだ走ってないものね」

 

セナが車から降りる間に、トトが近づいてきた。

 

「今日の走行は、ここまでにしよう」

 

セナは壁の時計を見た。予定していた時間に近かった。

 

「分かりました」

 

「このあと少し、話せるかな」

 

タオルを受け取りながら、セナはうなずいた。

 

     *

 

ガレージに隣接した小さな部屋には、テーブルと椅子が四脚あった。

 

トトが冷えた水を置く。エレナも端末を持って席に着いた。

 

セナは二人の向かいへ座った。

 

「まず、今日来てもらってよかった。ありがとう」

 

「こちらこそ」

 

「率直に言う。私は君に、レッドレイブンのドライバーになってほしい」

 

セナはトトを見た。

 

空港でも似た話はされた。それでも、実際に車へ乗ったあとでは、言葉の重さが少し違った。

 

「……競技に出る資格がありません」

 

「そこは手順を踏む。今日の社内テストだけで、参戦できるわけじゃない」

 

トトはテーブルへ一枚の資料を置いた。

 

「正式な審査を申し込む。担当者に立ち会ってもらい、走行試験と規則の確認を受ける。競技歴については特例を申請するつもりだ」

 

セナは資料へ目を落とした。

 

「それに通れば、乗れるんですか」

 

「参戦資格についてはね。そのうえで、うちとの契約が必要になる」

 

「今の仕事を続けながらは?」

 

トトは首を横に振った。

 

「本格的に始まれば、難しい。テストと遠征、体力面の準備にも時間が要る」

 

セナは黙った。

 

エレナも口を挟まなかった。

 

部屋の外で、台車を動かす音がした。

 

やがてセナが顔を上げた。

 

「妹と二人で暮らしています」

 

「ああ」

 

「毎月、決まって必要な金があります。賞金が出たときだけでは、続けられません」

 

トトはうなずいた。

 

「固定給を用意する。レースの成績による報酬は、それとは別だ」

 

「走れなくなったときは?」

 

「怪我や車両の事情も含めて、条件を書面で出す。保険の内容も一緒に」

 

セナは資料の端へ指を添えた。

 

トトが続ける。

 

「今ここで返事をしなくていい。君に生活があることは分かっている。こちらの提示を読んで、必要なら誰かに相談してほしい」

 

「……分かりました」

 

「審査に向けた準備も有償でお願いする。仕事を休んでもらうなら、その分も考える」

 

セナの視線が上がった。

 

「その条件も、書いてもらえますか」

 

「もちろん」

 

隣で、エレナが小さく息を吐いた。

 

セナがそちらを見ると、彼女は端末を閉じた。

 

「安心したのよ」

 

「何がですか」

 

「乗りたい一心で、何にでもうなずく人じゃなくて」

 

セナは返す言葉が見つからず、手元の水を飲んだ。

 

トトが笑った。

 

     *

 

駅へ送ってもらう車の中で、セナは端末を開いた。

 

ニーナから、短いメッセージが届いていた。

 

『テスト終わった?』

 

『終わった。これから帰る』

 

少し考えて、もう一行打つ。

 

『仕事の話をされた』

 

送信すると、すぐに既読がついた。

 

『採用?』

 

セナは画面を見つめた。

 

まだ契約していない。審査も受けていない。確認することは、いくつも残っている。

 

『その前の相談。帰ったら話す』

 

返事を送り、端末を伏せた。

 

窓の外を、フェンスが後ろへ流れていく。

 

その切れ目から、コースの一部が見えた。

 

セナは無意識に目で追った。

 

最後の走行で、速度を保ったまま抜けた右コーナー。

 

あそこで、もう少し踏んでいたら。

 

フェンスの向こうへ見えなくなってからも、出口までの線が頭に残っていた。

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