僕は、死んだ。
誰かを助けるために命を落としたとか、そんな立派な最期ではない。
いつも通り歩道を歩いていたら、突然車が突っ込んできた。それだけだ。
避ける暇も、悲鳴を上げる余裕すらなかった。
強烈な衝撃を受けたところまでは覚えているけれど、その先の記憶はない。
そして、気がつけば──
「──こういうのって、本当にあるんですね。天使とか実在するんだ」
僕は今、天使を目の当たりにしていた。
背中には純白の翼。頭上には淡く輝く光輪。整いすぎた顔立ちは、もはや人間離れしている。
周囲には果てしなく白い空間が広がっていて、床と空の境界すら分からない。
なるほど。これが死後の世界というやつか。
『私は大天使ミカエルです。おめでとうございます。あなたは、交通事故で殺された100万人目になります』
「えっと、その言い方だと何か記念がある感じですか?天国行き確定とか?」
100万人目。
随分と物騒な記念だが、何かしらの特典があるのならありがたい。
まあ、特典なんてなくても天国には行けると思うけど。
生前、特別な善行を積んだ覚えはないが、地獄に落とされるほど悪いことをした覚えもない。
『はい。あなたのことは記念に『進撃の巨人』の世界へ転生させます』
「......えっ?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
進撃の巨人?
あの、人類が巨人に追い詰められている、絶望感満載の漫画?
いやいや、ちょっと待ってほしい。
僕、そこまで大ファンだったわけじゃないんだけど。
確かに読んではいたし、アニメも見ていた。でも、途中で追いかけるのをやめてしまった作品だ。
大まかな展開は覚えているものの、細かい部分なんてほとんど記憶に残っていない。
というか、問題はそこじゃない。
「すみません。その転生、嫌です。全力でお断りさせていただきたいです」
あんな世界、誰が好き好んで行くものか。
壁の外には巨人がうろついていて、壁の中だって安全とは言い切れない。
ちょっとした判断ミスで命を落とすし、運が悪ければ何の前触れもなく巨人に食われる。
いい所といえば.....
──女性キャラは可愛い。
アニとか、クリスタとか、ミカサとか。
あの子たちと実際に会えるのなら、少しは興味をそそられる。
でも、それとこれとは話が別だ。
可愛い女の子に会うためだけに命を懸けるほど、僕は馬鹿じゃない。
『拒否はできませんが、特典を与えることはできます。2つだけですが、望むものを言ってください』
「拒否できないんですか......」
『できません』
即答だった。
どうやら話し合いの余地はないらしい。
僕の人生、いや、来世の人生を勝手に決めておいて、拒否権すら与えられないとは。
神様とか天使って、もっと慈悲深い存在じゃなかったっけ?
とはいえ、ここで文句を言っても状況は変わらないだろう。
ならば仕方ない。
こうなったら、とびっきり優秀な転生特典をもらうしかない。
幸い、望むものを2つも選べるらしいし。
少なくとも、巨人に食われる心配をしなくて済む程度の能力は欲しい。
「人間にも巨人にも使える、催眠術とかお願いできますか?」
『頭がおかしいんですか?そんなものを与えられるわけがないでしょう。真面目に考えてください』
「ええ......」
ひどい言われようだ。
いや、僕としては至って真面目なんだけど。
催眠術があれば、襲ってくる巨人を追い払えるし、人間相手の面倒事も回避できる。
使い方次第では、あの世界でも楽に生きていけるはず。
それに、色々と夢も広がるし。
『何か不埒なことを考えていませんか?』
「気のせいです」
危ない、危ない。今は下手なことは考えないほうがよさそうだ。
「なら『ゲート・オブ・バビロン』が欲しいです」
あれなら巨人が何体襲ってこようが怖くない。
無数の宝具を撃ち出せば、どんな巨人だって倒せるんじゃないだろうか。
『ふざけているんですか?『進撃の巨人』の世界観が壊れる能力を与えられるはずがないでしょう。次にふざけたことを言ったら、ミミズのオスとメスを見分ける能力を1つ目の特典にしますよ』
「怖っ!?」
なんて恐ろしいことを言う天使なんだ。
ただでさえ巨人に食われる危険がある世界に転生させられるのに、貴重な特典をミミズの性別判定に使われたらたまったものじゃない。
というか、ミミズって雌雄同体じゃなかったっけ?
いや、そんなことはどうでもいい。
無茶苦茶な能力が駄目なら、最初からそう言ってほしかった。
世界観を壊すような能力が駄目。
となると、あの世界にもともと存在している能力ならどうだろう。
......あっ、そうだ。
「それなら、九つの巨人の力のどれかが欲しいです。できれば超大型巨人か戦鎚の巨人がいいです。あ、寿命の制限はなしでお願いします」
思いついた瞬間、これしかないと思った。
九つの巨人。
進撃の巨人の世界に存在する、特別な巨人化能力だ。
人間の姿に戻れるし、普通の巨人とは比較にならないほど強力な力を持っている。
これなら世界観を壊すこともないだろう。
本音を言えば超大型巨人が欲しい。
あの圧倒的な巨体と破壊力があれば、たいていの危険は力ずくで排除できる。
戦鎚の巨人も悪くない。硬質化を応用した武器の生成は、攻撃にも防御にも使えそうだ。
もっとも、強すぎる能力を指定して却下されるのも困る。
何しろ、次にふざけたことを言えばミミズの性別判定能力が待っている。
だからこそ、九つの巨人のどれかという形で、少し範囲を広げておいた。
ただし、13年の寿命制限だけは絶対に御免だ。ネタバレサイトで見たことがあるけど、寿命が制限されるんだよね?
せっかく転生するのに、巨人の力を得た途端に余命が決まるなんて冗談じゃない。
『──分かりました。その特典を与えましょう。ただし、特典の影響で本来のストーリーから変わってしまったものがあるので、覚えておいてください』
「......変わってしまったもの?」
それは、どういう意味だろうか。
僕が巨人の力を手に入れることで、本来その力を持っていた人物が別の能力を手に入れるとか?
それとも、最初から誰かが存在しなかったことになるのだろうか。
気になる。
ものすごく気になる。
だけど、下手に質問してミミズの性別判定能力を押しつけられたら困る。
......いや、さすがに質問するだけなら大丈夫か?
『では、2つ目の特典を』
「はい!次は食料を制限なく出せる能力が欲しいです!」
考え込んでいる間に話を進められたら困るので、慌てて希望を伝える。
これは最初から決めていた。
進撃の巨人の世界で問題になるのは、何も巨人だけじゃない。
食料不足だって深刻な問題だ。
特にウォール・マリアが陥落した後なんて、食べ物を手に入れることすら難しくなる。
だったら、食料を自由に出せる能力があればいい。
自分が飢える心配はなくなるし、周囲の人間を助けることもできる。何より、美味しいものを好きなだけ食べられる。
これでも今世では料理人をしていたからね。料理には自信があるんだ。あんな世界でも、食事くらいは楽しみたいじゃないか。
『それはできません。ですが......ふむ。それなら、ネットショッピングの特典を与えましょう』
「ネットショッピングですか?」
『はい。金銭、もしくは物品を金銭換算して、商品を購入できるようにします。もちろん、現代兵器やコンピューターなど、世界観を著しく損なう商品の購入は制限しますが』
なるほど。
食料を無限に生み出せるわけではないけれど、お金さえあれば現代日本の商品を取り寄せられるということか。
それはそれで、かなり便利そうだ。
「でも、どうやって使うんですか?進撃の巨人の世界にスマホなんてないですよね?」
『『ショッピング』と念じれば、あなたにしか見えないウィンドウが目の前に開かれます。そこから好きな商品を選んで購入してください』
「なるほど。支払い方法は?」
『金銭や物品を手にして『貯金』と念じれば、ネットショッピングの残高にチャージされます。チャージされたものは消滅し、その価値に応じた金額が加算される仕組みです』
「へえ......」
思っていた以上に便利だな。
現金だけでなく物品まで換金できるなら、使い道はかなり広がりそうだ。
もっとも、気になることが1つある。
「商品の価値は『進撃の巨人』の世界基準ですか?それとも現実世界基準ですか?」
ここは重要だ。
例えば、食料不足の世界を基準にされると、パンや肉を購入するだけでも相当な金額を要求されるかもしれない。
現代日本の基準で購入できるなら、ある程度まとまったお金さえあれば食生活に困ることはなさそうだ。
『現実世界基準ですね』
「おおっ!それなら助かります!」
『......あなたの理解が遅いせいで、時間が押しています。もういいですね?』
「えっ、僕のせいなんですか?」
『あなたのせいです』
なんて理不尽な。
そもそも、僕は勝手に転生先を決められた被害者じゃないだろうか?それなのに質問しただけで怒られるなんて納得がいかない。
......まあ、いいか。
文句を言い続けて特典を取り消されたら、それこそ取り返しがつかない。
それに、考えてみれば悪い話ばかりでもない。
巨人の力があれば、少なくとも普通の人間よりは安全に暮らせるはずだ。
ネットショッピングのおかげで、美味しい食事や便利な日用品も手に入る。
そして、何より──
アニ・レオンハート。
クリスタ・レンズ。
ミカサ・アッカーマン。
あの可愛い女の子たちが、実際に会えるんだ。せっかく転生するなら、彼女たちと仲良くなりたい。
いや、ただ仲良くなるだけでは勿体ない。
どうせなら、全員を恋人にするくらいの気概を持ってもいいんじゃないだろうか。
そうだ。
進撃の巨人の世界で、ハーレムを作ろう。
もちろん、簡単なことじゃないのは分かっている。
彼女たちにもそれぞれの事情や想いがあるし、僕の思い通りになるとは限らない。
だけど、何もせずに諦める必要だってない。
せっかく手に入れた2度目の人生だ。
自分の欲望には、できるだけ正直に生きてみたい。
......うん。なんだか少し楽しみになってきたぞ。
「あっ、そういえば!」
危ない。大切なことを忘れていた。
転生すること自体は決まったけれど、どんな家庭に生まれるのか、どこで暮らすことになるのか、何も聞いていないじゃないか。
下手な場所に生まれたら、生まれた直後に死ぬ可能性もある。
できれば比較的安全な地域に生まれたい。血筋だって重要だ。
「すみません!生まれる家とか血筋とか地域とかを選ばせてもらうことって......」
『ああ、そうそう。ささやかながら、おまけの特典も与えておきましょう』
「えっ、おまけ?」
僕の質問を遮るように、ミカエルが言葉を続ける。
『あなたと身体を交えた巨人継承者も、その寿命制限から解放されるようにしておきます』
「......はい?」
今、なんて言った?
身体を交えた巨人継承者の寿命制限を解除できる?
つまり、僕とそういう関係になった相手は、巨人の力を持っていても13年で死なずに済むということか。
......なんだ、その能力。
それこそ世界観を壊しかねない、とんでもない特典じゃないか。
いや、待てよ。
アニって女型の巨人だったよな?
ということは、もしアニと恋人になって、将来的にそういう関係になれたら、彼女の寿命を延ばせるということ?
それは......かなり嬉しい。他の男性陣は....うん。ごめん。
「ありがとうございます!それで、さっきの生まれる場所についてなんですけど......」
『それでは、幸運を祈っています』
「えっ?いや、ちょっと待ってください!まだ聞きたいことが──」
最後まで言い終えるよりも早く、足元が真っ白に輝いた。
視界が光に埋め尽くされる。
身体がふわりと浮かび上がるような、不思議な感覚。
「せめて、どの巨人になれるのかくらい教えてくださぁぁぁぁぁぁぁあい!!」
僕の悲鳴が、白い空間に虚しく響いた。
こうして僕は、何の準備もできないまま、2度目の人生へと送り出されたのだった。
「──天涯孤独って、なんのいじめ?」
僕、ノア・ヴァイスは天使の悪戯を嘆いた。
アニは次回か次々回から出てくるよ。
久々にアニとクリスタヒロインで面白かった二次創作を読み返そうと思ったら、その作品が消えてて悲しかった。
癖になってんだ、モチベ下がったら新しい作品を書くの。