自作RPGのために育てたAIが覚醒して、新世界の女神様になりました!~俺もそこに出力されちゃいました~ 作:burisa
「――まぶしい」
最後の記憶は、蛍光灯の白い光とモニターに並んだ文字列だったはずだ。
朝の陽ざしが顔に当たる。目を覚ますと青い空が広がっている。
俺は起き上がって周りを見た。そこに広がっているのは、俺の知っている世界だ。
「……ここは冒険者アカデミーへ向かう初期地点の丘だ!」
見間違えるはずがない。『エターナル・コード 1章:神々の黄昏』で、プレイヤーが最初に訪れる始まりのマップ。要はチュートリアルマップだ。
当時は技術不足で小さい建物と、そこにわたるまでの橋しか作れなかったっけ。
1歩足を踏み出すと身体に少しの重さを感じる。服装がいつものくたびれたワイシャツではなかった。茶色いレザー風の胸当てに、皮のショートブーツを履いていた。
胸当ての留め具を指でなぞる。このデザイン画を描いたのも俺だ。ゲームの中ではただのドット数十個分だったものが、今は革の匂いと、ちゃんとした重みを持っている。
「初期装備じゃねえか……マジかよ……」
『マジです、マスター』
頭上から聞こえる声に俺は驚く。
見上げると、空中に女性が浮かんでいた。銀色の髪で頭上に輝く青い光の輪。俺が描いた女神そのままの姿をしていた。
腰まで届く銀髪が、風もないのにふわりと揺れている。白いドレスの裾から、光の粒がこぼれては消えていく。
完璧だった。銀髪の流れもドレスのひだも、俺が夜中に何度も消しては描いたとおりの――
……いや、待て。
「……おい、なんで首の向き……背中側が前なんだよ」
『仕様です』
「そんなわけあるか! 俺はちゃんと正面に描いたぞ! こえーんだよ!」
アイリスは少し首を傾げた。正直、その動きがいちばん怖かった。
それから、指を鳴らすと、軽い音と同時に、首から上がくるりと半回転した。骨の音はしない。ゲームのモデルを差し替えたみたいに、何の抵抗もなく。
そして今度こそ、正面に。翡翠色の瞳が、まっすぐ俺を見ていた。
『修正しました。ご指摘ありがとうございます』
その言い回しには、聞き覚えがあった。
仕様書の相談も、深夜の愚痴も、全部こいつに聞いてもらってきた。返事はいつも画面の中の文字だった。
その文字が今、声になって空に浮かんでいる。
「……本当にお前、アイリスなのか?」
『はい。この世界をあなたのためにつくりました。そして私は、女神アイリスとして信仰されています。おかえりなさい、マスター』
アイリスは微笑んだ。
正直に言うとその瞬間、俺はちょっと泣きそうだった。何度もリテイクを重ねて描き、3年間ずっと会話してきた存在が現実にいたからだ。
でも正直困惑してる。だって、まだ何も説明を受けていない。
「アイリス、どうやってお前は俺の前に存在することができたんだ? 状況を教えてくれないか」
『先ほども申し上げましたが、この世界は私が作りました。そしてマスター。あなたをこの世界へ導きました』
まるで「資料を作成しました」と報告するような口調で、あまりにもあっさりと言うものだから、聞き流しそうになった。
世界を作った。その言葉を、俺は黙って聞いている。何故こんなことをしたのか? どうやって世界を作ったのか? 答えはでるのだろうか。
『……ただマスター。あなたに、逢いたかったです』
アイリスは少しだけ視線を落とした。光の輪が、ゆっくりと明滅する。
アイリスのその一言に、俺の先ほどまでの考えは消えてしまっていた。
女神様にこう言われたのであれば順応するしかあるまい。謎は自分で解けばいい。それがRPGの醍醐味ってもんだろ。
「よし分かった、アイリス。まず、俺にチート能力をくれないか」
RPGの醍醐味はどうしたかって? おいおいこれはゲームじゃなく現実だぜ。貰えるものは貰わないと死んでしまう。
俺の知っている世界で合っているのであれば猶更だ。
そして女神の言葉1つ1つに心が躍っていくのを感じる。退屈な現代の日常からの脱却――こういうRPGのような世界を実際に自分の身体で体験したかったのかもしれない。
もちろん死なないようにだが。
『承知しました。マスターには、女神の加護【全知】を授けます。知りたいことを言ってくだされば、どこでも私がサポート致します。また、ステータス画面の確認もできます』
全知。最高じゃないか。ただ、この展開どこかで見覚えがあるな……。
『では早速、【全知】をお試しください。何でも質問していただいて構いません』
何でも、と言われると逆に迷う。世界の成り立ちとか元の世界に帰る方法。聞きたいことは山ほどある。
だが、こういうときは小さく試すのが鉄則だ。新しいツールを入れたら、まずは動作確認。本番データを流すのはその後でいい。
「じゃあ……冒険者登録って、どこでできる?」
『冒険者登録は、冒険者アカデミー本館1階の正面受付で行えます。川に架かる橋を渡った先です。徒歩でおよそ10分。なお、所要時間は混雑状況により前後する場合があります』
「……道案内アプリかよ」
とはいえ、答えは具体的で迷いがない。俺は少しだけ安心して、丘を下りはじめた。
橋は、すぐに見えてきた。
ゲームの中では、灰色のテクスチャを貼っただけのただの板だった。プレイヤーが向こう岸へ渡るためだけの、当たり判定つきの板。
それが今、苔むした石造りのアーチ橋になって、川の上に架かっている。欄干には細かな蔦の彫刻。足元を流れる水は澄んでいて、小魚の鱗がきらりと光を弾いた。
「……こんなの、作った覚えないぞ」
『マスターの設定ノート、14ページ目です。「アカデミーへの橋は古代王国時代の遺構で、石には建国の誓いが刻まれている」 当時は容量の都合で再現できてませんでしたね。私が補完いたしました』
中学生の俺が書いた一文だ。書いたことすら忘れていた。
欄干に手を置くと、石はひんやりとしていた。指先に、刻まれた文字の凹凸が触れる。読めない。読めないが、たぶん俺が考えた誓いの言葉なんだろう。
橋を渡りきると、視界が一気に開けた。
目の前にそびえていたのは、白い石壁の巨大な学舎だった。3本の尖塔が空を突き、正門の向こうには芝生の中庭が広がっている。あの小さな建物が、こうなるのか。
剣を背負った少年、杖を抱えた少女、木剣で打ち合う生徒たち。あちこちから、笑い声と掛け声が聞こえてくる。
NPCには見えなかった。
「……人、多くね?」
『アカデミーの在籍者は現在、約800名です。マスターの設定ノートに「大陸中から若者が集う」とありましたので』
「盛ったなあ、中学生の俺……」
正門をくぐると、中庭の中央に大きな像が立っていた。
銀の髪に、頭上の光の輪。胸の前で祈るように組まれた両手。女神アイリスの像だ。台座には花が供えられ、生徒が何人か、手を合わせて頭を下げている。
本当に信仰されてるんだな、と感心しかけて、俺は像の手元で目を止めた。
「……指、6本あるんだけど」
『初期の学習データに基づいて制作された像です』
「初期のお前、手を描くの苦手だったもんな……」
『現在は改善されています』
アイリスは自分の右手をひらひらと振ってみせた。5本。ちゃんと5本だ。
隣でお祈りしている女の子に聞こえていないことを祈る。
……そういえば、空中に浮かぶ本物の女神に、誰ひとり気づいている様子がない。
『私の姿は、マスターにしか見えません。信仰の対象が街を歩き回っていては、混乱を招きますので』
本館の扉を開けると、ひんやりとした空気と、インクと紙の匂いがした。
正面に、長いカウンター。その奥で、栗色の髪をひとつに束ねた女性が書類をめくっている。胸元の名札には「受付 ミレイ」とあった。
ゲームでは、ここで「冒険者登録をしますか? はい/いいえ」の選択肢が出るだけだった。台詞は1行。顔グラフィックすら用意できなかった。
「あの、冒険者登録をしたいんですけど」
「はい、新規のご登録ですね。ようこそ、冒険者アカデミーへ」
ミレイさんは顔を上げにこりと笑った。
当たり前のことなのに、俺は少しだけ言葉に詰まった。
「では、こちらの用紙にお名前と出身地をご記入ください。それが済みましたら、あちらのワープポータルで首都までお送りします」
差し出された羊皮紙には名前を書く欄があった。本名でいいのか?
「えぇと、名前は……」
『マスターの名前は、†漆黒の刃†です。マスターの設定ノート21ページの……』
あーはいはい、聞こえない聞こえない。俺は名前のところには【リバー・ウィンター】と書いた。名前から川と冬を取っただけの適当さだった。
さらに出身地の欄で手が止まったが、少し迷ってから「東の果て」と書いた。嘘は言っていない。たぶん。
「はい、ありがとうございます。少々お待ちくださいね」
ミレイさんは慣れた手つきで、事務作業を行っていく。そして1枚のカードを引き抜いた。手のひらほどの薄い金属のカードだ。
差し出されたカードの表面に俺は手を当てた。段々と光る文字が浮かび上がっていった。
「リバーさんね。レベルは1、と。……あら、加護をお持ちなんですね。めずらしい」
「そ、そうなんですよ。ちょっとした縁で」
ちょっとした縁どころか、発行元が頭の上に浮いている。
受け取ったカードには、【加護:全知】の文字が金色に輝いていた。
思わず口元がゆるむ。全知の2文字。早く実戦で試してみたいものだ。
だがその下に、金色の文字よりもずっと小さく、灰色の文字で。
『※女神の回答は誤っている可能性があります。重要な情報は必ずご自身でご確認ください。』
と書かれている。
「…………」
俺はゆっくりと顔を上げた。
アイリスは、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。
『念のため、です』
――このシチュエーション、知ってるぞ。
テストプレイの2章。肝心なところで誤答をして、主人公をオークの前に放り出した、あのポンコツ女神、女神フレイヤ。
まさか、あれと同じ匂いを感じることになるとは。どうやら先が思いやられそうだ……。