自作RPGのために育てたAIが覚醒して、新世界の女神様になりました!~俺もそこに出力されちゃいました~ 作:burisa
「首都へお送りする前に、ひとつだけ」
ミレイさんはカウンターの下から、細長い包みを取り出した。
布をほどくと、中から現れたのは一振りの剣だった。飾り気のない鉄の刀身に、革を巻いただけの簡素な作りで、刃には窓から差しこむ光がぼんやりと映りこんでいる。
ゲームではアイコン1つ分だった剣が、今は俺の顔まで映していた。
「アカデミーの支給品です。新規登録の方には、『修練の間』で実技の確認を受けていただく決まりになっています」
「実技の確認……」
「はい。修練の間とは、簡単に言えば簡易的なダンジョンのようなもので、道中のモンスターを倒しながら奥のゲートポータルまで進んでもらいますとクリアとなります」
あーなるほど。これは知っている…というか、作ったな。
『エターナル・コード』でのチュートリアルダンジョンだな。ひたすら出てくる様々なタイプのスライムを倒していくだけで、大した時間もかからない一本道だ。
剣を受け取って実際に持ってみると分かるが、確かな重みを感じるな。いつもならボタンを押すだけで振ってくれてたっていうのに。
「あ、それと。刃は潰してありませんので、お気をつけてくださいね」
……そりゃそうか。本物だもんな。
俺たちはミレイさんに連れられ、修練の間へと歩いて行った。道中は立派な廊下で作られている。俺の記憶とは大違いだが。
さらには修練の間の入口の両脇には松明が焚かれていて、中からはひんやりと湿った風が吹いてきた。生身だからこそ感じる、ゲームとのはっきりとした差だった。
どうやら中は俺が作ったものとほぼほぼ同じらしい。先ほどの風もそうだが、やはり実際に立ってみてわかることもあるな。
……修練の間、めっちゃデカい。石造りの天井は、見上げると首が痛くなるほど高い。
ゲームでは画面1枚に収まっていた一本道が、今は先が見えない。
ミレイさんは入口で足を止めて、「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。ここから先は、俺とアイリスだけだ。
修練の間の中へ足を踏み入れる。しばらく進むと、通路の先で何かが柔らかく揺れている。
1匹、2匹……いや、通路の奥までずらりと並んでいる。丸くて、半透明で、青、ピンク、黄色、様々な種類がいる。
跳ねるたびに、ぽよんぽよんと効果音が石の床に響く。その中の1匹がこちらに気づき近づいてきた。
「おぉ、生で見るとちょっと気持ち悪い見た目してるな」
ゲームではドット絵の饅頭だったが、こうして見ると膝くらいの大きさで、ちょっと怖い。
叩くとそのまま潰してしまいそうで、できれば触りたくはないな。
「アイリス。【全知】で聞く。こいつの一番安全な倒し方は?」
『スライムは火に弱い魔物です。初級火魔法【ファイアーボール】をおすすめします』
「俺、魔法なんて使えるのか?」
『はい。この先で使えるようになります。ただ今回はチュートリアルですので、私がサポートします』
アイリスはそういうと、両手を合わせ何かを唱え始めた。
聞いたことのない言葉だった。歌のようにも、プログラムを読み上げる音声のようにも聞こえる。
言葉をつづけるとともに合わせた手が光り始め、アイリスの前に何かが現れ、落ちた。
慌てて両手で受け止める。古びた羊皮紙の巻物だった。赤い紐で留められていて、手のひらにじんわりと温かい。
「巻物……?」
『はい、巻物です。この巻物には魔法が封じられており、中に書いてある呪文を唱えることで誰でも魔法が使えます。ちなみにこれは、【ファイアーボール Lv.3】です』
なるほど、魔道具的なものか。魔法という言葉に少しテンションの高まりを感じた。早く撃ってみたい。
思えば、俺がゲームで最初に設定した魔法もこれだった。威力は控えめの初級攻撃魔法。Lv.3であれば確かにスライムに撃つには丁度良いかもしれない。
「ええと、中の呪文を唱えればいいんだな…」
どこかで見たような言い回しだな、とは思ったが、深くは考えなかった。…考えるべきだったと後悔している。
「……我が魂で燃え盛る紅蓮の灯火よ。我が身体を通じ、我に応え、敵を焼き尽くせ! ファイアーボール!!」
詠唱を終えたその時、飛んでいったのは「火の玉」ではなかった。
膨れ上がった紅蓮の炎が視界を覆い、真っ赤に染めていく。そして、轟音とともに周囲を焼き払った。
俺は衝撃で尻もちをついた。
視界が晴れた時には既にスライムはいなかった。…おそらく蒸発したなこれ。
スライムどころか、通路の突き当たりの壁もなかった。溶けた石がまだ赤く光っていて、ぽっかりと開いた穴の向こうに、青空が見える。
「…………」
『申し訳ありません。マスターのステータスを考慮せず、一般的なファイアーボールの説明をしてしまいました。訂正します』
アイリスは、少しだけ首を傾げた。
『マスターの場合は、修練の間を貫通できる程度です』
俺はアイリスの言葉を聞かなかったことにした。説明がちょっとずれているとこも気になるが、そうじゃない。
なんだ!? あの呪文は?? 俺の深く仕舞っていた小学生の頃の記憶が掘り起こされていく。違う意味でも真っ赤に染まるぞ。顔が。
たしかに書いた。間違いなく俺が書いた。小学5年の冬、†漆黒の刃† の呪文として。
魔法は封印することにした。あんなものを撃ち続けたら、天井が落ちてきて俺が死ぬ。そして恥ずかしくて死ぬ。
俺には剣もある。物理は裏切らない。レベルを上げて物理で殴れ。とも言うしな。
『もう一つ訂正があります。マスターのステータスであれば、技名を口にするだけで巻物から魔法の発動ができます』
俺はその言葉に何も言わず軽く睨むことで返事とした。
まったく。俺の中二病はまだ治っていないんだぞ。
しばらく道を進んだが、スライムはおろか別のモンスターすら現れなかった。
焼け焦げた壁が、どこまでも続くだけだった。さすがにおかしい。
『どうやら先ほどの魔法で、この間にいるモンスター全て蒸発してしまったようです』
この先には、色違いのスライムを順番に倒していく仕掛けがあったはずだ。属性の相性を覚えてもらうために。
俺はただ呆然とするしかなかった。チュートリアルどこに行った?
俺はふと、加護をもらったときにアイリスが言っていたことを思い出した。
「……ステータス画面、見られるんだったよな」
『はい。「ステータス」と念じてください』
言われたとおりにすると、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
このデザインも俺のだ。枠の装飾まで、ゲームのときのままだった。
【リバー・ウィンター Lv.1】
【職業 :見習い冒険者】
【HP :50000/50000】
【MP :9999/9999】
【攻撃力:999】
【魔力 :999】
【加護 :全知 Lv.1】
Lv.1。
その下に、とんでもない数字がずらりと並んでいた。
「なんだこれ!?」
『女神の加護です。マスターが怪我をされないよう、少々上乗せいたしました』
アイリスは、なぜか目をそらしていた。光の輪が、いつもより少しだけ速く明滅している。
「少々の桁じゃねえだろ!」
何度目かはわからないが、俺はまた頭を抱えた。
ゲームでのレベル1の攻撃力は、たしか9だ。約100倍。チュートリアルの敵どころか、この世界の英雄になれるだろう。
エンジニアとしての、そして作者としての血が騒ぐ。テストプレイヤーとして、ここははっきり言っておかなきゃいけない。
「アイリス。これでは、バランスが崩壊してしまう。こんなのクソゲーだぞ」
『承知しました。では、ステータスを初期値に戻しますか?』
「…………」
初期値。攻撃力9。スライムと2体同時に戦えば死ぬレベル。
ここはゲームじゃない。現実だ。貰えるものは貰わないと、死んでしまう。
「……いや、いい。このままで」
『よろしいのですか?』
「仕様ってことにしとこう。そういえば、加護の全知にレベルがついていたが、レベルをあげるとどうなるんだ?」
『はい。レベルが上がれば上がるほどマスターへのサポート能力が上昇します。先ほどは巻物を生成しましたが、レベル次第では命の生成も可能です。また、私のドジな回答も減ります』
アイリスが言葉の最後のほうは少しだけ照れくさそうだったのは気のせいだろうか。それに、そこそこ物騒なこと言ってたような…。
頭上の光の輪がゆらゆらと揺れている。あんな光り方に設定した覚えはないが。
背中のほうで、まだ何かがぱらぱらと崩れる音がしている。振り返らないことにした。
俺たちは何もいない道を抜け、ゲートポータルに乗った。
光に包まれ、気づけば本館の前に立っていた。
「見たか、さっきの火柱」
どうやら本館の前に人だかりができているようだ。
生徒たちが、みんな同じ方向を見上げている。視線の先、修練の間の屋根のあたりから、黒い煙が細く空へ立ちのぼっていた。
「修練の間に穴が開いたって……」
俺はそっと視線をそらした。
本館に入ると、カウンターの向こうで、ミレイさんが笑顔のまま固まっていた。
「お、おかえりなさい、リバーさん……。あの、修練の間で、何かありました……?」
「……スライムを、倒しました」
嘘は言っていない。たぶん。
ミレイさんは笑顔のまま、手元の書類にさらさらと何かを書き込んでいる。逆さまに見えた文字は……多分、「修繕費」だ。
「……リバーさん。あなたはしばらく冒険者アカデミー出禁です。はぁ……修練の間は暫く使えないわね……」
ミレイさんは変わらず笑顔だったが、目が笑ってなかったことだけは心にとどめておきたい。
アイリスが何事もなかったような顔で浮かんでいる。他の人から見えない女神様はこういう時は気楽だよなぁ。
「では、ポータルへどうぞ。首都に着いたら、職業ギルドで下位職への転職手続きをしてくださいね。見習い冒険者のままですと、受けられる依頼も限られますので」
早口だった。なんだか、早く送り出したそうな声だった。
そうだった。『エターナル・コード』ではアカデミーを出たら、ミズガルド王国の首都──グラズヘイムで下位職を選ぶ。剣士、魔法使い、聖職者、弓使い。そこから先の育成は、全部その選択で決まる。
友達に遊ばせたとき、そこで30分は悩んでいた。俺はその後ろ姿を見ているのが好きだった。作者冥利に尽きるから。
RPGでいちばん悩んで、いちばん楽しいところだ。
本館の奥のワープポータルは、床に描かれた大きな魔法陣だった。
「グラズヘイムかぁ。パーティーとか組めたらいいな」
『……私では、不足ですか』
振り返ると、アイリスがほんの少しだけ頬をふくらませていた。
光の輪が、ちかちかと抗議するように明滅している。
足を踏み入れると、青い光が足元から立ちのぼる。視界が白く溶けて、ほんの一瞬、体が浮いた。