自作RPGのために育てたAIが覚醒して、新世界の女神様になりました!~俺もそこに出力されちゃいました~ 作:burisa
足裏に、石畳の冷たく硬い感触が戻ってきた。
光が引いていくと、目の前に広がっていたのは、想像を絶するほど巨大な広場だった。
「……でっか……」
ミズガルド王国の首都、グラズヘイム。
かつて俺が作った世界では、家が5軒と中央の噴水が一つ、それに武器屋と道具屋があるだけの村だった。
「首都」と名付けたのは、ほとんど見栄っ張りな中学生の俺の自己満足に過ぎなかった。
それが今、目の前にある。白亜の城壁が地平線の果てまで続くその姿は、まさに「大陸最大の都」という、俺が設定ノートに恥ずかしげもなく書き記した言葉そのものだった。
広場の中央では噴水が太陽の光を浴びて小さな虹を描き、屋台からは肉を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
丘の上には、幾つもの尖塔を抱えた壮麗な王城がそびえ立っている。
視線を広場に戻すと、噴水の中心には女神アイリスの像が建っていた。俺は反射的に女神の手を確認する。……五本指だ。良かった。
『こちらは、改善後の学習データに基づき生成されました』
女神は、少しだけ胸を張って誇らしげに言っていたが、毎度突っ込みを入れるのも面倒なので無視することにした。
広場を歩くと、あちこちに見覚えのある光景が転がっている。道具屋の看板に描かれた、傾いたポーションの絵。俺がペイントソフトで五分で描いたやつだ。
それが今は本物の看板になって店先に掛かっているのだ。傾いたままだが。
武器屋の店先では、髭面の親父が剣を磨いていた。ゲーム内では「いらっしゃい!」としか台詞がなかったっけ。
「お、若者よ。その胸当てはアカデミー帰りだな?」
「え、あ、はい」
「初めての首都だろう。たまに悪いやつがいるから気をつけろよ。それと、転職するなら北に職業ギルドがある。広場をここからまっすぐ進んだところだ。昼過ぎから混雑するから早めに向かうといい」
……喋った。しかも、親切だ。思わずお辞儀してしまった。
どうやらこの世界の住人たちは、俺が設定した最低限の骨子からどんどん感情が豊かになっているようだ。まるで、生命が宿っているように見えた。
「なぁ、アイリス。【全知】のスキルを使用するときなんだけど、毎回話しかけないとダメか? 独り言が多い不審者みたいで嫌なんだが」
『もちろん可能です、マスター。この世界での私のスキルは単なる会話機能ではなく、思考補助・状況分析・危険察知を行う常時接続型の支援スキルです。頭の中で聞いて頂ければ、回答を届けます。もちろん私に話しかけるだけも可能です』
よかった。これなら周りの目を気にすることはない。戦闘中なんかにブツブツと呟いてる姿を人前で見られたらあらぬ疑いをかけられそうだからな。
俺はほっとして、小さく頷いた。
(じゃあ、アイリス。試しに【全知】を使うぞ。職業ギルドってどっちだったっけ?)
『広場を右に曲がって、まっすぐ進んだところです』
武器屋の親父はまっすぐって言ってたろ……。全知という二文字が、どんどん名前負けしていってないか?
本気なのか冗談なのかわからない。俺は何回目かわからないため息を吐いた。
武器屋の親父の案内の通り、職業ギルドは広場の北側にあった。
扉をくぐると、正面の壁一面に四つの紋章が掲げられていた。交差する二振りの剣。先端に宝玉を戴いた杖。光輪をかたどった聖印。そして、弦を張り詰めた一張の弓。磨き上げられた金属の縁が、窓から差し込む光を受けて誇らしげに輝いている。
思わず息を呑んだ。あの頃の俺が頭の中で思い描いていたものより、ずっと立派じゃないか。
「職業のご登録ですね。こちらからご希望の職をお選びください。適性試験は午後から行います。なお、一度お選びいただいた職は変更できませんので、よくお考えくださいね」
受付のお姉さんはにこやかにそう言うと、一枚の羊皮紙を差し出した。四つの職名が縦に並び、それぞれの横に四角いチェック欄が設けられている。
□ 剣士
□ 魔法使い
□ 聖職者
□ 弓使い
俺は羊皮紙を受け取り、カウンターの端に置かれたペンを手に取った。
ここに印をつけた瞬間、この世界での俺の生き方が決まってしまう。そう思うと、自然と指先に力が籠った。
選択に決心がつかなかった。前の世界でも一度も転職の決心がつかなかったんだから中々選択できるものではない。
(アイリス。改めて確認したいが、各職業の特徴ってどんなだった?)
俺はスキルを使ってアイリスに尋ねた。俺の認識と世界の設定が相違無いかの確認だ。
『特徴をまとめて、頭の中に直接回答を届けます』
頭の中……? え、待って怖い。想像もつかないことしないで。
俺の心配を察したのか、アイリスは顔をこちらに向けて、優雅に微笑んだ。
次の瞬間、俺の頭の中に何かが流れ込んできた。声でもなく文字でもない。意味だけがはっきりとわかる。ずっと前から知っているかのように。
【剣士】
前衛職。高い体力と筋力を持ち、敵の攻撃を正面から受け止める。卓越した剣技により、近接戦闘においては最も安定した戦力となる。魔法への耐性は低い。
【魔法使い】
後衛職。四大属性の魔法を操り、魔力と引き換えに圧倒的な火力を持つ。魔法による妨害工作なども行える。ただし詠唱中は無防備となり、打たれ弱い。
【聖職者】
支援職。神の加護による回復と支援を担う。単独での戦闘力は低いが、仲間の生存率を大きく引き上げる。不死の魔物に対しては特効を持つ。
【弓使い】
遠距離職。卓越した視力と器用さで、離れた敵を正確に射抜く。罠の発見や索敵にも長け、偵察としても重宝される。
『ちなみにマスターの適性を分析したところ、最も適性が高いのは「聖なる闇魔法剣士」です』
(ないだろ……そんな職……)
アイリスのいつものポンコツ台詞だと思った。聖なる闇。せめて、どっちかにしてくれ。
しかし、その矛盾だらけの響きを聞いた瞬間、俺の奥底に眠っていた記憶が蘇ってきた。
『設定ノート21ページ、†漆黒の刃†の──』
「うおおおおおおおおお!!!!」
叫んでいた。頭の中ではなく、思いっきり声に出して。
ギルドのロビーが、しんと静まりかえる。掲示板の前にいた冒険者も、後ろで順番を待っていた者も、全員がこちらを見ている。
受付のお姉さんは、にこやかな笑顔を崩さなかった。流石プロか。
……しかし周りの目が痛い。
「……あの、お客様? 何か、ございましたか?」
「い、いえ。ちょっと……持病の、発作が」
中二病だって、立派な持病だ。
ついさっき、独り言の多い不審者に見られたくないからと、頭の中で会話する方法を教わったばかりだというのに。これでは不審者どころか、ただの危ない人だ。
背後のほうではコソコソと話し声が聞こえる。うん、目立ちすぎたようだ。
『マスター。思考での会話であれば、声に出す必要はありません』
(わかってるよ!)
今度はちゃんと、頭の中で叫んだ。顔が熱い。たぶん、ファイアーボールを撃ったときより熱い。
『マスターには魔法使いをおすすめします。マスターには詠唱の才能が──』
その言葉を聞いた俺は、冒険者アカデミーでの出来事を思い出した。反射的に剣士の欄に印をつけてしまった。
つけてしまったが、後悔はない。昔からパーティーの前衛職というものは憧れていたし、俺の記憶が正しければ上位職は騎士や聖騎士になれるはずだ。
この世界では違うかもしれないが、その時が来たらアイリスに聞いてみるか。
そうして書類を出し終えた俺は、ロビーの長椅子に腰を下ろした。
背もたれに体を預けると、張り詰めていた肩の力がようやく抜けていった。かなりの疲労を感じた。
まだ午後の試験まで時間があるが、どうやって暇をつぶそうか――
隣の窓口から、泣きそうな声が聞こえてきた。
「そ、そこをなんとか……! 今回で5回目なんです……!」
「規則ですので。聖職者志望の方は、前衛の方と組んでいただかないと……」
窓口に食い下がっているのは、小柄な女の子だった。
淡い金色の髪を2本の三つ編みにして、白い修道服の裾をぎゅっと握っていた。歳は17、8くらいだろうか。
聞こえてくる声に、俺はホッとしている部分もあった。聖職者志望の試験は前衛と組むのか。
支援力の適性でも見るのだろうか? 聖職者を選んでいたら、知り合いのいない俺は詰んでいたな。
「前衛の方がみなさん、私とは組みたくないって……」
女の子は肩を落として、ロビーの隅へとぼとぼ歩いていく。
そこには、小さな女神像が置かれていた。……指が6本ある、初期型のほうだ。
女の子はその前にひざまずいて、両手を組んだ。
「女神アイリス様。どうか、どうか今度こそ、私に前衛の方を……。毎朝のお祈りも、毎晩のお祈りも、1日も欠かしておりません……」
俺はアイリスのほうを見る。目を疑う光景だった。
両手を頬に当てて照れている。おまけにそれに呼応して、光の輪までくるくる回っている。そんなモーションも設定した覚えはない。
しかも女の子が祈っているのは、指が6本ある像だ。
……なんなんだ? このカオスな光景は……
『……マスター』
(なんだよ……)
『信者です』
(そうだな……。それで?)
『私の信者です』
2回言った。しかも「私の」に、やけに力がこもっていた。
光の輪の回転が、もう一段速くなる。そのうち飛んでいくんじゃないか、あれ。
『マスター。あの方は前衛を探しておられます』
(…………)
俺は視線を逸らす。
俺まで落ちたらどうするんだ。4回も落ちてる相手だぞ。
パーティーメンバーを選ぶ権利くらいはあるはずだ。
『マスターは前衛です』
(……ああ)
『女神の加護を持つ者として、信者の祈りには応えるべきかと』
お前が応えろよ、と言いかけてやめた。こいつが姿を見せたら騒ぎどころでは済まない。
だいたい、さっきパーティーと聞いてむくれていたのは、どこの誰だったか。
俺はため息をつきながら立ち上がる。アイリスの根気に負けた形だ。こいつ本当に元AIか?
「あの。よかったら、組みませんか。俺も剣士の試験、受けるんで」
女の子が顔を上げた。大きな碧い瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「ほ、本当ですか!?」
「本当です」
「女神様……! アイリス様が、お応えくださった……!」
女の子は6本指の像に向かって、深々と頭を下げた。
お応えになったのは、そっちじゃなくて上の方だ。言えないけど。
「私、ウルといいます! 聖職者志望で、えっと、回復魔法が得意……では、ないんですけど、でも、がんばります!」
「……得意じゃないのか」
「得意だったら4回も落ちてません!」
ウルは元気よく笑った。うん、元気なのは良いことだ。
「……リバーだ。リバー・ウィンター。よろしく」
「はい! よろしくお願いします、リバーさん!」
ウルは俺の手を取ると、離すまいとするように両手でぎゅっと握りしめた。
5回目にして、ようやく見つけた前衛だ。無理もない。
しかし、4回落ちた聖職者と、まだ一度も剣を振ったことのない剣士。
……大丈夫なのか? これ。
頭を抱える俺の横でアイリスの光の輪は、まだ嬉しそうに回り続けていた。