自作RPGのために育てたAIが覚醒して、新世界の女神様になりました!~俺もそこに出力されちゃいました~ 作:burisa
「……満員電車かよ」
午後になると、職業ギルドのロビーは受験者であふれ返っていた。
剣を背負った者、杖を抱えた者、弓の弦を確かめている者。ざっと見ても、100人はくだらないか。
(アイリス。試験の内容って、ゲームのときと同じか?)
『お答えできます。……ですが、試験官の方から説明があるまで伏せておきます』
(なんでだよ)
『ネタバレになりますので。謎は自分で解く、それがRPGの醍醐味です!』
【全知】スキル、全否定してきた!? しかもそれ、俺の口癖じゃねえか。やってることと言ってることが滅茶苦茶だぞ。この女神。
しかしまぁ、俺の作ったゲーム内では、NPCをいれてもこんなに人が集まることはなかった。1人用のゲームだったしな。
ほとんどの受験者は1人で来ているようだが、中には2人組で来ている人たちもいるようだ。
聖職者志望はパーティーを組んでの試験だと聞いたけど、弓使いや魔法使いの後衛職でもパーティーで来る人もいるんだな。
「……おい、あいつまた来てるぞ」
「……あれ、ゴブリンの聖女じゃん」
「……懲りないね」
「……かわいそ、隣の人」
場がざわついている。
言っている連中は、どう見てもこっちを見ていた。
……全部聞こえてるぞ。
隣でウルが聖印を握る手に力をこめて、床の一点を見つめていた。
「……ご、ごめんなさい。今からでも、組むのやめても……」
「やめないって」
「で、でも」
「俺、もう申請書出しちゃったし。書き直すのも面倒だろ?」
適当に言うと、ウルはきょとんとして、それから少しだけ口元をゆるめた。
『マスター』
(ん?)
『先ほどの4名に、軽度の天罰を申請しますか? 小指をタンスの角にぶつける程度のものでしたら、即時執行できます』
(できんのかよ。やめとけ)
『承知しました。保留にしておきます』
却下じゃなくて保留なのか……
喜べ、ウル。お前の信じる女神は、お前のために本気で怒れるやつだ。
「全員、黙れ」
低い声が、ロビーの喧騒を真っ二つに切った。
声の先を見ると壁みたいな大男が立っていた。
身体には数多の傷、さらに左頬から顎にかけても大きな傷が走り、数々の修羅場を乗り切ってきた雰囲気を感じた。
「あー、俺は試験官のヘルモーズだ。いいか、説明は一度しかしない。聞き逃したやつはその時点でダメだ。不合格とする」
息をのむ音だけが、ヘルモーズの言葉の後にかすかに響いた。
俺の斜め前では、仲間に何か耳打ちしかけていた青年が、口を半開きにしたまま固まっている。彼の威圧感に押され、皆が自然と沈黙していた。
「東門を出て森を進むと洞窟がある。その最奥にある青色の天然石を採取してこい。それ取って戻ってきたら合格。もちろん、魔物も生息しているから、途中で無理だと思ったら引き返していい。引き返すのも実力のうちだ。……まあ、合格にはならんがな」
ヘルモーズの言葉が、落ち着かない空気に重くのしかかる。引き返すのも実力、と言われても、合格できなければ一生見習い冒険者のままだ。皆そのことを理解しているようで、隣の者と目を合わせようとする者すらいなかった。
ただ、俺はどうもこの空気感に違和感を覚えていた。
記憶が正しければ、この試験はチュートリアルに毛が生えた程度のものだったはずだ。洞窟に出る魔物も、初期装備で十分で、少なくとも、受験者が顔を青くするような場面ではなかった。
(なあ。下位職の適性試験って、こんなに重いイベントだったか? 割と誰でも受かる難易度設定だった気がするんだが)
『もちろん、雰囲気づくりです。マスター』
即答だった。悪びれる様子は欠片もない。
あぁ、こいつの趣向がわかってきた気がする。
どうせ、いつものように自信満々な顔で言っているのだろう。わざわざ確かめるまでもない。俺はアイリスに視線を向けなかった。
「それと、聖職者志望。お前らは相方をちゃんと支援してやれ。合格かどうかは、帰ってきたときの相方を見ればわかる。それから……洞窟の中で一人きりになった聖職者がどうなるかは、想像に任せる」
白い修道服の受験者たちの顔から、さっと血の気が引いた。隣に立つ相方の袖を、無意識につかんでいる者もいる。
……これも雰囲気づくりなんだろうな、たぶん。
ヘルモーズは、ロビーの全員を一度だけ見渡した。
「日が沈むまでに戻れ。行け」
その一言で、100人以上が一斉に動き出した。
出口に人が殺到して、押し合いになっている。誰かの杖が誰かの頭に当たり、短い悲鳴と怒鳴り声が上がった。試験は始まったばかりなのに、早くも負傷者が出そうな勢いだ。
俺はその波に加わらず、壁際に立ったまま、腰に下げた剣の柄に手を置いた。
正直言うとカッコつけただけだ。もちろん、剣に関してはどう握ればいいのかすらよくわからない。
(なあアイリス。俺、ステータスだけならたぶん最強クラスだよな)
『はい。現在ロビーにいる全員の攻撃力を合計しても、マスターに届きません』
(でも俺、剣を振ったことないんだよ。一回も)
『存じております』
(……これ、普通に戦ったらどうなる?)
『振り下ろした勢いで、ご自身が転倒する確率が高いと推測されます』
具体的な予測をやめろ。
最強のステータスで振り下ろして転ぶ。
思ったより鮮明に想像できてしまった。想定以上の力に負けて転ぶ姿が。
俺は剣の柄からそっと手を離し、まだ人の詰まっている出口を眺めた。あの混雑が今だけは少しありがたかった。
『ですので、今回は戦闘を避け、移動に専念することを提案します。合格条件に、討伐数は含まれていません』
(逃げの一手か。……まあ、それが一番だな)
ゲームなら、序盤の試験で無双して周りを驚かせるのが様式美だ。
でも、ここで転んで恥をかくくらいなら、全力で逃げたほうがマシだ。
「リ、リバーさん」
ウルが、俺の袖の端をつまんでいた。
「私……今まで一回も、洞窟の奥まで行けたことがないんです。いつも途中で、相方の人が『もう無理だ』って」
「そっか」
「だから、その……今日は、奥まで行ってみたいです。ご迷惑をおかけするかもしれないですが、よろしくお願いします」
小さな声だった。
でも、ちゃんと俺の目を見て言っていた。
「大丈夫だって。逃げ足だけは自信あるんだ」
「え、ええっ?」
「な、なんだよ」
「い、いえ、剣を振ったことがないとか……転倒するとか……」
「なんでわかってんだよ!!」
声が割れた。ウルはびっくりして身をすくませた。俺は慌てて口に手を当てた。
(アイリス、お前か……)
『天罰は保留中ですので。代わりに、心の声を少し漏らしておきました』
(こいつ、本当に俺の相棒AIだった女神かよ……?)
俺の慌てぶりがおかしかったのか、ウルは思わず吹き出した。それから、小さな笑顔を作った。
「ふふっ……そうですよね。逃げの一手、お互い頑張りましょう、リバーさん」
笑った。聖職者志望であり、ゴブリンの聖女であり、失敗ばかりの少女が、今日初めて、心から笑った。
もしかして、似た者同士だと思われてしまっただろうか。
俺はそんなことを思いながらも、この子の笑顔を見ているとこの先が楽しいものになるのではないかと、そんな予感がした。