演出家   作:光り輝くダンディー

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第1話 演出家

 

 

世界各国で、数々の事件に関与してきた正体不明の人物がいる。

 

その人物は、国籍も年齢も、そして性別さえも明らかになっていない。

 

ただ一つ、世界中の捜査機関が共通して認識していることがある。

 

それは、その人物が関わったとされる事件には、ある共通点が存在するということだった。

 

事件の規模も、発生した場所も、関係した人間も、何もかもが異なる。

 

一見すれば、互いに何の関係もない事件。

 

しかし、捜査を進めていくと、そこには奇妙な繋がりが浮かび上がることがあった。

 

直接的な関与を示すものが見つかる事件もあれば、関係が疑われるだけで、確かな証拠が何一つ存在しない事件もある。

 

そして、直接関与したと判断された事件には、ある一つの署名が確認されていた。

 

――D。

 

それが何を意味するのか、誰も知らない。

 

ただ、その署名が確認された事件は、いずれも通常の犯罪とは異なる様相を見せていた。

 

一方で、署名のない事件にも、その人物の影がちらつくことがある。

 

ある人物が突然、今までとはまるで違う行動を取るようになった。

 

別の人物が、それまで抱えていた問題をきっかけに、取り返しのつかない選択をした。

 

さらに別の事件では、互いに接点のないはずの人間たちが、まるで何かに導かれるように同じ方向へ進んでいたという。

 

それらすべてに、同一人物が関わっているという証拠はない。

 

偶然が重なっただけなのかもしれない。

 

あるいは、何者かが裏で糸を引いていたのかもしれない。

 

だが、各国の捜査機関は、それらの事件を無関係なものとして片付けることができなくなっていた。

 

いつしか、その人物は世界中で一つの呼び名によって知られるようになる。

 

――『演出家』

 

その名が付けられた理由についても、明確なことは分かっていない。

 

事件に関わる人間たちの行動が、まるで誰かに演出されているかのように見えることから、そう呼ばれるようになったとも言われている。

 

しかし、本人がその呼び名を名乗ったことがあるのか、それとも捜査機関や報道関係者が付けたものなのかさえ、定かではなかった。

 

当然、その正体を知る者はいない。

 

顔も、名前も、年齢も、国籍も不明。

 

性別についても確かな情報はなく、過去に確認された目撃情報も、信憑性のあるものとは言い難かった。

 

各国の警察はもちろん、FBIやインターポールなど、さまざまな捜査機関がその行方を追っている。

 

国境を越えて情報が共有され、複数の国が協力して捜査を進めているにもかかわらず、現在に至るまで決定的な手掛かりは得られていない。

 

その存在を知る者は増え続けている。

 

しかし、知れば知るほど、正体は遠ざかっていく。

 

そして、ついに――。

 

『演出家』に関する情報提供に対する懸賞金は、前例のない金額にまで引き上げられた。

 

その額、50億円。

 

世界中の人間が注目する、途方もない金額だった。

 

それほどの懸賞金が懸けられてもなお、正体は分からない。

 

何のために事件を起こすのか。

 

何を目的としているのか。

 

そもそも、そこに何らかの目的が存在するのか。

 

誰も答えを知らない。

 

ただ一つ確かなのは、今もなお、世界のどこかでその人物の影が囁かれているということだった。

 

───

 

「……50億円、かぁ」

 

毛利探偵事務所。

 

居間のテレビから流れるニュースに、毛利蘭は思わず声を漏らした。

 

画面には、国際指名手配犯『演出家』についての特集が映し出されている。

 

大きく表示された懸賞金の金額。

 

そして、性別も年齢も分からないという説明。

 

蘭は画面を見つめたまま、少し困ったように眉を寄せた。

 

「50億円って……そんな金額、聞いたことないわ」

 

「まあ、それだけ危険な人物だってことなんだろうね」

 

隣に座っていた江戸川コナンが、テレビを見ながら答えた。

 

もちろん、ただの子供としての反応を装っている。

 

しかし、その目は画面に映し出された資料から離れていなかった。

 

『演出家』

 

世界各国で起きた事件との関係が疑われ、複数の捜査機関が追跡を続けている人物。

 

その名前自体は、コナンも以前から耳にしていた。

 

ただ、今回の報道で改めて気になったことがある。

 

それは、事件の数に対して、本人の情報があまりにも少ないという点だった。

 

直接関与したとされる事件には、共通する署名がある。

 

しかし、それ以外の事件については、関係が疑われているだけのものも多い。

 

一人の人間が、これほど多くの事件に関わっているのか。

 

それとも、周囲の人間が勝手にその人物の影響を受けているだけなのか。

 

どちらにしても、簡単に答えが出る話ではない。

 

「ねえ、コナン君」

 

「ん?」

 

「この人って、どうしてこんなことをしているんだろうね」

 

蘭は、少し不安そうに画面を見つめていた。

 

「お金が目的なのかな。それとも、何か恨みがあるとか……」

 

「さあ……。でも、今のところは何も分かってないみたいだよ」

 

「そうだよね。こんなに大勢の人が探しているのに、何も分からないなんて……」

 

蘭は小さく息を吐いた。

 

「なんだか、怖いね」

 

その言葉に、コナンは返事をしなかった。

 

怖い。

 

確かに、そう感じるのも無理はない。

 

しかし、コナンが気になっていたのは、別の部分だった。

 

事件の背後にいるとされる人物が、何を考えているのか。

 

何を目的にしているのか。

 

そして、なぜこれほどまでに正体を掴ませないのか。

 

情報が少ないからこそ、考えなければならないことは多い。

 

「……コナン君?」

 

「えっ? あ、ううん。何でもないよ!」

 

考え込んでいたことを悟られないよう、コナンはいつもの子供らしい笑顔を浮かべた。

 

蘭はそんなコナンを見て、少しだけ首を傾げる。

 

やがてテレビの話題が別のニュースへと移ると、蘭もそれ以上『演出家』について考えるのをやめた。

 

けれど、コナンの頭の片隅には、その名前が残り続けていた。

 

――演出家。

 

一体、どんな人物なのだろうか。

 

───

 

同じ頃。

 

『皆さん、今日も一日お疲れ様でした。今夜は少し冷えるから、暖かくして休んでくださいね。うん、また明日、同じ時間に。……おやすみなさい』

 

画面の向こうのリスナーたちに、とびきり穏やかで優しい声を届けて、配信の接続を切る。

 

カチリ、とマウスをクリックする音が、静まり返った部屋に響いた。

 

さっきまでマイクに向かって柔らかな微笑みを浮かべていたその人物は、ふう、と小さく息を吐き、デスクから立ち上がった。

 

部屋の明かりは落とされ、パソコンのモニターの光だけが室内を青白く照らしている。

テーブルの上には、先ほどコンビニで買ってきたばかりの新聞が広げられていた。

 

一面を大きく飾っているのは、先ほどテレビでも大々的に報じられていた、国際指名手配犯『演出家』の特集記事。

見出しのすぐ下には、目を疑うような数字が躍っている。

 

――懸賞金、50億円。

 

世界中の警察、FBI、インターポールが血眼になって追いかける、姿なき怪物の値段。

 

その凄惨な記事を映す青白い光の中で、その人物は、おっとりとした普段の面影を完全に消し去り、低く、冷徹な声で呟いた。

 

「……50億円ですか。随分と高く評価されたものですね」

 

ふふ、と喉の奥で、静かな、けれど底知れない笑みが漏れる。

 

普段の彼女を知る人々は、きっとこう言うはずだ。

明るくて、優しくて、配信での何気ない会話にいつも元気をくれる。

少しおっとりしていて、どこか頼りなさそうだけれど、悩み相談をすれば自分のことのように聞いてくれる、どこにでもいる優しい女性だと。

 

事実、彼女の周りにはいつも人が集まっていた。

彼女が紡ぐ言葉に踊らされ、彼女の手のひらの上で、人間が何を考え、何を選び、どのように変わっていくのか。

それを特等席で眺めることこそが、彼女のすべて。

 

彼女は手元にあった温かいマグカップを、何気なくテーブルの新聞の上に置いた。

少しして、再びカップを持ち上げ、口元へ運ぶ。

 

カップが退いた新聞の紙面――ちょうど「懸賞金50億円」の文字のすぐ横に、カップの底から垂れた一滴の水滴が、じんわりと滲みを広げていた。

 

水滴は、新聞の折り目という「直線の障壁」にぶつかり、そこで綺麗に半円を描いて止まっている。

それはまるで、世界中の捜査機関を震え上がらせている、あの不気味な署名(サイン)のようだった。

 

――『D』。

 

意図して残したわけではない。ただの、偶然の産物。

けれど彼女は、紙面に浮かび上がったそのアルファベットの形を、ただ退屈そうに見つめている。

 

「次は、どんな舞台を演出しましょうか……」

 

窓の外、眠らない米花町の夜景を見つめながら、彼女は優しく、そして残酷に目を細めた。

 

 

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