演出家   作:光り輝くダンディー

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第10話 揺れる警視庁

 

 

七年前。

 

ある男は、相棒と共に大規模な脅迫事件を起こした。

 

二つの建物に爆弾を仕掛け、住民を避難させる代わりに十億円を要求する。警察は要求に応じ、爆発は回避された。

 

――少なくとも、警察はそう発表していた。

 

しかし、男の相棒は違う受け止め方をした。

 

テレビの報道を見た相棒は、爆弾がまだ解除されていないと思い込み、警察へ連絡した。通話から居場所を突き止められた相棒は、その場から逃げ出し、交通事故に遭って命を落とした。

 

男は、その知らせを聞いたとき、すぐには理解できなかった。

 

つい先ほどまで、二人で計画を立て、笑い合っていた相棒が、もういない。

 

何が起きたのか。

どうして、こんなことになったのか。

 

警察は、相棒が逃走中に事故に遭ったと説明した。

 

だが、男には納得できなかった。

 

爆弾は解除されていたはずなのに、なぜ相棒は警察に連絡したのか。なぜ、報道では危険が続いているかのように伝えられていたのか。

 

やがて、男はひとつの結論にたどり着いた。

 

警察は、相棒をおびき出すために、わざと誤った情報を流したのではないか。

 

相棒の居場所を突き止め、逃げるところを追い詰めるために。

 

そう考えるようになってから、男の中で警察への不信感は急速に膨らんでいった。

 

もちろん、それを裏付ける証拠があったわけではない。

 

けれど、男にとっては、もはや証拠の有無など問題ではなかった。

 

相棒は死んだ。

警察は何も責任を取らない。

そして、何事もなかったかのように日常を続けている。

 

その事実だけが、男の心に残り続けていた。

 

七年という時間が過ぎても、悲しみが消えることはなかった。

 

むしろ、悲しみは少しずつ形を変えていった。

 

相棒を失ったことへの喪失感は、警察への怒りへ。

どうして自分たちが、という疑問は、許せないという感情へ。

 

男は何度も過去を振り返った。

 

あの日、警察が違う対応をしていれば。

あの日、相棒が電話をかけなければ。

あの日、二人があんな計画を立てなければ。

 

考えても、何も変わらない。

 

それでも、考えずにはいられなかった。

 

そんな男の前に、一人の人物が現れた。

 

一ノ瀬美月。

 

男は、彼女が何者なのか知らなかった。

 

ただ、自分の過去について話しても、彼女は驚いたり、説教をしたりしなかった。

 

相棒を失ったこと。

警察を信用できなくなったこと。

七年経った今でも、あの日のことを忘れられないこと。

 

男が話す間、美月は静かに耳を傾けていた。

 

「……七年も経つんですね」

 

美月は、穏やかな声でそう言った。

 

「ええ。でも、忘れられるわけがない」

 

男の声には、抑えきれない感情がにじんでいた。

 

「そうでしょうね」

 

美月は、それ以上何も言わなかった。

 

同情もしない。

否定もしない。

正しいとも、間違っているとも言わない。

 

男は、そんな彼女に少しずつ心の内を明かしていった。

 

警察への不信。

相棒の死に対する疑念。

そして、警察が何も知らない顔で過ごしていることへの怒り。

 

美月は、その話を聞きながら、男の言葉の端々に注意を向けていた。

 

彼は、まだ迷っている。

 

警察を憎んでいることに疑いはない。けれど、その憎しみをどうすればいいのか、本人にも分かっていないのだ。

 

怒りを抱えたまま、何もできずにいる。

 

それは、彼にとって苦しい状態なのだろう。

 

美月は、その様子を興味深く見ていた。

 

人間は、自分の感情を持て余すと、誰かに理解してほしいと思うことがある。

 

自分の考えを否定されず、受け止めてもらえるだけで、少し安心する。

 

そして、その安心感は、相手の言葉を受け入れやすくすることもある。

 

美月は、男の話を聞くたびに、彼の中に残っている疑念や怒りが、どれほど強いものなのかを確かめていった。

 

「警察は、あのときのことをどう説明しているんですか?」

 

ある日、美月が尋ねた。

 

「事故だった、と。それだけです」

 

「それで納得できたんですか?」

 

「できるわけがないだろ」

 

男の返答は早かった。

 

美月は、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「そうですよね」

 

「……」

 

「そういえば、ニュースで見ましたけれど……警察って、過去の事件の功績で表彰されたり、昇進したりする方がいるみたいですね。……なんだか、不公平な世界だと思いませんか?」

 

「……どういう意味だ」

 

「いえ、誰かの犠牲の上に成り立つ平穏を、さも自分たちの手柄のように喜んでいる人たちがいるのかな、と少し思っただけです。忘れてくださいね」

 

その言葉に、男は何も返さなかった。

 

けれど、胸の内に押し込めていたものが、また少し動いたようだった。

 

別の日、男は再び七年前の話をした。

 

警察への怒りは、以前よりも強くなっていた。

 

「結局、あの人は何のために死んだんでしょうね」

 

「……」

 

「警察のせいで死んだのに、誰も責任を取らない。あの人のことなんて、もう誰も覚えていないんですよ」

 

男は俯いた。

 

「俺だけが覚えている。俺だけが、あいつのことを忘れられない」

 

「あなたが覚えている限り、その方は生き続ける……でも、あなたが何もしなければ、その方の無念も、警察の嘘も、すべてこのまま闇に消えてしまうんですね」

 

「……闇に、消える?」

 

「ええ。時効が来れば、あるいはあなた自身が年老いてしまえば、世界は完全にあの事件を『ただの悲しい事故』として片付けるでしょう。それが、正しい歴史になってしまうのは……少し寂しい気がします」

 

警察への復讐という言葉の奥には、相棒を忘れられないという気持ちがある。

 

自分だけが生き残ったことへの後悔もあるのだろう。

 

彼は、相棒の死を無意味なものにしたくない。

 

だからこそ、警察が何事もなかったように過ごしていることが許せない。

 

「あなたは、ずっとそのことを考えてきたんですね」

 

「……ああ」

 

「七年も」

 

「……」

 

「……そういえば、以前、古い雑誌で面白い記事を読んだんです。警察を本当に動かしたいなら、彼らが最も守りたがっている『大衆の目』と『面子』を人質にするのが一番効果的だ、と」

 

「面子、だと」

 

「警察は、自分たちの無能さが白日の下に晒されるのを一番恐れますから。……ふふ、事件の素人がこんなことを言っても仕方がありませんね」

 

彼の感情は、少しずつ変化している。

 

悲しみだけだったものに怒りが混ざり、怒りは疑念を強め、疑念は警察への憎しみへと変わっていく。

 

その変化を、美月は急がせることなく見ていた。

 

そして、ある日。

 

男は、これまでとは違う様子で口を開いた。

 

「……もう、黙っているつもりはない」

 

「そうですか」

 

「このまま何もせずに、あいつのことを忘れたように生きていくなんて、俺にはできない」

 

男の声には、以前のような迷いがなかった。

 

「警察に思い知らせてやる。あいつがどんな思いで死んだのかを」

 

美月は、男の表情を見つめた。

 

とうとう、そこまで来た。

 

男は、自分で決断したと思っている。

 

相棒を失った悲しみも、警察への怒りも、すべて自分の中から生まれたものだと信じている。

 

その認識を、美月が訂正することはない。

 

「……そうですか」

 

ただ、それだけを返した。

 

男は、自分の決意を固めたように頷いた。

 

美月は、その様子を静かに見送った。

 

彼が選んだ道の先に何が待っているのか。

 

それを知っていても、彼女の表情に変化はなかった。

 

人間の感情は、実に複雑だ。

 

本人が自分の意思で選んだと思っている選択でさえ、そこに至るまでの過程には、他人の影響が入り込んでいることがある。

 

そして、その影響に本人が気づくことはない。

 

美月は、そうした人間の変化を観察するのが好きだった。

 

今回もまた、興味深い結果になりそうだった。

 

やがて、男は警察への復讐を実行に移した。

 

過去に命を落とした萩原研二、松田陣平に続き、今度は東京の大勢の人々が爆発の危機にさらされる。

 

警視庁に届く脅迫。

爆発の危機に揺れる街。

そして、東都タワーのエレベーターに閉じ込められたコナンと高木刑事。

 

男の仕掛けた事件は、警察を大きく翻弄した。

 

しかし、コナンは残された手掛かりから犯人の狙いを見抜き、危機を乗り越える。警察も最後の爆弾を発見し、爆発を防いだ。

 

事件は解決し、犯人は逮捕された。

 

その日の夜。

 

美月は、自宅でニュースを眺めていた。

 

画面には、事件の概要と逮捕された犯人の姿が映し出されている。

 

「……なるほど」

 

美月は小さく呟いた。

 

事件の結果は、彼女が想像していたものと大きくは違わなかった。

 

ただ、最後まで警察に立ち向かった男が、どのような気持ちで逮捕されたのか。

 

そこには少し興味があった。

 

彼は、自分の選択を後悔しているのだろうか。

 

それとも、まだ警察への怒りを抱いているのだろうか。

 

美月には分からない。

 

けれど、どちらであっても構わなかった。

 

彼が何を思い、どんな結末を迎えたとしても、それは彼自身の物語だ。

 

美月は、画面から視線を外した。

 

「人間というのは、本当に面白いですね」

 

その頃、警察では押収した犯人の所持品を確認していた。

 

その中に、一枚のカードがあった。

 

誰が、いつ、どこで入れたのか。

 

犯人自身にも心当たりはない。

 

カードには、見慣れない印が残されていた。

 

それは、これまで演出家が直接関与した事件に残されていた「D」とは異なるものだった。

 

「これは……?」

 

捜査員の一人がカードを手に取る。

 

事件の犯人が所持していた理由は分からない。本人に確認しても、知らないという返答しかなかった。

 

だが、その印を見た者たちは、ある名前を思い浮かべた。

 

――演出家。

 

今回の事件にも、あの人物が関わっていたのか。

 

犯人が誰かと接触した形跡は確認できない。性別も、年齢も、外見も分からない。

 

ただ、そこには確かに、演出家の関与を示す印が残されていた。

 

美月は、そのことを知っている。

 

けれど、彼女がそれについて語ることはなかった。

 

誰にも気づかれないまま、ひとつの舞台は幕を下ろした。

 

 





原作と違い子供の声でなく女性の声がハッキリと

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