演出家   作:光り輝くダンディー

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第11話 【配信回】美月の料理配信

 

 

「皆さん、こんばんは。一ノ瀬美月です」

 

配信が始まると、画面にはいつもと変わらない柔らかな笑顔の美月が映った。

 

『こんばんはー!』

『待ってました!』

『今日は何するの?』

『歌?ゲーム?』

『雑談かな?』

 

次々と流れるコメントに目を通しながら、美月は小さく頷いた。

 

「今日はですね、料理をしようと思います」

 

そう言って、カメラの横に置かれていた材料を紹介する。

 

「今回作るのは、少し手の込んだ洋食です。メインはデミグラスソースの煮込みハンバーグ。それから、付け合わせに野菜のグリルと、簡単なスープも作りますね」

 

『料理配信!?』

『美月ちゃんの手料理!』

『絶対おいしいやつ』

『料理できるの!?』

『何でもできるな本当に』

 

「ふふ。料理は好きですよ。普段も自分で作ることが多いです」

 

美月はエプロンを整え、手を洗うと、さっそく調理を始めた。

 

まな板の上に野菜を並べる。包丁を手に取った美月は、先ほどまでの柔らかな雰囲気を崩さないまま、手際よく作業を進めていった。

 

トン、トン、トン、トン――。

 

一定のリズムで響く包丁の音。玉ねぎは大きさの揃ったみじん切りに、にんじんは均一な厚さに切り分けられていく。その動きに一切の無駄はない。

 

包丁を持つ手は滑らかで、食材を押さえる指先も安定している。切り終えた材料は、種類ごとに手際よくまとめられ、調理台の上があっという間に整っていった。

 

『えっ』

『速くない?』

『もう切り終わったんだけど』

『包丁さばきがプロ』

『手元が綺麗すぎる』

『料理番組の人?』

 

「ありがとうございます。手慣れているだけですよ」

 

そう答えながら、美月は次の工程に移る。

 

フライパンを温め、必要な材料を順番に加えていく。玉ねぎを炒める間に別の鍋を準備し、スープの下ごしらえを進める。

野菜のグリルに使う材料も並べ、火加減を確認しながら、複数の工程を同時に進めていった。

 

それぞれの作業が、まるで最初から決められたプログラムに従って動いているかのように、滞りなく進んでいく。

 

『待って待って』

『今どれ作ってるの?』

『全部同時進行してない?』

『画面を見てるだけで忙しいw』

『料理アニメの調理シーンみたい』

『主人公が覚醒したときの動き』

 

「ふふ。手順を最適化しておくと、効率よく作れますからね」

 

美月は軽く笑った。

 

ハンバーグの材料を混ぜ合わせ、形を整える。大きさも厚みも寸分の狂いなく揃っており、表面は滑らか。フライパンに並べると、心地よい音とともに完璧な焼き色がついていく。

 

焼き色がついたハンバーグを煮込み用の鍋へ移し、ソースを加える。その間に野菜のグリルを仕上げ、スープの味も整えていく。

 

味見をした美月は、少しだけ考えるように目を伏せた。

 

「……ん。塩分濃度をコンマ数パーセント、引き上げましょうか」

 

調味料をほんの少し加え、再び味を確かめる。

 

「これで完璧です」

 

『味見のコメントがガチ勢のそれ』

『今の一瞬で味を決めたの?』

『料理へのこだわりがすごい』

『本当に何者なんだ……』

 

やがて、すべての料理が完成した。

 

美月は皿を並べ、丁寧に盛り付けていく。煮込みハンバーグの表面には艶やかなソースが絡み、付け合わせの野菜は色彩の黄金比を体現するように配置されている。

 

「はい。完成です」

 

カメラに向けて、料理を見せる。

 

『うわあああ!』

『お店じゃん!!』

『これ自分で作ったの!?』

『盛り付けまで完璧』

『めちゃくちゃおいしそう』

『普通にミシュランの料理』

 

「ありがとうございます。では、いただきますね」

 

美月はフォークとナイフを手に取った。

 

まずは、煮込みハンバーグ。ナイフを入れると、柔らかな肉がすっと切れた。断面から溢れ出す肉汁。一口分を口に運ぶ。

 

そして――。

 

「…………っ!!」

 

美月の動きが、完全に凍りついた。

 

ゆっくりと、限界まで目を見開く。その瞳の奥に、怪しい光が灯る。

 

「こ、これは……ッ! なんという……なんという暴力的な美味……!!」

 

『!?』

『どうしたwww』

『急に悪役みたいなセリフ吐いたぞおいw』

 

「口に入れた瞬間、まず脳髄を直撃するのはデミグラスソースの圧倒的な『深淵(コク)』……! じっくりと時間をかけて牛骨と野菜の旨味を搾り尽くした、濃厚な漆黒の絨毯が舌の上を支配します! しかし、それだけではない……!」

 

美月は、フォークを握りしめたまま、恐ろしいほど真剣な表情で語り始めた。トーンの落ちた声が、逆に配信の音声を鮮明に震わせる。

 

「その奥から追いかけてくる、淡路島産玉ねぎの、まるで初恋のような狂おしい甘み……! そして極めつけは、この肉汁のビッグバンです! 歯が肉繊維に触れた刹那、堰を切ったように溢れ出す黄金のスープが、ソースと絡み合い、口内という名のキャンバスに『天地創造』の絵画を描き出していく……!!」

 

『待ってwwwww』

『自画自賛のスケールが宇宙規模www』

『料理アニメ始まったwww』

『演出で背景に大瀑布とか鳳凰流れてるだろこれwww』

『服は!? 美月ちゃんの服は無事なの!?ww』

 

しかし、美月は視聴者の狂騒など一切耳に入っていないかのように、恍惚とした表情でさらに一口を食べ進める。

 

「ああ……表面は強火で一気にコーティングされ、肉の城壁と化しているのに、内部はまるで赤子の肌のように柔らかく、ジューシー……。噛むたびに、私の全身の細胞が『美味の快楽』に屈服していくのが分かります……。素晴らしい、これぞ至高の調和(シンフォニー)……!」

 

美月は静かに目を閉じ、天を仰いだ。

 

『wwwwwww』

『完全に食レポのバケモノww』

『誰と戦ってるのwww』

『今、脳内で審査員長が服破り捨てて「美味ーーーッ!!」って叫んだわ』

『誰かこの人を現実に戻して!』

 

美月は、ようやく長い吐息をつき、コメント欄に視線を向けた。

 

「……あら? 皆さん、どうしてそんなに笑っているのですか?」

 

『あら?じゃないwww』

『自分で作った料理でそこまでイケるの逆に才能だよww』

『リアクションが大げさすぎるw』

『料理の完成度よりポエムの完成度に度肝抜かれてる』

『情報量が多すぎて胃もたれするww』

 

「え? そんなに大げさでしたか? 私はただ、この皿の上で起きた奇跡を正確に言語化しただけなのですが……」

 

『それが大げさなんだってww』

『奇跡起きちゃったよ』

『料理アニメのラスボスよりラスボスしてた』

『頼むからスープのリアクションもやってくれ』

 

美月は少し困ったように、けれどどこか楽しげに微笑んだ。

 

「そうですか……。でも、本当においしかったので。では、次はこちらのスープを……」

 

スープをスプーンですくい、そっと唇を湿らせる。

 

「……ッ!!」

 

『ほら来たwwww』

『はい第二波入りますwww』

『構えろ! 衝撃に備えろ!』

 

「これは……ッ! なんという、恐るべき『静寂』の極み……!」

 

案の定、美月の表情から一切の甘さが消え去り、冷徹なまでの批評家の顔になる。

 

「一見、ただの透き通ったコンソメ。しかし一口含めば、大自然の恵みが五臓六腑に染み渡る……! 野菜の甘みがこれ以上ない純度で抽出されており、雑味が微塵も存在しない。メインのハンバーグが『剛』の美味なら、このスープはすべてを包み込む『柔』の慈悲……! 暴れ狂う肉の衝撃を、この一杯が優しく、かつ完璧に調停している! まさに、戦場を支配する陰の絶対君主(ルーラー)です……!」

 

『スープに君主の座を与えるなwww』

『語彙力が不穏すぎるww』

『名脇役どころか裏ボスだったww』

『今日の美月ちゃんキレッキレで最高ww』

 

「ふふ。おいしいものを食べると、ついその本質を見極めたくなってしまいますね」

 

美月は楽しそうに笑い、最後に野菜のグリルも口に運んだ。

 

「こちらも見事です。火の魔術師に祝福されたかのような絶妙な焼き加減。野菜本来の生命力が、香ばしい焦げ目のドレスを纏って躍動しています。素晴らしい」

 

『もう何を食べても国家予算レベルの大作になるww』

『食レポの才能が限界突破してる』

『料理配信というより、グルメバトルアニメの最終回』

『次は何を作るんですか? 毎週やって!』

『美月ちゃんの料理なら服がはだけても許す』

 

その後も美月は、一つ一つの料理について、まるで世界遺産を解説するかのような重厚なトーンで感想を述べながら、最後までおいしそうに、そして優雅に食べ続けた。

 

視聴者のコメント欄は、終始ツッコミの弾幕で画面が見えなくなるほど賑わっていた。

 

「今日はとても楽しかったです。私の作った料理(パズル)のピースが、皆さんの目にも鮮やかに映ったのなら嬉しいです」

 

『楽しかった!!』

『お腹すいた、テロすぎる』

『明日絶対ハンバーグにするわ』

『次回も料理配信(バトル)希望!』

『今度はデザートの爆発が見たい』

 

「ふふ。機会があれば、また作りますね。それでは、今日はこの辺で。皆さん、良い夢を。おやすみなさい」

 

配信を終了する。

 

画面が暗くなった。

 

美月は、先ほどまでの笑顔を消し、テーブルの上に残った皿を見た。

 

「……少し、食べすぎてしまいましたね」

 

小さく呟き、食器を片付け始める。

 

先ほどまでの大げさな食レポも、楽しそうな笑顔も、もうそこにはない。

 

美月は、配信中のコメントを思い返していた。

 

自分のリアクションに驚き、笑い、次々と反応を返していた視聴者たち。

 

同じ料理を食べても、受け取り方は人によって違う。

 

そして、ほんの少し表現を変えるだけで、人の反応も大きく変わる。

 

「……ふふ」

 

美月の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

 

人間の反応は、いつ見ても興味深い。

 

彼女にとって、今日の配信もまた、ひとつの観察だった。

 

 





伝説のクズボケモン配信も我慢した…

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