演出家   作:光り輝くダンディー

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第5話 【配信回】七色の歌声

 

 

その日の夜。

 

一ノ瀬美月のチャンネルでは、いつもより少し早い時間から配信の告知が出されていた。

 

『本日、二十時から歌配信をします!』

 

普段のゲーム配信や雑談配信とは違う内容に、告知を見た視聴者たちはさっそく反応を寄せていた。

 

『歌配信!?』

『美月ちゃんの歌、楽しみ!』

『前に少しだけ歌ってたことあったよね』

『今日はどんな曲を歌うんだろう』

 

そして、二十時。

 

配信画面が切り替わり、見慣れた少女の姿が映し出された。

 

「こんばんは。来てくださってありがとうございます!」

 

いつもと変わらない、明るく柔らかな声。

 

美月はカメラに向かって小さく手を振った。

 

「今日は予告していた通り、歌配信です。普段はゲームや雑談が多いので、こういう配信は少し久しぶりですね」

 

『待ってました!』

『楽しみにしてた!』

『何曲くらい歌う予定?』

 

「そうですね……何曲か用意してきました。ジャンルも色々なので、最後まで楽しんでもらえたら嬉しいです」

 

そう言って、美月はマイクの位置を少し調整した。

 

最初に選んだのは、明るく軽快なポップソングだった。

 

伴奏が流れ始める。

 

そして、美月が歌い出した瞬間。

 

『えっ』

 

コメント欄の流れが、一瞬だけ止まった。

 

普段の話し声とは違う、澄んだ伸びやかな歌声。

 

高音も無理なく響き、軽やかなメロディーに合わせて声が弾む。明るく可愛らしい雰囲気はそのままに、歌としての完成度が驚くほど高かった。

 

曲が終わると、止まっていたコメント欄が一気に動き出す。

 

『うっま!!』

『え、想像以上なんだけど!?』

『声めちゃくちゃ綺麗!』

『普通に歌手みたい!』

 

「ありがとうございます。最初は明るい曲にしてみました」

 

美月は嬉しそうに微笑む。

 

「では、次は少し雰囲気を変えてみますね」

 

次に流れたのは、静かなバラード。

 

先ほどまでの弾むような声とは違い、今度は柔らかく、包み込むような歌声だった。

 

一音一音を丁寧に紡ぐような歌い方。高音には透明感があり、静かな部分では息遣いまで表現の一部になっている。

 

画面の向こうで、視聴者たちは再び驚いていた。

 

『同じ人の声!?』

『さっきと全然違う!』

『優しい声だなあ……』

『聴き入っちゃった』

 

曲が終わる。

 

美月は少しだけ目を伏せ、それからカメラに視線を戻した。

 

「この曲は、歌詞もメロディーも好きなんです。静かな曲は、歌っていると自然と気持ちが落ち着きますね」

 

『分かる』

『声が曲に合いすぎてる』

『もう一曲バラード聴きたい!』

 

「ふふ。では、また後半で歌いますね」

 

その後も、配信は順調に進んでいった。

 

三曲目は、低音を生かした落ち着いた曲。

 

普段の美月からは想像しにくい、少し大人びた声だった。

 

声の響きが変わるだけで、曲全体の印象まで変わる。

 

『待って、低音も出るの!?』

『さっきまで可愛い声だったのに!』

『声帯どうなってんの???何人住んでる??』

『ギャップで無事死亡いたしました 推すわ』

『 低音の響き方、骨格からコントロールしてない? プロの犯行だろこれ』

『声紋分析したら別の人間って判定されそうなレベル。凄いですね。』

 

続く曲では、今度は力強いロック調の歌声を披露した。

 

伸びやかな高音に、芯のある声。曲の盛り上がりに合わせて歌声にも勢いが増していく。

 

普段の柔らかな雰囲気からは想像もつかないほど、堂々とした歌い方だった。

 

『かっこよすぎる!!』

『声量どうなってるの!?』

『この曲まで歌えるの!?』

『本当に何でもできるな……』

 

さらに、少しハスキーな声で切ない曲を歌ったかと思えば、中性的でクールな声に切り替えて別の曲を歌う。

 

曲が変わるたびに、声の印象も変わっていく。

 

それでも、どの歌声にも不自然さはなかった。

 

単に声色を変えているだけではない。曲に合わせて表情や歌い方まで変化しているのだ。

 

配信を見ている視聴者たちは、次第に驚きを通り越して感心し始めていた。

 

『七色の美声ってこういうことか』

『何種類の声を持ってるんだろう』

『どの声も好きすぎる』

『一曲ごとに別の人が歌ってるみたい』

『美月ちゃんの歌枠、定期的にやってほしい!』

 

「そんなに褒めてもらえると、少し照れますね」

 

美月は頬に手を添え、困ったように笑った。

 

「でも、歌うことは本当に好きなので、また機会があればやりたいと思います」

 

『絶対やって!』

『待ってる!』

『次回も楽しみにしてる!』

 

「ありがとうございます。では、最後の曲にしましょうか」

 

最後に選んだのは、穏やかな雰囲気のバラードだった。

 

今まで披露してきた様々な声とは少し違う。

 

柔らかく、優しく、どこか懐かしさを感じさせる歌声。

 

派手な技巧を見せるわけでも、力強く歌い上げるわけでもない。

 

ただ、自然体で歌うその声は、聴いている人の心に静かに残るようだった。

 

曲が終わる。

 

数秒の沈黙の後、コメント欄に感想が流れ始めた。

 

『最高だった』

『最後の曲、すごく好き』

『ずっと聴いていたい声』

『今日の配信、来てよかった』

『ありがとう、美月ちゃん』

 

美月は画面を見ながら、穏やかに微笑んだ。

 

「こちらこそ、最後まで聴いてくださってありがとうございました。皆さんに楽しんでもらえたなら、私も嬉しいです」

 

少し雑談をした後、美月は配信の終了を告げた。

 

「それでは、今日はこの辺で。皆さん、ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」

 

手を振り、配信画面が暗くなる。

 

配信終了。

 

画面から笑顔が消えた。

 

美月はマイクを置き、椅子の背もたれに身体を預ける。

 

「声ひとつで、受け取られ方も変わるものですね」

 

骨格を意識し、呼気の量を微調整し、声帯の震わせ方を変える。

 

一般人にとっては至難の業とされるそれも、彼女にとっては「呼吸」と同じくらい容易な、単なる技術(ポーカーフェイス)に過ぎない。

 

警察の尋問を煙に巻くのも、ターゲットを声だけで騙し討ちにするのも、この配信も、地続きの作業だった。

 

美月は端末を伏せる。

 

「さて……次は何をしましょうか」

 

静かな部屋に、独り言だけが落ちた。

 

その表情には、配信中に見せていた親しみやすい笑顔はない。

 

けれど、特別に不機嫌というわけでもなかった。

 

ただ、いつも通りの美月がそこにいる。

 

そして翌日も、彼女のチャンネルには、昨夜の歌配信を絶賛するコメントが増え続けていた。

 

 





こっちが気持ちが楽だな♪

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