算術領域 ~追放された経理係、魔力ゼロでも全魔法が無詠唱・ノーコストで撃ち放題! 算術無双で成り上がります~ 作:炭酸水ひろみつ
「アルゴ。お前は今日限りでクビだ」
突然の解雇宣告だった。
冒険者ギルド『
新リーダーのバルザックが、机に腰掛けて俺を見下ろしている。
「……はい?」
「聞こえなかったのか? お前はクビだと言ったんだ」
いや、聞こえている。
聞こえているが、理解が追いつかない。
「理由を聞いてもいいですか?」
「決まっているだろう。お前が何の役にも立っていないからだ」
バルザックは鼻で笑った。
「俺は以前、小規模ながらギルドを運営していた。経理の経験もある。わざわざ専任の経理係を雇う必要などないんだよ」
「……なるほど」
「それに、お前は戦闘にも参加しない。いつも後ろで荷物を運びながら、指をパチパチ動かしているだけじゃないか」
バルザックが俺の右手を指さした。
無意識に動いていた指を止める。
これは前世からの癖だ。
小学生の頃に習っていた算盤。頭の中で珠を弾くように暗算する。
社会人になって経理の仕事に就いてからも続けていた習慣だ。
その後、交通事故で死に、この異世界に転生したわけだが。
まさか二度目の人生でも経理係になるとは思わなかった。
「俺が見たところ、お前は数字を数えることしかできない無能だ!」
「……数字を数えることも、結構大事な仕事なんですけどね」
「口答えするな!」
バルザックが机を叩いた。
やれやれ。
どうやら話し合いのできる相手ではなさそうだ。
◇
俺が所属する『黒鉄《ビスマルク》』は、戦闘員八名と経理兼荷物持ちの俺、計九名の冒険者ギルドだ。
少数精鋭ながら高難度ダンジョンの攻略を請け負い、街でも名の知れた存在だった。
そのギルドを立ち上げたのが、俺の叔父だ。
両親を亡くした俺を引き取り、育ててくれた恩人でもある。
しかし、数年前に現役を引退した叔父は、一か月前に病で亡くなってしまった。
そして後任に選ばれたのが、バルザックというわけだ。
「おい、アルゴ。聞いているのか?」
「ああ、すみません」
「まったく、これだから役立たずは困る」
バルザックの背後では、三人の冒険者がこちらを見ていた。
バンダナを巻いた
重厚な鎧を着込んだ戦士サイモン。
そして、高飛車な魔法使いシャロン。
いずれもバルザックの取り巻きだ。
「俺も前から思ってたんだよな。お前って、荷物持ち以外に何かしてたか?」
「そうだそうだ! 俺たちが戦ってる間も、後ろで指をパチパチしてるだけじゃねえか!」
「本当に目障りなのよ。計算ごっこで私たちと同じ報酬を貰えるなんて」
……困った。
どうやら俺の仕事を理解していないらしい。
いや、仕方ないのかもしれない。
何しろ、俺がやっているのは普通の経理業務だけではないのだから。
◇
俺は現在二十歳。
黒髪を七三に分け、丸眼鏡を掛けた、いかにも事務員といった風貌だ。
ワイシャツにセーター、その上から冒険者の外套を羽織っている。
十四歳から六年間、このギルドで経理を担当してきた。
前世と合わせれば、なかなかのベテランである。
そして、俺には転生時に授かった特殊なスキルがある。
『算術領域』
俺を中心に半径一メートルから最大百メートルの球状領域を展開し、内部にいる者のレベルを把握する能力だ。
さらに、レベル・高度《ハイト》・座標を条件として、あらゆる魔法を無詠唱、魔力消費ゼロで発動できる。
例えば、レベル五の倍数を指定すれば、その条件に一致する対象すべてに魔法が発動する。
ただし敵味方の区別はない。
そこで俺は、主に支援魔法を使っていた。
『
身体能力から魔法能力まで、大幅に引き上げる強力なバフ魔法だ。
実は『算術領域』には、パーティーメンバーの獲得経験値を自由に配分する能力もある。
俺は全員のレベルを揃え、登場する魔物より少し高いレベルになるよう調整していた。
そして、例えば全員がレベル三十二なら、
『レベル三十二・ゴッドブレス』
これで味方全員を強化できる。
限られた経験値を適切に配分する。
要するに予算管理と同じだ。
計算好きの俺には、実に楽しい仕事だった。
ただし、算術魔法は同時に複数展開できない。
ゴッドブレスを維持している間、俺は攻撃魔法を使えない。
だから戦闘は仲間に任せ、経理と後方支援に集中していたというわけだ。
叔父さんは俺の能力を理解してくれていた。
だが、その叔父さんはもういない。
◇
「……で、どうなんだ?」
「何がでしょう?」
「解雇に異議があるのかと聞いている!」
「いえ。ありませんよ」
「は?」
「経営方針が変わったのでしょう? でしたら仕方ありません」
叔父さんが生きていた頃なら、もう少し粘ったかもしれない。
だが、今のギルドに俺が居座る理由もない。
「お、おう。分かればいいんだ」
「では、引き継ぎ資料をまとめますね」
「必要ない! 帳簿なら俺が見れば分かる。今日中に出ていけ!」
「……そうですか」
まあ、経理経験者だと言っていたし、大丈夫なのだろう。
「それでは、現在展開している支援魔法も解除して構いませんね?」
「支援魔法だと?」
「俺が皆さんに掛けている魔法ですよ」
「はっ! お前、魔法なんて使えたのかよ!」
ダグが吹き出した。
「馬鹿馬鹿しい。魔法使いの私に隠れて、そんなことをしていたとでも?」
シャロンも呆れ顔だ。
「もういい! さっさと出ていけ!」
「分かりました」
俺は指先を軽く動かした。
パチッ。
頭の中で算盤の珠が弾かれる。
『レベル三十二・ゴッドブレス』
これまで維持していた術式を解除した。
「……あれ?」
サイモンが首を傾げる。
「なんか、急に身体が重くなったような……」
「昨日の疲れじゃねえか?」
「そうかもな!」
……まあ、そう思うだろうな。
加護を受けている状態が、ずっと当たり前だったのだから。
「ああ、そうだ。餞別にこれをくれてやる」
バルザックが一本の剣を差し出した。
「先代の遺品だ。市販の安物で、売っても二束三文にしかならん」
「……これは」
見覚えのある剣だった。
叔父さんが愛用していた、飾り気のない剣。
昔、一度だけ頼んだことがある。
『叔父さん、その剣、いつか俺に譲ってくれないか?』
『なんだ、剣士にでもなるつもりか?』
『いや、そうじゃないんだけど……』
『変な奴だな。まあ、そんなに欲しけりゃやるよ』
あの豪快な笑顔が、脳裏に浮かぶ。
「……ありがとうございます」
俺は剣を受け取り、深く頭を下げた。
特別な魔力もない、ただの安物。
だが、俺はこの剣が気に入っていた。
なぜなら、柄の端から剣先まで、ちょうど一メートルだからだ。
実に切りのいい数字である。
測量にも使えるじゃないか。
……まあ、叔父さんには笑われたけどな。
「それでは、お世話になりました」
俺は剣を腰に提げ、執務室を後にした。
◇
「アルゴ!」
廊下で呼び止められた。
長い赤髪を揺らして駆け寄ってきたのは、神官のフェルマだ。
十八歳。冒険者らしい軽装に身を包んだ彼女は、回復魔法と属性無効バリアの使い手として、ギルド内でも一目置かれている。
「追放されるって、本当なの?」
「ああ。今日限りでクビになった」
「そんな……! 私、抗議してくる!」
「ありがとう。でも、もう決まったことだから」
「決まったことって……アルゴはそれでいいの?」
「まあ、仕方ないさ」
「でも、あなたはずっとこのギルドを支えてきたじゃない!」
……参ったな。
そんなことを言われたら、少し泣きそうになるじゃないか。
「ありがとう、フェルマ」
俺は苦笑した。
「でも、心配しなくていい。計算ならどこへ行ってもできるからさ」
「……そういう問題じゃないのに」
フェルマは悔しそうに唇を噛んでいた。
◇
荷物をまとめ、ギルドを出る頃には夕暮れになっていた。
衣服が数着、小さな算盤、叔父さんの帳簿。
そして、腰には形見の剣。
「さて……これからどうするかな」
貯金はある。
しばらく生活には困らないだろう。
「……冒険者でもやってみるか?」
自分で言って、少し笑ってしまった。
今まで後方支援に徹してきた俺が、冒険者か。
まあ、戦えないわけではない。
むしろ、その逆だ。
街外れまで歩いたところで、上空を横切る一羽の鳥が目に入った。
「レベル三のハトか」
俺は算術領域を最大の百メートルまで広げる。
「領域内に同レベルなし」
よし。巻き添えの心配はないな。
俺は叔父さんの剣を抜き、地面に立てた。
長さ一メートル。
目線の高さと剣を基準に、ハトの飛行位置を概算する。
指先でパチパチと算盤を弾く。
……うん。十分な高度だ。
地上への影響はないだろう。
俺は剣を鞘に戻し、両手の親指と人差し指で四角いフレームを作った。
その中心に、飛んでいるハトを収める。
「ピンポイントレベル三――フレアボムズΩ」
パチンッ!
指先で算盤の珠を弾いた、その瞬間。
ドッゴオオオオオオオオオンッ!!
街の上空に巨大な火球が生まれ、耳をつんざく爆音が響き渡った。
「うわああっ!? なんだ!?」
「魔物の襲撃か!?」
遠くから人々の悲鳴が聞こえる。
俺も思わず首をすくめた。
「……やりすぎた」
そういえば、フレアボムズΩって最上級の爆裂魔法だったっけ。
ハト一羽に使う魔法じゃなかったな。
……まあ、今さら反省しても遅い。
俺は何事もなかったように歩き出した。
「でも、攻撃に使うのも楽しいかも」
六年間、仲間を支えるためだけに使い続けてきた算術。
どうやら俺は、計算の新しい楽しさを発見してしまったらしい。