算術領域 ~追放された経理係、魔力ゼロでも全魔法が無詠唱・ノーコストで撃ち放題! 算術無双で成り上がります~   作:炭酸水ひろみつ

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第1話 役立たずの経理係は追放される

 

「アルゴ。お前は今日限りでクビだ」

 

 突然の解雇宣告だった。

 

 冒険者ギルド『黒鉄(ビスマルク)』の執務室。

 

 新リーダーのバルザックが、机に腰掛けて俺を見下ろしている。

 

「……はい?」

 

「聞こえなかったのか? お前はクビだと言ったんだ」

 

 いや、聞こえている。

 

 聞こえているが、理解が追いつかない。

 

「理由を聞いてもいいですか?」

 

「決まっているだろう。お前が何の役にも立っていないからだ」

 

 バルザックは鼻で笑った。

 

「俺は以前、小規模ながらギルドを運営していた。経理の経験もある。わざわざ専任の経理係を雇う必要などないんだよ」

 

「……なるほど」

 

「それに、お前は戦闘にも参加しない。いつも後ろで荷物を運びながら、指をパチパチ動かしているだけじゃないか」

 

 バルザックが俺の右手を指さした。

 

 無意識に動いていた指を止める。

 

 これは前世からの癖だ。

 

 小学生の頃に習っていた算盤。頭の中で珠を弾くように暗算する。

 

 社会人になって経理の仕事に就いてからも続けていた習慣だ。

 

 その後、交通事故で死に、この異世界に転生したわけだが。

 

 まさか二度目の人生でも経理係になるとは思わなかった。

 

「俺が見たところ、お前は数字を数えることしかできない無能だ!」

 

「……数字を数えることも、結構大事な仕事なんですけどね」

 

「口答えするな!」

 

 バルザックが机を叩いた。

 

 やれやれ。

 

 どうやら話し合いのできる相手ではなさそうだ。

 

     ◇

 

 俺が所属する『黒鉄《ビスマルク》』は、戦闘員八名と経理兼荷物持ちの俺、計九名の冒険者ギルドだ。

 

 少数精鋭ながら高難度ダンジョンの攻略を請け負い、街でも名の知れた存在だった。

 

 そのギルドを立ち上げたのが、俺の叔父だ。

 

 両親を亡くした俺を引き取り、育ててくれた恩人でもある。

 

 しかし、数年前に現役を引退した叔父は、一か月前に病で亡くなってしまった。

 

 そして後任に選ばれたのが、バルザックというわけだ。

 

「おい、アルゴ。聞いているのか?」

 

「ああ、すみません」

 

「まったく、これだから役立たずは困る」

 

 バルザックの背後では、三人の冒険者がこちらを見ていた。

 

 バンダナを巻いた盗賊(シーフ)のダグ。

 

 重厚な鎧を着込んだ戦士サイモン。

 

 そして、高飛車な魔法使いシャロン。

 

 いずれもバルザックの取り巻きだ。

 

「俺も前から思ってたんだよな。お前って、荷物持ち以外に何かしてたか?」

 

「そうだそうだ! 俺たちが戦ってる間も、後ろで指をパチパチしてるだけじゃねえか!」

 

「本当に目障りなのよ。計算ごっこで私たちと同じ報酬を貰えるなんて」

 

 ……困った。

 

 どうやら俺の仕事を理解していないらしい。

 

 いや、仕方ないのかもしれない。

 

 何しろ、俺がやっているのは普通の経理業務だけではないのだから。

 

     ◇

 

 俺は現在二十歳。

 

 黒髪を七三に分け、丸眼鏡を掛けた、いかにも事務員といった風貌だ。

 

 ワイシャツにセーター、その上から冒険者の外套を羽織っている。

 

 十四歳から六年間、このギルドで経理を担当してきた。

 

 前世と合わせれば、なかなかのベテランである。

 

 そして、俺には転生時に授かった特殊なスキルがある。

 

『算術領域』

 

 俺を中心に半径一メートルから最大百メートルの球状領域を展開し、内部にいる者のレベルを把握する能力だ。

 

 さらに、レベル・高度《ハイト》・座標を条件として、あらゆる魔法を無詠唱、魔力消費ゼロで発動できる。

 

 例えば、レベル五の倍数を指定すれば、その条件に一致する対象すべてに魔法が発動する。

 

 ただし敵味方の区別はない。

 

 そこで俺は、主に支援魔法を使っていた。

 

『神の寵愛(ゴッドブレス)』

 

 身体能力から魔法能力まで、大幅に引き上げる強力なバフ魔法だ。

 

 実は『算術領域』には、パーティーメンバーの獲得経験値を自由に配分する能力もある。

 

 俺は全員のレベルを揃え、登場する魔物より少し高いレベルになるよう調整していた。

 

 そして、例えば全員がレベル三十二なら、

 

『レベル三十二・ゴッドブレス』

 

 これで味方全員を強化できる。

 

 限られた経験値を適切に配分する。

 

 要するに予算管理と同じだ。

 

 計算好きの俺には、実に楽しい仕事だった。

 

 ただし、算術魔法は同時に複数展開できない。

 

 ゴッドブレスを維持している間、俺は攻撃魔法を使えない。

 

 だから戦闘は仲間に任せ、経理と後方支援に集中していたというわけだ。

 

 叔父さんは俺の能力を理解してくれていた。

 

 だが、その叔父さんはもういない。

 

     ◇

 

「……で、どうなんだ?」

 

「何がでしょう?」

 

「解雇に異議があるのかと聞いている!」

 

「いえ。ありませんよ」

 

「は?」

 

「経営方針が変わったのでしょう? でしたら仕方ありません」

 

 叔父さんが生きていた頃なら、もう少し粘ったかもしれない。

 

 だが、今のギルドに俺が居座る理由もない。

 

「お、おう。分かればいいんだ」

 

「では、引き継ぎ資料をまとめますね」

 

「必要ない! 帳簿なら俺が見れば分かる。今日中に出ていけ!」

 

「……そうですか」

 

 まあ、経理経験者だと言っていたし、大丈夫なのだろう。

 

「それでは、現在展開している支援魔法も解除して構いませんね?」

 

「支援魔法だと?」

 

「俺が皆さんに掛けている魔法ですよ」

 

「はっ! お前、魔法なんて使えたのかよ!」

 

 ダグが吹き出した。

 

「馬鹿馬鹿しい。魔法使いの私に隠れて、そんなことをしていたとでも?」

 

 シャロンも呆れ顔だ。

 

「もういい! さっさと出ていけ!」

 

「分かりました」

 

 俺は指先を軽く動かした。

 

 パチッ。

 

 頭の中で算盤の珠が弾かれる。

 

『レベル三十二・ゴッドブレス』

 

 これまで維持していた術式を解除した。

 

「……あれ?」

 

 サイモンが首を傾げる。

 

「なんか、急に身体が重くなったような……」

 

「昨日の疲れじゃねえか?」

 

「そうかもな!」

 

 ……まあ、そう思うだろうな。

 

 加護を受けている状態が、ずっと当たり前だったのだから。

 

「ああ、そうだ。餞別にこれをくれてやる」

 

 バルザックが一本の剣を差し出した。

 

「先代の遺品だ。市販の安物で、売っても二束三文にしかならん」

 

「……これは」

 

 見覚えのある剣だった。

 

 叔父さんが愛用していた、飾り気のない剣。

 

 昔、一度だけ頼んだことがある。

 

『叔父さん、その剣、いつか俺に譲ってくれないか?』

 

『なんだ、剣士にでもなるつもりか?』

 

『いや、そうじゃないんだけど……』

 

『変な奴だな。まあ、そんなに欲しけりゃやるよ』

 

 あの豪快な笑顔が、脳裏に浮かぶ。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺は剣を受け取り、深く頭を下げた。

 

 特別な魔力もない、ただの安物。

 

 だが、俺はこの剣が気に入っていた。

 

 なぜなら、柄の端から剣先まで、ちょうど一メートルだからだ。

 

 実に切りのいい数字である。

 

 測量にも使えるじゃないか。

 

 ……まあ、叔父さんには笑われたけどな。

 

「それでは、お世話になりました」

 

 俺は剣を腰に提げ、執務室を後にした。

 

     ◇

 

「アルゴ!」

 

 廊下で呼び止められた。

 

 長い赤髪を揺らして駆け寄ってきたのは、神官のフェルマだ。

 

 十八歳。冒険者らしい軽装に身を包んだ彼女は、回復魔法と属性無効バリアの使い手として、ギルド内でも一目置かれている。

 

「追放されるって、本当なの?」

 

「ああ。今日限りでクビになった」

 

「そんな……! 私、抗議してくる!」

 

「ありがとう。でも、もう決まったことだから」

 

「決まったことって……アルゴはそれでいいの?」

 

「まあ、仕方ないさ」

 

「でも、あなたはずっとこのギルドを支えてきたじゃない!」

 

 ……参ったな。

 

 そんなことを言われたら、少し泣きそうになるじゃないか。

 

「ありがとう、フェルマ」

 

 俺は苦笑した。

 

「でも、心配しなくていい。計算ならどこへ行ってもできるからさ」

 

「……そういう問題じゃないのに」

 

 フェルマは悔しそうに唇を噛んでいた。

 

     ◇

 

 荷物をまとめ、ギルドを出る頃には夕暮れになっていた。

 

 衣服が数着、小さな算盤、叔父さんの帳簿。

 

 そして、腰には形見の剣。

 

「さて……これからどうするかな」

 

 貯金はある。

 

 しばらく生活には困らないだろう。

 

「……冒険者でもやってみるか?」

 

 自分で言って、少し笑ってしまった。

 

 今まで後方支援に徹してきた俺が、冒険者か。

 

 まあ、戦えないわけではない。

 

 むしろ、その逆だ。

 

 街外れまで歩いたところで、上空を横切る一羽の鳥が目に入った。

 

「レベル三のハトか」

 

 俺は算術領域を最大の百メートルまで広げる。

 

「領域内に同レベルなし」

 

 よし。巻き添えの心配はないな。

 

 俺は叔父さんの剣を抜き、地面に立てた。

 

 長さ一メートル。

 

 目線の高さと剣を基準に、ハトの飛行位置を概算する。

 

 指先でパチパチと算盤を弾く。

 

 ……うん。十分な高度だ。

 

 地上への影響はないだろう。

 

 俺は剣を鞘に戻し、両手の親指と人差し指で四角いフレームを作った。

 

 その中心に、飛んでいるハトを収める。

 

「ピンポイントレベル三――フレアボムズΩ」

 

 パチンッ!

 

 指先で算盤の珠を弾いた、その瞬間。

 

 ドッゴオオオオオオオオオンッ!!

 

 街の上空に巨大な火球が生まれ、耳をつんざく爆音が響き渡った。

 

「うわああっ!? なんだ!?」

 

「魔物の襲撃か!?」

 

 遠くから人々の悲鳴が聞こえる。

 

 俺も思わず首をすくめた。

 

「……やりすぎた」

 

 そういえば、フレアボムズΩって最上級の爆裂魔法だったっけ。

 

 ハト一羽に使う魔法じゃなかったな。

 

 ……まあ、今さら反省しても遅い。

 

 俺は何事もなかったように歩き出した。

 

「でも、攻撃に使うのも楽しいかも」

 

 六年間、仲間を支えるためだけに使い続けてきた算術。

 

 どうやら俺は、計算の新しい楽しさを発見してしまったらしい。

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