算術領域 ~追放された経理係、魔力ゼロでも全魔法が無詠唱・ノーコストで撃ち放題! 算術無双で成り上がります~ 作:炭酸水ひろみつ
――おかしい。
フェルマは、目の前の光景に違和感を覚えていた。
「ぐおおおおっ!?」
重厚な鎧を纏った戦士サイモンが、魔物の一撃で吹き飛ばされた。
巨大な盾を構えていたにもかかわらず、身体が宙に浮き、そのまま岩壁に叩きつけられる。
「サイモン!」
フェルマは慌てて駆け寄った。
「大丈夫!? すぐに治すから!」
彼女はサイモンの胸に手をかざし、回復魔法を発動する。
淡い光が傷口を包み込んだ。
「いっててて……。なんだよ、あいつ。急に強くなりやがった……」
「急に強くなった?」
「ああ。昨日までは、あんな攻撃なんて余裕で防げたはずなんだが……」
フェルマも同じことを考えていた。
ここは王都近郊にあるダンジョンの第三十階層。
ギルド『
目の前にいるのは、レベル三十のオーガ。
そして、自分たちは全員レベル三十二。
十分に対処できるはずの相手だった。
「何をしている、サイモン!」
新リーダーのバルザックが怒鳴る。
「そんな雑魚相手に手こずるな!」
「わ、分かってるよ!」
サイモンが盾を構え直す。
しかし、その足取りはどこか重かった。
フェルマは眉をひそめた。
昨日まで、こんなことはなかったのに。
◇
アルゴがギルドを追放されてから、一夜が明けた。
黒鉄は、予定どおりダンジョン攻略に出発していた。
もっとも、出発前からちょっとした問題が起きていた。
『おい、回復薬が足りないぞ!』
『食糧の予備はどうした!?』
『アルゴが管理していたんじゃないの?』
これまでは、アルゴが必要な物資をすべて揃えていた。
だが、バルザックは経理業務を自分で引き受けると言い、アルゴを解雇してしまった。
その結果、出発前の準備だけで一時間も無駄にしたのだ。
結局、足りない物資を買い足すことで出発できたものの、今度は戦闘で異常が起きている。
「くそっ! なんで当たらねえんだ!」
盗賊《シーフ》のダグが舌打ちした。
オーガの背後に回り込み、短剣を振るう。
しかし、いつもなら簡単に決まる一撃が浅い。
反撃を受け、慌てて後方へ飛び退いた。
「おいおい、ダグまで何やってんだ!」
「うるせえ! お前こそ、さっき吹っ飛ばされてただろ!」
「二人とも邪魔よ!」
魔法使いシャロンが杖を掲げた。
「炎よ、我が敵を焼き尽くせ! ファイアボールβ!」
巨大な火球がオーガの胸に直撃する。
爆炎が広がり、魔物が悲鳴を上げた。
「ふふん! どうよ!」
シャロンは得意げに鼻を鳴らした。
だが、煙が晴れると、オーガはまだ立っていた。
「……え?」
いつもなら、今の一撃で倒せたはずだった。
「ちょっと! なんで倒れないのよ!」
オーガが雄叫びを上げ、巨大な棍棒を振り回す。
その一撃が、前衛の一人を薙ぎ払った。
「ぐああっ!」
「今、治します!」
フェルマはすぐさま回復魔法を発動した。
傷口は塞がる。
だが、いつもより時間がかかった。
……おかしい。
回復魔法まで、効きが悪くなっている。
自分の魔力が衰えたのだろうか。
いや、そんなはずはない。
昨日まで、何の問題もなかったのだから。
「フェルマ! 回復が遅いぞ!」
バルザックが怒鳴った。
「す、すみません!」
「まったく! どいつもこいつも、たるんでいる!」
その言葉に、フェルマは思わず唇を噛んだ。
……本当に、そうなのだろうか。
◇
結局、黒鉄は第三十階層の攻略を断念した。
全員が満身創痍。
特にサイモンは盾を破損し、ダグも足を負傷していた。
それでも、命に別状がなかったのは幸いだった。
「くそっ! 今日は調子が悪かっただけだ!」
サイモンが不機嫌そうに吐き捨てる。
「そうよ! 私だって、ちょっと魔力の調子が悪かっただけなんだから!」
シャロンも同調した。
「まあまあ、そう怒るなって」
ダグが苦笑する。
「昨日は荷物持ちがいなくなったんだ。慣れない荷物を背負って、みんな疲れてたんだろ」
「……そうね」
フェルマは曖昧に頷いた。
確かに、それも理由の一つかもしれない。
これまではアルゴが荷物の大半を運んでいた。
彼がいなくなった今、それぞれが装備や物資を背負わなければならない。
しかし、それだけで説明できるのだろうか。
サイモンの防御力。
ダグの素早さ。
シャロンの魔法威力。
そして、自分の回復魔法。
まるで全員が、一斉に弱くなってしまったような……。
「明日は装備を整え直して、もう一度挑むぞ!」
バルザックが宣言した。
「今日は単なる不調だ。こんなことで黒鉄の評判を落とすわけにはいかん!」
「おう!」
「次こそは!」
仲間たちが声を上げる。
だが、フェルマだけは黙っていた。
彼女の脳裏に、一人の青年の姿が浮かんでいたからだ。
黒髪を七三に分けた、丸眼鏡の青年。
いつも後方で荷物を運びながら、指をパチパチ動かしていた経理係。
――アルゴ。
彼は昨日、解雇される直前に何かを言っていなかっただろうか。
『それでは、現在展開している支援魔法も解除して構いませんね?』
支援魔法。
確かに、そう言っていた。
あのとき、バルザックたちは笑い飛ばしていたけれど……。
「……まさか」
フェルマは自分の両手を見つめた。
普段から魔法を扱う神官である彼女にも、アルゴの魔法の仕組みまでは分からない。
しかし、今まで当たり前だった力が突然失われたことだけは、確かだった。
もしかしたら。
自分たちは、とんでもない勘違いをしていたのではないだろうか。
◇
一方、その頃。
アルゴは街の冒険者ギルドを訪れていた。
「冒険者登録をお願いします」
「はい。新規登録ですね!」
受付嬢が笑顔で応じた。
「では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
「分かりました」
アルゴは丸眼鏡を押し上げ、差し出された書類に目を通した。
氏名、年齢、職業、保有スキル。
なるほど。
記入項目は意外と多い。
しかし、六年間も経理を担当してきた彼にとって、書類仕事など朝飯前だった。
手早く必要事項を記入する。
「職業は……算術士、でいいのかな」
「算術士?」
受付嬢が首を傾げた。
「珍しい職業ですね。計算をするお仕事ですか?」
「まあ、そんなところです」
「では、戦闘経験は?」
「ありません」
正確には、戦闘支援なら六年間経験している。
しかし、直接魔物を倒した経験はない。
ここは正直に答えておこう。
「そうですか。では、最初は最低ランクからの登録になりますね」
「構いませんよ」
アルゴはあっさり頷いた。
高いランクが欲しいわけではない。
仕事ができて、生活費を稼げればそれでいいのだ。
「それでは、こちらの適性測定器に手を置いてください」
受付嬢が差し出したのは、透明な水晶玉だった。
「職業適性と魔力量を測定する魔導具です」
「へえ、面白そうですね」
俺は興味津々で水晶玉に手を置いた。
すると、内部に淡い光が灯り、文字が浮かび上がる。
『魔法適性:全属性・全系統』
『魔力量:0』
「…………」
受付嬢の笑顔が固まった。
「あら、故障かしら?」
「そうなんですか?」
「ええと……全ての魔法に適性があるのに、魔力がまったくないなんて……」
彼女は困惑しながら、水晶玉を軽く叩いた。
しかし、表示は変わらない。
『魔法適性:全属性・全系統』
『魔力量:0』
「……やっぱり故障ですかね?」
「そうかもしれませんね」
俺は頷いた。
まあ、俺の場合は魔力を使わずに魔法を発動しているわけだから、測定結果としては間違っていないんだけど。
「とりあえず、登録はできますか?」
「は、はい! 戦闘経験がない場合は、最低ランクからの登録になりますが……」
「構いませんよ」
俺は笑顔で答えた。
魔力がゼロでも、計算までできなくなるわけじゃないからな。