算術領域 ~追放された経理係、魔力ゼロでも全魔法が無詠唱・ノーコストで撃ち放題! 算術無双で成り上がります~   作:炭酸水ひろみつ

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第2話 消えた加護

 

 ――おかしい。

 

 フェルマは、目の前の光景に違和感を覚えていた。

 

「ぐおおおおっ!?」

 

 重厚な鎧を纏った戦士サイモンが、魔物の一撃で吹き飛ばされた。

 

 巨大な盾を構えていたにもかかわらず、身体が宙に浮き、そのまま岩壁に叩きつけられる。

 

「サイモン!」

 

 フェルマは慌てて駆け寄った。

 

「大丈夫!? すぐに治すから!」

 

 彼女はサイモンの胸に手をかざし、回復魔法を発動する。

 

 淡い光が傷口を包み込んだ。

 

「いっててて……。なんだよ、あいつ。急に強くなりやがった……」

 

「急に強くなった?」

 

「ああ。昨日までは、あんな攻撃なんて余裕で防げたはずなんだが……」

 

 フェルマも同じことを考えていた。

 

 ここは王都近郊にあるダンジョンの第三十階層。

 

 ギルド『黒鉄(ビスマルク)』が何度も攻略してきた、慣れ親しんだ場所だ。

 

 目の前にいるのは、レベル三十のオーガ。

 

 そして、自分たちは全員レベル三十二。

 

 十分に対処できるはずの相手だった。

 

「何をしている、サイモン!」

 

 新リーダーのバルザックが怒鳴る。

 

「そんな雑魚相手に手こずるな!」

 

「わ、分かってるよ!」

 

 サイモンが盾を構え直す。

 

 しかし、その足取りはどこか重かった。

 

 フェルマは眉をひそめた。

 

 昨日まで、こんなことはなかったのに。

 

     ◇

 

 アルゴがギルドを追放されてから、一夜が明けた。

 

 黒鉄は、予定どおりダンジョン攻略に出発していた。

 

 もっとも、出発前からちょっとした問題が起きていた。

 

『おい、回復薬が足りないぞ!』

 

『食糧の予備はどうした!?』

 

『アルゴが管理していたんじゃないの?』

 

 これまでは、アルゴが必要な物資をすべて揃えていた。

 

 だが、バルザックは経理業務を自分で引き受けると言い、アルゴを解雇してしまった。

 

 その結果、出発前の準備だけで一時間も無駄にしたのだ。

 

 結局、足りない物資を買い足すことで出発できたものの、今度は戦闘で異常が起きている。

 

「くそっ! なんで当たらねえんだ!」

 

 盗賊《シーフ》のダグが舌打ちした。

 

 オーガの背後に回り込み、短剣を振るう。

 

 しかし、いつもなら簡単に決まる一撃が浅い。

 

 反撃を受け、慌てて後方へ飛び退いた。

 

「おいおい、ダグまで何やってんだ!」

 

「うるせえ! お前こそ、さっき吹っ飛ばされてただろ!」

 

「二人とも邪魔よ!」

 

 魔法使いシャロンが杖を掲げた。

 

「炎よ、我が敵を焼き尽くせ! ファイアボールβ!」

 

 巨大な火球がオーガの胸に直撃する。

 

 爆炎が広がり、魔物が悲鳴を上げた。

 

「ふふん! どうよ!」

 

 シャロンは得意げに鼻を鳴らした。

 

 だが、煙が晴れると、オーガはまだ立っていた。

 

「……え?」

 

 いつもなら、今の一撃で倒せたはずだった。

 

「ちょっと! なんで倒れないのよ!」

 

 オーガが雄叫びを上げ、巨大な棍棒を振り回す。

 

 その一撃が、前衛の一人を薙ぎ払った。

 

「ぐああっ!」

 

「今、治します!」

 

 フェルマはすぐさま回復魔法を発動した。

 

 傷口は塞がる。

 

 だが、いつもより時間がかかった。

 

 ……おかしい。

 

 回復魔法まで、効きが悪くなっている。

 

 自分の魔力が衰えたのだろうか。

 

 いや、そんなはずはない。

 

 昨日まで、何の問題もなかったのだから。

 

「フェルマ! 回復が遅いぞ!」

 

 バルザックが怒鳴った。

 

「す、すみません!」

 

「まったく! どいつもこいつも、たるんでいる!」

 

 その言葉に、フェルマは思わず唇を噛んだ。

 

 ……本当に、そうなのだろうか。

 

     ◇

 

 結局、黒鉄は第三十階層の攻略を断念した。

 

 全員が満身創痍。

 

 特にサイモンは盾を破損し、ダグも足を負傷していた。

 

 それでも、命に別状がなかったのは幸いだった。

 

「くそっ! 今日は調子が悪かっただけだ!」

 

 サイモンが不機嫌そうに吐き捨てる。

 

「そうよ! 私だって、ちょっと魔力の調子が悪かっただけなんだから!」

 

 シャロンも同調した。

 

「まあまあ、そう怒るなって」

 

 ダグが苦笑する。

 

「昨日は荷物持ちがいなくなったんだ。慣れない荷物を背負って、みんな疲れてたんだろ」

 

「……そうね」

 

 フェルマは曖昧に頷いた。

 

 確かに、それも理由の一つかもしれない。

 

 これまではアルゴが荷物の大半を運んでいた。

 

 彼がいなくなった今、それぞれが装備や物資を背負わなければならない。

 

 しかし、それだけで説明できるのだろうか。

 

 サイモンの防御力。

 

 ダグの素早さ。

 

 シャロンの魔法威力。

 

 そして、自分の回復魔法。

 

 まるで全員が、一斉に弱くなってしまったような……。

 

「明日は装備を整え直して、もう一度挑むぞ!」

 

 バルザックが宣言した。

 

「今日は単なる不調だ。こんなことで黒鉄の評判を落とすわけにはいかん!」

 

「おう!」

 

「次こそは!」

 

 仲間たちが声を上げる。

 

 だが、フェルマだけは黙っていた。

 

 彼女の脳裏に、一人の青年の姿が浮かんでいたからだ。

 

 黒髪を七三に分けた、丸眼鏡の青年。

 

 いつも後方で荷物を運びながら、指をパチパチ動かしていた経理係。

 

 ――アルゴ。

 

 彼は昨日、解雇される直前に何かを言っていなかっただろうか。

 

『それでは、現在展開している支援魔法も解除して構いませんね?』

 

 支援魔法。

 

 確かに、そう言っていた。

 

 あのとき、バルザックたちは笑い飛ばしていたけれど……。

 

「……まさか」

 

 フェルマは自分の両手を見つめた。

 

 普段から魔法を扱う神官である彼女にも、アルゴの魔法の仕組みまでは分からない。

 

 しかし、今まで当たり前だった力が突然失われたことだけは、確かだった。

 

 もしかしたら。

 

 自分たちは、とんでもない勘違いをしていたのではないだろうか。

 

     ◇

 

 一方、その頃。

 

 アルゴは街の冒険者ギルドを訪れていた。

 

「冒険者登録をお願いします」

 

「はい。新規登録ですね!」

 

 受付嬢が笑顔で応じた。

 

「では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」

 

「分かりました」

 

 アルゴは丸眼鏡を押し上げ、差し出された書類に目を通した。

 

 氏名、年齢、職業、保有スキル。

 

 なるほど。

 

 記入項目は意外と多い。

 

 しかし、六年間も経理を担当してきた彼にとって、書類仕事など朝飯前だった。

 

 手早く必要事項を記入する。

 

「職業は……算術士、でいいのかな」

 

「算術士?」

 

 受付嬢が首を傾げた。

 

「珍しい職業ですね。計算をするお仕事ですか?」

 

「まあ、そんなところです」

 

「では、戦闘経験は?」

 

「ありません」

 

 正確には、戦闘支援なら六年間経験している。

 

 しかし、直接魔物を倒した経験はない。

 

 ここは正直に答えておこう。

 

「そうですか。では、最初は最低ランクからの登録になりますね」

 

「構いませんよ」

 

 アルゴはあっさり頷いた。

 

 高いランクが欲しいわけではない。

 

 仕事ができて、生活費を稼げればそれでいいのだ。

 

「それでは、こちらの適性測定器に手を置いてください」

 

 受付嬢が差し出したのは、透明な水晶玉だった。

 

「職業適性と魔力量を測定する魔導具です」

 

「へえ、面白そうですね」

 

 俺は興味津々で水晶玉に手を置いた。

 

 すると、内部に淡い光が灯り、文字が浮かび上がる。

 

『魔法適性:全属性・全系統』

 

『魔力量:0』

 

「…………」

 

 受付嬢の笑顔が固まった。

 

「あら、故障かしら?」

 

「そうなんですか?」

 

「ええと……全ての魔法に適性があるのに、魔力がまったくないなんて……」

 

 彼女は困惑しながら、水晶玉を軽く叩いた。

 

 しかし、表示は変わらない。

 

『魔法適性:全属性・全系統』

 

『魔力量:0』

 

「……やっぱり故障ですかね?」

 

「そうかもしれませんね」

 

 俺は頷いた。

 

 まあ、俺の場合は魔力を使わずに魔法を発動しているわけだから、測定結果としては間違っていないんだけど。

 

「とりあえず、登録はできますか?」

 

「は、はい! 戦闘経験がない場合は、最低ランクからの登録になりますが……」

 

「構いませんよ」

 

 俺は笑顔で答えた。

 

 魔力がゼロでも、計算までできなくなるわけじゃないからな。

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