【主な登場人物】
谷山麻衣:16歳。高校生。渋谷サイキックリサーチのアルバイト。天真爛漫。
渋谷一也(ナル):17歳。渋谷サイキックリサーチの有能な所長。美形で毒舌のナルシスト。
リン:推定20代後半。ナルの助手。無口な長身の青年。
滝川法生(ぼーさん):25歳。高野山の元坊主。チャラ男で頼れる兄貴分。
松崎綾子:24歳。(自称)巫女。勝ち気な姉御肌。
原真砂子:16歳。テレビでも有名な霊媒師。お嬢様口調。意地っ張りでプライドが高い。
ジョン・ブラウン:19歳。関西弁のエクソシスト。温厚で心優しい青年。
セリクス・ゴーント:謎の新人調査員。
銀髪の調査員はナル2号?
その日は秋晴れと呼ぶに相応しい、爽やかな空模様だった。授業を終えた麻衣は、学校からまっすぐバイト先の渋谷サイキックリサーチへ向かっていた。渋谷の街を吹き抜ける涼しい風が、麻衣の髪とスカートを揺らす。今日は土曜日なので、出勤時間にはまだ少し余裕があるが、早めに着いて資料整理してもいいだろう。麻衣は足を少しだけ速めた。
「おはよーございま〜す」
オフィスのドアベルを軽快に鳴らしながら、いつも通り元気に入室する。返事は大抵ない。ナルは大体所長室に缶詰であるし、リンさんは資料室に
しかしその日は、珍しく先客がいた。
その人は最初、麻衣に背を向けた状態で、リンさんと会話していたようだった。背はリンさんより低いが、ぼーさんよりは少し高そうだ。だが、何よりも目を
(ド派手! えっ? ヤンキーのお客さん?)
そんなことを考えた麻衣だったが、その人が振り返った瞬間、それが自分の勘違いだとすぐに気が付いた。麻衣を静かに見下ろす彼の瞳は、鮮やかなエメラルドグリーンだった。鼻筋は高く通り、目元の彫りが深い。明らかに白人男性だったのだ。英語は苦手分野である麻衣は、途端に焦ってしまった。
「……えっ? えっとえっと。いらっしゃいませ……? あっ、通じない? ハ、ハロー……?」
この場にもしナルがいたら、嘲笑されそうな発音である。しかし相手は全く笑わなかった。何を考えているか分からない鉄壁の無表情で、じっと麻衣を見つめている。麻衣がタジタジと後ずさっていると、謎の外国人客の横に立っていたリンさんがそっと補足した。
「谷山さん。彼は日本語を話せますよ」
「……な、なーんだ! 焦ったぁ!」
「あと、彼はお客さんじゃありません」
「えっ、じゃあ……?」
麻衣がリンさんと男性をオロオロと見比べていると、所長室のドアが開いた。麻衣がパッと振り向くと、いつもの仏頂面を数倍不機嫌にしたようなナルが立っていた。まだ麻衣は何もしていない。まさか先程の壊滅的な発音のハローで機嫌を損ねた訳ではないはずだ。
「あっ、ナル。おはよー」
「……彼は新しく入った調査員だ」
「……」
まさかすぎる発言につい絶句してしまった。バッと勢いよく先程の男性の方へ振り向く。男性はやっと自己紹介する気になったらしく、静かに麻衣の方へと歩み寄ってきた。薄い唇を開く。
「初めまして。私の名はセリクス・ゴーントだ。本日からよろしく頼む」
どう見てもザ・外国人から出たとは思えない、流暢な日本語が飛び出してきて、麻衣は目を丸くした。麻衣とナルとリンさんしかいない──しかも麻衣はただのバイトだ──零細事務所に調査員が入ったという事実に、素っ頓狂な声で叫びそうになった。だが、さすがに初対面の相手にそんな醜態は晒せない。ぐっと我慢した麻衣は、差し出された手を恐る恐る握った。
「……は、初めまして。谷山麻衣です。日本語お上手ですね?」
「どうも。言語学習は得意な方だ」
「そ、そーですか。ハハ……」
(愛想が……! 愛想がないよ! この人もナルと同類!?)
麻衣は引き
◆ ◆ ◆
「麻衣、お茶」
それだけを言い残して、ナルはさっさと所長室へお籠もりになってしまった。というより、それを言いに来たついでに、彼を簡単に紹介したようだった。リンさんとゴーントさんにも一応聞いたが、彼らはまだいらないらしい。ナルの分だけ紅茶を淹れ、麻衣は書類整理することにした。リンさんとゴーントさんも何事か話しながら資料室に入ってしまったので、今は麻衣1人だ。
書類整理をしながら考えるのは、やはり先程知り合ったばかりの同僚、ゴーントさんのことだ。リンさんがチラリと言った内容から、どうやら彼は霊能者として雇われたのではなく、リンさんと同じメカニックのようなのだ。
(うーん、愛想はないけど、びっくりするくらいイケメンだったなぁ。ナルとは系統が違うけど、いい勝負って感じ。ていうか、男の人なのに髪の毛長かったなぁ。珍しい。……いや、ぼーさんも長いや)
どうでもいいことをつらつらと考えながら、送られてきた雑誌のバックナンバーを台帳に書き写していく。コンピューターに本登録するのはリンさんの仕事だが、麻衣はリンさんが登録しやすいように前準備をしなければならないのだ。
(雇ったのはナルのはずなのに、なんだかギスギスしてたなぁ。ナルからブリザード吹いてたもんな。ていうかメカニックって2人もいるの? リンさんが仮眠する時の交代要員かな?)
人手が足りないと思ったことはない。麻衣はしきりに首を傾げたが、ふと思い直した。調査の時だけは別だ。重い機材を抱えて何往復もするのは、いつも麻衣の役目なのだから。ゴーントさんは筋肉ムキムキというわけではなさそうだが、背は高いし、力もそこそこありそうに見えた。設置要員に数えられるなら、麻衣の負担も少しは軽くなるかもしれない。麻衣が機嫌よくうんうんと頷いていると、前触れもなくオフィスのドアがカランカランと開き、女子高生が3人なだれ込んできた。
最初は冷やかしか、事務所を喫茶店と勘違いしたのかと思ったが、どうやらお客さんらしい。少しだけ話を聞いて、管轄違いな気もしたが結局ナルを呼んだ。氷のような無表情をした絶世の美青年を前に、女子高生たちはアワアワしていたが、リーダー格の子が促されて話し始めた。
いわく、クラスメイトがこっくりさんをやっていて、それを見ていた友人の1人の様子が、ガラリと変わってしまったと言うのだ。授業中に机に飛び乗ったり、周りの人間を罵ったり、挙句校庭の砂を食べ始めたりと。見ている側はさぞ恐ろしいだろう。麻衣は同情してしまった。
その時背後から、キイ……と微かにドアの開く音がした。麻衣がそっと振り向くと、リンさんと籠もっていたはずのゴーントさんがこちらの様子を
結果は可哀想なことに、冷たいお断りであった。ナルは「精神科を受診されるようお勧めします」なんて突き放して、また所長室に行ってしまった。精一杯食い下がってみたが、無駄骨に終わった。麻衣は内心頭を抱えながらも、女の子たちに真摯に謝った。断るにしろあの言い方はない。当たり前だが、女の子たちは怒りに震えながら麻衣に当たった。
麻衣は
女の子たちがワイワイと帰った後、麻衣が資料室の方に振り向くと、まだゴーントさんがこちらを見ていた。何を考えているのかさっぱり分からないが、こちらを見ているということは麻衣に用があるのだろうか。
「あの……何か?」
「……紅茶を頂けるか」
「あっ、はい! ただいま!」
紅茶の催促だった。麻衣は急いでお湯を沸かし──先程ナルに淹れた時のお湯が残っていたのですぐに出来た──丁寧に紅茶を淹れると、いつの間にか応接のソファに座っていたゴーントさんの前に置く。彼は上品な所作でティーカップに口をつけた。その表情からは、麻衣が淹れた紅茶が美味しいのか不味いのか全く分からない。麻衣はお盆をぎゅっと抱き締めながら呟いた。
「さっきの……ナルに言います?」
「……ナル?」
「あっ、所長のことです。ナルシストのナルちゃんだから。……じゃなくて、えーっと、あたしが彼女たちに言ったこと」
「……ナルシスト……? 彼女たちに……。あぁ、他の者に紹介するとか言う……」
「そうです。ていうか、さっきのナルのことどう思います?」
麻衣は憤然としながらゴーントさんに問うた。普通の感性を持っていれば、ナルの言動は眉をひそめるものだろう。しかしゴーントさんは不思議そうに首を傾げた。表情は相変わらずほとんど変わらない。
「……彼は専門外だから断ったんじゃないのか? 依頼を受けるか受けないかの決定権は、所長である彼にあるはずだ。そして断られた依頼者に同情して、違う者に紹介するのも君の自由だと思うが。契約違反ということもあるまい。それを所長に密告するほど私は暇人ではないが」
「……そーですか」
彼は普通の感性の持ち主ではないようだ。麻衣が聞きたかったのは、ナルの断り方についてである。それに対して言及がなかったということは、ゴーントさんはナルの冷たい態度をなんとも思っていないということになる。麻衣は、はぁ……と溜息をついたのだった。
◆ ◆ ◆
翌日、日曜日。
その日も爽やかに晴れていて、薄く開けた窓から気持ちいい風が緩やかに吹き込んでいた。頬の横にかかる髪がふわふわと微かに揺れているのを感じながら、麻衣は腕を組んでうーんと悩んでいた。目の前には3枚の依頼書。昨日のあの後、たった半日で溜まった『湯浅高校』からの依頼である。
麻衣が依頼書に改めて目を通していると、ぼーさんがノンアポでオフィスにやってきた。またこの人はオフィスを喫茶店代わりにしに来たのか。麻衣がそう思って見ると、ぼーさんはギラッギラのド派手なカウボーイのような格好をしていたので、思わず目が点になってしまった。
「よ。麻衣ちゃん、お元気? アイスコーヒーが飲みたいなぁ」
出た。やっぱり喫茶店代わりにしている。呆れ果てた麻衣だったが、どうやら今日は仕事を持ってきたらしい。軽口を叩き合いながら、常備していたアイスコーヒーを注いでやる。いや、仕事云々よりもカウボーイが気になる。その格好の理由をせっつくと、今日は副業の帰りらしい。カウボーイの? 麻衣が現代の東京でカウボーイの仕事が成り立つのか考えていると、ぼーさんは簡潔に「バックバンド」とのたまった。
「はああぁ!? バックバンド!? あっ、木魚とか尺八とかでしょ?」
「おっ、いーね、それ! って、バカ。これをごらん。ベースです。わたくしはベーシストです」
「うそっ! 中に三味線とか入ってんじゃないの!? シャミセニスト!」
「あのなー」
ぼーさんの本業は坊さんではなく、スタジオ・ミュージシャンらしい。一応バンドも持っているが、ボーカルがイマイチ君なのだと。意外や意外。人は見かけによらない。いや、ぼーさんの見た目的には、そっちの方がしっくりくるか。2人で馬鹿みたいに盛り上がっていると、あまりのうるささにナルが出てきてしまった。いや、仕事の話なので、どちらにせよ呼ぶつもりではあったが。
ぼーさんを見てあからさまに嫌そうな顔になったし、仕事と聞いて鼻で笑っていたが、ちゃんと聞く気になったようで大人しくソファに座ってくれた。
ぼーさんのバンドの追っかけの女子高生、タカの高校で、連日おかしなことが起こっているそうだ。ある席が呪われている。その席に座った生徒が、4人続けて電車の扉に腕を挟まれ、引き
そしてその追っかけの子は『湯浅高校』の生徒だという。麻衣はハッとして机に置きっぱなしにしていた依頼書を2人に差し出した。
「昨日から3件も依頼があったの! 湯浅高校! ナルは断っちゃったけど、ぼーさんかジョンに頼めないかと思って連絡先聞いといたの!」
ぼーさんは深刻そうな表情で依頼書に目を通している。ナルもさすがに数が多すぎることが気になるようで、思案するような顔をしていた。そこにまた『湯浅高校』の校長まで依頼に来たので、結局この高校に関する件を、丸ごと引き受けることになった。
◆ ◆ ◆
月曜日。
麻衣たち一行は、リンさんが運転する黒のバンで『湯浅高校』へ来ていた。ちなみにゴーントさんは人数の関係上、車に乗ることが出来ないのが分かり切っていたので、ナルの命令により単独で来ることになってしまった。仲間外れにされているようで麻衣はハラハラしたが、ゴーントさんは何も気にしていないように見えた。罪悪感を覚えた麻衣が、自分が電車で来ると申し出たが、あっさりと首を振られてしまった。
(あの人大丈夫かなぁ? どこに住んでるのか知らないけど。でもこれ以上大きい車を買うのも難しいよね。今のも7人乗りだけど、機材でパンパンなんだよね。ぼーさん免許あるんだから、レンタカー借りるように言えばよかったかな?)
しかしぼーさんは、まだゴーントさんの存在を知らないのだ。昨日オフィスにはいたのだが、リンさんと資料室に籠もっていたし、ナルも必要性を感じなかったのかぼーさんに紹介しなかった。ちなみに麻衣はうっかり忘れていただけだ。ぼーさんが帰った後、資料室から休憩しに出てきたゴーントさんとリンさんを見て思い出したくらいだった。2人とも静かすぎる。忘れん坊の自分を棚に上げて、そう責任転嫁した麻衣だった。
麻衣が
早速、吉野先生がベースとなる小会議室に案内してくれた。小会議室は大きなテーブル、ホワイトボード、小さな棚がひとつあるだけの殺風景で広々とした部屋だった。麻衣がここに機材を運び入れるのかな?と考えていると、先生がおずおずといった様子で相談があると言ってきた。
吉野先生は、夜な夜な窓の外から聞こえるノック音に悩まされているようだ。先生がカーテンを開けるまで、ずっと微かなコンコンという音が続く。カーテンを開けると一時的に止むが、また少しするとノック音が始まる。家族も聞こえるが、先生ほどは気にならないらしい。先生はノイローゼ一歩手前のように見えた。
ある日また先生が奥さんにノック音を訴えると、奥さんは
ナルは難しい顔をしていたが、とりあえずぼーさんに護符を書かせ先生に持たせることにしたようだ。窓は開けない。気にしすぎない。耳栓をしたり音楽をかけたりして気を逸らすこと。そう言い含めると先生にはお帰りいただいた。
「……いきなりだぜ。どうなってるんだ?」
ぼーさんが誰にともなく呟くが、明確な答えを持つ者などいない。
「もう少ししたら授業が終わる。依頼をしてきた子たちの話を聞いて……今日はそれで終わりだろうな」
ナルがそう言った時、小会議室の扉が唐突に開いた。まさかもう? でもまだ授業終わりのチャイムは鳴っていないが。3人が振り返ると──ちなみにリンさんは校外で聞き込みである──そこに立っていたのは、銀髪翠眼の貴公子だった。やっと合流したゴーントさんである。麻衣はパッと笑顔になって朗らかに挨拶したが、ゴーントさんは小さく頷いただけで、不審そうにぼーさんを見ていた。ぼーさんの方も生徒にも教師にも見えない男の突然の闖入に、警戒心を露わにしている。
「……誰だ? 依頼者か?」
「……そういうあなたは?」
「質問に質問で返すんじゃねーよ」
「ぼーさん! この人は新しく入った調査員のセリクス・ゴーントさん!」
「……えぇ?」
麻衣の必死のフォローで、ぼーさんの顔から険が取れる。麻衣は今度はゴーントさんの方を向いた。
「ゴーントさん! この怪しいチャラ男はお坊さんの滝川法生! どう見ても怪しいけど、れっきとした高野山の元坊主だから!」
「……」
「おいおいおい、麻衣ちゃんよぉ」
麻衣のフォローの仕方が、ぼーさんは気に入らなかったらしい。鼻の頭にムキッと皺を寄せてしまった。ゴーントさんは何を考えているのか、無表情のまま首を傾げている。そしてひとつ頷くと、ぼーさんに近寄り右手を差し出した。シェイクハンドだ。
「私はセリクス・ゴーント。あなたはSPRの協力者か? よろしく頼む」
「……お、おう。よろしくな。……あんた日本語達者だなぁ」
「……よく言われる」
ゴーントさんはすぐにぼーさんから手を離すと、我関せずといった様子で書類を読み込んでいたナルに近寄り声を掛けていた。
「所長。機材の設置をするのか?」
「……いや、まだしない。もうすぐ放課後になる。そしたら生徒たちから相談が舞い込むはずだ」
「了解」
ゴーントさんはさっさとナルから少し離れた位置の椅子に座り、肩にかけていた革の鞄からノートパソコンを取り出すと、カタカタと叩き始めた。麻衣は初めてノートパソコンを見たので目を丸くした。オフィスには大きなデスクトップパソコンしかないのだ。
ぼーさんがそっと麻衣に近寄り耳元で囁く。
「……もしかして、ナル2号?」
「ぶぁっは!」
「麻衣、うるさいぞ」
「ぼーさんのせい!」
「にゃにおう!」
麻衣とぼーさんが騒いでいても、ゴーントさんの表情はピクリとも動かなかった。
【ご挨拶】
初めまして、またはいつもお世話になっております。如月 斎(きさらぎ いつき)です。
本作は、小野不由美先生の『ゴーストハント』の二次創作です。
渋谷サイキックリサーチに、海外から新人調査員がやってきたら……というお話を、麻衣の視点で描いていきます。
原作の流れを大切にしつつ、独自の解釈や改変も含まれます。恋愛要素はありません。
原作をご存知の方はもちろん、まだ読んだことがない方にも楽しんでいただけるように書いていますので、気軽に覗いていただけたら嬉しいです。
更新は毎週日曜日の20時を予定しています。
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これからよろしくお願いします。