時は遡り、帰還直後の日
その日は夏らしい太陽の光が強い酷暑だった。
学園は既に夏休みに入っており、学生達は長期休みを思い思いに過ごしている。
友喜もその一人だった。異世界に転移して、帰還するという想定外の経験をしなければ。
「…………」
朝、起床した友喜の眼に映るのは見慣れた自身の部屋。異世界に行って以来、見るのは十年ぶりだった。
「……あ」
自分の体を見る。そこにあるのは傷一つ無い今時の男子学生らしい細身の肉体。
「……夢?」
さっきまでボロボロの状態で、少女と話していたはずなのに、そんな痕跡は一つもなく、現実味を感じられない。
むしろ薄れていた転移前の記憶が自身と部屋の光景を見て修復されていく様な感覚の方が強い。
「……そうだよな、異世界転移なんてあるわけ無いよな」
それは、無理してバカバカしいと笑い飛ばそうと出した言葉だった。
「だいたい、異世界行ったらチートで俺Tueeが定番だろ……なんで」
友喜が一番理解している。そんな都合の良い話は無いと。
「なんで……皆死んで……誰も生き残らないんだよ……」
自分の力の無さも異世界の敵に勝てなかった事実も現実で有ると。時間経過で意識がはっきりしてきた友喜の眼から涙が溢れ出す。
「カナまで……!」
最後に自分の為に命を捧げた少女の姿を思い出す。
「――――」
友喜の記憶はそこで途切れ、気づいた時には自室で目覚めてから五日ほど経った深夜だった。
「…………」
漸く正気を取り戻した友喜だがベッドに体を投げ出したまま動かない。友喜の内心は敗北感から来る無気力に包まれており何か行動を起こそうなどという考えすら浮かばない。
「……?」
そのまま眠りに就こうとした時だった、それは地球では存在しないと思っていた気配、魔力の使用を友喜は感知した。
「……まさか」
友喜の眼に光が宿る。
「――!」
即座に起き上がり着替えを済まし、家族にバレないように友喜は家を出た。
「……今なら誰にも見られないよな?」
すぐにでも魔力を感じた場所に向かいたい友喜は異世界で学んだ魔法を使用する。
「見られる危険があるけど仕方ない」
足元に自分一人が収まるサイズの魔法陣を展開する。
「成功してくれよ……【テレポート】」
目を閉じて魔法名を唱えると、友喜はその場から姿を消した。
肌で感じる空気が変わったことに気づいた友喜は目を開ける。周りの景色から、恐らく何処かの山の中だと友喜は判断した。
「こんな所に……?」
周りを見渡すが視界が悪く草木しか目に入らない。
「さっき感じた魔力は何処だ?」
友喜は再び目を閉じて付近の気配を探る。そうしていると少し離れた後方から途切れ途切れの呼吸音が聞こえてきた。
「そこか」
振り向いた先をよく見ると誰かが大木の向こう側でもたれ掛かって座り込んでいるのが見えた。友喜は慎重にその人物に近づく。
「…………」
そこにいたのは少女だった。年齢は今の友喜より二、三は下の様に見える。紫のメッシュが入った長い銀髪を黄色のシンビジウムの形をした髪飾りで小さくサイドテールにしている。結んでない髪は腰辺りまであり、髪質もサラサラとしてよく手入れされているのが分かる。顔付きは年相応の小生意気な雰囲気を感じる。小悪魔じみた仕草がよく似合いそうだと友喜は感じた。そこまでならよくいる年齢相応の少女だろう。
だが服装はそれに反して、戦士のものだ。服自体は桜色をした半袖の着物風のシャツに、黒色のホットパンツと少々露出が多く感じるが、まだ一般的と言える。不自然なのは両手に手の甲から前腕を覆う武者の鎧にも似た桜色の籠手。両足も同じ様な意匠の脛当てを装備しており、極めつけは腰に差してある【刀】だろう。鞘に収まっており全貌は分からない。それでも友喜にはそれが玩具やレプリカではなく”本物”で有ることを異世界での経験から見抜いていた。
「怪我をしている……?」
そしてもう一つ、先程から周囲には血の匂いが漂っており、少女が月明かりで照らされたことで漸くその発生源が目の前の少女であることに友喜は気づいた。
「これは……」
少女の怪我の具合を確認した友喜は言葉に詰まってしまう。横腹をまるで刳り貫かれたかのように穴が空いているからだ。穴の空き方から辛うじて直撃を避けたようだが、それでも重傷と言える。本来ならそこから失血するまで血が流れ出ていくはずなのに今は止まっている。だが少女はまだ生きて呼吸をしており、表情は青ざめとても体調が悪いのが見て取れるが、それでも今すぐ命の危険が訪れるというわけでもなさそうだ。
「体の状態を魔法で固定しているのか? そうでも無ければこんな状態にならないよな……」
当然、友喜はその可能性に至る。だが――
「でも、この子は異世界の、【レフォス】の人間じゃない」
友喜が転移していた異世界レフォスの住人にはとある特徴が有る。それがこの少女には無いのだ。
「だとしたら、これは……地球の魔法、なのか……? あるいは俺と同じ……」
異世界からの帰還者、その可能性に至るが本人に確認しないと真相は分からないだろう。
「とりあえず調べてみるか、【アナライズ】」
手の平に魔法陣を展開し、少女に向けて解析の魔法を使用する。
「見れるのは……魔力量と属性適正、それに肉体の状態と……【呪い】?」
自身の眼の前に現れた少女の情報に予想と違う項目が有り、友喜は困惑する。
「他はレフォスで見れた項目と変わらない……呪い、どう考えても碌でもないことだよな……」
気にはなるがまずは少女の命が優先だと、友喜は考察を止めて少女の情報を確認する。
「名前とかの個人情報は……さすがに見れないか。レフォスでも本名を知られないようにする細工は当たり前だったしな」
自分の知っている技術を見て、やはり自分と同じなのか、と友喜は更に詳しく見ようとする。
「魔力量は……ランク8か、かなり高いな」
友喜のいた異世界レフォスは魔力量を数字で判断する。最大は10で数字が低ければ魔力は少ない、0に至っては魔力無しだ。
「そうとう鍛えているのか、元からなのか……見た感じ戦い慣れているから前者か?」
少女の手の平に有る水ぶくれの跡を見て友喜はそう判断した。
「肉体は、魔法で状態付与されているな」
予想通り、少女の肉体に魔法が掛かっていることが表示される。友喜は更に内容を確認していく。
「魔法の性質は……傷口の固定、止血の魔法というところか? 意識は……悪化しないようにするための休眠の魔法か」
少女がさっきから一向に目覚める気配が無い原因を漸く把握できた。
「それだけじゃなく敵意の有る相手に見つけられないようにする幻覚……いや、思考誘導か? の魔法も掛かっているな」
魔法の内容から友喜は少女の状況を推測し始める。
「何かに襲われた結果、大怪我を負ったのか? そして仲間が来るまで怪我が悪化しないように隠れている?」
その襲ってきた何かの正体は分からないが、戦い慣れていると思わしき少女が回避しきれず大きな怪我を負う相手なら間違いなく脅威だろう。
「呪いの内容も確認するか」
もしかしたら少女を襲った存在が分かるかもしれないと、少女の情報に載っている呪いの項目の詳細を確認していく。
「……【虚弱化】?」
表記されている内容に友喜は眉をひそめる。
「えっと、『この呪いに掛かった者は虚弱体質になる。時間が経てば経つほど効果は強くなる』……とんでもないな」
呪いの内容が真実ならこのままでは眼の前の少女は何時死んでも可笑しくないことになる。
「ならのんびり調べる暇は無いな。すぐに治療だ。後の事は本人に確認すれば良い」
そう言って友喜は両手に魔法陣を展開、空色の魔力を集めて魔法を発動する。
「【メガヒール】、【マイティキュア】」
魔力が少女に注ぎ込まれると、少女の傷口がまるで映像を逆再生しているかのように塞がっていく。同時に少女の顔色も比例して良くなっていくのが見える。
「よし、こっちも問題なく使えるな」
先程のテレポートやアナライズを含めて有用な魔法が地球でも問題なく使えることに安堵する友喜。
「……ん」
そんな友喜の声に反応する様に少女の目がゆっくり開かれていく。友喜の魔法で体力が回復したことで眠りの魔法も解除されたのであろう。
「…………」
完全に目を覚ました少女の目と友喜の目が合う。
「えっと、お兄さんが治療してくれたの?」
恐らく仲間ではない相手が眼の前にいたからだろうか、少女は警戒しながらも問いかける。
「ああ、そうだと言ったらどうする?」
「……助けてくれてありがとう」
友喜の言葉に少女は素直に礼を言う。もっと警戒されると思っていた友喜は驚きで眼を少し見開く。
「どうしたの?」
「いや、もっと怪しまれると思っていたからな……」
少女の疑問に答える友喜の声にはまだ動揺が込められていた。そんな友喜の様子を見て少女は一回深呼吸をして話し始める。
「怪しんではいるよ? でも助けて貰ったのに敵意剥き出しの対応は違うでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
困惑している友喜を見ながら少女は自身の怪我が有ったお腹を触りながら話し続ける。
「それに有ったはずの大怪我が治っているだけじゃない、流れたはずの血も補充されてるし体力も回復している。おまけに――」
話しながら少女は立ち上がり、体の調子を確認するように動かす。
「小さい頃からずーっと重かった体が今までにないくらい調子が良いんだ! お兄さんの目的は分からないけど、ここまでされたらそこまで警戒できないよ」
先程、友喜が使った魔法【メガヒール】は対象の怪我や体力を回復するだけでなく流れた血液の補充すら可能とする高位の回復魔法、そして【マイティキュア】は対象の病や魔法による汎ゆる状態異常を治療する魔法だ。その2つの魔法を同時にかけられた少女は本人曰く、眠る前からは考えられないほど絶好調となっていた。
(小さい頃から? ということはあの呪いは昔からということになるのか? いったいどういうことだ?)
少女の言葉に友喜は思考の海に沈みそうになるが、少女本人に確認すれば良いと思い取りやめた。
「だからお兄さんが話したくないなら無理矢理に聞いたりしないよ?」
少女は恩を感じているから友喜の都合に合わせると言ってくれている。
「……ありがとうな」
そんな少女の姿に、友喜はカナの姿を幻視し僅かの間、呆けた表情を浮かべる。だがすぐにその表情を引っ込めると友喜も少女に礼を言った。
「とは言え、別に話す気が無いわけじゃない。ただ先に何が有ったか知りたいんだ」
「……そうだね。私も今はそっちの方が重要だし」
友喜の言葉を聞き少女もまた真剣な表情を浮かべる。
「その前に名前だけ聞いて良いか? さすがに呼び方に困る」
「あ、そう言えば自己紹介がまだだったね。お兄さんの名前も聞いて良い?」
「ああ」
そこで漸く二人はお互いの名前を知らないことに気づき、周りを警戒しながらも自己紹介を始める。
「俺の名前は龍宮友喜。職業は……今はただの学生ということにしておいてくれ」
「友喜お兄さんだね。私の名前は――」
少女が自己紹介を始めると同時に風が吹き、少女の髪を靡かせる。
「