パン好き少女が、パンよりも君を好きになった理由 作:永嶋 誘
「うーん。モカちゃんは幸せものだぁ〜」
青葉モカは、公園のベンチに腰を下ろし、隣に座る少年の肩にもたれかかって、寄り添う。
「パンと俺、どっちが好き?」
「も〜。そんな意地悪なしつも〜ん」
「はははっ、ごめん、ごめん」
「……
肩を叩かれ、切なげな声色で名を呼ばれ、目を閉じた少女の意図を察した少年は、ただ一言。
「モカ……」
自身の名を呼ばれた時同様、どこか切なさがこもった声色で、少女の名を呼ぶ。
いや、待て待て。ちらりと付近を見回す。幸いにも、人の気配はない。
二人はだんだんと顔を近づけていき、やがて、息を止め、二人の唇同士が触れ合う。
柔らかく、熱い、どこかこそばゆい。
願わくば、このまま二人一緒に溶けてしまいたい。二人を祝福するかのように、噴水から水が上がる。
「見て見て、噴水! エモ〜」
二人して、水が出なくなるまで噴水を眺めていた。
ここに、一人の少女が、一人の少年と恋に落ちた。そんな二人の行く末……ではなく、そのちょっと前のお話。
さっそく、恋に落ちた訳ではないのだが、青葉モカには、現在、気になっている少年がいた。
時おり、彼女のバイト先のとあるコンビニに買い物に訪れる同年代の少年。
「あっ……」
買い物の会計中に、何度、「今日も来てくれたんですね〜」、「どこの高校に通ってるんですか〜?」、「パンって、好きですか〜?」
という言葉が喉を滑っただろう。
今日も今日とて、彼女の前に現れた少年は、何食わぬ顔で買い物に訪れ、特に会話をすることもなく、
「しゃーした〜」
買い物を済ませてコンビニを辞する彼の背中にいつものように気の抜けた挨拶をし、見送るだけだった。
普段の学校生活、幼なじみの友人たちと組んだバンド活動の傍ら、脳裏には、そんな彼の存在がちらりと浮かんでくる。
「あたし、変になっちゃったのかな〜……」
いつもそばにいる幼なじみの友人たちが離れ、一人になると、まるで頭にモヤがかかったような気分になる。
軽く数回、頭を叩いてみるも。モカの気持ちは何にも変わらなかった。
「「あっ」」
新刊の青春野球の漫画。残りは一冊しかない。その漫画を取ろうとした二人の手が重なる。
意図せずにお互い、相手の手を握りあう格好になってしまった。
お互いに手を引き、一歩後退する。
まさか、このようにモカにとって意中(?)の相手と、自分が好きな漫画的な出会いをするとは夢にも思わなかった。
どうぞ、どうぞとお互いに譲り合う。
「いえ、そちらが……」
「いえいえ、そちらが〜」
相手のことを思い、お互いに一歩もひかない。
このままではらちがあかない。
少年は仕方なく、その漫画を手に取り、うろたえながらもレジの方へ向かって行った。
これで、良かったんだ。モカも楽しみにしていた新刊の漫画だったが、相手に買ってもらうことできた。自分が、相手のために一歩引くことができた。
そう思うと、ホッとしたような、安心したような、嬉しいような。
胸が、ポカポカと温かい感じ。
この感覚は、なに?
こんな感覚は初めてだった。
胸に手を当ててみる。心地よい弾力で、弾む。大きく、脈打ち鼓動している。息苦しい。こんな感覚は……今までなかった。
だが、この感覚には一つだけ心当たりがある。
「それは、きっと恋だね! モカは、恋に落ちたんだよ!」
「へぇ、やっぱり、恋なんだ〜」
そういう感情に詳しそうな、幼なじみの友人に核心を突かれ、
「恋、じゃないのかなぁ〜。そっかー。モカに好きな人が出来たんだー」
「やっぱり、恋なんですか〜」
バイト先の先輩──同じ学校に通っている先輩にも、同じように核心を突かれる。
余談だが、「なんか適当すぎない?」と冷ややかな目を向けられたのは言うまでもない。
まだ、自分の気持ちに気づけていないようでもあったが故の返答だった。
彼にあえば、このモヤモヤした気持ちがハッキリするかもしれない。
と、思うのだが、
「今日も……来なかったぁ〜……」
バイト上がりに、独りごちた。ここ最近というもの。くだんの彼はモカのバイト先に来なかった。
「今日も?」
「今日も、ですよ〜」
向こうにも向こうの都合があるのだろう。モカにはそう思うほか、なかった。
一目、彼を一目見れば、あわよくば声をかけることができれば、何かが変わるだろうという確信(彼女についてまわる言葉は、核心と、確信ばかりだ)があった。
「お先にあがりま〜す」
浮かない表情のまま、モカはコンビニを後にする。明日、明日も来ないなら明後日。明後日も来ないなら……。気がつけば、当然のことのように彼のことを考えていた。
帰路に着いてる途中、足が止まった。一瞬のことで、声が出なかった。
「あ、こんばんは」
一瞬、喉が震え、とっさに言葉が出てこなかった。
「いま、上がり? ちょうどコンビニに行こうと思ってたんだ」
気まずそうにはにかむ彼の顔。胸の中で、何かが落ちたような音がした。
「そうだ」と、彼はスクールバッグをまさぐり、中から一冊の本を取り出した。見覚えがある。それは、あの時の青春野球の漫画だった。
「あれからずっと、これを渡さなきゃと思って」
なすがままに漫画を受け取る。どこか、にベもない対応だっただろうか。
「これ、あたしに?」
自分でも思うほど、らしくもない返事。
「うん。あの時は譲ってくれたけど、やっぱり読みたいだろうなと思って」
漫画本と、彼の顔とに、順に一瞥をくれる。彼の顔も漫画本も、薄い街路灯に照らされているだけのはずだったが、太陽のように眩しく見え、直視できなかった。
「じゃ、それだけ。今週はちょっと忙しくて行けなかったけど、またコンビニ、行くから」
「あ、待って〜。きみのお名前はー、なんて言うのー?」
「
「須賀、光くーん」
いつもの通り、間延びした口調で、たった今教えて貰った名前を呼んでみた。
「漫画のお礼に、今度モカちゃんが美味しいパン屋さん教えてあげる〜」
「それは、楽しみにしてる。じゃあ、その時にまた」
彼と、次にまた逢うその日まで。この感情の答え合わせは、その時に。