機動戦士ガンダム 墓標の密林(ジャングル)――鋼の天秤と緑の地獄――   作:結城ゆうすけ

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【作品傾向と注意書き】
本作をご一読いただきありがとうございます。宇宙世紀0079、地球上で最も過酷と言われたニューギニア戦線を舞台にした架空戦記です。投稿に際し、以下の要素が含まれますのであらかじめご了承ください。
・オリジナル主人公&独自キャラクター主役
ジオン公国軍の女性指揮官エレノア・ピット(鋼の天秤)と、その相棒ユマ・ホッタを中心に物語が展開します。原作キャラクターの登場は限定的です。
・独自設定・独自解釈あり
ニューギニア戦線の戦況タイムラインや、局地的なMSの運用・改修、およびMAグラブロの河川運用など、一部に本作独自のオリジナル設定や戦史解釈を含みます。
・シリアス・ミリタリー志向
華々しいエースの戦いではなく、泥をすすり、熱気と疫病に塗れる地上戦のリアルと、敗色濃厚な戦場の虚無感を描くビターな作風を目指しています。戦闘描写に伴う残酷表現(R-15)を含みます。
アニメの裏側で起きていたかもしれない、歴史の闇に埋もれた泥臭いジオン戦記がお好きな方に楽しんでいただければ幸いです。



【第1話】第1章:第1次ポートモレスビー攻略戦(前編・死線への序曲)

ジャワの極楽、ビルマの地獄、生きて帰れぬニューギニア

――旧世紀の極東方面兵士の詩(うた)より抜粋――

 

「宇宙世紀0079年5月――地球の大半を支配したジオン公国軍だったが、過度に伸長したその戦線は、すでに攻勢限界線へと達しようとしていた」

 

宇宙から舞い降りた巨人の軍勢は、電撃的な侵攻によって地球の広大な領土をその手中に収めた。しかし、広がりすぎた戦線は底なしの沼のように兵員と物資を貪り、栄光の進撃は確実にその速度を落としつつあったのである。

オーストラリアの北部に位置する、地球上でも有数の大島ニューギニア。泥濘と疫病が渦巻くその地は、大局から見ればあくまで「支戦線」に過ぎず、大いなる戦略的価値を持たなかったはずの場所であった。しかし、それゆえにこそ、この見捨てられた「緑の地獄」でジオンと連邦の凄惨な死闘が繰り広げられたことは、後世の戦史にすらほとんど記録されていない。

これは、歴史の闇に埋もれた地獄の戦場で、すべてをすり減らしながら戦い抜いた、ある女性指揮官の物語である。

 

ジオン公国軍地上方面軍――ニューギニア戦線。

赤道直下の熱気が生み出す湿気は、呼吸をするだけで肺を濡らすかのように重い。密林の奥から湧き出す不快な羽音が耳を打つ中、エレノア・ピット少佐は愛機であるザクIIのコクピットハッチを開け、強烈なジェネレーター熱とジャングルの熱気が混ざり合う泥臭い風を吸い込んだ。

ハッチの隙間から差し込むわずかな光が、彼女の鮮やかな赤毛の長い髪と、少し吊り上がった切れ長の青い瞳を鋭く浮かび上がらせる。地獄のような過酷な環境にあっても、その美しい顔立ちからは常に冷静沈着な響きが失われることはない。

名門ピット家の偽善を嫌って飛び出し、掴み取った士官学校の席からルウムの死線を越えてここまで来た。だが、目の前に広がる光景には、宇宙(そら)で語られたジオンの栄光など微塵も存在しない。あるのは、湿気と砂塵で関節をイカれさせ、現地改修の迷彩塗装をドロドロに剥がれ落としたザクの無惨な姿だけだった。

上衣を脱ぎ捨てて腰に巻き、黒のノースリーブタンクトップに身を包んだその肉体は、豊かな胸の膨みと、軍人として鍛え上げられたしなやかな四肢を併せ持つ抜群のスタイルを誇っていた。しかし、今は容赦ない熱気と湿気が、彼女の白い肌にじっとりと汗の玉を浮かび上がらせている。

「エレノア、機体の調子はどう?」

回線を開いたままのモニターに、涼しげな目元を泳がせる東洋系の美貌が映し出される。水陸両用部隊を率いるユマ・ホッタ少佐だ。過酷な気候のなかにあっても、彼女の端正なポーカーフェイスは崩れない。

「最悪だな、ユマ。関節の防塵シーリングがこの湿気で用をなしていない。宇宙の偉い兵器開発局の連中は、地球のジャングルがこれほど泥深いとは夢にも思わなかったんだろう」

エレノアは鉄の意志を感じさせる冷静な表情のまま、皮肉交じりに唇を歪めると、タンクトップの襟元を引っ張って胸元の汗を拭った。

「本国の上層部は数字しか見ていないから。……だけど、愚痴を言っている暇はなさそうよ。連邦軍のポートモレスビーの敵航空基地を叩くための、第1次攻略戦の幕が上がります」

ユマの声が、冷徹な現実を告げるように一段と低くなる。

南洋へ兵力を伸ばさんとするジオンの野心と、それを完全に阻まんと空を埋め尽くす連邦の航空戦力。その衝突の火蓋が切って落とされようとしていた。

【第1章:第1次ポートモレスビー攻略戦(前編)】

ジオン公国軍地上方面軍――ニューギニア派遣軍。

オセアニアの最前線基地「ラエ」から発したポートモレスビー奇襲作戦は、計画の段階から狂気に満ちていた。投入された総兵力は、わずか10機のザクIIと18両のマゼラアタック。そして、後続するバギーや兵員輸送車に詰め込まれた500名の歩兵たち。文字通り、兵数的にも無謀極まる極小の軍勢である。

天然の要害たるオーエンスタンレー山脈を越えるため、部隊はまず空中輸送という手段を選ばざるを得なかった。ポートモレスビー周辺の空は、すでに地球連邦軍の完全な制空権下にある。ガウ攻撃空母のような巨体を近づければ、たちまち対空砲火と戦闘機の餌食になるのは明白だった。そのため、輸送部隊が飛べたのは、ポートモレスビーから遥か200キロメートルも手前に位置する臨時の未舗装滑走路――「NG第20前線基地」までだった。

「ポートモレスビーまでは、ほんの200キロ。遮るもののない平地なら、バギーを飛ばして数時間の距離だ。それくらいの電撃戦、ピット少佐、君の優秀な頭脳なら容易いだろう?」

作戦会議の席で、ニューギニア派遣軍司令官アルベルト・シュマイヒェル大佐は、細く高い鼻の頭をうごめかせながら甲高い声でそう言った。手入れの行き届いたカイゼルひげを指先でなぞるその男は、キシリア・ザビ少将の派閥に属していることだけが自慢の、典型的な「口先だけの無能」だった。ジオン軍の急激な戦線拡大と兵力増強の波に乗り、世渡りだけで高級将校の椅子に滑り込んだ男。彼は、名門ピット家の血を引き、ルウム戦役以来の実戦経験を持つエレノアに対し、激しい劣等感を抱いていた。

「これはキシリア様も深くご関心をお寄せの作戦なのだ。成功すれば、我ら派遣軍の名は公国史に刻まれる。期待しているよ、名門の『お嬢様』」

シュマイヒェルが己の名誉欲とキシリアへの忠誠アピールのためだけに考案した無謀極まる机上論。それが、この作戦の正体だった。本国の快適なオフィスで紙の地図だけを見た無能が語った「数時間の距離」のツケを払わされるのは、常に血を流す現場だ。

NG第20基地の泥濘に降り立ったエレノア・ピット少佐が目にしたのは、ただ緑の深淵が広がるばかりの、道とすら呼べない未開のジャングルだった。

「――全機、ヒート・ホークを起動。これより道を作る」

エレノアの低く冷徹な号令が、ザクの通信回線に響く。宇宙(そら)で連邦の宇宙戦艦を両断するために開発された赤熱の斧が、今は熱帯の巨木や幾重にも絡み合う巨大なシダ植物をなぎ倒すための「開拓工具」として振るわれていた。

ジリジリと肉が焼けるような悪臭と、ザクのジェネレーターが発する凄ましき排熱が混ざり合い、周囲の空間を歪ませる。それは進軍ではなく、ただの苦行だった。湿気と砂塵は無慈悲に関節部へ侵入し、機械の肢体を蝕んでいく。底なしの泥濘はマゼラアタックの履帯(キャタピラ)を容赦なく捕らえ、エンジンを焼き切った。わずか数十キロ進むだけで丸一日を費やす大誤算となり、丸二日におよぶ強行軍の中で、部隊の戦力は戦う前にすり潰されていった。

ジャングルに阻まれ、ザクIIが2機、駆動系をイカれさせて脱落。さらに深刻だったのは重火力を担うマゼラアタックだった。半数を超える10両が泥沼に没し、あるいは完全に稼働を停止した。

「脱落した機体は爆破処分。乗員は輸送車へ収容しろ。……ただし、使えるものは剥ぎ取る」

エレノアの合理的かつ冷徹な判断――『鋼の天秤』の牙が剥かれる。脱落した機体から、その砲塔部分である「マゼラトップ」だけがクレーンで荒々しく取り外された。2機のザクがその巨躯にマゼラトップ砲を抱え込む。現地改修による即席の重火力型ザクの誕生だった。175mmという圧倒的な大口径砲の破壊力と引き換えに、元から劣悪なジャングルでの機動性はさらに数段階低下する。だが、そうして泥をすすり、戦力を削ぎ落たさなければ、前へ進むことすら叶わなかった。

そうして、呪わしい熱帯の泥濘を這いずり回ること丸二日。ヒート・ホークで緑の深淵を切り開き続けたザクの駆動系が悲鳴を上げ、兵士たちの体力が限界に達しようとしたその時、唐突に視界が開けた。

鬱蒼とした巨木のキャノピー(天蓋)が途切れ、エレノアたちの視界に飛び込んできたのは、眼下に広がるポートモレスビーの全景だった。

そこにあるのは、単なる飛行場ではない。この広大なニューギニアにおいて、連邦軍が維持し続ける唯一にして最大の巨大基地。その中心部には、この戦域のすべての防衛戦力を統括する連邦軍の司令部が鎮座していた。滑走路には、ジオンの地上侵攻を阻まんと出撃を待つ対地攻撃機「フライマンタ」や重爆撃機「デプロッグ」の巨躯が整然と並んでいる。本国の快適なオフィスでふんぞり返るシュマイヒェル大佐が言った「平地をバギーで数時間」という言葉は完全な妄想だったが、この場所に連邦の心臓部があるという点だけは事実だった。

エレノアはコンバットグローブに包まれた手で操縦桿を握り締めながら、自軍の残存戦力をモニターの数字で確認する。

ザクII、わずか8機。そのうち2機は足の遅いマゼラトップ砲装備型。マゼラアタック、18両中わずか8両。正式な戦闘車両を失い、泥沼に呑まれて文字通りの「徒歩の歩兵」と化した者たちを含む、疲れ果てた約300名の将兵。当初の無謀な計画からさらに磨り潰され、文字通り満身創痍の極小部隊。対する眼下の牙城には、数倍以上の連邦兵と、空を埋め尽くすほどの航空戦力が見え隠れして待っている。

普通の後方将校であれば、この時点で絶望し回頭を命じるか、あるいは無謀な突撃で部隊を犬死にさせるかの二択だっただろう。しかし、エレノア・ピットの瞳に宿る光は、氷のように冷徹だった。サスペンダーが汗で張り付いた黒のタンクトップの襟元を狂おしげに引っ張り、肺に溜まった熱い息を吐き出す。彼女の脳内にある『鋼の天秤』は、この絶望的な戦力差を冷酷に計算し、なおも勝利への唯一の細い糸を手繰り寄せていた。

「これより奇襲を開始する」

エレノアの声は、通信回線を介しても驚くほど平坦で、それゆえに怯える兵士たちの心を強力に繋ぎ止めた。

「目標は連邦軍の滑走路および管制塔、そしてその中心に位置する司令部だ。敵が我らの接近に気づいていない今こそが、この無謀な作戦における唯一の勝機だ。マゼラトップ装備機は高地より砲撃支援。残るザクは私の後に続け。……泥をすすった分は、敵の血で支払わせるよ」

ザクのモノアイが怪しく赤く明滅し、眼下の基地を見据える。機動性の低いマゼラトップの単独飛行など、敵戦闘機のカモでしかない。だからこそ、あの無能を呪いながら、この泥塗れの陸路を這いつくばって進んできたのだ。その執念のすべてを乗せて、満身創痍のジオン軍が、ついに緑の地獄の出口から連邦の牙城へとその身を躍らせようとしていた。

奇襲開始まで、あと数十秒。静まり返るジャングルに、ザクのジェネレーターの低い駆動音だけが、不気味に響いていた。

 




【あとがき】
初めまして、またはご覧いただきありがとうございます。
宇宙世紀0079のニューギニア戦線を舞台にした、少しビターで泥臭いジオンの架空戦記を書き始めてみました。
華やかなエースたちの戦いの裏側で、必死に足掻き、生き残ろうとする女性指揮官エレノアたちの物語をお届けできればと思っています。
まだ始まったばかりですが、もし「続きが気になる」「面白い」と感じていただけましたら、画面下部の感想・評価・ブックマーク(お気に入り登録)などで応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回は「第1次ポートモレスビー攻略戦(後半)」をお送りします。よろしくお願いいたします。

(image:https://img1.mitemin.net/2c/5i/8mb6admh6fd937a47xy97krh63s4_11wp_ow_xc_ghy7.jpg.580.jpg)
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◆ キャラクタービジュアル公開
主人公のエレノア・ピット少佐のイラストイメージです!過酷なニューギニア戦線を生き抜く、彼女の凛とした雰囲気が伝われば幸いです。
(※こちらのイラストは生成AIを用いて作成したイメージ画像です。一部肌の露出が含まれるため、念のためマナーとしてR-15相当の注意書きを添えております)
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