コズミック・イラ71年、1月25日。中立国オーブの資源衛星ヘリオポリス。
その穏やかな日常は、突如として降り注いだ戦火によって一瞬で瓦棄の山へと変貌しようとしていた。
ザフト軍による地球連合軍の新型機――「G兵器」強奪作戦。
爆風がシェルターの入り口を吹き飛ばし、悲鳴が通路を満たす中、キラ・ヤマトの一歩後ろを走っていたカテジナ・ルースは、頭を割るような激痛に襲われてその場に膝をついた。
「――っ、あ、あ、あああああああッッ!!」
「カテジナちゃん!? どうしたの、カテジナちゃん!」
キラが振り返り、カテジナの華奢な肩を抱きしめる。ヤマト夫妻に引き取られて以来、隣の家でずっと一緒に育ってきた、1歳年下の最愛の幼馴染。ビクトリーガンダムの原作と寸分違わぬ、あの気品に満ちた美しい金髪と、澄んだ瞳。しかし今、その瞳の奥で、カテジナの「前世」の記憶が濁流となって決壊していた。
(私は……カテジナ・ルース。私は、何をしていた……? 宇宙を狂わせ、戦火を煽り、最後は……全てを失って、目も見えなくなって……。雪の降るあの故郷の駅で、ウッソにも、シャクティにも拒絶されて、冷たい雪の中で、たった一人で凍えて、死んだ……!)
孤独死の絶対的な絶望と寒気が、現在のカテジナの全身を支配する。恐怖に歯根がガタガタと震えた。しかし、その狂気は生まれなかった。なぜなら、目の前で自分を必死に揺さぶる、暖かくて、不器用で、誰よりも優しい少年の手がそこにあったからだ。
「キラ……、くん……?」
「そうだよ、僕だよ! 立てる? 早くシェルターに入らないと!」
キラの顔を見た瞬間、カテジナの胸に、前世の過ちへの激しい悔恨と、今世で彼を絶対に守り抜くという鋼の決意が同時に宿った。私はもう、狂わない。あんな惨めな結末は二度と迎えない。この温もりを、このキラ・ヤマトという光を、今度こそ私は私の命に代えても守る。
「大丈夫……、もう大丈夫よ、キラくん。行きましょう!」
カテジナはキラの手を強く握り返し、立ち上がった。その時、爆煙の向こうから、一機の異形なる巨兵が姿を現した。緑色の装甲を纏った重火器型モビルスーツ。地球軍が極秘裏に開発していた「バスターガンダム」である。そして、その足元では、赤服を纏ったザフトのパイロット――ディアッカ・エルスマンが、まさにコックピットへ乗り込もうとワイヤーを巻き上げていた。
「へっ、これが地球軍の新型かよ。大したことねえな!」
ディアッカが不敵な笑みを浮かべたその瞬間、下から凄まじい勢いで跳躍してきた影があった。カテジナ・ルースである。前世の戦場で培った、そして今世でも無意識に鍛え上げられていた、冷徹かつ完璧な軍隊式格闘術。
「な、なんだぁっ!?」
ディアッカが気づいた時には遅かった。カテジナはワイヤーを掴んで引き絞り、その勢いを利用してディアッカの胸元に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
「がはっ……!?」
息を詰まらせるディアッカの顎へ、電光石火の右ストレートが炸裂する。骨の砕けるような鈍い音が響き、赤服の精鋭であるはずのディアッカは、受け身も取れずにバスターの足元へと吹き飛ばされ、そのまま意識を失って転がった。
「カテジナちゃん!? 君、何を……!」
「キラくん、この機体を借りるわ! あなたはそっちの機体(ストライク)へ!」
カテジナはディアッカの腰から拳銃と身分証を素早くひったくると、そのままバスターのコックピットへと滑り込んだ。ハッチが閉まる。起動するOS。画面に表示されるのは、未完成の地球軍用制御システム。
「チッ……動きが硬い。こんなおもちゃのようなOSで、戦場を動かせると思っているの!?」
カテジナの指先が、キーボードの上を猛烈な速度で踊り始めた。前世でザンスカール帝国の最新鋭機を乗り回した彼女にとって、この時代の初期型OSのバグなど、子供の遊びにも満たない。一瞬にして書き換えられるコード。バスターガンダムの双眸が、鮮烈な緑の光を放って覚醒した。
「キラくん、行くわよ! 私たちの家を、私たちの日常を壊すネズミたちを、一匹残らず排除する!」
ズウウウン! と地響きを立ててバスターが立ち上がる。隣では、同じくOSを書き換えたキラのストライクガンダムが立ち上がっていた。
戦場には、すでに強奪されたデュエルガンダム(伊達男のイザーク・ジュール)と、ブリッツガンダム(ニコル・アマルフィ)が待ち構えていた。さらに、ヘリオポリスの港湾部からは、ザフトの主力機ジンが数機、威嚇するようにマシンガンを掃射してくる。
「おいおい、ディアッカの奴は何をやってやがる! バスターが地球軍の奴らに動かされてるぞ!」
デュエルのコックピットでイザークが激昂する。
「黙りなさい、銀髪の坊や。その騒がしい口、私が今すぐ塞いであげるわ!」
カテジナのバスターが動いた。原作のディアッカのような後方支援ではない。カテジナはバスターの巨体を、まるで軽量の近接格闘機であるかのように割り込ませた。右手に350mmランチャー、左手に94mm高エネルギー収束火線ライフル。その二つを連結させることなく、左右別々の標的へと同時に照準を合わせる。
「片腹痛いわッ!」
ドゴォン! と轟音が響き、突っ込んできたジンの胸部へ350mmランチャーの散弾が直撃する。ジンの装甲が紙細工のように弾け飛び、一撃で爆散した。間髪入れず、左手の収束火線ライフルが、死角から迫っていたブリッツの右腕を正確に撃ち抜く。
「な、何なんだ、あのバスターは……!? 動きが速すぎる!」
ニコルの悲鳴。カテジナは前世の凄惨な空中戦の記憶を完全にトレースしていた。推進スラスターを細かく吹かし、重火器型とは思えない変則的なステップでデュエルのビームサーベルを紙一重でかわす。
「キラくん! ぼうっとしていないで! 後ろからもう一機来るわ!」
「う、うん! わかった、カテジナちゃん!」
キラのストライクが、迫るジンをアーマーシュナイダーで一刀両断にする。キラの戦闘センスも異常だが、それを先導するカテジナの動きは、もはや戦場の死神そのものだった。
「おのれぇぇッ! 調子に乗るなよ、ナチュラルがぁ!」
イザークのデュエルがビームライフルを連射してくるが、カテジナはバスターの背部スラスターを全開にして上空へと跳躍。空中で二つの砲身を連結――「対装甲散弾砲」へと換装する。
「落ちなさい!」
激しい衝撃波と共に放たれた無数の光弾が、デュエルの全面を襲った。フェイズシフト装甲を持つデュエル自体は耐えたものの、その衝撃で機体は地面へと叩きつけられ、ヘリオポリスの地面に深い溝を作った。
「くそっ、これ以上は機体が持たん! イザーク、引くぞ!」
アスラン・ザラのイージスガンダムが、ストライクとの切り結びから離脱し、傷ついたデュエルとブリッツを回収すべく後退を始める。ヘリオポリスの崩壊が始まっていた。ザフトの無差別な攻撃により、人工大地の各所に亀裂が入り、宇宙の闇が顔を覗かせている。
「キラくん、あの戦艦へ行くわよ!」
カテジナが指し示したのは、炎上するドックから辛うじて発進しようとしていた地球軍の新型巡洋艦「アークエンジェル」だった。ストライクとバスターは、崩れ落ちるヘリオポリスの残骸を蹴って、アークエンジェルのカタパルトデッキへと滑り込んだ。
ハッチが開き、ノーマルスーツを着たカテジナがコックピットから降り立つ。その姿は、硝煙の中に立つ一輪の冷徹な薔薇のようだった。
デッキには、避難してきたヘリオポリスの学生たち――トール、ミリアリア、サイ、そしてフレイ・アルスターの姿があった。
「キラ! 無事だったのね!」
フレイがキラの元へ駆け寄ろうとする。大西洋連邦事務次官の娘としてのプライドと、この地獄のような状況への恐怖で錯乱気味のフレイ。しかし、その行く手を阻むように、カテジナが冷たい視線で立ちはだかった。
「お退きなさい、お嬢様。ここは戦場よ。泣き喚く子供の居場所はありません」
「な、何よあなた!? 生意気な口を叩かないで!」
フレイがカテジナを睨みつける。これが、後にアークエンジェル内で繰り広げられる、キラ・ヤマトを巡る乙女の戦いの、最初の火花であった。
アークエンジェルはヘリオポリスを脱出し、ザフトの追撃を振り切るためにデブリ帯へと身を潜めた。艦内は混乱を極めていた。マリュー・ラミアス大尉をはじめとする生き残りの士官たちは、民間人の少年少女が最新鋭のG兵器を動かしているという事実に驚愕していた。
「あなたたちが、ストライクとバスターを……? 特にバスターのデータは異常よ。本来の設計仕様を遥かに超えた反応速度を叩き出しているわ」
マリューが信じられないといった面持ちで、カテジナの提出した書き換え済みのOSデータを見つめる。
「当然です。あんな前時代的なシステムでは、動く標的を撃つことすらままならない。私はただ、機体のポテンシャルを最適化しただけです」
カテジナの毅然とした態度に、ナタル・バジルール中尉も気圧される。
「……とにかく、我が艦は現在、完全に孤立している。君たちの力を借りなければ、この宙域を抜けることはできない。協力してもらえるな?」
「キラくんが戦うというのなら、私は彼の盾となり、矛となりましょう。それが、私の今世の存在意義ですから」
カテジナはそう言って、隣に座るキラの手をそっと握った。キラは顔を赤くしながらも、カテジナの存在に救われているように小さく頷いた。
その頃、艦内の独房には、ヘリオポリスの崩壊現場からカテジナによって半殺しにされ、引きずられて捕虜となったディアッカ・エルスマンが収容されていた。
「痛たた……クソ、あの女、なんなんだよ一体……。軍隊の格闘術なんてレベルじゃねえぞ、あれは完全に『殺し』の技だ……」
ディアッカは腫れ上がった顎を押さえながら、天井を仰いだ。原作よりも遥かに早い、第1話からの捕虜生活の始まりである。
そして、運命の歯車はさらに加速する。
アークエンジェルが補給のために立ち寄ろうとしたユーラシア連邦の要塞「アルテミス」の手前で、ザフトのクルーゼ隊が再び牙を剥いた。
「来るわね……。あの仮面の男。前世でもあのような独善的な狂人を数多く見てきたわ。反吐が出る」
カテジナはバスターのコックピットで、冷徹に照準器を覗き込む。
宇宙空間に展開するジンの部隊。そして、迫り来るイザークのデュエル。
「今日こそは叩き潰す! 出てこい、バスターの泥棒猫がぁ!」
イザークの絶叫と共に、デュエルがビームサーベルを抜いて突撃してくる。
「喧しいと言ったはずよ、銀髪の坊や!」
カテジナのバスターが、宇宙空間で華麗なロールを打つ。背部のスラスターを細かくマニューバし、デュエルの刺突を完全に回避。同時に、連結した「94mm高エネルギー収束火線ライフル」の銃口を、至近距離からデュエルの右肩へ突きつけた。
「なっ!?」
「消えなさい!」
ズガァン! と、零距離で放たれた高出力のビームが、デュエルの右肩装甲を融解させ、内部の関節機構を完全に破壊した。凄まじい爆発と共に、デュエルは回転しながら吹き飛ばされていく。
「イザーク!」
ニコルのブリッツがミラージュコロイドを解除し、カテジナの背後から迫る。トリケロスから放たれるランサーダート。
「見えているわよ、その程度の小細工!」
カテジナは前世でのニュータイプ的な感応力(あるいは凄絶な実戦経験による直感)で、ブリッツの出現位置を完全に予期していた。バスターは機体を反転させながら、左手の350mmランチャーから、空間を制圧する散弾をブチ撒けた。
パン、パン、パン、と宇宙空間で火花が散り、ブリッツの全面装甲に無数の傷が刻まれる。センサー系を潰されたニコルは、それ以上の追撃を断念せよざるを得なかった。
「化け物か、あのパイロットは……! ナチュラルの民間にあんな奴がいるわけがない!」
クルーゼ隊の母艦「ガモフ」のブリッジで、ラウ・ル・クルーゼ自身も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。バスター一機の存在によって、ザフトの誇る赤服の精鋭たちが完全に抑え込まれているのだ。
その頃、ストライクのキラもまた、アスランのイージスと激しい一騎打ちを繰り広げていた。
「キラ! なぜ君が地球軍の中にいるんだ! 君はコーディネイターだろう!」
「アスラン……! でも、僕は僕の友達を守らなきゃいけないんだ! カテジナちゃんを、みんなを守るために!」
二人の少年が葛藤の中で刃を交える中、カテジナのバスターがその間に割って入る。
「下がりなさい、アスラン・ザラ。あなたの甘さは、いずれあなた自身を破滅させるわ。これ以上キラくんに近づくなら、次はコックピットを撃ち抜く!」
バスターの超高インパルス長射程狙撃ライフルが、イージスの胸元を正確に捉えていた。アスランは、その冷徹極まりないプレッシャーに冷や汗を流し、機体を後退させるしかなかった。
激戦の末、アークエンジェルはザフトの追撃を退け、ひとまずの安全圏へと脱出した。しかし、艦内の空気は未だ張り詰めている。
食堂で、キラのために手作りのサンドイッチを用意していたカテジナの前に、フリルのついた私服を纏ったフレイ・アルスターが腕を組んで立ちはだかった。
「ちょっと、あなた。さっきからキラの傍にベタベタくっついて、何様のつもり?」
「……ヤマト夫妻からキラくんを任された、幼馴染ですが。何か問題でも、アルスターお嬢様?」
カテジナは視線すら合わせず、包丁を動かし続ける。その手際の良さと、一切の隙のない佇まいに、フレイは気圧されそうになるが、負けじと言い返す。
「キラはコーディネイターなのよ! 私たちを護る義務があるわ! なのに、あなたが変に惑わすから……」
「義務、ですか。おめでたい頭をしているのね。キラくんがその気になれば、この艦の人間を全員なぎ倒してザフトへ行くことだってできるのよ。彼がここに残って戦っているのは、ただ一つ、大切な人を守りたいという優しい心があるから。その心を、あなたの安っぽい特権意識で汚さないでもらえるかしら」
カテジナが包丁をトン、と小気味よくまな板に置く。その瞬間、フレイの身体がビクリと震えた。カテジナの瞳に宿る、圧倒的な「修羅の気配」を本能的に察知したからだ。
「恋愛でも、何でもそう。キラくんの心を惹きつけたいのなら、そんな汚い言葉ではなく、正々堂々と戦いなさい。私を失望させないで」
カテジナはそう言い残すと、出来上がったサンドイッチの皿を持って、キラのいるブリッジへと歩いていった。
残されたフレイは、悔しさと、カテジナに対する激しい負けず嫌いの感情で、拳を強く握りしめていた。
(何よ……何よあいつ! 絶対に負けないんだから! 私だって、キラに……!)
これが、後にフレイが通信兵としてアークエンジェルに残り、最後まで戦い抜く動機となる、彼女の「意地」の芽生えであった。
数日後、アークエンジェルは宇宙空間で、一隻の救命ポッドを回収する。
その中にいたのは、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘であり、プラントの歌姫――ラクス・クラインであった。
「あら、ここは地球軍の船、ですの?」
ピンク色の髪をなびかせ、世間離れした純真さを見せるラクス。彼女が艦内に迎え入れられた際、キラはその可憐な姿に一瞬目を奪われた。
「初めまして、キラ・ヤマトさん。お優しい目をしていますのね」
「あ、初めまして……ラク、スさん……」
その様子を、一歩後ろから見つめるカテジナ・ルース。彼女の瞳が、前世の記憶と今世の愛を交えて、深く、鋭く細められた。
(ラクス・クライン……。プラントの聖女。だが、その本質は人々の心を掌握する希代の政治家。キラくん、あなたのような純粋な少年は、放っておけば彼女の描く理想の生贄にされてしまう……。そうはさせないわ。このアークエンジェルの中にいる限り、キラくんの隣は、私の特等席なのだから)
カテジナは静かに歩み寄り、キラの腕に自身の腕を深く絡めた。豊満な胸がキラの二の腕に当たり、キラは「か、カテジナちゃん!?」と慌てて真っ赤になる。
「初めまして、クライン公女。私はカテジナ・ルース。キラくんの『婚約者』になる予定の者です。我が艦へようこそ」
カテジナの完璧な、しかし一切の温度のない社交辞令の微笑みが、ラクスへと向けられた。
ラクスの藍色の瞳が、一瞬だけ丸くなり、次の瞬間には、深遠な、すべてを見透かすような笑みへと変わった。
「まぁ……。素敵なお姉様ですのね。よろしくお願いいたしますわ、カテジナさん。そして、キラさん」
アークエンジェルの狭い艦内で、キラ・ヤマトを巡る、カテジナ、フレイ、そしてラクスの三つ巴の戦いが、静かに、しかし苛烈に幕を開けた瞬間であった。
戦火は休むことなくアークエンジェルを襲う。クルーゼ隊の猛攻は続き、地球への降下軌道が迫る中、カテジナのバスターは常に最前線で弾雨を浴びせていた。
「キラくん! 敵の包囲網の右翼が薄いわ! 私がこじ開けるから、あなたはそこから大気圏突入の進路を確保して!」
「了解! カテジナちゃん、無茶はしないで!」
「フン、私を誰だと思っているの。行くわよ、バスター!」
連結した超高インパルス長射程狙撃ライフルが、宇宙の闇を切り裂く極大の熱線を放ち、接近するジンの部隊をまた一機、塵へと変えていく。
前世の悲劇を繰り返さない。凍える雪の中で死んだあの絶望を、二度と味わない。
真紅と黒の未来の機体(カラミティガンダム・アルテミス)へと至る道は、まだ遠い。だが、カテジナ・ルースの、キラ・ヤマトを絶対の光とする戦いは、今ここから、誰にも止められない苛烈さで始まっていたのである。