キラ・ヤマトから年が一つ下の幼馴染、カテジナ・ルース。
その名を持つ少女は、崩壊していく資源衛星ヘリオポリスの炎の中で、自らの内に眠る「もう一つの凄絶な人生」の記憶を完全に覚醒させていた。
前世の記憶――それは、宇宙世紀という全く異なる世界で、狂気とエゴの果てに全てを失い、光を奪われた目で雪原を彷徨い、かつて愛憎を向けた少年たちに拒絶されながら孤独に凍死していくという、あまりにも凄惨で救いのない結末だった。
しかし、今世のカテジナには、あの時の狂気はひとかけらも存在しない。なぜなら彼女の隣には、物心ついた時からずっと、ヤマト夫妻に引き取られて以来の隣人として、変わらぬ優しさで自分を「カテジナちゃん」と呼び続けてくれた、キラ・ヤマトというかけがえのない少年がいたからだ。キラの学友達とも気心の知れた仲であり、今度こそ彼女は、自らの意思で大切なものを守り抜くと誓っていた。
あの日、ザフトの襲撃によりヘリオポリスが引き裂かれた時、カテジナは強奪されかけていた重火力型モビルスーツ「バスターガンダム」のコックピットへ滑り込み、そこにいた赤服のザフト兵、ディアッカ・エルスマンを前世仕込みの冷徹かつ容赦のない軍隊式格闘術で文字通りぶっ飛ばして叩き出し、機体を奪取した。それが、彼女の新たなる戦いの幕開けだった。
ディアッカはそのままアークエンジェルの捕虜となり、カテジナはバスターの圧倒的な火力を以て、キラの守るストライクガンダムの背中を支え続けている。
――ヘリオポリスを脱出し、地球連合軍の要塞アルテミスへと逃げ延びたアークエンジェル。だが、そこは安息の地ではなかった。アルテミス司令ガルシアによる卑劣な裏切りと、それを追うように襲撃してきたザフトのクルーゼ隊。激動の緊迫の宇宙で、カテジナ・ルースはバスターのコックピットに座り、恐るべき戦闘本能を呼び覚ましていた。
「……カテジナちゃん、本当に大丈夫なの? その機体、まだ調整も完全に終わってないのに……」
アークエンジェルのモビルスーツデッキ。ストライクのコックピットへ向かおうとするキラが、隣のバスターの足場に立つカテジナを見上げて、痛々しそうな、そして心底彼女を心配する声を上げた。
カテジナは、その美しい金髪を揺らし、ビクトリーガンダムの時代と変わらぬ凛とした、しかし優しさに満ちた瞳でキラを見つめ返した。
「心配いらないわ、キラ。私はあなたの後ろを歩くって決めたの。ヤマトのおじ様とおば様からあなたを託されたあの日から、私の命はあなたのためにあるんだから。……それに、あんな風に、一方的に理不尽を押し付けてくる者たちを、私は絶対に許さない」
その言葉には、前世で世界の不条理に押しつぶされ、自らも狂気に走ってしまったことへの深い悔恨と、今世でキラという光を絶対に失わないという強固な決意が込められていた。
「カテジナちゃん……。うん、僕も、カテジナちゃんを守るよ。一緒に行こう」
キラは小さく微笑み、ストライクのコックピットへと収まった。
その様子を、デッキの隅から苦々しい表情で見つめる少女がいた。フレイ・アルスターである。彼女はヘリオポリスの崩壊で父親と離れ離れになり、強い不安の中にいたが、それ以上に、キラに対して異様なまでの執着と、それ以上にキラの隣を当然のように占めるカテジナへの激しい対抗心を燃やしていた。
「なによ、幼馴染だからって、あんなにベタベタして……! キラは、私があんなに怖い思いをしてる時に、助けてくれたのに……!」
フレイは拳を握りしめ、カテジナの背中に視線を突き刺す。負けず嫌いな彼女の心に、この時、カテジナに対する猛烈なライバル心が宿った。それは後に、アークエンジェル内でキラを巡る凄絶な乙女の戦いへと発展し、フレイを通信兵として最後まで艦に残らせる執念の原動力となるのだが、今はまだ、その燻る炎の始まりに過ぎなかった。
「各機、発進準備! ザフトのモビルスーツがアルテミスの防衛線を突破、本艦へ接近中!」
マリュー・ラミアスの緊迫した声が通信回線を流れる。
「カテジナ・ルース、バスター、出るわ!」
緑と白の重装甲機、バスターガンダムがカタパルトから宇宙へと打ち出される。続いて、キラのストライクが、エールストライカーを換装して飛び出した。
宇宙空間に出たカテジナの視界に、迫り来るザフトのモビルスーツ、ジンとシグーの姿が映る。
「……来るわね。かつてのモビルスーツに比べれば、この時代の機体は挙動が直線的すぎるのよ!」
前世で、狂気的な戦場を生き抜き、数多のモビルスーツを葬ってきたカテジナの脳細胞が、超人的な速度で戦況を演算していく。彼女はバスターの操縦桿を鮮やかに捌き、右手のガンランチャーと左手の高エネルギー収束火線ライフルを瞬時に連結させた。
「喰らいなさい……! 超高インパルス長射程狙撃ライフル!」
エネルギーが限界まで充填され、眩い光軸が宇宙を切り裂いた。その一撃は、接近しつつあったザフトのジンの一機を、寸分の狂いもなく直撃する。
激しい爆発。コックピットの中で、カテジナは眉一つ動かさない。
「一機。キラ、右から来るシグーはあなたが引きつけて! 私は左の二機を抑える!」
「了解! カテジナちゃん、気を付けて!」
キラのストライクがビームライフルを連射しながらシグーへと突撃していく。その動きは天才的だが、カテジナの目から見れば、まだ戦うことへの迷いが見られた。
「キラは優しすぎるのよ……。だから、汚れる役目は、私が全て引き受ける」
カテジナの瞳に、冷徹な戦士の光が宿る。彼女はバスターを急速反転させると、迫り来る二機のジンの射線を紙一重で回避した。
「遅いわ! モビルスーツの性能に頼り切った素人め!」
バスターの肩部ミサイルポッドが開放される。220mm径6連装ミサイルが次々と射出され、宇宙空間に光の網を張る。ジンは回避を試みるが、カテジナが計算し尽くした予測射線の網から逃れることはできない。
至近距離での爆破。煙を突き抜け、カテジナはバスターを突撃させた。重火力機であるはずのバスターが、まるで格闘機であるかのように滑らかに動き、ジンの懐へと飛び込む。
「これで、終わりよ!」
ガンランチャーの砲身をそのままジンの頭部に叩きつけ、センサーを破壊。怯んだところへ、至近距離から高エネルギービームを叩き込んだ。完璧な誘爆。二機目のジンが宇宙の塵と化す。
その恐るべき戦闘光景を、アークエンジェルのブリッジから、そして独房のモニターから見つめる者がいた。
「……信じられん。あの重いバスターを、あんな風に振り回すなんて……。あいつ、本当にただの民間人なのかよ……!?」
独房の中で、ディアッカ・エルスマンは冷や汗を流していた。ヘリオポリスで自分を完膚なきまでに叩きのめしたあの女は、ただの格闘の達人ではない。モビルスーツ戦においても、ザフトのベテラン兵を遥かに凌駕する「本物の化け物」だった。ディアッカは、自分の愛機がとんでもない女に奪われたことを、恐怖と共に実感していた。
一方、アルテミス要塞の内部では、ガルシア司令がアークエンジェルとストライク、そしてカテジナのバスターを強奪せんとする陰謀を巡らせていた。しかし、カテジナの圧倒的な戦力と、キラの奮闘、そして襲撃してきたクルーゼ隊の猛攻により、アルテミスの防衛システムは崩壊。要塞そのものが文字通りの地獄絵図と化していく。
「キラ、アルテミスはもう保たないわ。あの無能な司令官ごと、ザフトに潰される。私たちはアークエンジェルを護衛しつつ、ここを脱出するわよ!」
カテジナの通信が、混乱するキラの耳に届く。
「でも、カテジナちゃん! まだ要塞の中にはたくさんの人が……!」
「甘えては駄目よ、キラ! 自分を裏切り、利用しようとした者のために、なぜあなたが命を懸けなければならないの!? あなたが守るべきは、アークエンジェルにいる仲間たちと……私でしょう!?」
カテジナの激しい、だが深い愛に満ちた叱咤に、キラはハッと目を見開いた。
「……っ! うん、分かった。行こう、カテジナちゃん!」
二機のガンダムは、崩壊するアルテミスを背に、再び漆黒の宇宙へと躍り出た。
待ち受けていたのは、ラウ・ル・クルーゼが駆るシグーと、アスラン・ザラ、イザーク・ジュール、ニコル・アマルフィの駆るG兵器たちだった。
「来たわね……、私のバスターの兄弟機たちが」
カテジナはバスターのコックピットで不敵に微笑んだ。
「イザーク! ニコル! アルテミスを叩く。あのストライクとバスターは私とアスランで抑える!」
クルーゼの声がザフト各機に飛ぶ。
イザークのデュエルガンダムが、カテジナのバスターに向けて突進してきた。
「俺のバスターを盗んだ泥棒猫め! 叩き潰して、ディアッカを取り戻す!」
イザークの叫びと共に、デュエルのビームライフルがバスターを襲う。
「ふん、血気盛んな坊やね。前世であなたのようなタイプは、真っ先に撃墜されて死んでいったわよ!」
カテジナはバスターの推力を限界まで上げ、デュエルの射線をことごとく回避する。重火器を構えながらのその機動は、モルゲンレーテの技術者が見れば狂気の沙汰と言うほどの負荷を機体に与えていたが、カテジナの卓越したコントロールがそれを可能にしていた。
「何っ!? バスターがあんな動きを……!?」
驚愕するイザークの隙を、カテジナは見逃さない。
左手のライフルを単射し、デュエルの足を止める。すかさず右手のガンランチャーから散弾を射出した。
「しまっ……!?」
激しい衝撃がデュエルを襲う。フェイズシフト装甲によって実弾のダメージは相殺されるものの、その衝撃波と爆煙でイザークの視界は完全に奪われた。
「装甲が保っても、パイロットの脳震盪までは防げないでしょう!?」
カテジナはバスターの巨体でデュエルに急接近し、連結したランチャーの砲身でデュエルの盾を激しく殴り飛ばした。凄まじい金属音が宇宙に響き渡る。
その頃、キラのストライクは、アスランのイージスガンダムと激しい一騎打ちを繰り広げていた。
「キラ! なぜお前が地球軍の機体に! なぜ戦うんだ!」
「アスラン……! 僕は、僕には守らなきゃいけない人たちがいるんだ! カテジナちゃんや、みんなを……!」
「カテジナ? あのバスターに乗っている女のことか! 騙されるなキラ、あいつはディアッカから機体を奪った恐ろしい女だ!」
アスランの叫びは、キラの決意を揺るがすことはできなかった。キラにとってカテジナは、自分のアイデンティティの一部であり、彼女を否定することは、自分のこれまでの人生を否定することと同義だった。
「違う! カテジナちゃんは僕を、みんなを守るために戦ってくれてるんだ!」
ストライクのアーマーシュナイダーが、イージスの装甲を火花を散らしながら削り取る。
戦況は混迷を極めていたが、カテジナの苛烈な猛攻とキラの超人的な防衛により、クルーゼ隊はアークエンジェルを仕留めきれず、アルテミス要塞の完全崩壊に伴う爆発に巻き込まれる形で、一時撤退を余儀なくされた。
アークエンジェルは、傷つきながらもザフトの包囲網を突破し、次なる目的地へと向かって艦を進める。
戦闘が終わり、再び静まり返ったモビルスーツデッキ。
カテジナがバスターのコックピットから降りると、そこにはすでに先回りしていたフレイ・アルスターが待っていた。フレイの顔は怒りと嫉妬で真っ赤に染まっていた。
「ちょっと、あなた! カテジナ・ルース!」
フレイはカテジナの前に立ちふさがり、その胸元を指さした。
「なにかしら、アルスター大臣のお嬢様」
カテジナは冷徹な、しかしどこか見下すような冷たい瞳でフレイを見つめる。前世で数多の政治家や利己的な人間を見てきた彼女にとって、フレイの子供じみた我が儘など、路傍の石も同然だった。
「なによその目! あなた、さっきキラに『私の命はあなたのためにある』なんて言ってたわよね!? 卑怯よ! 幼馴染の立場を利用して、キラを自分のものにしようとしてるんでしょう! キラは、戦いたくもないのに無理やり戦わされてるのよ! それをあなたが煽るなんて……!」
フレイの言葉は、本来の歴史であれば、後にキラの心を壊し、夜這い事件へと繋がる歪んだ依存の始まりだった。しかし、今のカテジナはそれを許さない。
カテジナは一歩、フレイへと歩み寄った。その身体から放たれる、本物の「戦場を生き抜いた者」の圧倒的な覇気に、フレイは思わず息を呑み、一歩後退りする。
「……フレイ・アルスター。あなた、キラを自分の安全のための盾にしようとしているわね?」
「な、何言ってるのよ……!」
「見え透いているわ。自分の恐怖を紛らわせるために、一番強い男を囲い込もうとしている。それは女の生存戦略としては否定しないけれど――キラを汚すことは、私が許さない」
カテジナの言葉は刃のように鋭かった。
「もしあなたがキラの心を求めて、恋愛という戦場に立ちたいのなら、そんな姑息な真似はやめなさい。正々堂々と戦いなさい。私を怯えさせるだけの哀れな被害者ぶって、キラの優しさに付け込むような真似(夜這い)をしたら……その時は、私があなたをこの手で排除するわ」
「っ……!!」
フレイは恐怖と、それ以上の激しい屈辱感に全身を震わせた。カテジナの言葉は、自分の心の奥底にある最も醜い部分を完全に暴いていた。
「なによ……なによ、なによ!! 負けないわよ、あんたなんかに! 私は絶対に、あんたからキラを奪って見せるんだから!」
フレイは涙目を浮かべながら、激しい負けず嫌いの炎を燃やし、その場を走り去っていった。この瞬間、本来の歪んだ依存関係は阻止され、フレイはカテジナに「勝つ」ために、通信兵として自ら軍に志願し、アークエンジェルに最後まで残るという苛烈な道を歩み始めることになる。
カテジナはその背中を冷ややかに見送った後、デッキに入ってきたキラを見つけると、一瞬でいつもの慈愛に満ちた幼馴染の表情へと戻った。
「カテジナちゃん、さっきフレイと何を……?」
「なんでもないわ、キラ。女の子同士の、ちょっとしたお話。それより、疲れたでしょう? 私の部屋で、お茶でも淹れてあげるわ」
「うん、ありがとう、カテジナちゃん」
キラはカテジナの優しい笑顔に救われるように、その細い手を握りしめた。
このアークエンジェルの中で、キラを巡る乙女の戦いは、今まさに幕を開けたばかりだった。後に合流するであろうラクス・クライン、そしてカテジナへの対抗心から戦士へと変貌していくフレイ。
前世で全てを失ったカテジナ・ルースは、今世では誰も、何も失わない。その苛烈な戦闘力と、キラへの狂おしいほどの愛を胸に、彼女はこれからの激動の戦乱を、バスターガンダムと共に突き進んでいく。
たとえその先に、どれほどの強敵が待ち受けていようとも、彼女の真紅の意志が揺らぐことは決してないのだった。