元プロゲーマーのおっさんは、かぐやを知らないがヤチヨとはマブダチである 作:文文文文
その男は午後の河川敷にレジャーシートを広げると、屋台で買ってきたたこ焼きを頬張った。
「おふっ、熱々」
彼を知る者からは『ダンさん』と呼ばれている。実名の一部がそうであるし、あるいはツクヨミの世界でもそうだからだ。
今日は2030年9月1日の日曜日。明日から多忙な毎日——役所勤めがまた始まる。
プロゲーマーを引退して何年経つだろう。勝率や賞金やイイネやチャンネル登録数を気にせずにすむ今の生活は良いところしかない……というわけではない。ただひとつだけ。駅やネットの広告に、かつての後輩ゲーマーがでかでかと載っているのを見ると、内心モヤッとしたものを感じざるを得ない。
しかし、彼らは成功者。
そして、自分は敗北者。
その線引きもまた、厳然と存在させなくてはならない。
「花火が始まるまで、まだ時間があるな」
たこ焼きをすべて平らげるとダンは仰向けになり、その時が来るまでまぶたを閉じることにした。
「——ここがいい、ここにしよっ、彩葉」
短い睡眠は少女の声によって終わらされた。
気がつけば周囲に観客が集まり、陣取りをしている。
「ふう、間に合った」
ダンの目の前にも、女子高生とおぼしき浴衣姿の二人連れがシートを敷いて座った。そして数々の戦利品——カニやら何やら屋台をすべて巡ったような——を陳列する。
右側の子は金髪で、編み込みシニヨンと淡い浴衣が大人びた印象を与えてくる。
左側の子は黒髪で、相方とは対照的な明るい浴衣にハーフアップの髪形が、いかにもギャルといった感じだ。
ふたりとも向日葵を描いた浴衣で、色違いの髪飾りを付けている。
不意に、彼女たちがダンを見た。ダンは観察しているのを気取られたかと思い、何事もなかったかのように仰向けに戻る。
「(キショいおっさんだと思われてんだろうな)」
「楽しキングダム!」
金髪が両手を高くそびえさせると、黒髪もそれに倣った。
「うぇ〜〜い、彩葉真似っこ〜〜」
「(楽しキングダム……若いヤツらの流行りか?)」
流行を知らない自分は、やはりおっさんであると再自覚させられる。
大会運営の案内アナウンスが始まると、
「つき……味も温度もなくて……つまんない」
そんな言葉がかろうじて聞き取れた。どうやら金髪の子の声だ。
「(つき……築地か? 味ということは築地の寿司屋の話か?)」
握り寿司の美味さは、実は温度も関係しているのだとグルメインフルエンサーまみまみが語っていたのをダンは思い出した。しかし味がないという表現は、相当厳しい評価ではないか?
「(最近の若いヤツは舌も肥えてんだな。俺なんてパック寿司でも美味いんだが)」
そして花火大会が始まった。
空を割る炸裂音、網膜を刺激する光の輪、そして漂う煙の匂い……それらが次々と繰り返される。轟音によって彼女たちの会話はかき消され、ダンの耳には届かない。しかし二人の背中は美しいものを愛でているというよりも、寂しそうに何かを語らっているように見えた。
「かぐや……帰っちゃうの?」
「うん……つき……仕事放り出し……強制送還……」
風に流れて聞こえてきた内容に、ダンは太い眉を寄せた。
「(強制送還されるほどの仕事放り出し? 築地での重大な仕事を放棄ってのは、例えばフグを処理せず売っちまったとかか?)」
次の大玉に備えてか、静けさが戻る。
「かぐやは、かぐや姫だったみたい……次の満月にお迎えが来る」
「(かぐやイコールかぐや姫? そして送還の日程が月齢だと?)」
ダンはさらに思考にふけった。その癖で顎をつかむ。
不明な点が多すぎるが、確実なのは金髪が『かぐや』という名で、黒髪が『いろは』であること。そして次の満月の日に、かぐやがフグの処理を放棄したレベルでのやらかしにより強制送還されるということだ。
ダンはプロゲーマー時代に『脳筋』と揶揄された頭脳をフル回転させたが、
「……ま、いいか。若いヤツの言うことはよくわからん。だっておっさんだもの」
そして花火に集中し、明日からの勤労に備えて気分転換を徹底することにした。
花火大会の帰り際に、『かぐや』のか細い声が耳をかすめる。
「もう、おうちに帰らなきゃ……帰れなくなる……」
築地だと日比谷線か大江戸線だなとダンは思った。
ダンさん、実は強いおっさん系です。徐々にその片鱗が出てきますのでよろしくお願いします。