元プロゲーマーのおっさんは、かぐやを知らないがヤチヨとはマブダチである 作:文文文文
「なっ、なんじゃこりゃああああああああ!」
2030年9月13日。昼休憩に職場のデスクでスマホを見ていたダンは叫びとともに立ち上がった。
かつてのプロゲーマー仲間から送られてきた一本の動画が原因だ。
『ツクヨミのトップライバーかぐや、超感動の卒業ライブ』
そう銘打たれた動画は、ここ二ヶ月で急激な登録者獲得を遂げた『かぐや』なるツクヨミライバーが、人気絶頂のまま引退したその最終ライブを解説したものだった。かぐや姫伝説をモチーフとした展開と完成度の高さが讃えられ、現実のかぐやの姿も紹介されていた。
「『かぐや』って、こいつ、花火大会にいたあいつじゃないのか……!?」
同僚たちが『ああ、ダンさんがまた』という不安そうな表情で見つめる。
「それにこれは……」
ダンは顎をつかんで10秒ほど考えたのち、大股で課長席へと向かった。
「課長、本日午後より休暇をいただきますッ」
「え、あ、うん、はい、お大事に……」
至極真っ当な要求だったので、課長は拍子抜けしたように頷いた。
駅から小走りで自宅に帰ったダンは、ネクタイだけ外し、カーテンを閉め切ったリビングのソファーに身を沈めた。
「ツクヨミもだが、フルダイブも久しぶりだな。バッテリーは持つか、これ?」
手にしているのはスマコンのケースだ。一応、緑のランプが点灯している。
「そんじゃ行くか」
装着すると、眼球がほのかに熱を帯びてログイン処理が始まった。流体とともに宇宙空間を駆け抜けるようなグラフィックスが波しぶきへと変わり、その湖に降り立つ。
ツクヨミ——ユーザ数一億を超える、世界最大級の仮想空間だ。
「相ッ変わらず、
ダンの視界を広く占めるのは、ツクヨミの中心部であり、ユーザーが活動拠点としている市街地だ。艶やかな光彩を帯びた和風建築物が林立し、生物を模した光跡が上空をゆったり回遊している。
彼のツクヨミでの姿は、現実と変わらぬ高身長の大男だ。しかし頭はモヒカンで、額を守るための防具——鉢金を巻き、衣紋に袴、腰には太い日本刀という侍風のいでたちをしている。羽織っているのは新撰組でおなじみのダンダラ模様だが、それは水色ではなく朱色に染められており、背中には『誠』ではなく『愛』の一文字が大きく描かれていた。
鉄下駄を履いた足で、湖水に浸かった桟橋を大股で進んでいくと、
「おっと、これは……」
1フレームの前触れもなく、月見ヤチヨが現れた。
「仮想空間ツクヨミへようこそ!」
久しぶりに見る姿、そして声。
ヤチヨが水しぶきをあげて駆け寄ってくる。
「すっごい久しぶりのログイン、ありがとね! 元気だった? ヤチヨはずーっと元気だったよ!」
数多の男子のみならず女子の心も鷲掴みにしているヤチヨの笑顔だが、
「用があるのはおかえりチュートのお前じゃないんだ、悪いな」
ダンはヤチヨの頭にそっと手を置いて、横を通りすぎた。そして少し歩いたところで立ち止まり、振り返ってみたが、そこに彼女の姿はない。
「さて、本丸より先に、あいつん家に行くか。でも、どこだったっけか……」
市街地へ入ったダンは鳥居ワープゲートを20回以上くぐり、ようやくその場所へと辿り着く。
「探しちまったぜ、まったく。広すぎんだろツクヨミ」
そして邸宅の門前で、声を張り上げた。
「うおーい、来てやったぞ、琴ぉ! 開けろぉ!」
開いた門扉から現れたのは、実況解説ライバーの
「ダンさーん、声でかすぎですって。そこに呼び鈴があるでしょ」
「現実と同じように声が届くんだぞ、ツクヨミは。あいつがそう作ったんだ。ここで声出さなくてどうすんだよ」
「それはそう……ですかね? 逆に呼び鈴の存在意義は?」
「それとも、ジェイソンみたいにチェーンソーでぶち破ればよかったか?」
「今どきそのネタ知ってる子もいませんて」
すると、
「誰誰ー? って、え?」
同じ実況解説ライバー、忠犬オタ公が琴の背後から顔をのぞかせた。
「えーっと、どちら様でしょうか?」
「おう、忠犬オタ公じゃねえか。お前さんは俺を知らねえのか?」
ダンのステータスを表示させたオタ公は首をかしげた。
「失礼ですが、どうお名前をお呼びすれば?」
「
「琴さん、この人なんですか? 昨日のことで呼んだ『先輩』っていうのは?」
訝しむオタ公に、琴は頭をかきながら、
「まーね。クソダサ衣装だけど、今のツクヨミじゃ、多分一番頼りになる人だよ?」
「クソダサ衣装は余計だ」