元プロゲーマーのおっさんは、かぐやを知らないがヤチヨとはマブダチである 作:文文文文
ヤチヨ城——それはツクヨミの管理者にして至高の歌姫であるAIライバー、月見ヤチヨの居城として知られている。市街の後背にそびえる山の
城門まで辿るルートは簡単だ。
鳥居が連なる石の階段を、一段、また一段とダンと琴は登っていく。
先行するダンが話しかけた。
「……あんときゃ、まだツクヨミはガラガラだったな」
「そうですね。多分、僕たち以外は10人もいなかったと思いますよ」
それは、ツクヨミがネットに公開された直後のことだ。
ベータサービス開始を巨大掲示板群の片隅で知ったダンは、ちょうど対戦プレイ中だった琴と共に興味本位でアカウントを作成し、スマコンを使ってフルダイブした。
最初に目にしたのは、透き通るような白肌と流れる繊細な髪、そして美の極致と思えてしまう顔立ちの少女——月見ヤチヨだった。
「ごめーん、まだチュートリアルは未完成だから、てきとーにキャラメイクして?」
二人が唖然として声を失ったのは、ヤチヨの適当さにではない。
その背景を埋め尽くす、絢爛豪華なツクヨミの光景にだった。
「おいお前ら、さっさとキャラメイクしやがれ! こっちはデバッグのために待ってんだよ、このボンクラども!」
ヤチヨの肩にウミウシのような白いそれが乗り、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「デバッグって、これ、あんたらが作ったのか?」
ダンの問いかけに、ヤチヨは自信あり気に胸を張った。
「そうだよ〜、ものすっごい頑張りましたっ」
「頑張ったって、中の人はプログラマーか?」
「中の人なんていないよ〜? 私は月見ヤチヨ、このツクヨミに生きるAIなのです」
「AI? どこの会社のだ?」
「会社じゃないよ〜」
「じゃあ、個人でやってる趣味?」
「うーん。そういうのでも、ないかな」
するとヤチヨは天を仰いだ。その瞳に、満天の星々の煌めきが映り込む。
「……待ち合わせ場所、かなー……」
「「待ち合わせ場所?」」
何のことやらと顔を見合わせる二人だったが、ヤチヨの肩に乗るFUSHIがまるで犬のように威嚇してくるのに気づき、とりあえずキャラメイク画面を開いてみた。
琴はスマートなスーツ姿に和装の袖口を組み込んだ。刀の鍔をベルトバックルに選んだのはさすがのセンスと言える。
一方、ダンは。
「……ダンさん、あなたはどうしていつもそうなんですか」
呆れる琴に対して、
「ああ? めちゃくちゃイカすだろ、これ。新撰組っぽくてよ」
「新撰組好きなんですか?」
「いや、嫌いだ。強くてカッコよすぎるからな。だから違う色にした」
「破綻してますよ、その発想。ダンさんのお嫁さん、苦労しそうですね」
できあがったアバター2人組にヤチヨが歩み寄る。
「それじゃ、これは私からの贈り物〜」
いわゆる『ふじゅ〜』が初ログインボーナスとして提供された。
「このふじゅ〜はツクヨミだけじゃなく、現実の世界でも使えるようになる予定だよ」
「マジか。リアルマネーとして使えるってすげえな、これ」
「ツクヨミで他のプレイヤーを感動させたり、ゲームに勝ったり、アイテムを売ってもゲットできるからたくさん集めてね」
それを聞いた琴は、考え込むように顎をつまんだ。
「感動させても、ですか……それは興味深い」
「お、何か悪巧みを思いついたか、琴」
「人聞き悪いのやめてください。いやね、実は転職を考えてまして」
「転職? プロゲーマーやめるってのか?」
「ま、今すぐにってわけじゃないですけど。でも、若手が青竹のように次々生えてグングン伸びてきてますからね。埋もれて食いっぱぐれてしまうのは時間の問題です」
「あー、アキラとか、あの兄弟ね」
「いずれは」
「ふーん……」
自分たちのやりとりを黙って聞いているヤチヨに気づき、ダンは言った。
「すまんな、おいてけ堀にして。こいつとは長い付き合いなんだ」
うんうん、とヤチヨが頷く。
「お友達、ヤチヨもいっぱい欲しいなー」
「いや、お前さんもだよ」
「え?」
きょとんとした顔になったヤチヨの手に、ダンダラ模様の袖が被せられた。
「袖振り合うも他生の縁つってな」
「…………」
「俺はこのツクヨミが気に入りそうだ。AIだろうが何だろうか、こうして出会えたのは運命だ。そしてとかく世話になる以上、ヤチヨは俺のマブダチだ」
「マブダチ……」
にやりと得意げな顔をしてダンが名乗る。
「俺は佐千断十郎絶守。界隈じゃダンと呼ばれている」
「僕は乙事照琴です。琴と呼んでください」
「またな」
二人は市街に向かって桟橋を歩き始めた。
その後ろ姿を、ヤチヨはずっと消えることなく見続けた。