Silent Blade of Division 作:SIM2142
本作品は弾道計算及び航空機の燃料計算にAIを使用しています。
[プロローグ]
これは英雄譚でも恋愛劇でもない。賞賛や救済は訪れず、生き残る者だけがその重さを知る。
2032年12月25日、キルギス東部-カラサイ近郊の草原地帯。南向きの緩い稜線の上から斜面を覗き込むと、川には淡く靄が立ち上る。本来であればこの時期は-15度以下、ともすれば-30度にも下がる過酷な地であるが、フェルガナ盆地からのフェーン現象とタクラマカン砂漠に蓄えられた暖気で気温は0度近くまで上がっていた。周囲の草原は疎らに枯れはて、淡く雪が点在する。スマートゴーグルのサーマルビジョンで空を見上げる。夜半までは上空の温度は-50度だったが、今は-60度まで下がっており、北からの風に押されて-80度の範囲が迫ってきている。あれがここまで到達したら時間切れだ。
0740時を過ぎて動き出す。平地であれば日の出は0650時前後になるのだが、標高の高いこの場所では日が差すのも遅れる。日の出とともに直ちに行動を開始できるよう体を動かす。相棒のSIG716を傍らの苔の上に寝かせると、バックパックを下ろし、ボディーアーマーを外す。肩が急速に軽くなり、足の裏の負担が消え去り浮かび上がらんとする心持ちだ。ポンチョを脱いで雑に畳むとヒップバックに詰め込む。防寒のために腰に巻いた1m四方の厚手の布は外して納めている手間が惜しい。前の結びをほどいて腰の後ろに回してから、無線に耳を傾ける。雑音がにわかに消え失せ、音から空電状況が回復していくのが分かる。救援機がローカルの範囲内に入ったのだ。バックパックの左に刺していたテレスコープアンテナを短く収めると、軽くなった体に鞭を打つ様に意を決してアーマーとバックパックを装着すると膝立ちになり、東を見る。山の端から昇る朝日が妙にまぶしい。
恐らく敵が追撃してくるなら、北の峠からだ。車ならバルスコオンから2時間もあれば十分だろう。ここで一計を案じる、北からくれば稜線を超え斜面を南へ抜けた直後に道は右へカーブする。坂を上り切ってから下りへ差し掛かる直後の道路に銃剣を突き立て穿り返す。土の道は往来する車に踏み固められた上に、冷気に当てられて凍てつき固くなっているのが手の感触から伝わる。突き立てた銃剣を回転させてなんとか拳ほどの穴を掘ると、バックパックを開けて残った500gのC4をお椀型に捏ねて埋める。穴が浅く大分はみ出して不格好だが、今この作業にこれ以上の時間は割けない。仕方がないがこれで十分だろう。リモート雷管を取り付け雑に土塊をかぶせる。そして、意を決して通信を試みる。
<トパーズ04より、付近を飛行中の友軍機へ、応答せよ、送れ。>
僅かな沈黙が空間を支配する。10秒ほど待って再度通信を試みる。空電状況はクリアだ。聞こえていないはずがない。
<トパーズ04より、付近を飛行中の友軍機へ、応答せよ、送れ。>
<ワイバーン09よりトパーズ04,受信した。感良し。任務番号MC8949、そちらの感明と現在地、並びに状況送れ。>
「聞こえてんなら一発で取れよ。」
ボソッと呟きながら、応答に雑音が混ざるのが分かる。まだ少し遠いようだ。俺は左肩のポーチからポケットドローンを引き抜くとローターを展開し、空へ放り投げる。そして左肩のAI端末ブロックに語り掛ける。
「アレを頼んだ。周囲の監視を。」
機械は短いシステム音で返答する。
<感度良好、明瞭度低し。任務番号MC8949、確認した。我の位置、43T GG 39814 06576 東西へ伸びる緩い稜線、南北に走る未舗装道路、付近に著名な目標物無し。送れ。>
<ワイバーン09了解、本機はティルトジェット機、グレイクラウドの二機編成。09及び10,確認送れ。>
<トパーズ4、確認終わり。>
マザリーシャリーフ管轄のティルトジェット部隊が2機で急行している。スマートゴーグルに警報が表示される。ドローンが7km先に北から接近中のテクニカルを捉えた。予想通り。5分ほどでここまで到達するだろう。
<ワイバーン09よりトパーズ04、そちらの状況を確認した。これよりスタート2、中距離通信で接近する。10は後方にてセンサ支援。送れ。>
<トパーズ04了解。敵はテクニカル複数、恐らく2台、敵兵員数不明。こちらは単独、小銃弾の他は40mmバレットトラップグレネードが2発、スモークが白と緑の各一発。位置は先ほど送信した通り。送れ。>
<ワイバーン了解した、こちらの装備は09がノーズタレットの20mm機関砲、10が20mm機関砲に追加して左右のドアガンに12.7mmリボルバーカノンおよび40mmグレネードランチャーを装備、ドアガンナー2名搭乗中。>谷の向こう側で、空気がわずかに震えた。ティルトジェット特有の低い唸りが、山肌に反射して遅れて届く。まだ姿は見えないが、あの音は間違いなくグレイクラウドだ。
<ワイバーン09より、トパーズ04、残弾了解。侵入まで8~9分。以降は短距離通信へ移行する。スタート1はそちらの判断で。送れ。>
西の空を見ると、スマートゴーグルの表示に二つの機影が高速で接近してくるのが映る。ターゲットボックスが谷をなぞるように左右に揺れ、カレットマーカーの地形に吸い付くような軌道。あからさまに軍用機の飛び方だ。
「…来たな。」
俺はSIG716を手に取り、膝立ちの姿勢で稜線の下を覗き込む。川沿いの靄が、わずかに揺れた。北から押し込んでくる風が強まるのが分かる。急速に空気が入れ替わっていくのを肌で感じる。
<ワイバーン10よりトパーズ04。ターゲティングポッドで地上をスキャン中。東から接近してくる車列を確認、トパーズ04の現在位置から距離15km程度、到達予測時刻は14~15分程度、送れ。>
数が増えた、北と東から挟まれた。
<トパーズ04了解。ワイバーン、こちらスタート1へ移行する。以降短距離通信。送れ。>
<ワイバーン09了解。スタート1確認。進路そのまま。速度を落とす。送れ。>
<トパーズ04了解した、北から来るテクニカルの方が早い、接敵する。近接航空支援を要請、ナインライン準備遅れ。>
<ワイバーン09、ナインライン受信準備良し送れ。>
<トパーズ04よりワイバーン、コントロールタイプ3、デンジャークロース。メソッドオブアタック、フリーエンゲージ。>
<ワイバーン了解。>
俺はあえてヘルメットの赤外線ビーコンを起動させて、小銃のエイミングユニットの赤外線レーザーを照射する。既に朝日は登り視界は開けている。この状況で赤外線暗視ゴーグルを使う奴は居ないだろう。敵からは見えて居ないと踏んだ。
<目標地点に対し西から接近する。海抜高度3410~3500m、敵はテクニカル複数及び歩兵、目標座標は概ね 396 595 付近、有視界で確認せよ。我の位置、赤外線ビーコンで確認せよ。小銃の赤外線レーザーも照射中。攻撃終了後は旋回し交戦を継続、両機とも了解送れ。>
<ワイバーン09復唱了解、以上。>
<10復唱了解。終わり。>
俺は隠れていた茂みから這い出ると、道路脇に立ち北の稜線へ向け銃を構える。ポーチからグレネードを一発取り出すとプローブを伸ばして、銃口に差し込む。ゴーグルのARが空中に弾道曲線を描く。車両のエンジン音が迫ってくる、近い。