アークへ帰還した直後、俺たちを待っていたのはアーク中央裁判所からの拘束命令だった。
厳粛な法廷の中央。被告人席に立たされた新人指揮官と、負傷を押して出廷したラピ。
「軍規違反による地上の勝手な捜索、および最新鋭ニケ部隊の私的連れ出し」という重罪を被せられ、法廷を支配する審議官たちの冷たい視線が注がれる。
だが――。
証言台に立った俺は、喉の声帯モジュールをオフにし、秘匿していた「証拠データ」を中央裁判所のメインモニターへ転送した。
『でっち上げ? そうよ、でっち上げよ! でもミシリスのCEOである私の言葉と、ただの追追放された新人指揮官の言葉、中央政府がどっちを信用するか……バカでも分かるわよね?』
法廷内に響き渡る、シュエンの高圧的で下劣な自白音声と、リアルタイム映像。
裁判所の天井にそびえるアークの統括人工知能「エニック」の巨大なコアが、静かに青く明滅した。
『――証拠データを受理。ミシリスCEOシュエンによる権力の濫用、および虚偽の証言と強迫行為を確認。指揮官、ならびに部隊責任者ラピの無罪を確定します』
エニックの無機質な判決に、傍聴席がざわめく。
『ただし、中央政府の規定に基づき、ミシリス製ニケ・ミハラに対しては「部隊運用における暴走の責任」として、記憶削除処分を決定。また、ミシリスCEOシュエンに対しては私的目的による軍事力の不当行使により身柄を拘束、一定期間の企業営業停止処分を課します』
「ミハラっ……! 嫌だ、ミハラぁぁぁっ!!」
ユニの悲痛な叫びが法廷に虚しく響き渡る中、ミハラは静かに首を振って連行されていった。
◆
裁判の終結後、指揮官は中央政府の最奥――アンダーソン副司令官の執務室へと呼び出された。俺もまた、壁際に佇んでいる。
「よくやってくれたな、レイ。シュエンのバカをしばらく大人しくさせられたのは大きな成果だ」
アンダーソンが煙草の煙を吐き出しながら、指揮官へ重々しい視線を向けた。
「指揮官。お前を呼んだのは他でもない。……アーク内部に、マリアンの『侵食』を手助けした内通者が存在する」
「アーク内部に……内通者!?」
指揮官が息を呑む。
「ああ。地上に出る前のマリアンに侵食コードを植え付けられるのは、アークのセキュリティを自由に改ざんできる、極めて高い権限と力を持つ者だ。そして……その真相を解き明かす最大のヒントが、お前たちが地上で遭遇した『人語を話すラプチャー・トーカティブ』だ」
「トーカティブ……」
「奴の追跡と身柄の確保。それが、内通者の正体を暴き、マリアンの仇を打つ唯一の道だ。……レイ、今回もお前の試作素体の性能テストを兼ね、彼の護衛として同行しろ」
「……了解いたしました、副司令官」
俺は可憐な女性声を響かせ、深く一礼した。
◆
2日後。前哨基地の広場。
アークの処置施設から戻ってきたミハラの表情は、まるで生まれたての赤ん坊のように無垢で、これまでの記憶を完全に失っていた。
「はじめまして……ミハラ、です」
おどおどと自己紹介するミハラの手を、ユニがぎゅっと強く握りしめた。
「……大丈夫だよ、ミハラ。ユニが、ミハラをもう一度ミハラにしてあげるからね。……絶対に、前の二人になろうね」
涙を浮かべながらも前を向くユニの決意に、指揮官は静かに寄り添い、その肩を叩いた。
◆
その直後、再びアンダーソンから緊急の作戦命令が下された。
「次の目的地は、極寒の北部エリアだ。そこには旧時代のアーク関連施設である『北部研究所』が存在する。そして――お前たちが地上で遭遇した、あの『謎の白いニケ』の目撃情報が相次いでいる場所でもある」
「あの白いニケ……」
「人類の統制を離れ、地上を流浪するニケの総称――通称『ピルグリム』。彼女なら、トーカティブの行方や目的を知っているかもしれない。まずは北部研究所への侵入を目指せ」
だが、北部研究所は厳重なセキュリティで封鎖されており、特殊な「通行証」がなければ足を踏み入れることすらできないという。
途方に暮れる俺たちの前に、ド派手なピンクの高級外車が爆音とともに滑り込んできた。
「ハァ〜〜〜イ!! Entertainmeeeeeent!!! 今日のスポットライトは君たちのものだヨ!!」
車から降り立ったのは、ド派手なスーツに身を包んだテトラ・ラインCEO――マスタングだった。
「マスタング社長!? なぜ直々にこんなところへ!?」
アニスが目を丸くする。
「フフフ、無礼な質問はナンセンス! これを受け取りたまえ、未来のStarたちよ!」
マスタングが取り出したのは、北部研究所のアクセスに必要な最新型のセキュリティカード――通行証だった。
「ただし! この通行証をアクティベート(起動)するには、テトラが誇る最新技術……SOULを込めた『極上のダンスステップ』が必要不可欠なのだヨ!」
「はぁ!!? ダンス!? 通行証を起動するのにダンス!?」
アニスが頭を抱えて叫ぶ。
マスタングは意に介さず、「さあ指揮官! ワン・ツー! ステップ・バイ・ステップ!」と、あまりにも高度で無駄すぎる謎のダンスを指揮官に直々に仕込み始めた。必死に不器用なダンスを踊らされる指揮官の姿に、ネオンは「これも火力の訓練でしょうか……!?」と目を輝かせている。
(……相変わらず狂ってやがるな、このオッサンは……)
俺は折りたたんだAK-47を背負い直し、呆れ果てて壁にもたれかかった。
ひとしきりダンスの伝授が終わり、指揮官が無事に(?)通行証をアクティベートさせると、アニスが首をかしげながら尋ねた。
「でも社長……なんでテトラのトップである貴方が、わざわざ直々にこんな場所まで通行証を届けに来てくれたんですか?」
マスタングは手に持ったステッキを優雅に一振りすると、チャーミングにウインクしてみせた。
「フフ……『未来のStar』に、今のうちにデカい貸しを作っておくためサ。……それにね」
マスタングの鋭い視線が、一瞬だけ指揮官と、そして俺へと向けられた。
「あの堅物のイングリッドが『最近お気に入りの指揮官がいる』なんて言うものだからねぇ。どんなイケてるBOYなのか、この目で確かめたくなったのサ」
マスタングは高らかに笑うと、再び車に乗り込み、派手な旋回とともに去っていった。
「……ふぅ。嵐のような人だったわね……」
アニスが肩を落として息を吐く。
指揮官は手に握られた通行証を見つめ、キリッとした表情で俺たちを見返した。
「よし……北部研究所へ向かおう。ピルグリムを見つけ出し、トーカティブと内通者の手がかりを掴むんだ!」
「了解です! 火力全開で北を目指します!」
『……行きましょう、指揮官』
完璧な女性声を保ったまま、俺は指揮官の隣に並び立った。
極寒の地、そして謎多きピルグリムとの接触を目指し、俺たちの新たな北伐作戦が今、始まろうとしていた。