1話
吹雪が荒れ狂う極寒の地上。視界を遮る粉雪の向こうで、黒煙が立ち上っていた。
「……見つけた。輸送機の墜落地点だ」
胸元の通信機へ短く報告を入れる。喉に取り付けた声帯モジュールを介し、発せられるのは可憐で透き通った少女の声だ。中央政府の最高機密――ニケ製造史における極めて稀な例外である「男性ニケ」である俺の正体を隠すための、徹底された偽装。
耳元のレシーバーから、聞き慣れた厳格な声が響く。
『レイ、状況は』
「アンダーソン副司令官。機体は大破。生存者および搭載されていたニケのシグナルを確認しました。現在、ラプチャーの群れが救援信号を感知して接近中です」
『了解した。当該輸送機には、昨日任官したばかりの新人指揮官と、配備予定のニケ・マリアンが搭乗している。直ちに現場へ急行し、合流地点まで二人の護衛にあたれ』
「了解」
通信を切ると同時に、俺は愛用の特注AK-47のボルトを引いた。
フェアリーテイルモデルの次世代試験型素体としてエリシオンで極秘裏に組み上げられたこの体は、過剰なまでの出力を秘めている。重厚なフレーム、下部に増設されたアンダーバレル・グレネードランチャー、高精度暗視スコープ、そしてレーザーポインター。見た目は華奢な制服姿の少女だが、その内側に秘めた戦闘力は大型ラプチャーを一瞬で粉砕する。
もっとも、この制服のスカートだけは、何度戦場に立ち込めても慣れないが。
(……行くか)
俺は雪原を蹴り、黒煙の上がる現場へと跳んだ。
墜落現場の陰。瓦礫に身を潜める二人影を見つけるのに時間はかからなかった。
青年――昨日任官したばかりの新人指揮官と、足元を損傷して崩れ落ちている女性ニケ、マリアンだ。周囲にはすでに数体の小型ラプチャーが群がりつつある。
俺は即座にAK-47を構え、下部のグレネードランチャーをラプチャーの群れの渦中へ向けてトリガーを引いた。
――ドドンッ!!
激しい爆発音とともに炎が上がり、ラプチャーの装甲が粉々に吹き飛ぶ。すかさずAK-47のフルオート射撃で残敵を掃討し、滑り込むように二人の前へ降り立った。
「……! 大丈夫ですか!?」
指揮官が目を見張り、声を上げる。俺は彼らの怪我の具合を素早く観察した。
マリアンの脚部は機械機構が露出し、油圧オイルが漏れている。ニケの体は機械と人工筋肉の塊だ。人間のような応急手当――たとえば包帯を巻くといった行為は、機能的には何の意味もなさない。
だが、俺が戦闘の警戒を強めている横で、指揮官は躊躇なく救急キットを取り出した。
「マリアン、動かないでくれ。今、手当する」
指揮官は冷たい雪の上に膝をつき、震える手でマリアンの損傷した脚に包帯を硬く、丁寧に巻き始めていた。
「し、指揮官様……?」
マリアンが困惑したように目を丸くする。
「ニケの体に、このような手当は……意味がありません。応急補修キットでパーツを固定しなければ……」
言いかけたマリアンの言葉を、指揮官は包帯を結び終えながら、優しく微笑んで遮った。
「意味がないなんてこと、あるもんか。君が痛々しい思いをしているのは本当だろ? 無知な指揮官でごめんな。でも、少しでも楽になってほしいんだ」
「……あ……」
マリアンは言葉を失い、自分の脚に巻かれた白い包帯と、指揮官の温かい手を交互に見つめた。その瞳の中に、確かな熱と強い決意の光が宿るのを、俺は傍らで見逃さなかった。
(……なんだ、この指揮官は)
ニケを単なる「兵器」や「道具」として扱う人間が大多数を占めるこの世界で、任官したばかりのこの青年は、ニケの痛みや心に本気で寄り添おうとしている。
マリアンはぎゅっと拳を握りしめると、まっすぐな瞳で指揮官を見つめ返した。
「……ありがとうございます、指揮官様。私……絶対に、あなたをお守りします。何があっても」
「ああ、頼りにしているよ。マリアン」
微笑み合う二人。俺はその光景に、胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。……だが、感傷に浸っている時間はない。
俺は一歩前へ出ると、喉のモジュールを作動させ、澄んだ「女性の声」で二人へ語りかけた。
「……感動のところ申し訳ありません。アンダーソン副司令官の指示を受け、救援に参りました。中央政府直属のニケ、レイです。これより本機は、お二人の合流地点までの護衛任務を開始します」
「副司令官からの……! 助かった、レイ!」
指揮官が立ち上がり、安堵の息をつく。俺は短く頷き、AK-47のレーザーポインターを前方の闇へと照射した。
「周囲にラプチャーの増援を確認。合流地点へ急ぎます。ついてきてください」
◆
レイの先導と正確な射撃により、一行はラプチャーの包囲網を破り、指定の合流地点である半壊したビル群へと辿り着いた。
「……いました。味方部隊です」
物陰から様子を探ると、そこには先行して現地を保全していた二機のニケが立ち尽くしていた。
赤毛の凛々しい佇まいを見せるエリシオン製のニケ「ラピ」と、黄色いジャケットを羽織ったテトラ製のニケ「アニス」だ。
二人は俺たちの接近に気づき、即座に銃口を向けかけたが、こちらの姿を視認すると警戒を解いた。
「救援……? いえ、あなた方は……」
ラピが察しの良い目で俺たちを見つめる。
「合流完了だ。ラピ、アニス」
俺は可憐な女性声を維持したまま、淡々と状況を説明した。
「本来、あなた方『カウンターズ』を現場で指揮するはずだった前任の指揮官は……戦闘により死亡。そのため中央政府へ後任の派遣を要請し、到着されたのがこちらの指揮官だ」
そう言って俺が後ろの青年を示すと、アニスが信じられないといった様子で声を上げた。
「えっ!? 後任の指揮官!? でも……ちょっと待ってよ!」
アニスは指揮官のIDプレートと顔を交互にまじまじと見つめ、頭を抱えた。
「昨日任官したばかりの、超・新人指揮官じゃない!!? 嘘でしょ、こんなラプチャーが闊歩する危険地帯に、いきなり新人たまごちゃんを投入するなんて……中央政府は何考えてるの!?」
「アニス、無礼です」
ラピがアニスを嗜めつつも、その表情には隠しきれない緊張と驚きが浮かんでいた。
「……ですが、事実のようですね。昨日、士官学校を卒業されたばかりの指揮官様……。私はラピ。こちらはアニスです。これより、あなた様の指揮下に入ります」
「よろしく頼む、二人とも。無事に合流できてよかった」
初陣の恐怖もあるだろうに、指揮官は毅然とした態度で頷いてみせた。
その背中を見つめながら、俺はAK-47の安全装置をかけ直し、心の中で密かに呟いた。
(任官したての新人指揮官に、過酷すぎる初陣……。おまけにマリアンの足の損傷。……アンダーソンのオッサンも、無茶なカードを切ってくれる)
だが、マリアンの手当をした時のあの青年の瞳を思い出す。
彼なら、過酷なこの地上で、ニケたちを正しく導けるかもしれない。
(……まあいい。オッサンの命令通り、俺はこの『極秘の試作機』として、陰からあんたたちを守ってやるよ。――指揮官)
俺は心の中でそう誓うと、完璧な女性ニケの立ち振る舞いを崩さぬまま、静かに周囲の警戒へと戻ったのだった。