吹雪が僅かに弱まり、荒廃したビル群の影を四人の影が沈黙のうちに進んでいた。
先頭を行くのはマリアンだ。彼女の脳内ストレージに記録された作戦座標に従い、俺たちは消息不明となった先行部隊の最終確認地点へと足を進めている。
マリアンのすぐ後ろには新人指揮官。そして左右と後方をラピとアニス、そして俺――レイが警戒していた。
「……現在地、目標座標まであと一千メートル。周囲の熱源反応、皆無です」
喉のモジュールを通した澄んだ女性声で告げながら、俺は特注AK-47の暗視スコープ越しに廃墟の屋根をスキャンする。レーザーポインターの細い赤線が、冷たいコンクリートの壁を無音で撫でていく。
その時、指揮官のレシーバーからノイズ混じりの電子音が響いた。
『――あ、テスト、テスト! 指揮官様! 声が届きますか!?』
「シフティー……! 通信が戻ったのか!」
指揮官の声に、通信の向こうでオペレーターのシフティーが安堵の息を漏らすのが聞こえた。
『はい! 通信障害エリアを脱出されたようですね。ご無事でよかったです! ……ですが、信じられません。搭乗されていた輸送機が地上で撃墜されたなんて……』
シフティーの困惑した声に、歩みを止めずにラピが問いかける。
「シフティー。当該空域の対空ラプチャーの配置状況はどうなっていますか」
『ええ、事前に提出されていたデータおよび最新の偵察衛星データでも、あの地域に対空攻撃能力を持つラプチャーの存在は確認されていません。理論上、輸送機が墜落する原因は無いはずなのですが……』
「……おかしいですね」
ラピの赤い瞳が鋭く光る。
「対空脅威が存在しない空域での墜落。機械的トラブルの可能性もありますが、外部からの予期せぬ攻撃、あるいは……内部からの干渉も否定できません。シフティー、回収した輸送機のブラックボックスの解析を中央政府へ要請してください」
『了解しました。本部に解析リクエストを送信します』
通信が一旦途切れると、アニスが肩をすくめた。
「嫌な感じねぇ……。まさかラプチャーが新しい対空兵器でも開発したわけ? それとも私たちの運が悪いだけ?」
「アニス、油断は禁物です」
ラピとアニスのやり取りを聞き流しながら、俺はあえて隊列の最後尾へ下がり、歩幅を緩めた。
そして、他の三人に気づかれないよう、胸元の秘匿通信回線を起動する。中央政府直属、アンダーソン副司令官直通のS級暗号回線だ。
「……アンダーソン副司令官。レイだ」
自声――低く落ち着いた本来の男性の声で、最小限の音量で囁く。
『レイか。新人指揮官との合流および部隊の状況は』
「合流は完了。現在、消息不明部隊の捜索座標へ向けて移動中だ。……副司令官、一つ報告と進言がある」
『言ってみろ』
俺は視線を前方に向けた。そこには、指揮官の少し後ろを健気に歩くマリアンの背中があった。
「輸送機の墜落原因についてだ。シフティーの調査によれば、事前データにない対空攻撃、あるいは内部要因が疑われている。……俺の感覚だが、マリアンの挙動にわずかな違和感がある」
『……マリアンにか』
「ああ。墜落時の不可解なタイミング、そしてニケでありながら人間のような感情の揺らぎ……。フェアリーテイルモデルのセンサーが、彼女の素体出力の微細なノイズを捉えている。考えたくはないが、彼女が『浸食』を受けているか、あるいは敵のビーコンとして機能させられている可能性がある」
レシーバーの向こうで、アンダーソンが短く息を吐く気配がした。
『……了解した。マリアンは今回の作戦において重要な戦力だが、万が一「浸食」が確認された場合、人類の脅威となり得る。レイ、お前は引き続き護衛を行いつつ、マリアンの挙動を最優先で監視しろ。異常が認められた場合は――』
「……指示を待つまでもなく、俺が処置する。それでいいな」
『任せる。くれぐれもその正体と素体を他のニケに悟られるなよ』
「了解」
通信を切ると同時に、俺は速やかに声帯モジュールを再起動させた。
(……マリアン)
指揮官の優しさに触れ、「絶対に守る」と誓った彼女の真っ直ぐな瞳が頭をよぎる。
できることなら、俺の嫌な予感がただの誤解であってほしい。……だが、俺はアンダーソンの直属であり、中央政府の極秘兵器だ。感情で任務を狂わせるわけにはいかない。
「レイ? どうかしましたか?」
振り返ったマリアンが、不思議そうに俺を見つめていた。その可憐な顔立ちには、何の陰りもうかがえない。
「……いいえ、何でもありません。後方の警戒を強化していただけです」
透き通った女性声で答え、俺は特注AK-47のグリップを強く握り直した。
「指揮官。これより先はさらに遮蔽物が少なくなります。アンダーバレル・グレネードの準備はできています。指示を」
「頼むよ、レイ。みんな、警戒を密にして進もう」
指揮官の声に応じ、四人は再び荒涼とした雪の廃墟の中へと足を踏み入れていった。