ロード級ラプチャーの猛攻を退けた直後、崩落したビルの影で隊列は一時停止を余儀なくされた。
戦闘の激しさを物語るように、マリアンの肩から腕にかけての装甲が大きく弾け飛んでいる。内部のフレームと人工筋肉が露出し、痛々しい火花が散っていた。
指揮官は息を荒らげながら、迷わず救急キットを取り出すと、マリアンの傷口へ丁寧に包帯を巻き始めた。
「待ってよ指揮官、ニケに包帯巻いたって傷が塞がるわけじゃないんだから、意味ないってば!」
アニスが呆れたように手を広げる。しかし、マリアンは自分の腕に巻き付けられていく白い包帯を愛おしそうに見つめると、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……いいえ、アニスさん。傷は治らなくても……こうしてもらうと、心が満たされる気がするんです」
その笑顔に、指揮官も静かに頷いて包帯を結び終えた。
俺はその光景を黙って見つめながら、特注AK-47のアタッチメントを点検するフリをして視線を逸らした。……胸の奥が、重く冷たく締め付けられる。
◆
「――ここです。目的地に、到着しました」
マリアンの案内により、一行はついに先行部隊の最終確認地点である巨大な地下プラント跡へと足を踏み入れた。
それとほぼ同時に、ラピの通信端末が短い電子音を鳴らす。中央政府からのブラックボックス解析データの受信完了通知だ。
データを表示させたラピの顔色が、一瞬にして蒼白へと変わる。
俺は言葉を交わすまでもなく、ラピの視線だけで悟った。
カチリ、と静かな金属音が響く。
「……ラピ? レイ……?」
アニスが動揺した声を上げる。
俺とラピは、同時に愛銃の銃口を――マリアンへと向けていた。俺のAK-47から伸びる高出力レーザーポインターの赤い点が、マリアンの胸元に正確に落ちる。
「ラピ! レイ! 何をしているんだ!?」
指揮官が叫び、マリアンの前に立ちはだかろうとする。しかし、ラピの声は氷のように冷たかった。
「……ブラックボックスの解析結果が出ました。輸送機を墜落させたのは外部攻撃ではなく、内部に仕掛けられた爆発物。そして……その起爆識別コードは、マリアン自身のものです」
「な……ッ!?」
指揮官が絶句する。
「ここです……ここです……ここです……」
マリアンの口から、壊れたレコードのように同じ言葉が繰り返される。
次の瞬間、彼女の可憐な瞳が、禍々しい深紅の光へと染まり上がった。
「マリアン……!」
「……侵食です」
俺は喉のモジュールを通した女性声で、淡々と、だが重く告げた。
「彼女の素体はすでにラプチャーのウイルスに毒されている。輸送機を落としたのも、ここまで誘導したのも……すべて『侵食されたマリアン』です」
「そんな……嘘だろ、マリアン!?」
指揮官が叫んだその時――!
――ガァァァァァァンッッ!!!!
天井のコンクリートが豪快に崩落し、漆黒の巨大な影が舞い降りた。
背中に無数の兵器を背負い、蜘蛛のような多脚で地面を穿つ巨大な異形――タイラント級ラプチャー、ブラックスミス。
『目標……確保……』
ブラックスミスから伸びた金属の触手が、抵抗の途絶えたマリアンの体を容赦なく拘束し、自らの生体装甲の中へと引きずり込んでいく!
「マリアンッ!!」
「指揮官、下がってください!」
ラピが叫ぶ。シフティーからの緊急通信がレシーバーに跳ね上がった。
『指揮官様! タイラント級との遭遇を確認! 現在の部隊戦力における勝率は……わずか12.3%です! 即時撤退を――』
「撤退なんてできるか! マリアンを助け出すんだ!!」
指揮官の悲痛な叫びが地下プラントに響き渡る。
勝率12.3%。絶望的な数値だ。……だが、俺の胸の中で、フェアリーテイルモデルの超高出力ジェネレーターが激しく唸りを上げた。
(……アンダーソン、すまねぇな。リミッター、少し解除させてもらうぞ)
「――全員、射撃開始!!」
俺はAK-47のアンダーバレル・グレネードランチャーを近距離からブラックスミスの関節部へ叩き込んだ。激しい爆炎が上がり、ラピの正確な精密射撃とアニスの重火器が敵の装甲を削り取る。
死線の中、指揮官の的確な指示が飛ぶ。絶望的な戦況を、全員の意地と命懸けの連携が覆していく――!
――ドズゥゥゥンッ!!
長きにわたる激闘の末、コアを破壊されたブラックスミスが崩れ落ち、その体内からマリアンの体が雪の上に転がり出た。
「マリアン! マリアン!!」
指揮官が駆け寄り、彼女を抱き起こす。
しかし……ブラックスミスの巨体が沈黙しても、マリアンの瞳から赤い光が消えることはなかった。
「……ダメです」
ラピが悲痛な面持ちで首を振る。
「ブラックスミスに吸収されたことで、侵食が脳組織の全体にまで達しています。もはや再プログラムも不可能です。このままでは……完全に意志を失った『イレギュラー』として覚醒します」
「そんな……何か手はあるはずだ! アークに連れて帰れば――」
「中央政府軍法、第7条」
俺は指揮官の言葉を遮るように、一歩前へ出た。
「……侵食されたニケが不可逆の段階に達した場合、現場において即座に処分しなければならない。そして……その処分は、部隊を率いる『指揮官の手』で行われなければならない」
「レイ……君まで、何を……!」
俺は無言で腰のホルダーから一丁の拳銃を引き抜くと、それを指揮官へと差し出した。
「……銃を、指揮官」
「嫌だ……そんなこと、できるわけがない!!」
指揮官の手が激しく震える。拳銃を握らされても、その銃口をマリアンに向けようとすると、手が固まって動かない。引き金にかけた指が、恐怖と絶望で激しく痙攣していた。
ニケを道具ではなく「人」として扱い、包帯を巻いてくれた心優しい青年だ。任官したばかりの彼に、自分の手で仲間の命を奪わせるなど、あまりにも残酷すぎる仕打ちだった。
(……俺が、代わって引いてやろうか)
俺がそう思い、一歩踏み出そうとした、その時だった。
マリアンの冷たい手が、優しく、弱々しく指揮官の手を包み込んだ。
「……いいんです、指揮官様」
赤く染まった瞳から、ひとすじの透明な涙が伝い落ちる。
マリアンは自分から、指揮官が握る拳銃の銃口を――自らの額へと押し当てた。
「マリアン……っ!?」
「覚えていて……くださったんですね。ニケの体に……意味なんてないのに……」
マリアンは、今にも消えてしまいそうな、けれど世界で一番愛おしい笑顔を浮かべた。
「……包帯を、巻いてくれて……ありがとうございました」
「マリアン―――っ!!」
――ガンッ!!
銃声が、極寒の地に高く響き渡った。
抱きかかえられたマリアンの体がゆっくりと力を失い、その瞳から赤い光が消えていく。
静寂が戦場を包み込んだ。
指揮官はマリアンの遺体を抱きしめたまま、声を殺して慟哭していた。ラピもアニスも、俯いたまま言葉を失っている。
俺は……血の混じった雪の上に膝をつき、救急キットから残っていた白い包帯を取り出した。
「……指揮官。退いてくれ」
「レイ……?」
俺は指揮官の手からマリアンをそっと受け取ると、彼女の損傷した頭部と体に、静かに包帯を巻き始めた。
丁寧に乗せ、優しく結ぶ。ニケの体には何の意味もない、ただの布切れ。けれど、彼女が最後に「心が満たされる」と言った、あの包帯を。
「……行きましょう。アークへ」
完璧な女性声を保つ喉の奥で、俺はグッと歯を食いしばった。
マリアンの遺体を背負い、静かに歩き出す指揮官。その背中を追いかけるように、俺たちは荒涼とした地上をあとにし、地下都市アークへの帰還路についたのだった。