アークへ帰還した俺たちを待っていたのは、賞賛でも労いでもなく、冷酷な「審判」だった。
中央政府・最高幹部会議室。
巨大なスクリーンを背に立つアンダーソン副司令官の顔には、一切の情が排されていた。
「――発電所の爆破、およびアークが保有する2ヶ月分の電力・資源の喪失。……指揮官、この失態の責任をどう取るつもりだ」
アンダーソンの重々しい声が響く。
脱出の際、追撃してきたグレイブディガーを遮断するための激しい戦闘と崩落が引き金となり、発電所の核となるプラントが連鎖爆発を起こしてしまったのだ。結果として発電所は完全停止。アーク全体の運用計画に致命的な大打撃を与えることとなった。
「副司令官! 私たちが爆破したわけでは――!」
アニスが必死に弁明しようとするが、アンダーソンはその言葉を鋭い手つきで遮った。
「結果がすべてだ。中央政府最高幹部会は、当部隊および指揮官に対し、以下の処分を決定した。――本日付でアークからの追放。地上における防衛拠点『前哨基地』への永久配置転換を命じる」
「アーク追放……!?」
ネオンが大きな眼鏡をガタガタと震わせる。修復を終えたばかりのラピも、静かに唇を噛み締めていた。
だが――下を向く指揮官たちの後ろで、俺は胸元の密秘通信回線を微かに作動させていた。
レシーバーから直接脳内へと届く、アンダーソンの本来の真意。
(……レイ。見事な立ち回りだったな)
(アンダーソン副司令官。……追放処分とは、随分と思い切った演出だな)
(中央政府の老害どもが、発電所を失った怒りでこの指揮官の処刑を要求し始めてな。彼らの才能を政府のくだらない政争から隠し、中央の目から完全に逸らすには『地上追放』という名目が最も都合がよかった。イングリッドとの共通見解だ)
(了解した。……前哨基地で、引き続き彼らの護衛と監視を続ける)
そう。この追放は、異例の成果と不可解な事件を引き寄せる新人指揮官とカウンターズを、中央政府の腹黒い政治的思惑から守るための「偽装工作」だったのだ。
◆
荒涼とした地上に佇む、半壊した前哨基地。
ここが、今日から俺たちの新たな拠点となる場所だ。アークの華やかさとは程遠い、乾いた風と廃墟の匂いが漂っている。
手分けして基地の最小限の整備を終えた夕刻。
司令部施設の屋上で、指揮官とラピが二人きりで風に吹かれているのが見えた。俺は姿を消したまま、身を潜めて二人の会話に耳を傾ける。
「……指揮官様。少し、お話があります」
ラピの静かな声が、夕暮れの空に溶けていく。
「なにかい、ラピ?」
「マリアンのこと……そして、発電所での私の修理のことです。……指揮官様は、私たちニケに対してあまりにも優しすぎます」
ラピは自らの機械化された手元を見つめ、静かに、けれど痛切な真実を口にした。
「ニケは人間ではありません。脳以外はすべて人工的に作られた兵器であり、何度壊れてもパーツさえ替えれば元通り動く『モノ』です。マリアンのように侵食されれば処分されなければならず、私が倒れてもコアさえ無事なら修復される。……人間とは、明確に違う存在なのです」
「ラピ……」
「指揮官様が私たちに情を寄せ、人と同じように肩入れしすぎることは……結果として、過酷な地上で指揮官様自身の命を縮めることになります。お互いのために、どうか……ニケと人間の線引きを忘れないでください」
ラピの言葉は、冷酷な現実を突いていた。ニケを兵器として割り切れない心優しい指揮官への、彼女なりの切実な忠告であり、優しさだった。
指揮官は言葉を詰まらせ、自分の拳を静かに握りしめていた。
◆
夜。前哨基地の武器庫の片隅。
ランタンのオレンジ色の光だけが照らす暗がりで、俺は一人作業台に向かっていた。
カチリ、カチリと金属ツールを動かす音が響く。
胸元の秘匿通信回線を開き、定期報告を行う。喉のモジュールを切り、本来の低い男性の声で囁いた。
「……アンダーソン。前哨基地への移動完了した。周囲の警戒網の再構築も順調だ」
『ご苦労だった、レイ。中央政府の連中は、失態を犯した新人指揮官が地上に捨てられたと思い込み、興味を失っている。狙い通りだ』
「フッ、老害ども扱いしやすくて助かるな。……指揮官の様子だが、ラピから『ニケに肩入れしすぎるな』と釘を刺されていたよ。相変わらず甘い男だが……だからこそ、ニケたちから絶大な信頼を得ている」
『そうか。……お前の素体と特注AKの調子はどうだ?』
「問題ない。……ただ、前哨基地での狭小な室内戦や、隠密行動が増えることを見越してな」
俺は作業台の上にある愛銃――特注AK-47のフレームをドライバーで締め直した。
本来は固定式だった頑丈なストック(銃床)を外し、サイドへコンパクトに折りたためるフォールディング・ストック仕様へと自作改造を施していたのだ。
カチャン、と軽快な金属音を立ててストックが折りたたまれる。
暗視スコープ、レーザーポインター、そしてアンダーバレル・グレネードランチャー。重武装のAK-47が、これで閉所でも取り回しやすく、瞬時に隠蔽できる形状へと姿を変えた。
「――よし、ストックの折りたたみ機構、調整完了だ。これで狭い通路での射撃精度も落とさずに済む」
『手際が良いな。……レイ、その指揮官を死なせるなよ。彼はアークの未来を変える鍵になるかもしれん』
「言われなくても分かってるよ、オッサン。俺のこのフェアリーテイルモデルの力、ダテに隠してるわけじゃないからな」
通信を切り、俺は折りたたんだAK-47を愛おしそうに撫でた。
ふと、喉のモジュールを再起動し、澄んだ「女性の声」をテスト発声してみる。
「……『指揮官、明日の哨戒ルートの確認を』……っと。よし、声帯モジュールも異常なし」
女装の制服の裾を軽く整え、俺は武器庫のドアを開けた。
月明かりが照らす前哨基地の校庭では、アニスが相変わらず自分のお尻の匂いを気にしながらネオンと軽口を叩き、指揮官がそれを苦笑しながら眺めていた。
(……ニケは兵器、か。ラピの言い分も正しいがな)
俺はAK-47を肩に担ぎ、可憐な少女の振る舞いを完璧に装いながら、仲間たちの輪へと歩み寄っていった。
(だがな、指揮官。あんたのそのバカ正直な甘さが、この狂った世界でどこまで通用するのか……俺も少しだけ、興味が湧いてきたぜ)