翌朝、澄み渡る秋空とは裏腹に、前哨基地の空気は緊迫していた。
基地の広場に降り立った豪奢な専用トランスポーターから、カツカツと甲高いヒールの音を響かせて一人の少女が姿を現した。
ミシリス・インダストリー最高経営責任者――シュエン。
彼女の両脇には、ミシリスの特殊部隊「ワードレス」に所属するニケ、ユニとミハラが冷徹な佇まいで従っていた。
「ハァ……なんなのよこのボロ基地。こんなゴミ捨て場みたいなところに私を来させるなんて、身の程を知りなさい」
シュエンは取り巻きに日傘をささせながら、高圧的な視線を指揮官へと向けた。
「おい、新人。単刀直入に言うわ。あんたたちカウンターズは、ワードレスと一緒に地上へ上がりなさい。私の特別任務を手伝うのよ」
「シュエンCEO……? 一体どういうことです」
指揮官が眉をひそめる。
「説明する必要なんてないわ。言う通りにすればいいの。断る権限なんて、アークを追放された惨めな敗北者のあんたには無いのよ!」
シュエンの横暴な恫喝。
俺はその光景を指揮官の後方で黙って見つめながら、制服の襟元に仕込んだ暗号通信モジュールを静かに作動させた。
(……アンダーソン、聞こえるか。シュエンのバカが前哨基地に乗り込んできたぞ。音声と映像をリアルタイムで回線に乗せる)
耳奥の微少レシーバーから、アンダーソンの低い声が密かに届く。
『……繋がっている。シュエンの暴走か……映像はそのまま記録しろ』
一方、シュエンの無礼極まりない態度に対し、カウンターズが前に出た。
「シュエンCEO、私たちはアンダーソン副司令官の管轄下にあります。他企業のCEOからの直接命令に、指揮官が従う義務はありません」
ラピが毅然とした態度で遮る。
「はぁ? なによ生意気な口叩いて……ユニ、ミハラ! 生意気な人形どもと無能な指揮官にしつけをしてやりなさい!」
シュエンの冷酷な下令と同時に、ワードレスの二機が動いた。
ユニの能力――対象の感覚や行動を束縛・共鳴させる特殊素体と、ミハラの痛覚共有能力が発動する。
「がぁッ……!?」
「くっ……体が……動か……っ!」
突如として襲いかかった原因不明の激痛と拘束感に、ラピ、アニス、ネオンがその場に膝をつき、激しく苦悶の声を上げた。
「みんな……ッ!!」
指揮官が駆け寄ろうとするが、ミハラの放った不可視の衝撃波が彼を直撃する。
「がはっ……!!」
吐血し、崩れ落ちる指揮官。任官したばかりの生身の人間には、あまりにも容赦のない暴力だった。
「ふん、少しは自分の立場が分かったかしら?」
シュエンが嘲笑う。そして、その矛先は最後尾に立っていた俺へと向けられた。
「そこの無口な女。あんたもミシリスの犬になる覚悟はできたかしら?」
シュエンの視線を受け、俺の胸の中でどす黒い感情が渦巻く。
(……クソガキが。調子に乗りやがって……今すぐこの特注AKでその減らず口を吹き飛ばしてやりたいところだが……)
ここで暴れれば、俺が中央政府の「男性ニケ(極秘試作機)」であることが露呈し、アンダーソンの策がすべて瓦解する。
俺はグッと奥歯を噛み締め、耐え難い不快感を押し殺しながら、喉の声帯モジュールを最大限に働かせた。
「……ッ、わかり……ました。シュエンCEOの……お言いつけに……従います……」
可憐で儚げな女性声を絞り出す。
屈辱に耐える少女の完璧な演技。シュエンは満足そうに鼻を鳴らした。
「最初からそうしていればいいのよ。おい、気絶した指揮官と動けない人形どもをトランスポーターに放り込みなさい。地上でたっぷり働いてもらうわ!」
脳揺盪を起こした指揮官の視界が暗転していく中で、俺はただ冷ややかにシュエンを見下ろし、心の中で呟いていた。
(……覚えておけよシュエン。アンダーソンへのリアルタイム録画データ、きっちり後で高くつくからな)
◆
どれほどの時間が流れただろうか。
「……う、……ん……」
指揮官が重い瞼を開くと、そこは薄暗い鉄くずの匂いが漂う、地上輸送機の内部だった。
身体中に走る痛みに顔を顰めながら体を起こすと、すでにシュエンの姿はなく、周りには傷ついた体を起こし始めているラピ、アニス、ネオン、そして俺がいた。
「指揮官! お目覚めですか!?」
「うぅ……頭が割れるように痛い……シュエンの奴、絶対に許さないんだから……」
アニスたちが毒づく中、俺は折りたたみストックへと改修した特注AK-47の点検を終え、澄んだ女性声で指揮官へ報告した。
「……指揮官、ご無事ですか。シュエンは指示だけ残してアークへ戻りました。否応なく……私たちはワードレスと共に、地上でのミシリス主導作戦に従事せざるを得ない状況です」
「そうか……みんな、巻き込んでしまってすまない……」
自分の無力さに打ちひしがれそうになる指揮官。
俺はそっと近づくと、彼にしか聞こえない音量で、喉のモジュールを絞って囁いた。
「……気に病む必要はありません、指揮官。裏では『準備』が進んでいます。今は奴らの手札と目的を見極めましょう」
俺の言葉の意図を察したのか、指揮官は小さく頷き、その瞳に再び光を取り戻した。
「……ああ。行こう、みんな。どんな任務だろうと、全員で生きてアークへ帰るんだ」
ハッチが開き、殺伐とした地上の風が輸送機内へと吹き込んできた。
ミシリスの特殊部隊「ワードレス」との不穏な共同戦線――理不尽な強制ミッションの火蓋が、今切られようとしていた。